006話:パン
「「カンパーイ!!」」
もう何度目の乾杯だろうか……
この世界では飲酒は成人である十五歳から。
俺は付き合いで口をつけた程度で酒は控えつつお茶を貰って飲んでいるのだが、ソフィアさんは酒の勢いが止まらない。
百万円も貰ったのだ、そりゃ宝くじが当たったようなものだからな。
それにしても顔は真っ赤でベロベロなんだけど、大丈夫だろうかこれ?
「へっへっへ、一人辺り一〇三万と四千ガルド……未払の宿代を払ってもまだ百万も残るぅぅぅ!!」
「ソフィアさん宿代溜め込んでたんですか……」
「この顔じゃ女としても仕事出来ないし、冒険者として稼ぐしかないのだ! いやぁ、こんなに稼げたのも君のおかげ、もう私達は心の友だよな!! なっ!?」
「グ、グイグイ来ますね……そ、そうですね、もう俺達は友達だと思いますよ」
「うへへ……友達、友達だぁ……じゃ、じゃあ、あれだ、友達だから君のことはシシシシ……シンと呼ぶぞっ!!」
「うん、いいよ。その方が気楽だよね、改めてヨロシク。ソフィア!」
「ウヒャー!! ソフィアだってソフィア……うへへ……じゃ、じゃあ隣に座ってもいいかな……?」
「え? う、うんいいけど……?」
「あっ、ごめ、ゴメンネ! 冗談、冗談だって!!」
いや、隣に座られたら緊張するなと思って動揺したのだけれど勘違いしたようだ。
酔っぱうらと可愛いなこの人……
それにしてもここの食事代払っても俺の所持金は二百万近いことになっている。余りの大金に持ち運ぶのが怖いな……
と言ってもギルドに預けるにしてもパーティ組むにはまだ早いと言うか、もうちょい冒険者ギルドのあれこれやどんな人がいるのかを知っておきたいし……
うーん……あっ、そう言えば奴隷買えるかな?
まぁ買えても一人か。
最年少のミラ辺りを買ってあげたい気もするけどセラも一緒じゃないと意味無い……と言うか、俺が奴隷商人にロリコンと見られるだけな気がするし……
ん、そう言えば今日もパンを買って届けに行こうと思ってたんだっけ!
ソフィアさんがジョッキを片手に机に突っ伏しているので固い日持ちしそうなパンを六つお持ち帰り用に包んで貰い、支払いを俺がした後、ソフィアさんに肩を貸して宿屋まで運んで行った。
良かった、昨日ソフィアさんが泊まっている宿屋まで送ってなかったら適当な宿に突っ込むとこだった。
俺は彼女を部屋のベッドに寝かせるとそのままの足で奴隷商へと向かった。
時間は夜八時位だろうか?
電気はなく、光る石が街灯となって街をぼうっと照らすが、満点の星空、すっかり街は真っ暗だ。
この時間でもまだ奴隷商はやってるいのか?
しかし、到着してみると数人の男性の列が出来ていた。
え!? ナニコレ!?
とりあえず列に並んで見ていると男性が不細工な女の子と一組になって出てきて、入れ替わるように新しい男性が列から一人店内へ入って行く。
酔っている男性も多い俺の並ぶ列はノロノロと前に進み、そうしてやっと俺の順番が来た。
「これはシン様、今日は夜のレンタルですか? 今から明後日の夜明けまでとなりますがどの子に致します?」
「い、いや今日もパンを買ってきたんだけど……と言うか、この店って何時までやってるの?」
「お店自体は二十四時間営業です、深夜から朝の時間帯にかけては奴隷が接客致しております。それにしても、パンを……そうですか、奴隷達もシン様がまた来て頂けたとなると喜ぶでしょう。ではスミマセンがあとのことはこの奴隷に任せるので奥の部屋を使ってください。帰る際もご挨拶等は不要です、奴隷にお見送りさせますので……」
すげーなコンビニみたいな使いやすさ。
夜にレンタルすると二度目の明け方までに返却すれば良いのか。昼間にレンタルしても二度目の夕方までなんだよな。実質レンタル時間は一日と半位な気がする。
そして、男達は夜にレンタルをして夜の街へ女の子と遊びに行くと、でも高いと五万はするはずだ。まぁ、奴隷だと秘密が漏れないとか命令出来るって利点はあるのだろうけど、それにしても高い遊びだ。
俺は奥から出てきたチョイブサの人間の女の子に連れられて、奥の部屋に案内された。きっとこの子も奴隷だろう、首元に奴隷の印がある。
「ゴメンネ、君の分は買ってなかったんだ……」
「いえ、私は毎日三食頂いております。これ以上は太ってしまうので遠慮なく」
「あ、そうなんだ……」
「しばしお待ちを。奥から奴隷達を連れてまいります」
しばらく待つと、ゾロゾロと六人娘が現れる。
ミラが嬉しそうにしていたので小さく手を振るとピョンピョンと飛び跳ねていた。
なんだこの可愛いエルフは。
「えっと、今日もパンの差し入れに来たんだ……それじゃまずはミラから」
『ミラ』。俺がそう言った瞬間、ビクリと皆の体が動いた。
え? 何か変なこと言ったか? と、辺りを見回すが、皆静かにこっちを見ているだけだ。
そんな沈黙を破ったのは兎人族の子だった。
「発言を許してください。通常、奴隷に名前を付けるのはその主 人だけなのです……あの、シン様はその子を買うおつもりでしょうか……も、もしかして私達も……」
「あっと、ゴメン、そう言えばそうだったね忘れていたよ……えっと君達を買うのは……そ、そうだな、君達を買うとお得ってことが分かったなら是非買わせて貰うよ! それまではこうしてパンを差し入れに来るから君達の話を聞かせてね?」
可哀想だから、同情したから。
パンを差し入れに来るのはそんな理由だったと思う。
でも一思いに、買ってやるから皆待ってろよ等と言うのは俺には無理だった。
お互い心から信頼している訳じゃないんだ。
奴隷を買いたいと思ったのは『奴隷』という制限があるからこそ秘密がバレない。だから安心出来る関係を築けるという打算もあった。
なんだかんだ金は生きるのに必要だし、今日みたいなラッキーが起きなきゃ今はまだ六人を食わせる自信もない。
だからと言って、特にセラなんかは俺の仮面や転移者と言うことを知っているからそう簡単に買った後は奴隷から解放すれば良いなんてことも出来ない。
結局、俺自身の人を助けたいという偽善と、秘密を持つゆえの寂しさへの埋め合わせや都合の良い関係への願望、そしてここへ通うための言い訳がぐちゃぐちゃと混ざり合っていた。
「シンさま、またあしたもきてね? ミーちゃんまってるよ?」
「っ! ……勿論、またパンを買ってくるからね?」
「わーい!!」
ミラは凄い。
彼女と話すだけで俺は罪悪感のような物からふっと解放される。
セラも微笑を浮かべてそんなミラのことを見ていた。
喜ぶミラにパンを渡した後は、セラだ。
喜ぶ娘を見ている彼女にパンを差し出す。
「ありがとうございます。あの……私はこの子の分まで働きますので、えっとこの前見て頂いた通り少しなら、その、魔法も……それから私なら夜のお相手等も出来ますので……」
顔を赤らめつつしっかりコチラの目を見てくる。
子供の前で何言ってんじゃと思ったが、転移者がセラのような女性を可愛いと思うのを知っているからか、クソッ、教えたのはマズかったな、可愛いぜっ。
しかし今の俺は【真のマスク】装備中、表情が見えないので心までは読まれまい。
動揺していない素振りを見せつつ、次は犬人族の子にパンを差し出す。
「ありがとうございます! シン様、僕はいつレンタルして貰えますか? 昨日から待ってます!!」
「うっ、えっと……じゃ、じゃあ明日?」
「やったあああ!! 僕、頑張ります!」
「あっ、ず、ズルイ!! シン様、私も!」
ヤ、ヤバイ……
兎人族も手を上げ始めた。
ま、まぁでも今は金があるからいいかな?
いいよね?
二人で四万ガルド、三人で六万ガルド……
「よ、よし、じゃあ明日レンタルして欲しい人は外に連れて行ってやるぞ。犬人族の君と、兎人族の君、あとは?」
「はーい! ミーちゃんも、ミーちゃんも!!」
「あっ、こら、この前して貰ったでしょ!?」
「あ、あの……私……も」
ミラと小人族の子が手を上げる。
セラは前回してもらったので……と何故か遠慮がちだ。
先程までのアピールはどうしたのだろう……?
どうやらミラが絡むとセラも動揺するみたいだ。
それから、鬼人族の子は相変わらずツンツンだった。
とりあえず、今日はパンを持ってきただけだからまた明日で……と言って俺はパン渡しを再開する。
「えっと、はい。これ」
「ありがとうございます、シン様。その、明日は、私、初めてですので優しくしてくださいね……」
えっと、兎人族は何かを勘違いしているようだ。
そういう事はセラ以外の五人にはしちゃダメって奴隷商人が言ってたぞ!?
とりあえず苦笑いして次だな。
次は小人族の子、さっきは手を上げてくれたし、ちょっとは元気が戻ってきているみたい。相変わらず俯いているせいで表情はわからないけど。
「はい、君のパンだ」
「あ、あの……これ……!」
「ん? なんだ?」
「き、昨日貰ったパ、パンのクズで作った、シ、シン様の仮面です……!」
確かに、小さな【真の仮面】のようなものがそこにはあった。
お、おぉ……パンで作ったってあたりなんだか色々と凄い。
だけど折角だから有り難く頂こう。
カバンの中に入れたらすぐに潰れちゃいそうで怖いな。
「へぇ、器用なんだね、ありがとう。でも今度からパンはちゃんと食べ……」
「す、好きです!!」
「……へ?」
「好きです!」
「えっと、好きって……俺を好きってこと……?」
「は、はい!」
「……なんで!? えっ、突然の告白!? 何があった!?」
聞くと、前回パンを渡した時に手を握られて、ビビッときたらしい。
美少女に告白されて嫌な気はしないが、どうすりゃいいのか分からない。
おっと、そうだ。初めて告白されたが浮かれている場合じゃないな、この後に残っているのは鬼人族だ。
気合いを入れなければ!!
とりあえず、小人族の子には悪いが、ありがとうと言って受け流した。モテる男は辛いぜ。ふぅ。
「えっとパンだけど……」
「ふんっ……私は力が強い」
「ん? 力?」
「お、お前が言ったんだろうが!! お得なら買うって!! 飯は毎日パンを一つ以上。たまにはスープも出すこと! これが条件だ!!」
「お……おぉ、デレた?」
なんか知らないが鬼人族の態度が柔らかくなった。
あ、左手に抱えたパンを見て涎垂らしてやがる。
どうやら昨日差し入れたパンで懐柔できたらしい。
俺は皆にオヤスミの挨拶とまた明日レンタルに来るよと告げて店を出た。
帰り際に奴隷商人にパンを頂いているのでシン様にはあの六人はこの先も特別に一人あたり一八〇万ガルドの条件でお譲りしますと確約された。
きっと売れ残りだから買って欲しいんだろうな……
そうして俺は宿屋へ一人帰って行った。
ちなみにパンで作られた仮面オブジェは宿屋の机の所に置いておいた。
これ、カビるよな……どうしよう……
残金
一九三万と一〇五〇ガルド。