007話:三人の奴隷
朝、宿屋のベッドの上で目覚めた俺はそのまましばらく宿屋の天井を眺めつつぼーっとしていると、ふとあることに気付く。
奴隷をレンタルするんだから少しくらい働いてもらっても良いのではないか、と。
と言うことで、さっそく冒険者ギルドに依頼を受けに来た。
「おぉ? オメェ、ルーキーじゃん! 今日は奴隷はどうしたよ?」
「ダイナ……」
ぐっ、また絡まれた!!
熊男ダイナ・オーウェン……
前回無駄に絡まれた挙げ句に、助けに来てくれたソフィアをボコボコにしやがった野郎だ。こいつ嫌い。
「この前のはレンタルだよ……」
「え!? ギャハハハハ! なんだぁお前そんなマスクして見栄っ張りさんかぁ!? ヒーヒー、ちょっと腹痛い!!」
笑いすぎだろっ!!
こいつ、前回俺が家族のことを話に出したこととかすっかり忘れてやがる。
何が楽しいのか椅子に座りながらドンドンと机を叩いていた。
もういいかな? 無視して依頼を受けに行こう。
しかし、去ろうとした時にその熊男にぐっと腕を掴まれる。
「まぁまぁ、ちょっと座っていけよ。この前はイライラしててな、突っかかって悪かった。朝飯くらいは奢ってやるからよぉ」
「なにっ!? ダイナお前もしかして良いやつだったのか!?」
「あぁん? ふふふ、そう俺は実は良いやつだったのさ!! まぁとりあえずよ、お前なんで奴隷レンタルなんかしてたんだ? しかも、あんな不細工を」
「べ、別に良いだろ! そもそも俺は色々とこの町の事を聞きたかっただけで、別に顔はどうでも良かったんだよ!」
セラ達を不細工と言われたが無理に反論はしないでおこう。
そもそも本当に顔でってよりかは安さと情報が主だったし。
B専ってことにしてもいいけど、イチイチ不細工と言われるのに構っていたら面倒だ。
「ははーん。お前確かに怪しいもんな、情報収集もわざわざ奴隷を使うのか。で、その仮面とかいったいなんなんだ? 呪いのアイテムでも装備しちまったのか、それとも酷い火傷でもしたのか?」
「ん……まぁ、そんなところだ。それよりも俺の名前はシンな。で、ダイナはこんなとこで朝っぱらから何してんだ? 飲んだくれか?」
「朝から飲むかよ! シンお前、先輩になかなか良い態度だなぁ? あぁん?」
「あっ、オネェさん! ホットドック二つ! ダイナ、お前もホットドックでいいだろ?」
「ん? あ、あぁ……まぁいいや。俺様はな、ここで情報収集してるわけよ。仕方ねぇ、ルーキーにはとっておきの情報を教えてやろう、実はな、なんでも昨日街のどこかで月光石の……」
「やぁ!! シシシシン! 良い天気だなぁ!」
『シシシシン』って誰だ。
と、思って声がする方へ振り返ってみればそこにいたのはソフィアさん、いやソフィアか。
すげーな、昨日あれだけ酔っぱらってたのにもうすっかり元気みたいだ。
あっ、回復魔法とか薬草とかあるのかこの世界。
片手を上げて、若干緊張しているのか赤い顔で挨拶してきた。
「あぁん? 腐れ騎士が何のようだ? キモイ顔見せんなシッシッ!」
しかし、熊男が手でシッシッと払う。
俺と一緒にいるその男のその仕草でソフィアはピタリと立ち止まって、上げていた手を下ろした。
笑顔が見る見るしょんぼりとした物になっていき、しまいには何も言わずにターンしてトボトボ向こうへ歩き出した。
「お、おいダイナ! お前、酷いぞあれは!」
「ん? なんだシン、お前まで正義野郎ぶってんのか? 俺様は強いやつか可愛い子にしか興味ないんだよ。あんなやつ見ながら朝飯なんて不味くなって食えたもんじゃねぇ! その癖何度も俺に突っかかって来やがってよぉ、強くもねぇ癖に顔も悪いなんて本当にどうしようもないぜ!」
「っ! じゃあ強かったらいいのかよ!?」
「あぁ、そうだ。強かったら誰も何も言わねぇ! 現にこのギルドは強けりゃ顔なんぞ関係ないんだよ! でもなぁ、そのためにはいくらあんな格好しててもだめだ。努力しないといけない。何の努力も無しにブスが可愛い女並にチヤホヤされるなんて思っちゃいけないぜ! お前だってそうだシン、強くならねぇといつまでも舐められたままだぜ?」
「……そうかよ!」
俺は朝飯分にしては多すぎる千ガルドの大銅貨を机に置いてソフィアを追った。
言われてることは正論かもしれないけど、けれど、なんだか無性に腹が立った。やっぱりダイナのことは嫌いだ。
しばらくギルド内を歩き回ってみたがソフィアの姿は見つからない。既に帰ってしまったのだろうか?
彼女の姿は【鑑定のマスク】を使っても探し出せなかった。
はぁ、モヤモヤするなぁ……
とりあえず依頼でも受けるか。
「この薬草摘みの依頼書のコピーをお願いします」
俺は薬草積みの依頼を受けることにした。
たまにモンスターも出るらしいが、俺のレベルは現在二。
数の利もあるし、昨日の感じなら俺でもスライム位簡単にけちらせるだろう。
そんな訳でお昼になってから向かったのは奴隷商。
相変わらず六人の奴隷の女の子達は今日も暇だったらしい。
いつか処分されてしまいそうで怖いな。
まぁ、俺が通ってる間は大丈夫か、きっと。
「えーでは三人で一日のレンタル。しめて六万ガルドになります」
「えっ、三人?」
「はい、奴隷の方からそう聞いておりましたが……」
ミラはやはりセラに言われて待つことにしたらしい。
俺の財布のことを考えてくれたのだろうか?
一応、お金はまだまだあるのだけれど、まぁレンタル料の二万ガルドと言えばパンが山ほど買えるほどなのだから遠慮してくれたのかな。
今日は鬼人族の子も合わせて待っている三人には二つづつパンをお土産に持って行こう。
俺はさっさと六万ガルドの支払いを済ませた。
三人と一緒に屋敷を出る。
一番前を歩くのは、外出が久々なのかキョロキョロと周りを見渡しながら歩く犬人族の子、どこかミラを思い出す。
あれ何? あれ何? と興味津々だったミラと違って犬人族の子はただ匂いを嗅いでみたり、色彩を眺めて感動しているだけだが雰囲気はほとんど変わらない。
そして俺の右腕にくっ付いて胸を押し当ててくる兎人族の子、彼女はわざとなのかいやに胸をくっつけてくる。や、柔らかい……
恋人がいたらこんな感じだろうか。良かった【真の仮面】つけといて、たぶん今の俺は鼻の下が伸びきっている。
最後に俺の服の裾を掴みつつ人からの視線に対して俺の後ろに隠れようとする小人族の子。
この子は何故か俺が兎人族の子の胸の感触を楽しんでいるとグイグイと服の裾を引っ張ってくる。
……オイ、なぜ分かる?
彼女達にまずは薬草採取することを伝えて森に向かった。
「所で、このままじゃ呼びづらいし皆も名前で呼びたいんだけど、以前まで呼ばれていた名前はないかな? 因みに皆知ってるかもしれないけど俺はシンだから。好きに呼んでくれ」
「シン様! 僕はロアと呼ばれてました!」
「私は……『どれい』と」
「私はコレット……です」
「……」
……兎人族の子、酷いなっ!
とりあえず犬人族の子はロアで、小人族の子はコレットで決定として、兎人族の子はどうするか……
『奴隷』のままだと流石に酷いし……
「えっとそれじゃ奴隷以外呼ばれたい名前はあるかい?」
「えぇっと、『愛人』が良いかと……!」
「……私は、シン様の恋人……!」
「……」
あっ、だめだコリャ。
なんか兎人族の子が悪ノリしたせいで小人族の子も珍しく鼻息荒く言ってきた。
君はコレットでしょ。
うーん、仕方ないとりあえず仮称でもいいから俺が考えるか……
「えっとじゃあ君は兎からとってとりあえず『バニー』とかでどう?」
「っ!! そ、そんな……名前を頂けるなんて……私、今日の夜は誠心誠意ご奉仕しますねっ!! 期待しててください!!」
張り切ってるところ悪いが夜は奴隷商へ帰ってもらうよ?
流石に三人も奴隷を引き連れて泊まれる宿は分からん。
この前は二人プラス幼女だっから良かったが、このメンバーならベッドの問題として絶対にもう一部屋借りなきゃいけないし、そうなるとそうなるでまた面倒臭そうだ。
あと、バニーという名前は正直一目見た時からバニーガールなイメージが抜けなかったせいもあります。スンマセン。
「あっ、そ、そうだシン様これ……これ、どうぞ……」
「ん? コレット、これ何? ミサンガ?」
「えっと、はい……!」
突然渡されたのは白い糸で編まれたミサンガだった。
一本一本の糸が細いせいでミサンガ自体かなり細い。
でも、まぁこのミサンガはまるでセラやソフィアより白に近い透き通った金髪のコレットの髪色に似て綺れ……
……え?
俺はミサンガとコレットの髪を見比べる……
嘘だろ……オイオイ、まさか……
「コ、コレット……奴隷ってどうやって糸とか手に入れるの……?」
「えっと……レンタルしてくれたお客様から、貰える……こともあるって聞きました……私は、今日、初めてレンタル、です。嬉しい……」
「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあこのミサンガってどうやって作ったのかな……?」
「わ、私の……髪です。えへへ……」
ヒ、ヒィィィイイイ!!!!
こ、怖いっ! 怖すぎるっ!
コレットはなんだか恥ずかしそうにしているけど、普通自分の髪でミサンガ編むかっ!?
この世界ではこれが普通なの!?
そ、そうなのか……?
これが普通なのか……普通なんだなきっと、うん、そう信じよう。
「あ、ありがとう、大切にしまっておくね……」
「ま、また……頑張ります……!!」
この前のパンと良い、今回のミサンガと良い、なんだか怖いな。
今日の帰りは好きな素材を買い与えよう。
江戸時代の遊女みたいに指でも切られたら本当にたまったもんじゃない。
結構時間がかかったが薬草の採取場に到着。
とりあえず一時間くらい皆には好きに摘んでもらうことにした。依頼には薬草一つ四ガルドで買取りとあるだけで、ノルマも無い。なので特に気張らず遊びながら採取する。
けっこう雑草と薬草の違いが分からなかったりするので俺は鑑定のマスクで皆の取ってきた物を見る役目もこなした。
「シン様見てください! 薬草と一緒に穴ネズミを捕まえました!! 僕はお得な奴隷ですか!?」
「えっ!? ネズミ!?」
「ロア、ちゃんとシン様の役に立つように薬草取らなきゃダメじゃない! ネズミなんて何もお得じゃないわよ、それよりホラ、私みたいに薬草以外にもシン様のためにお花を摘んであげるほうがお得な奴隷ですよね!?」
「……大丈夫、私が……一番、薬草いっぱい摘む……私が一番、お得」
ネズミを捕まえてきたのはロア。
俺の周りにいたバニーは花を摘み、コレットは黙々と雑草を摘んでいた。
うん、残念なことにコレットが摘んでいるのは雑草だ。
それにしてもロアは流石犬の獣人だな、狩猟本能だろうか?
そしてそのネズミどうする気だ?
薬草摘みが終わったらご飯食べに行くから変な物は口にしないようにと一言注意をしておいた。
結局昼過ぎまでやって摘んだ薬草は四百以上。一人百以上は頑張ってくれた。まぁ一番頑張ったのはたぶん俺だが。
これで二千ガルド程……
こりゃ、Gクラスの冒険者は皆その日暮らしって感じなんだろうな。奴隷レンタルで六万も吹っ飛んでるが元は全く取れてない。
そう思うと月光石の欠片ってのは本当にすげーな。因みに前回十つぶほどギルドに提出せず、虎の子と言うことで俺のカバンに忍ばせてある。いざ金がない時にはあれでどうにかしよう。
今は百万ガルド以上余裕があるのでたぶん杞憂だけど。
そろそろ切り上げてご飯を食べに行こうかと言うと、皆喜んでいた。
主人の決定に口出ししないよう言われているのかほとんど無言だが、口角は緩み、目は輝く。ロアに限っては尻尾がパタパタ揺れていた。
俺達は森から出て街を歩く。レストランに入るのも奴隷の扱いなどが面倒なのでお弁当屋でもないかと探していた。
しかし、そうやって少しばかり余所見をしていたために……
ドンッ!
人にぶつかってしまった。
「っ! 仮面が……!!」
「ってーな!! 余所見してんじゃねぇよ! ケッ……仮面? はぁ、気持ち悪ぃなっ!」
強い衝撃。俺は横向きに倒れた拍子に、自分の肩と顔が接触し、仮面が外れてしまった。
一方体格差はさほど無いはずなのに、憮然と立ち尽くすその男。
髪は黒く、瞳も黒い。どこかのホストのように髪を切りそろえた日本人顔をしている。ただ、同級生ではないだろう。年齢は二十代といった所だった。そいつは倒れた俺に一瞥すると一言吐き捨ててさっさと行ってしまった。
「私の、シン様に……むぅ……」
「だ、大丈夫ですか!? シン様、仮面……」
「あっ、僕が拾います!」
「いや、私が」
「……私」
何故か落ちた【真の仮面】を三人で取り合っている。
俺は右腕で顔を隠しつつ、いいから早く取ってくれと伝える。
既に拾い上げているのに誰一人仮面から手をどかさず引っ張りあっていたのだ。
途中で、あっ、仮面を消して手元に出現させれば……
とも思ったのだが、この三人には俺が転移者であることや仮面の固有スキルを持っていることを話していない。
あぁ、さっさと返してくれ……
「あっ!! お肉を持ったシン様が呼んでるわよ!」
どうやらバニーの一人勝ちのようだ。
その言葉でロアとコレットの手は緩み、一気にバニーが仮面を引っ張った。
勢い余ってゴロゴロと後ろへ転がるバニー。
彼女は直ぐに立ち上がると、ロアとコレットの罵声を浴びつつこちらへ仮面を持ってきてくれた。
しかし、腕の隙間から俺は見てしまった。
彼女の持つ仮面は白い仮面から銀色に変わりつつあったのだ。
ミラの時と同じように、バニーが転がった時に彼女の顔に一瞬触れた仮面がグネグネと変化していた……