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仮面と奴隷と不思議な世界  作者: エイシ
二章:教皇区
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034話:ソフィアの涙

 人の心は必ずしも単一の側面だけを持っている訳では無い。

 状況や経験に合わせて時に二つ、三つ、いやそれ以上の複数の面を同時に持ち得るのだ。

 例えばそれは選択を迫られる時の迷いなどがそうだろう、理性と欲望だって大きな心の二面性だ。

 そう言った複数の自分を人は必ず持っている……


 ソフィア・ルーラー。

 騎士に憧れる金髪の女性冒険者。

 彼女もまた誠実で高尚な表面とほの暗く負の感情に囚われた裏面の二面の心を持っていた。









 ……


「……うっ……」


「おぉ、シン目覚めたか! 良かった良かった。それにしてもその仮面は凄いな、服を脱がせても全く外れなかったぞ! あっ、ちっ、違うぞ! 濡れて寒そうだから脱がせただけだ! 下は脱がせてないからな!!」




 ここは……

 川原のようだ。

 夕日が見える、時刻は夕方か……


 俺はパチパチ音を鳴らす焚き火の前に寝かされていた。

 上半身は裸で、俺が着ていた服は近くの木に吊るされ乾かされている。

 背中が痛いと思ったら体の下にひいているローブのその下は砂利だ、ゴツゴツしてこりゃ痛いわ。


 ヨイショと上半身を起こす。

 その瞬間ビキビキと体が痛んだ。

 咄嗟に固まってしまうがこれはあれだ……筋肉痛だ……


 仮面もいつの間にか【怪力のマスク】から【真のマスク】へ変わっている。

 目の前でわちゃわちゃとソフィアが何かを言っているが、とりあえず現状確認をしよう。


 黒龍が人化した。

 多分あれも魔法ってやつなんだろう。

 もしくはユニークスキルの類なのかもしれない。

 二号ダンジョンで見たボスと似たような姿、恐らく高位の魔物が使う同じ魔法なのではないかと思っている。

 体は小さくなったが、スピードや瞬発力は驚異的に上がった。

 魔法も連発してたしな……


 そして、そんな野郎にロアが捕まった。

 それから、それからえっと……


 そうだ、体の奥から何かとてつもない怒りが込み上げて来て体が勝手に……

 俺はアイツを倒したのか?

 いや、違う、倒せなかったんだ。


 途切れ途切れ、擦れた記憶を俺は手繰る。

 そう、確か……突然の濁流に俺もあいつも飲まれたんだったな……

 黒龍ファウールは人に化けたのが(あだ)になったな。

 恐らく厚木海のユニークスキル『水流の力』によって作られた洪水に流されたんだろう。

 俺まで飲み込まれた点については後で絶対文句を言いたい。




「で、ソフィアここは? 他の人達は? ロアは大丈夫だったのかな?」


「いや、鉄砲水に飲まれたシンを助けようと私は水流に飛び込んだんだ。そのまま川に流されてしまったのだが、なんとか川原までシンを運べた。あの人化した竜は一度も水面に姿を見せなかった所を見るに、私達よりも流されたようだ。多分ここの上流を辿っていけばあの橋の所まで戻れると思う」


「そっか……ありがとうなソフィア!」


「ッ! と、当然のことをしたまでだ!」




 お? 照れてるのか?

 からかいたくなるけど、とりあえずそれよりもこれからのことを決めないとな。

 黒龍ファウールが帰ってくる前に皆もう移動しているだろう。ロアが心配だ意識がなかったからな……

 とりあえずは皆に合流だろう。そもそも、奴隷の主である俺が行かないとバニーがどうにもならない。

 早く追い付かないとな!




「じゃあ行こうか!」


「あぁ、しかし私達二人だけだと野宿は少し不安だ。川に流されている間に街が見えたから今日はそこに寄らないか?」


「確かに、馬車もないからけっこう歩くと思うし、寝ている間にまたあんな龍が襲ってきたりしたら勘弁だしな……じゃあそこへ行こう。直ぐにでも皆に合流したいが、多分目的地もそう遠くないはずだ……!」




 川を上る。

 日が完全に沈み、星がよく見えるようになってきた頃、ようやく生活光の見える街が見えてきた。

 冬間近なためか虫の音もあまり聞こえない自然の中に、ガヤガヤとした喧騒が聴こえてくる。




「どうやら着いたみたいだな」


「あぁ、持ち物も流されてないしとりあえずさっさと宿屋を探そうか!」




 街中はあんなに大きな龍が出たその日だと言うのに陽気な雰囲気だ。そこらに灯る闇夜を照らす火の光りは暖かく、酒場からは小気味よい音楽が聞こえてくる。

 そんな街中で案外直ぐに宿屋は見つかった。

 一応【魅了のマスク】に仮面を変えてから泊まれるかを聞いたが、余裕で部屋は空いていたようだ。

 宿屋のオバチャンと話が弾んだ。




「じゃあほら、鍵だよ。あれ? あんたもかい?」


「あっ、そ、そうだ、私も一部屋借りたい」


「ふーん、あんたら冒険者パーティか何かかい?」


「うん、そんなとこだよお姉さん(・・・・)




 以前失敗しているからな。

 オバチャンと呼ぶようなミスは二度としない。

 タラコ唇が特徴的なご婦人で、きっとこの世界では美しいと呼ばれる女性なのだろう。俺には到底そうは見えないが。




「へぇー、あんたみたいなイイ男が連れてるんだから顔はともかく腕はいいんだろうねぇ……」


「は、はは……」



 ジロジロとソフィアを見るオバチャンの視線はあまり良いものではなかった。

 オバチャンと違い、ソフィアは目鼻立ちが整っている。この世界ではブスと呼ばれる女性なのだそうだ。俺には充分魅力的な顔だがそのことを言うと変人扱いされるので基本的に愛想笑いで答える。

 俺はさっさとオバチャンとの話を切り上げることにした。


 筋肉が悲鳴をあげている。

 こんな時には熱い風呂に入ってよくマッサージしてから寝るべきなのだろうがソフィアが酒場へ俺を誘った。

 彼女はフードを被り顔を隠そうとしていた。ただ単に酒を飲みたいというわけではなさそうだ。

 そう、俺も少し気になっていた。

 聖女が言っていた『モンスター達が教皇区で暴れている』という話。

 黒龍ファウールもその一端に過ぎないのだろうが、幾人ものユニークスキル使いがかかっても倒せないあんなモンスターが出たってのにこの街は平穏すぎるのだ。

 何かあるのだろう、そんなわけで酒場らしい。

 ゲームでも情報収集と言ったら酒場だもんな。少しワクワクした。






 ◇◆◇◆◇


「……じゃあモンスターはみんな協会本部が目的で、こちらから手出ししなきゃ街には被害が出ないってこと?」


「そうだ、だがしかし一応不測の事態も有り得るから気を付けるに越した事はない。君達は冒険者みたいだからモンスターと出会っても逃げ切る(すべ)もあるだろう、さほど危険はないはずだ」


「今日はドラゴンが出たみたいだけど……」


「あぁ、ここ最近とうとうドラゴンまで出てきているな、しかし教皇様にかかれば例えドラゴンだろうと討ち滅ぼすさ! 明日教会本部まで行くのだろう? モンスターが集まってくるため馬車は出ていないが君達なら数時間でたどり着けるよそこで見るといい、教皇様のお力を……!」




 ゴクリと唾を飲み込む。

 教会の三代派閥、今最もその中で力を持っているとされる教皇。

 しかしそれは権力の話で武力的な話ではなかったはずだ。

 しかし、この酒場のマスターの話だと軍隊でも操ってそうな勢いだった。

 龍さえも心配にならないほどなのだから相当武力方面の力も蓄えているのだろう。


 若干聖女達を心配つつも俺は出されたリンゴジュースをグッと飲み干す。

 因みに隣に座るソフィアは酒だ。流石に飲み過ぎないように、とは言ってあるが酒場だから二人して酒を飲まないのはおかしい。




「あれぇ? 仮面の君、お酒飲まないのぉ?」


「あ、俺はこの人の保護者なんで酔うわけにはいないと言うか……」




 チッ、なんか面倒臭そうな酔っ払いの女性に絡まれた。

 派手な服を着ていて、特に胸元は目立つ。

 もしかしたら娼婦か何かなのか?

 顔もすんごい状態に化粧されている。

 もちろんブサイクなメイクな!! それも吐き気がするほどの!


 だがまぁこの世界ではこれが美しいんだろうな。

 本気で面倒だぞこれ……




「そう言わずに折角の酒場なんだから少し一緒に飲みま……あれ? あんたソフィア?」


「っ!」


「えぇ!? ウケる! 久しぶりじゃないソフィア! あんた何してるのこんなところで!?」


「……久しぶり。ちよっと教会本部に」


「へぇー教会本部にねぇ、こんなイケメンと一緒にねぇ〜」





 その女が俺の二の腕に抱きついて胸をくっつけて来る!

 感触はスゴイが、正直ウザイ!!

 これじゃあオッパイもただの酷い絵の描かれたクッションくらいにしか感じねぇ……!

 しかもどうやらソフィアとは知り合いみたいだ。

 ソフィアの俯き加減を見るに仲が良いとは全く思えないが。





「ねぇねぇ君、名前は? 私はソフィアの友達(・・)のミリアって言うんだけど!」


「……冒険者をやっているシンです」


「へぇ、あまり聞かない名前かも!」



 もう一度ソフィアを見るが、やっぱり俯いている。

 それどころか手に持つグラスの中をジッと見つめていてけっこう怖い……

 本当に友達ならば、同じクランの仲間だしそれなりに接するべきなんだろうけど、ソフィア本人が全く会話に入ってこない。ひたすらグラスに熱い視線を向けているだけだ。

 八割型ソフィアの友達ではないのだろうけど、俺は残り二割の可能性のために一応会話を続けることにした。




「シン君はどこ出身なの!?」


「お、俺のことはいいじゃないですか、それよりミリアさんはどこ出身なんですか!?」


「私? 私はここから西に行ったところの地方にあるただの街出身だよ、そうそう、ソフィアもそこ出身なんだよねぇ」


「へぇ、じゃあソフィアの小さい頃の友達ってことですか?」


「プッ、そうそう……友達友達……」




 軽く笑われた。

 凄く嫌な感じだ。

 こっちは何も面白くなどないぞ。至って真面目だ。




「そう言えば、シン君はソフィアとどういう関係なの!?」


「関係? 同じクランの仲間ですかね……」




 関係、関係……

 初めて会ったのはダイナに絡まれた冒険者ギルド初日だったな。

 あの日は禄に会話もしなかったけど、その後月光石の欠片を見つけたりして……


 ん?

 そう言えば、何故ソフィアは俺について来てくれたのだろう。

 騎士道や正義感にしてもこれは完全に俺の事情であってここまでついて来てくれたことだけ考えても充分ありがたい、いや、申し訳ないくらいだ 。

 ソフィアの得にもならないはずだしな……あとでちゃんと聞いてみよう。





「そっかそっかぁ、シン君も冒険者なんだねぇ。見た感じ魔法使いっぽいよね、その仮面もオシャレだけど魔道具か何かでしょ?

 あぁ、いいよねぇ魔法使い! 前衛なんてすぐ傷だらけになっちゃうし……あっ、別に傷なんて気にならない顔の人には向いてるのか!」


「……」


「あーあ、私も冒険者に転職しようかな、あの“泥雑巾”が出来るんだもん私だってきっと……あっ、“泥雑巾”ってのはソフィアの昔のあだ名で……」




 その時ガタリとソフィアが立ち上がった。

 顔は俯いたままでその表情は見えない。しかし、何か“良くないこと”を考えている事は容易に分かる。

 あの正義を愛し、人に剣など向けるはずもないソフィアが今はギュッと剣の柄を握りしめ震えているのだ。




「お前が……お前達がっ! 私を、まだ小さかった私を泥雑巾にしたんだっ!! 毎日毎日毎日毎日……地面へ頭を擦り付けられ、私は、私は好きで泥雑巾になったんじゃない!! お前が私をっ、私をっ!! もう嫌だ、もう、全部……!」




 ソフィアの目にあったのは怒りではない。

 絶望だった。

 そして彼女は目の前にあるその過去の絶望を断ち切るために抜刀していたのだ。

 俺は咄嗟にミリアを突き飛ばす。

 あまりの出来事にミリアは地面に尻餅を付いたまま呆けていた。


 俺はソフィアが手出しできないよう二人の間にしっかり立ち、そしてしっかりと言い放った。




「ミリアさん。あなたなんかに冒険者は無理ですよ。冒険者は辛いんだ。目の前で知り合いが死ぬことだってある。腕が動かなくなってしまうこともある。でもね、ソフィアは例え傷だらけになろうとも、俺よりも勇気を持って敵に立ち向かうし、こんなちっぽけな俺さえも身を賭して助けてくれる。いくら泥だらけだろうとその本当の姿は卑しい言葉にも決して屈しない高貴な美しさを持っているんだ。あんたよりよっぽどソフィアは綺麗な人だと俺は思うね!!」




 俺はカウンターに一万ガルドの銀貨一枚を置き、何の返答を待つこと無くソフィアを連れて外へ出た。

 ソフィアもまた俺の言葉にビックリしたようで剣を持ったままたどたどしい足取りで俺に手を引かれていた。

 真剣を持って街を徘徊するのは明らかに怪しすぎるので一旦ソフィアを落ち着かせるために人気のない裏通りへ赴く。

 そこは少々灯りの少ない通りで人の影は一つも見えなかった。




「す、すまないなシン……恥ずかしい所を見せた」


「……辛いなら、辛いって言えばいい。いつも強くあろうとする姿は凄いと思うけれど全て我慢すればいい訳じゃない。俺はそう思うよ……」


「それは……」


「同じクランの仲間だ。たまには弱い姿を見せても良いんじゃないかな?」


「っ! わ、私は、っ、ふっ、ぐっ……ぅぅぅ……!! 冒険者に、逃げたんだ私は、ユリア姉さんが羨ましくて、私も、私もあぁなりたいと……うぅぅぅ……」




 それは初めて見たソフィアの涙だった。

 俺は彼女を抱いて落ち着くのを待つ。

 暗がりには嗚咽の声が小さく響いていた。







 ……


 宿屋に帰ってから……




「な、なぁシン、私も少しメイクをしようと……な、なんだそのうぇぇぇっていかにも嫌そうな顔は!?」


「いや、ソフィアはその顔が一番だよ、絶対にミリアみたいなあんなメイクはしないでくれ……」


「そ、そうか? な、ならまぁしないでいいか。誰に好かれるかも分からないメイクより、シンが好いてくれている素顔の方が良いものな……うん!」


「そうそう、絶対にあんなクソメイクよりもソフィアはそのままがいいよ。そもそも冒険者の女性ってあんましっかり化粧してるの見たことないし。ユリアさんとかアイさんとか」


「そ、そのままがいい、か……そ、そうか、そうなのか、ふふふ……あぁ、神よやっと私も報われる時が来たみたいです。ここまで来たかいがありました……」




 神に祈り始めたが、納得してくれたようで良かったです。

 彼女がいじめられていた原因はきっとその顔にあるのだろう。

 だけど、俺としては絶対にメイクなどしてもらいたくなかった。

 なので、どうにか今の素顔が一番だと言い聞かせて、ソフィアがメイクを始める危機は回避できたのだった。

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