032話:野良ドラゴン
それは四日目のことだった。俺達は関所を越え一応教皇区とやらには入ったらしいのだが、目指す目的地は明日到着する予定の教会本部だ。相変わらず馬車に揺られていた。
因みに、関所ではシンシアの名前をどうどうと出した。現時点では『神伝の力』も伝わっていないためなんだか知らないが特別な力を持つ“聖女候補”の一人として扱われているらしい。
政争が激しく暗殺でもありそうなのに、隠すことなく名前を出したのはこれだけの面子が揃っているからだろうか?
いや、もしかしたら教皇は巫女であるバニーを発見したことで聖女の存在を小さいものと無視しているだけかもな。
そして、教会本部というだけあり、その近くまで来た俺達の乗る馬車とすれ違う人が段々と増えてきている。
ただ、ちょっと気になるのは道行く人々が皆ゴツゴツの鎧を身にまとった重戦士達や、騎乗したいく人もの騎士や魔法使い達に護衛される馬車ばかりだということだ。
それはかなり俺を不安にさせる要素だった。
「あのー……」
「あぁ、道行く人が武装しているのはここ最近教皇区内が物騒だからですよ」
「き、聞いてないんだけど、どういうことシンシア……」
「それは言ってませんもの。まぁ最近モンスター達が教皇区で暴れているんです」
「え……なぜ?」
「んー、魔王復活への影響でしょうね。だから私も外回りしていたのですが、今は心配する事はありません。タダシ達がいます」
ま、まぁそうか……
先生達、というかユニークスキル使いがこれだけいれば……
そんなことを考えていた矢先だった。
突然あたりが暗くなったのだ。
真っ暗と言うわけではなく、それは単純に厚い雲で太陽の光が遮られたらような暗さだった。
なんだぁ、突然の嵐か? スコールでも来たか? その時の俺はその程度にしか思っていなかった。
「ドラゴンだぁっ!! 逃げろぉぉぉ!」
しかし直ぐに外から聞こえる叫び、そして悲鳴や馬のいななき。途端にドタバタとした慌ただしさに呑気な考えは吹っ飛ぶ。
俺の乗る馬車の中では、瞬時に異常事態を感じた先生が司令を出していた。
「馬を全速力で走らせて!!」
そんなことはとうに御者も分かっていたし馬も既に全速力だった。ガタガタと必死に走る馬車に乗っているため俺はそれを理解する。
そして、一向に元に戻らない外の暗さから俺も先生や厚木海が覗き見ている馬車の外へ恐る恐る顔を出してみた。
……そこにいたのは飛竜。
ソイツは巨大な翼と長い尻尾を空中に伸ばし、太陽を遮っていた。
真っ黒な鱗に覆われ手と足には凶悪な爪を携えている。
そんな二本の角を持つ巨大な竜がコチラに顔を向けた……!
紅い瞳がこちらを貫くように見ている。
あ、ヤバイ。見られてない? ねぇ、俺見られてない?
「オイ、そこの白いの!」
頭上から聞こえて来る渋い声。
……俺、じゃないよね?
なんだかこれ以上顔を出すのは止めておこうと俺の中の誰かが囁いた。
すーっと顔を馬車の中へ戻していく。
「オイ、お前だ白いの! 隠れるな! ブレスるぞ?」
「あ、はい、隠れないんでブレスらないでください……」
俺は再びすーっと顔を出した。
因みに小声でささやいたつもりなのだが聞こえたようだ。
パカッと開いていた口が閉じられる。
ヤバイヤバイ、ブレスされる所だった。てかブレスるって何……?
「お前は魔物か? 魔王となるべき者がどこにいるか知っているか?」
「いや、知らないっす、本当に。だからこれ以上ついて来ないでください。お願いします」
「それはダメだ、魔王となるべき者を探している。彼の者は我らの道標なのだ」
必死に並走して走る三つの馬車から沢山の視線が俺に注がれていた。何故か俺を魔物と間違えて馬車の速度に合わせ頭上を飛ぶ飛竜に俺は腰低く対応する。
先ほどまで近くにいたはずの道行く強そうな戦士達なんかも流石にビビったのかとっくに散り散りに逃げていた。
いや、ドラゴンスレイヤーでも呼びに行ってくれたのだと信じよう。
そして、皆が静かに見守る中俺は竜の質問に答える。
向こうは大声、こちらは先生やシンシアくらいにしか届かないくらいの弱々しい声だが会話は成り立っているらしい。
あと、俺は魔物じゃない。人間だ。どうやら耳はいいが、視力は並らしい。
「おや、魔王となるべき者を探しているなんて、教会に監禁されていることがどこからバレたのかしら」
それはシンシアの余計な一言だった。
その言葉が耳に届いたのか、シンシアが言葉を発し終わると竜の紅い目がカッと開かれたのだ。
本当に誰かコイツの口にチャックつけろよ!!
秘密がダダ漏れなんだよ!!
明らかに嫌な予感しかしてこない、俺は瞬時に脳内でシンシアに文句を垂れた。
「我は黒龍ファウール、古の契約を守るため魔王となるべき者の元へ行く!! 秘密を話してもらうぞっ!!」
突然の急降下。
馬車の五倍はあろうかという巨躯が目の前に迫る。
最早空から壁が落ちてきたようにしか見えなかった。
「飛び降りろぉぉぉ!!!」
先生が叫ぶ。
同時に俺は厚木によって馬車の外へ蹴り出されていた。
ゴロゴロと地面を転がるが大丈夫、砂利で血だらけになったけど生きている。
俺は痛みも感じる暇もなく立ち上がった。
聖女は先生に抱きかかえられて無事、厚木もちゃんと着地していた。
俺は生きるのに必死で、アドレナリンがドバドバだった。
先程まで乗っていたはずの馬車が空飛ぶ龍により馬ごと空へ持ち上げられる。
しかし、俺達が緊急離脱したのを分かったのか、なんと黒龍はポイッとゴミでもポイ捨てするかの如く馬車をそこらへうち投げたのだ。
あえなく地に落ち馬車、大破。恐らく御者や馬は……
「厚木! 聖女様を守れ!! 皆も馬車から降りて展開!! 碓氷、白金、なんとかあの巨体を地に落とせないか!?」
「私がっ!! 逆転っ!!」
「ぬ、うぉぉぉおおお!!!」
残った馬車は聖女と先生を置いていけないと少し先で停止し、そこから直ぐに紋章者達が飛び出してきた。
そして碓氷望が『逆転の力』を使い黒龍ファウールを地に落とす。
あっけなくやってのけるのが恐ろしい、黒龍ファウールは巨体を逆転され、簡単に頭から地面に衝突した。
「今だ! 聖女様は吉原、渡辺のいる馬車へ!!」
「シン様!」
「シン様、大丈夫!?」
「シン、白い魔物と間違えられるってお前……」
ロア、コレット、ソフィアも直ぐに駆け寄って来る。
砂利によって負った怪我を気にしてくれる中『その白い仮面外せば?』って声はわざと無視した。
「シン様は、下がって、ここは私が……守るっ!!」
「コレット、カッコイイけど、ここは任せろお前は後ろに……!」
俺の前で両手を広げるコレット。
いつもオドオドとした自信のない彼女が、レベルも俺達の中で最も低く弱いはずの彼女が今はどうどうと土埃の中立ち上がる黒龍に立ち向かっていた。
俺はそんなコレットの背中に嬉しさを覚えつつ【怪力のマスク】に仮面をつけかえる。
しかし……
「うひゃー、本物のドラゴンだよ! 一狩り行っとく?」
「うぉぉぉ燃える! あいつの背中に乗ってみてえな!」
「おっ、いいねそれ! 私も乗りたーい!」
「皆、ふざけていると足元をすくわれるぞ。気を付けて……」
「硬い硬ぁいよ木村君! 全く真面目なんだから! 私達がいれば無敵なのです! あっ、シンさん達は危ないから下がっててね〜」
「みんな、行くよっ!!」
それぞれの感想を述べつつ、白金弥生、柏木優希、神谷志乃舞、木村達也、厚木海、そして碓氷望の六人が先生と俺達の元へと集まってきた。
あ、なんか大丈夫かも……
バクバクと脈打っていた心臓が一気に落ち着きを取り戻した。
ユニークスキルの安心感ぱねぇ。
「超・豪炎爆破ぁぁぁ!!!」
「ちょっ! 熱いっつーの!! 私が近くにいるんだから気を付けてよねっ!!」
柏木優希の生み出した大玉のような火炎球が神谷志乃舞に文句を言われながらファウールに飛んでいく。
どうやらポニーテールな彼女の毛先を焼いてしまったようだ。
しかしながら、超をつけるネーミングセンス……それでいいのか?
「ふんっ! 龍に火だと? 舐めておるのか? それよりも魔お……」
ファウールは全く動じずその火の大玉を手で払う動作を取った。
龍の鱗は耐火性が強いとかだろうか?
まぁ火を吐きそうだしそんな予感はするよね。
しかし……
ドグァァァン!!
ファウールの払い除けようとした左手に起きたのは爆発だった。
「ぐあぁぁぁ!!! お、おのれ騙したなぁぁぁ!!」
「何も騙してないわよ。逆転!!」
「ぐおおおっ!」
「なっ!? 効かない!?」
「ふんっ、面白い魔法だが、魔力には魔力よ。仕掛けが分かれば簡単に防げるぞふははは!!」
「あらぁ、ドンマイ委員長。うーん、やっぱりあれだけ大きいと片手剣は効かなそうだねーやっぱり大剣か太刀がないとなぁ」
「白金、ゲームじゃないんだ気をつけなさい。皆、聖女様を先に逃がしつつこのままこの龍を足止めするぞ!! この先に川がある! そこまで牽制しつつ移動!!」
「「「はいっ!!」」」
どうやらシンシアは先に行かせるらしい。
俺は急いで口を挟んだ。
ソフィアは冒険者でロアには足がある、しかしコレットは特別な力を持っていない。
レベルも低く、ここで目の前の黒龍と対峙するとしたら、一歩間違えただけで簡単に傷ついてしまうだろう。
俺は彼女をシンシアと共に逃がすため先生に頼み込む。
「先生、コレットも、コレットも一緒に逃がしてください! 頼みます!!」
「えっ、や、やだ! 私は、シン様と……!」
「いいねぇ、男の子してるねぇ、あとは私に任せなさい! それと、えーと、木村君、行こっ!」
「……なんで俺」
「静かでうるさくないし、君がいれば聖女様でもなんでも守れるでしょ! さっ行くよ!」
「う、動かない、体がっ! いやっ! シン様、私も! イヤァ!!」
白金弥生と木村達也が突然体が固まったように動かなくなったコレットを連れて行ってくれた。
そして、目の前で何度も爆発が起き、黒龍が怯んでいる隙に二台の馬車は出発する。
コレットの叫び声がしばらく聞こえていたが、馬車が離れるとそれもピタリ止まる。
よく考えれば先日は盗賊達の口もまとめて“固めて”封じていたはずだ。
最初から出来るのにそれをしなかったとすれば白金弥生は相当に意地が悪い。
「ううう、おのれぇ!! 情報が逃げて行く……こうなればフレイムブレスをくらえ!! すぅーっ……」
「うわ! なんかやばそうだ! ロア、ソフィアもう少し離れるぞ!!」
空気を吸い込む黒龍。
流石にヤバそうなため、俺はソフィアとロアに声をかける。
紋章者達に比べれば俺達と先生は幾分ファウールから離れているものの、相手はその体の大きさもあるため攻撃範囲がよく分からない。
とりあえず逃げた。
そして次の瞬間黒龍の口から吐き出されたものは……
光だった。
いや、光線、いや、熱線だろうか。
とりあえず細く赤い何か。しかし、とんでもない威力だ。
想像していた『フレイムブレス』とは明らかに異なるそれは、俺達の左側に吐き出されると次々に地面を捲り上げながら近付いてくる。
ヤバイヤバイ、これは世界を七日で滅ぼす何かだ、当たれば即死なことは明らかだった。
そんなレーザーを既に掻い潜って避けている金髪爆破野郎もいるがあんなん人間じゃねぇ。
俺はロアとソフィアを抱えてイザとなれば二人を放り投げてでも助けようと考えた。
「うわっ、シン様!?」
「シン、何を!?」
「黙ってろ、舌噛むぞ!!」
「逆転!!」
俺が黒龍の口から吐き出された熱線の軌道から離れたところへ向かって二人を投げようとしたその時だった。
その熱線は突如消滅する。
いや、相殺されたと言った方が正しい。
それは碓氷望の『逆転の力』による物だった。
まるで鏡に当てられたように地面に当たる前のフレイムブレスが反射したのだ。
続々吐き続けられていた熱線と跳ね返った熱線がぶつかり合い空中でお互いを飲み込むように消滅していた。
「これが力を理解して応用すること! 私の『逆転の力』は事象を逆転させる。物質の方向だけではなく、力の向きにも作用するのよ!」
「よし、私も反撃するよっ!! ドラゴンレーザー!!」
長い黒髪をポニーテールにしているキレイ系の女子、神谷志乃舞。彼女が先程までの黒龍ファウールの真似をして口を大きく開いて思い切り息を吸い込んだ。
するとその口からなんと先程まで猛威をふるっていた黒龍の吐き出す熱線と同じものが飛び出したのだ。
フレイムブレスのフの字も聞こえなかったが、ドラゴンレーザーとやらは完全にフレイムブレスその物だった。
だが、やはりドラゴンは火に強いのだろう、さほど効いているようには見えない。しかし、それでも神谷志乃舞は諦めずにドラゴンレーザーとやらを吐き出し続けていた。
「ふははは!! 効かん、効かん! 所詮真似事、そんなものにやられ……うぉぉぉ! やっ、やめろっ! 目は狙うなっ、オイ! やめろぉぉぉ!!」
……うん、ひどい。
口から熱線を放つ神谷志乃舞は的確にファウールが嫌がるポイントを攻めていた。