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仮面と奴隷と不思議な世界  作者: エイシ
二章:教皇区
38/41

033話:黒龍との対峙

★前回までのあらすじ。


突然現れた黒龍ファウール。

聖女がバカやって狙われたのでこれを逃して、

ファウールには柏木優希、神谷志乃舞、厚木海、碓氷望、先生の紋章者五人とロア、ソフィア、シンの三人が立ち向かっていた。


 ……


「ぐぉぉぉおおお!!!」



 黒龍ファウールは神谷志乃舞が吐く『ドラゴンレーザー』から顔を背けるように体を回転させる。そして、その回転の勢いで巨大な尻尾を大きく振るってきた。


 地を這うように、しかしトラックのような勢いでその黒い尻尾は進み、その回転運動が紋章者達の体を凪いだ。

 吹っ飛ばされる四人の紋章者達。あまりにファウールに近づき過ぎたのだ。不意を突かれたためか、抵抗する暇もなく簡単に宙を舞っていく。




「厚木!! 川はすぐそこだ! 水を引けぇ!!」


「はいぃぃぃ!!」



 先生の叫びで気づいたが、川がすぐそこに迫っていた。

 ファウールが馬車を追わないよう引き止めつつ後退しながら戦っていたのだが案外川まで近かったようだ。

 それなりに大きな川で、石で出来たアーチ型の橋が掛かっていた。


 そして、先生の叫びに呼応するように吹き飛ばされている厚木海がユニークスキルを使う。


 どうやら吹き飛ばされた四人は爆発や逆転などの各々の能力で辛うじて衝撃を緩和しているようだ。空中分解なんて悲惨な状況の者は一人もいなかった。

 しかしながらこのまま地に落ちれば、その衝撃は少なからず彼等にダメージを与えることになる。

 そこで、先生は厚木海にユニークスキルを使うように言ったのだ。



 川から凄い勢いで水が引いていく。いや、違う。

 川が流れを変えたのだ。

 そう、四人の紋章者達を包み込むようにその姿を変え、最早川というより生物のような水の塊が見事四人を受け止めていた。




「ぐわぁ! 冷てぇぇぇ!」


「うっさい! 冬間近なんだからしかたないでしょ!!」




 どうやら無事のようだ。

 厚木海のユニークスキルは『水流の力』。

 お喋りな本人が馬車内で言っていたのは、海や川などにある水流を操る力なのだとか。

 ただ、この力は『水』全般に及ぶとも言っていた。

 例えばコップの水、例えば大気中に含まれる水蒸気、そう言ったものにも作用するらしい。

 しかしながらやはり川などがある状態でなければなかなか扱い辛い力なのだろう。逆を言えば近くに川などがある状況であればかなり強い力だ。




「ぐぅおおお!! 先の女はどこへ行ったのだ!? グルル……オイ、お前達、お前達も邪魔をすると言うならば……!!」




 水と戯れる紋章者達を横目に目の前に迫る黒龍。

 キッと睨まれ、目を離せなくなる。

 まるで蛇に睨まれたカエルのように、その赤い瞳で、地に突き刺すような視線で、俺達は問答を迫られた。

 勿論ここは邪魔をしなければいけない状況だ。先に逃がした馬車にはコレットも乗っている。俺が死なないように、しかし、ここでこの龍の足止めをしなければならないのは必然だった。




「ぼ、僕が相手だ!」

「私もっ!!」


「お、おいっ!」

「そうだ、君達は下がって! 私が策を練る、それまで……」




 前に出たのはロアとソフィアだった。

 傍から見れば女の子を前に出させる男二人なんて絵面でスゲー情けない。

 しかし、俺と先生の制止もきかずに、まずはソフィアが飛び出して行く。

 大声を上げながら、剣を抜き、まるで騎士のように黒龍へと突撃するソフィア。


 ……しかし、すぐに尻尾で吹っ飛ばされた。


 上手く剣で受けたようでぎゃあああと叫び声を上げながら空を 飛んだあと、厚木海によって助けられていた。

 うん。まぁ大きな怪我がなさそうで良かった……


 そして、そんなソフィアの行動に気を取られていた間にロアも走り出してしまう。




「僕はシン様の役に立つんだ! エイッ!!」




 気付けば既に龍の足元まで駆け抜け、その太い樹木のような足に正拳突きの一撃を加えていた。おぉっ!!

 ……ただ、凄いと思ったのも一瞬で、その突きはファウールには効いていない。というよりまず、気付かれていない。どうやら足の速さに反比例するようにロアの腕力は弱いようだ。俺が人のことを言えたものではないが、恐らく【怪力のマスク】をつけていない俺と同等程度くらいなのだろう。


 しかし、ロアは諦めることなくポスポスと黒い体へ腕を振り回す。俺の役に立ちたいとその一心だけで自分の何倍もある怪獣に立ち向かっていた。




「むっ? なんだお前は? 邪魔だ……!」


「うわっ!! ととと……ふん、当たらないよーだ!」



 踏み潰そうと足踏みするファウールの足元を華麗に走り避けるロア。更には龍相手に挑発をしだす彼女に俺はハラハラとした。


 って、俺はどうすべきだ?

 このままロアに任せて紋章者達が戦線復帰するのを待つべきか?

 それで良いのか!?

 先生を見ると、静かに立ち尽くしたまま下唇を噛みつつロアを見守っていた。

 先生も生徒達が戻って来るのをまっているのだろう。

 厚木海の力によって濁流と共にこちらへ走り来る四人プラスソフィアはもう大分ファウールに近い所まで戻って来ていた。




「よ……よし、後は俺に任せろロア!! 下がってくれ!」

「シン君! 待てっ、もう少しで……」


「シン様、で、でも僕、もうちょっとで倒せそうで……!」

「ぐぅぅ、うっとおしい!! こうなれば……人化魔法“ヒューマ”!!」




 俺はそれでもロアと交代することを選んだ。

 もう後は俺でも持ち堪えられるだろう。それにこんなカッコ悪い様をいつまでも晒している別にはいかない。

 先生は止めるが俺はそれでも一歩、そして更に一歩、そうやって走り出していた。


 しかし、ロアはファウールの足元を駆け回るのを止めない。

 本人はもうちょっとで倒せると本当に思っているのかもしれない。だが、明らかにファウールの怒りのボルテージしか上がっていない。ダメージじゃなくてウザさしか与えていない。


 そして、本当に怒ったのか黒龍ファウールは一つの魔法を使った。

 突如体中から沸いたヤカンのように煙を吹き出すファウール。

 そしてその煙はファウールを包み込んでいく。

 ロアは走り回るのを止めて煙を吸わぬようその魔法の届かない場所までピョンと飛び退く。

 走り寄る紋章者達の中、神谷志々舞はファウールのこの魔法を完成させまいと先の『ドラゴンレーザー』で邪魔をした。しかし、煙は止まることなくファウールの体を包み込んでいく。

 みるみるうちに巨大な体は煙に包まれ、今はその大きさをドンドン縮小させていた。

 ファウールは唱えた、『人化魔法』と。

 俺は走り寄りつつも嫌な予感にロアを呼び戻す。




「ロア、もういい! こっちへ走ってこい!!」


「は、はぃっ、ぐぅっ!?」




 煙に巻き込まれないようにしつつも段々と縮小する煙に合わせて中を確認しようとしていたロア。

 だが、俺の言葉で人の大きさ程度まで縮小していた煙とその中にいるはずのファウールを確認することを諦め、こちらへ帰ってくるために向きなおったその時だった。


 煙の中からロアの首元へ腕が伸びたのだ。

 それは浅黒い肌の人の腕であった。



 首を強く掴まれているためか、声を上げれずにロアが暴れる。

 必死に喉を締め付けるその腕を首から引き剥がそうともがく。


 しかし、細い首から離れない。

 それはさほど大きな手でもなく、屈強で筋骨隆々とした力強い腕でもない。

 しかし、いくら暴れようと振り解けない。


 煙が徐々に晴れ、中から現れたのは十歳くらいの少年だった。

 俺は既視感と共に威圧感に襲われる。

 その外見は浅黒い肌に、灰色の簡素な服、その体は宙に浮いており、黒い髪には日本の白い『角』が生えていたのだ。

 それはいつか見た二号ダンジョンのあのボスにかなり近い物だった。


 その人型となったファウールが今、ロアの首を左手一本で締め上げる。先程までのロアの行動にイライラとしているのが不機嫌そうな表情に現れていた。

 そして、そのまま空いている右手も動く。

 詠唱なしで魔法を発動し、到着しかかっていた紋章者達の目の前に大きな土の壁を作り出したのだ。

 突然現れた長大な壁の向こうからはすぐに壁に色々とぶつかる音や文句が聞こえてきた。

 俺達は再び分断されてしまっていた。



 そして、呼吸を止められたロアの顔がみるみる赤くなっていく。

 抵抗する力が失われ、犬耳も垂れ下がり、その犬人族の少女は俺に向かって助けを求めるように右手を伸ばし……そして、意識を失った。




「っ!! 離せぇぇぇえええ!!」




 俺は再び足を前に出していた。

 躊躇していた先程までの自分がアホらしい。

 他の奴らが来るまでどうにかしようとか、そもそも出来ることなら全部任せてしまおうとか、そんな考えを少なからず持っていた。

 だけど、そんなんじゃダメなんだ。


 ロアは俺が助けるし、この目の前の魔物も俺が倒すっ!!



 俺は右手を振りかぶり目の前の少年に向かって走る。

 対して相手は先程までのバカみたいなお喋りをすることもなく、興味薄そうに右手をこちらに向けてくる。


 一瞬の内に土が盛り上がり壁が形成される。

 それは先程俺達と厚木海達紋章者を分断した長大な物ではなく俺一人を足止めしようとする程度の小さな壁だった。



 ……邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ……邪魔だっ!!



 一瞬で頭の中にドロドロとした感情が渦巻いた。

 俺は俺の邪魔をするその魔法に、いまだグネグネと壁になろうとしているその土に、腕を精一杯の力を持って振り下ろす。

 それには今までにないほどのスピード、今までにないほどの力が篭っていた。


 そして、次の瞬間には目の前の“邪魔”は崩れ去っていた。




「なっ!?」



 これには少年ファウールも驚き声を上げる。

 それは驚くだろう。他の紋章者達もいまだに超えられず苦戦している壁のはずだ。

 俺もまさか一撃で砕けるとは思っていなくて驚いたし。

 そしてファウールはロアから手を離し、俺に向かって警戒を(あらわ)にする。


 地に落ちたロアにら相変わらず意識が戻っていない。

 ファウールは目に見えるほどの黒い魔力を体中に滾らせる。

 この時、俺は、俺の中にあったのは……何故か『怒り』だった。



 何故そう思ったのか分からない。何故それほどまでの激情が沸いたのか分からない。何故こんなににも殺したいほどの怨みに襲われたのか分からない。

 俺は、そう、自分でも不思議に思えるほどの大きな『怒り』に囚われていた。

 ロアを傷つけたファウール、その人へと化けた魔龍を死んでも引き裂いてやりたい思いに駆られていた。




「うあああぁぁぁっ!!!」




 一撃目は下から抉りあげるような右アッパーを腹へかます。

 これは手をクロスしたファウールに防がれた。

 しかし、渾身の一撃をただ防がれても仕方がない。

 俺は【怪力のマスク】の動体視力を活かし、敵の両腕で防がれてしまった右拳を開き、いまだしっかりと腹をガードしているその腕を掴み、引き、体制を崩させて、顔面へ左拳を撃ち込んだ。

 右足をファウールの股の間へ踏み込み、右手でしっかりと憎き男の腕を掴みつつ、開いた左半身から正確無慈悲な黒い拳を放つ。


 ……しかし、これは空をきることになる。

 ファウールは宙を浮遊できた。

 バランスも体勢も関係がない。空へ寝るように仰け反って、俺の拳を完璧に避け切る。

 更に気づいた時には“蹴り”が俺の脇腹に入っていた。




「ぐ、ぅあっ!!」



 地に両手をついてしまう俺。

 (あばら)が軋む、鈍く強烈な痛みに襲われる、呼吸が上手くできない。


 しかし、その痛みも苦しみも何もかもがこの目の前のファウールへの怒りに次々と変わっていく。

 自分でも何かおかしいとは感じていた、このままでは何かマズイと感じていた。

 しかし、そのよくわからない怒りに包まれれば包まれるほど俺の力は上がっていくのを感じていた。

 今頼れるのがこの【怪力のマスク】からもたらされる力のみだと分かっていた。だからこそ、俺はその怒りを受け入れる。




「がぁっ!!」



 ファウールは、その浮いた左足を地面を見つめる俺の後頭部に振り落とす。

 俺はこれを横に転がり寸でのところで避けきってみせる。

 感覚が鋭敏になっているのを感じた。

 蹴られたはずの脇腹が服がめくれて視界の端に映る。


 そこは……なんと腕と同じく黒く変色していた。


 感覚はあった。腕から首元へ、胸へ、腹へ……

 あの仮面と同様黒色に染まっていた腕の感覚が上半身へ拡がっていくのをうっすらとだが確かに感じていた。

 恐らく、力と共に、体の色と怒りが俺の体を染めているのだろう。


 あぁ、仮面に飲まれている……


 そんな思いが一瞬だけ浮かぶ。

 それは僅かな怒りの合間に産まれた自我だった。

 いや、きっとなんとか残ってくれていた自我だったのだろう。


 その一瞬で俺はロアを掴み後方へと投げていた。

 後は先生がどうにかしてくれるだろう。



 ――ロアを助ける。



 それこそが俺の中に残っていた僅かな理性の唯一の使命だった。


 そこから先のことはあまり覚えていない。

 僅かに覚えているのは、数日前にクロウとかいう鬼人族と戦ったルビーのように俺はフツフツと沸き起こる怒りに任せてファウールへ猛攻を仕掛けていたこと、そして突然の鉄砲水に襲われた事、そして強すぎる水の勢いの中溺れゆく俺を抱き上げるように誰かが救いあげてくれたことだった。

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