009話:神剣騎士ユリア
「……え?」
「だから私の顔が“あれ”だとは一体なんなのか、そのあたりをじっくり聞かせてもらいたいと言っているんだよ? あぁ、申し遅れていた、私の名はユリア・シーカーだ」
……冷や汗どばっしゃー。
まずくないっすか?
怒らせちゃった? 怒らせちゃったんじゃないか?
ど、ど、どうする? 俺、絶対にこの人だけとは決闘したくない。本当に、切実に。
「あ、あれってのはほら、あれです……ユリアさんの顔ってす、すっごい美人だなって……」
「……」
あ、あれ?
ユリアさんノーリアクション、 無表情ですか?
これはどういうことでしょうか……?
俺はゆっくりラヴィアンローズのメンバーに顔を向ける。
バッツさんが額に手に当てもうダメだと首を振っていた。
ハンクさんは俺の言動にビックリして目を大きく開いていた。
アイさんは口パクで何かを俺に伝えようとしていた。
ええっと、なになに……?
ソ・レ・ハ・サ・ス・ガ・ニ・バ・カ・ニ・シ・ス・ギ……
それはさすがにバカにしすぎ……?
あれ、やっちゃった俺?
「ふ、ふふ……ふふふふふ、私がすごい美人ねぇ。うん、初めて言われたよ、ふふ……ふふふ……君、名前は?」
「あ、えっと、シンです。こんにちは、ごきげんよう、さようなら……」
「オイ待て」
腕を握られたあっヤバい逃げられない。
と言うか腕が痛い、千切れる、痛い痛い痛い!
ふと視線を三人の仲間たちに向けると既に立ち去った後だ。
ふっざけんなっ!!
あっ、向こうでアイさんが手を合わせてこちらにウインク、なになに……ゴ・メ・ン・ネ……
ふっざけんなっ!!
「君とは是非ゆっくりと話したいねぇ、剣を交えつつ……」
「お、俺は楽しくお食事でもしながらお話したいなぁ……なーんて……」
「は? 食事……? ふ、ふふふ……なんだ君は? なかなか面白いな、うん、決めた! 君を気に入ったぞ。買おう。いくらだ?」
「え?」
「君自身の値段だ。私が買って……いや飼ってやろう。いくらだ?」
……ひぇぇぇえええ!!!
ちょっと、すげーぶっ飛んでるんですけどこの人!!
何、買うとか飼うとか言ってんの!? 頭おかしいよ絶対!!
つまりどういうことなんだってばよ!?
はっ!! ……これってもしかして【魅了のマスク】の力か……?
気に入られて即切られるなんてことがなかっただけでも喜ぶべきか!? いや、でも結果としてとんでもなく面倒な事態に巻き込まれちった。
本当にどうする、どうするよコレ!?
「すいません、ユリアさん。ちょっとおっしゃってる意味が理解できないのですが……」
「ん? 君はペットを知っているかね? 愛玩動物とも言う」
「はぁ……知ってます」
「つまりそれだ。私もまだ二十歳になったばかり、爵位持ちとなったがまだまだ遊び足りないのだな。なぁに、今は特に可愛がっている相手はいないのでな、我が屋敷は君が使い放題だ。外に出ることは出来ないが、充分魅了的な金額を用意しよう。ふふ……」
「あ、あのですね……一応言っておくと俺は奴隷とかじゃないんですよ……?」
「奴隷? ふむ、君が他人の物であるなんて何故か腹立たしくなるな。これはどうしたことか、半分マスクに隠れた君の顔を見ているとますます君が欲しくなってくる。決めた、やはり私は君を手に入れよう」
【魅了のマスク】仕事しすぎぃぃぃ!!
もういっそ固有スキルを見せてでも仮面を変えるべきか?
いや、ダメだマスクを変えた所でこの人言葉が伝わらない。コミュニケーションが取れてない。
まるで同じ人間と話している気がしない。
Sクラスともなると冒険者は人間やめちまうのか?
「あの……お断りしたいのですが……」
「断る? 何故? 君、冒険者だよね、今のクラスは?」
「Gクラスですけど……」
「G……ルーキーじゃないか。日銭を稼ぐ日々、魔物と戦う日々。武器を、防具を消耗しては少ない金で補修する日々。そんな日々の時間を私に使うだけで君はAやBクラス並みの収入を得られるんだ。何故断る?」
「……っ! そもそもあなたと俺はさほどお互いを知っている訳でもない、それに女性が男性を飼うなんて……」
「あー女性云々とウルサイウルサイ。じゃ……決闘で決めようか?」
「ぐっ……」
「私が勝ったら君を好きな期間だけ貰い受ける。君が勝ったら……君が勝ったらそうだな、君が私に何でも命令してよいとしよう。その時は死ねと言われれば死ぬ。うん、そうしよう」
クソッ、決闘ルートだけは避けたい。
殺されることは無さそうだけど、この自信……これは明らかにこの人の屋敷にドナドナだ。
――強くならねぇといつまでも舐められたままだぜ?
あの熊野郎の言葉が重くのしかかる。
確かに俺がこの騎士に馬鹿なことを言わせない強さを持っていれば問題はなかった。
しかし、俺は生憎と先ほど見させてもらった彼女の神剣のようなすば抜けた力は持っていない……
「け、決闘はやめましょう。これでも俺はルーキーですよ? Sクラスの冒険者とGクラスの冒険者の決闘なんて答えが分かりきってるじゃないですか……? と、いうか俺を買うって、いったい俺にいくら出すつもりですか……?」
「ん? まぁそれもそうか。わざわざ決闘にする意味もないな。ふふ……覚悟を決めたか。そうだな、確か奴隷は高いものだと六百万などと聞いたことがある。一千万でどうだ? それでとりあえず一年だ」
年俸一千万……ゴクリ。このポンと大金出せるところは恐ろしいな。この人。
でもそれだけあれば手持ちと合わせて、ミラ達六人を買える……
いやいや、そうは行かないよなぁ。
一年間の監禁って事件だぞ本当に。
んー少しくらいは外に出れるのか?
まぁでもどうせ自由などないのだろう。
だから、俺はここで負けてはいけない。
「なるほど、では俺が一年間で一千万以上稼ぐのならばこのお話は俺にメリットがないですね」
「ふむ? そうだな。でも年間で一千万ガルド以上稼ぐ? Gクラスの君が?」
「もしかしたら稼ぐかもしれませんよ。実際俺はここに登録して二日で百万ガルド以上稼いでいます。これがあと九回繰り返されるともう一千万です」
「……百万? その話は本当か?」
「えぇ、このギルドで換金したので。何ならギルド長に聞いてもらっても構いませんよ?」
月光石の話をしてきた時のふくよかな中年男性はきっとギルド長だろう。雰囲気的に。
月に一度あんなイベントが起きれば俺は余裕で年間一千万以上稼ぐことになる。まぁ、ビギナーズラックな感じは否めないが。
よし、ここまできたら後はユリアさんに敵対しないよう友好的な関係を結びつつ押し切ろう、大丈夫、やれる、俺ならやれる!!
「それに、俺はその、女性とお付き合いしたこともないのでよろしければお友達からって感じで仲良くなっていきたいのですが……」
「……友達、友達ねぇ。それで友達と言うのは何をしてくれるのだ? それは友達、友達とただ口で言いつつ私の元から離れていく他人のことか?」
「いや違うでしょ、それは他人です。そうじゃなくて、お金でどうのこうのしないただの友人関係ですよ。一緒に遊んだり何かを話したり、そういう関係です」
「金を使わない? よくわからん。兎に角私は男を買いたいから金は出す。そういうわけで君は買われろ」
「いや、だから……お金を出して買える男なんて幾らでも紹介しますよ! そうじゃなくて、もっとこう……あー、じゃあ今度ご飯食べに行きましょう、二人で、そこでちょっと最近のお互いの笑い話でもしてまた今度! これです!」
「……なるほど、言質は取ったからな。必要になったら言う、しっかり紹介しろよ? まぁ今回はそれで許してやるか、では今週、週終わりの日の夕暮れ時にここで待ち合わせだ。遅れるなよ?」
そう言うとユリアさんはツカツカ歩いて人混みに消えて行った。
嵐は去ったようだ……
ふぅ、なんとか俺から他の人へのすり替えに成功したか?
まぁ俺も今週末夕方から拘束されることが決定してしまったのだが。別にこれだけ綺麗な人なんだ、むしろ御褒美だと思うことにしよう。
後は暴走されないようにしっかり手綱を握りつつ友好関係を……はぁ不安。
なんか頭のネジが数本外れてるっぽいんだよなぁ……
「そうだそうだ、私は夕食をまだ取っていなかったんだ。我が友人のシン、君も一緒にどうだね?」
「あ、あはは……喜んでご一緒させて頂きます。ユリアさん……」
何故帰ってきたし……
とりあえず、飲食店まで二人で行くことになったのだが、ユリアさんと歩いているとギルド内のヒソヒソ声が酷い。
――おい、あのユリアに捕まったやつは誰だ? 何!? ルーキー? 可哀想に……
――いくらあいつがブス好きでもあれは……ん!? あいつ何故笑っていられる? はっ、もしかして既に精神が……
――おおっ、神よ! 彼に慈悲を……!!
ユリアさんはたぶん聞こえているが完全無視だ。
俺の三歩ほど後ろからレストランまでの道を指示しつつ付いてくる。
振り返ってみればニヤリと笑う女騎士の顔があった。怖っ。
まるで騎士と、その騎士に連行されている犯罪者のような様子で俺達はとあるレストランに到着した。
「えっ……? なんかここメッチャ高そうじゃないですか!?」
「もちろんそれなりの高級店だ。 これでも私は一介の貴族だからな、いつもこの貴族街で食事をするんだ。特にここは懇意にさせてもらっている、値段が高い店ほどマナーが行き届く、失礼な対応をされたこともない。気持ち良く食事のできる店だ」
あぁ、そう言えばお城が近付いてるなと思ったら貴族街なんて所だったんだ。
よくよく見てみれば柵と庭付きの白い屋敷ばかりが建っていて、家自体が密集していないせいか道へ漏れ出る光が少ないのだが、代わりに足元を照らすよう等間隔に街灯が並んでいる。
目の前に見えるこのレストランも木造ながらシックな雰囲気が程よい高級感を出していた。
夜でも五月蠅い冒険者ギルドや下町のような雑多な風景はすっかりここにはなく、静けさばかりが拡がっている。
ギィと古びた木製のドアを開けた先は暖かな光源と鼻腔を気持ちよくくすぐる匂いの充満した世界だった。
おぉ、と俺は感嘆する。
観葉植物や光源の使い方、現代日本のレストランなんかと比べても見劣りしないほど、広く、キレイで、雰囲気のある場所だった。
「いらっしゃいませユリア様。ご帰還をお待ちしておりました……」
「あぁ、すまない今日はもう一人席へ案内してほしいのだが」
「かしこまりました……」
結局俺はユリアさんと向かい合うようにテーブルに着く。
こういう所では何を頼めば良いのか分からずメニューは適当にユリアさんにお任せしてしまった。
「さて、友人同士でするのは最近の笑い話だったかな……そうだな、私は以前から男性に避けられ続けて来たのだが最近はそうでもなくてな、なんと今日も一人のとある男から決闘の申し入れを受けてしまった。あはは……」
うん、どこに笑えば良いのだろう?
決闘したとある男と言うのはダイナのことだろうと思いつつ、俺はとりあえず【魅了のマスク】から出ている表情に笑みを浮かべておいた。
確かダイナもあのラヴィアンローズのメンバーもユリアさんに尊敬みたいな物は持っていたし一概に嫌っているわけではないのだけれど、決闘って喜ぶものなのか?
きっと話し下手なんだな、ちょっと話を広げづらい。話題はこちらから振ろう……
「そうなんですか、そう言えば聞いてくださいよこの前ドブさらいなんて依頼を騎士のソフィアさんって人と受けたらなんと月光石が見つかって……」
「ほう、月光石……ん? ソフィアを知っているのか?」
「え? は、はい。もしかして騎士の同僚とかですか?」
「……いや、彼女は実際には騎士ではない。騎士とは騎士爵位を持ち王国のために戦う者だ。ただ、まぁ……彼女は私の従姉妹なんだ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「あぁ、私の髪や肌は父方の砂漠の民の血が濃いせいで余り似ていないのだが、母方のほうの親族だ。ソフィアは小さい頃から私に容姿もそれとなく似ていてな、どこか放っておけずよく構ってあげたものだ。そのせいか随分懐いてしまって、今は私の真似ばかりして冒険者まで始めてしまったものだから少し不安だったのだよ……」
「そうだったんですか……」
よく考えれば騎士なんてものは俺が感じたただの雰囲気だった訳だ。
だが実際にソフィアの持つ誇りや騎士道みたいなものはこのユリアさんを、本物の騎士を見て身に付けた物なのだろう。
鎧や帯剣、そんの姿まで騎士を真似ていたことで俺は騎士と勘違いしていたが、それに強さが付いていかず『腐れ騎士』なんて呼び名を付けられていたのか……
ダイナはソフィアのことをこのユリアさんと比べていたのだろうか……?
ソフィアの友人と打ち明けたことで何故かユリアさんは上機嫌になり、口も回った。
食事をしつつたわいない話をした後、なんとお会計では食事代を全て奢ってもらい俺は帰路についた。