030話:『希望』コンビ
追記:気になる人がいるか分かりませんが、報告にて現時点までの紋章者リストと特徴をまとめたものを作りました。よろしければどうぞ。
紋章者三十一人はやはり多すぎだったかと若干後悔……
ハァ、ハァ……
息を切らしつつ俺はシンシア達の待つ集合場所に到着した。
少し準備に時間ががかったため急いだのだが、ロアは分かっていたもののコレットとかソフィアとかみんな結構体力あるのな。
俺なんてレベル六のはずのコレットにさえ心配される始末。情けねぇ……
さて、俺達四人が到着したそこにはシンシアと九人の紋章者、そして三つの馬車とその御者、総勢十七人もの人々が集まっていた。
これからこの三つの馬車で教皇区へ出発するのだ。
途中で街に寄る予定も無く、ただひたすら真っ直ぐ街道を進むとのことだ。そのための荷物も沢山持ってきた。
そして、馬車へ荷物も積み終わった出発前、俺達は旅を共にする者として、改めて紋章者達に自己紹介される。
まずは教師の伊藤 忠志。
男子は柏木 優希、木村 達也、吉原 太一の三人。
そして女子は渡辺 咲、碓氷 望、白金 弥生、神谷 志乃舞、厚木 海の五人だった。
皆同じような、というか全く同じローブを頭からすっぽりかぶり、そのせいか紋章は表立って見えてはいない。
皆当たり障りのない自己紹介だった。
こちらからも簡単に自己紹介をしたが、俺は自分のことをFクラスの冒険者と伝えただけで、紋章者ということどころか、転移者であることも黙っておいた。
コレットやロアには俺が転移者であり、紋章者である相手方のことを知っている旨は伝えてあるが、そのことは秘密にしておくよう伝えてある。
バニーの所へ行くだけで必要以上のイザコザはゴメンだからだ。
そして各馬車へそれぞれ三つのグループに別れて馬車に乗り込むことになった。
紋章者の男子は先頭の馬車に二人、最後尾の馬車に一人が乗り込む。先生は真ん中だ。そして女子はバラけていた。
俺達はまだ信頼されていないためかバラバラに乗るよう告げられ、ロアが先頭に、コレットとソフィアが最後尾の馬車に乗せられる。
そして、何故か俺は真ん中だ……そこにはシンシアも乗り込んでいた。
「で、シンさんって歳はいくつなの? なんでお面を着けてるの? そのお面ってさっきのと違うよね? さっきのは黒くて鬼みたいだったけど、今のは白くて笑ってるお面だもん。なんでお面を変えたの? さっきまでは鬼みたいに怒ってたから? でもそうだとすると、なんか今のお面は少し考えてることが分からなくて不気味」
「こ、こら厚木! 少し落ち着いてだな……」
俺、先生、シンシア、そして各々の荷物の他にこの馬車にはもう一人女子が同乗している。
それがこの厚木 海だった。
ショートカットで活発な雰囲気の厚木海は見た目通りお喋りで俺にいくつも質問を浴びせて来る。
先生は止めようとしているものの、その厚木海から発される言葉は止まらない。そんな様子を見てシンシアはただニコニコとしているだけだ。うーん、聖女の笑顔と言っても美少女の笑顔じゃないと全く惹かれないものなのだな……
さて、そんな厚木海の質問に答える前にこちらも聞きたいことがあるのだ……
「その前に、君達はなんだ? なぜ聖女を教皇区に連れて行こうとしているんだ?」
「えっとね、それは……」
「私から話しましょう。実は私と生徒達は……あ、申し訳ない、私と彼女達は学校で教師と生徒をしていた関係なのです。そして、こことは違う世界からやって来ました。いわゆる転移者という者たちです。知っていますか転移者を?」
「……あぁ」
「では話が早いです。私達は一度この世界の神様に会っています。もし、再び会えれば元の世界に帰れる糸口を掴めるかもしれない。私達はそのためにこの教会の重要人物である次期聖女様と同行しているのです」
「でも、なぜ聖女と同行することになったんだ? 次期聖女なんていうそれなりの権力者がそこら辺をフラフラしていたとは思えないのだけど……」
「それは私の口から……」
押し黙っていたシンシアが口を開く。
微笑は浮かべたまま、白髪の少女は真面目な口調で話を始めた。
可愛く見えない点だけがどうしても気になってしまう。何故なんだ、聖女ってもっと神々しい美しさのイメージだったのに!
「まず、聖女の話からしましょう。私達【聖女】と呼ばれる者にはそうなるための資格が必要です。それが特別な力。転移者の方々は皆神によってこれを与えられますが、私達のように元からこの世界で暮らす者達は技術や体術、そういったスキルを修得できても特別な力を修得出来る事はありません。しかし、ごくたまに転移者でない者でこの力が顕現する者がいます。それが私達【聖女】となるべき者達なのです」
「スキルとユニークスキル違いが分からないけど……それに男には顕現しないのか?」
「女性が多いだけで、過去に男性の顕現者もいました。しかし、そういった方はあまり信仰心がないらしく、教会の関係者になった前例がありません。教会は女性で特別な力を持つ者を探します。また、スキルは単一の技術等を指しますが、ユニークスキルはもう少し応用が効く力と言いましょうか、概念的なものと言いましょうか……とりあえずスキルよりも高い位の力なのです」
「ふーん。ん、もしかして欠損を治せるってのも!?」
「はい、今代の【聖女】は『再生の力』を持っています。そして私は……『伝神の力』を持つため次期【聖女】として選ばれたのです」
「そうか、今代……その人に会えれば失った腕も治るのか! で、その伝神っていったい……?」
「伝神とはつまり“コンタクト”です。神と通信を行うのです。あっ、これ一応超機密事項なので絶対に漏らさないでください。私が聖女就任するまでに知られると大変なので」
「なっ!?」
聖女の口の軽さにもびっくりだが、そんな力もあるのか!?
そのコンタクトとやらで、こちらの言葉をあの神のようなものへ伝えることも可能ということだろうか?
……なるほど、どうやら先生達は元の世界に帰るため第三の道を選んだようだ。
誰も考えつかなかった神への直談判。それで帰れる成功確率は全く未知数なのだけれど、知り合いを殺して回るより希望的な道なのではないだろうか。
もう少し早く知ることが出来れば何か違ったのか、俺は少しだけそう思い、それ以上考えるのをやめた。
「で、そんなまさに教会が欲してる力を持った次期聖女がなんで隣の王国になんかいたんだ?」
「それは……外遊です。一応、まだ私は一人の修道士ですから。しかし、そこを狙われました。おそらく教皇の手の者と思われる輩に襲われ護衛は全滅……私は生き延びたもののこうして身分を隠していたのです」
「ん? 教皇と敵対してるのか?」
「伝神の力を独り占めしようとしているのではないでしょうか? 表向きは次期聖女死亡と言うことにされ教皇に監禁される未来が容易に予想できます。それほどにこの力は教会にとっても魅力的なものなのです」
「あー、確かに。というかそんな簡単にホイホイ神とやらと話せるのか?」
「いえ、限りなく魔素のない環境で祈りを捧げる必要があります。だいたい失敗するので、一週間くらい無魔素室にこもって祈り続けることもざらです」
「それは……辛いな」
魔素あたりはダンジョンと関係してた気がするがよく覚えていない。
そして、延々と祈り続けるシンシアを思い浮かべれば、まるで無菌室で実験を続けている学者のようだった。
なんだかいつか発狂しそうだな。
それを更に監禁して強制させるなんていつか舌を噛み切るぞ?
と、思ったがこの世界は隷属魔法がある。強制的に奴隷にでもする気だったのだろうか?
「そんな訳で、路頭に迷っていた時にタダシに会ったのです。そこからは頼れる人々も増え続け、そして今日、私はとうとう巫女とその主というあなたを見つけました。私はアナタと言う切り札と神聖騎士団さえ軽く相手どれるタダシ達と共に教皇区へ舞い戻り、教皇を打ち負かします!!」
タダシ、つまり先生のことだろう。
よく分からんが教皇・聖女・巫女の三派閥の内、現在は教皇派が大きいみたいだが、落ち目だった巫女派閥を発見された巫女ごと抱え込んで聖女派閥が巻き返そうとかそんな所だろうか?
バニーどころか俺まで政争に巻き込まれている気がするんだが……
そんな不安を口にしようとした時だった。
「敵襲ー!!」
先頭の馬車から声が聞こえた瞬間に、俺達の乗っていた馬車が急停止する。ゴロゴロと馬車内を転がる俺。痛い。
しかし、すぐに先生が立ち上がり、皆に号令を発した。
「吉原と渡辺以外の皆は外へ!! 周囲を警戒しつつ柏木と碓氷が敵を威嚇! シンさん達は仲間と一度外で集まっておいてください、次期聖女様はそのまま待機!」
直ぐに厚木海が馬車から外へ飛び出していく。
先生、こんなに状況に適した命令をハキハキとできる人だったのか。先程までの白髪混じりの優しそうな顔のイメージが今ではまるで軍隊を率いる隊長にさえ見えてきてビックリした。
とりあえず俺は先生の言っていた通りロア、コレット、ソフィアと集まろう。
俺も厚木の後を追って馬車から飛び出していた。
◇◆◇◆◇
……シンシア達の乗る三つの馬車は教皇区へ向けて人気のない街道を進んでいた。
ガタガタと馬車に揺られる一向に問題が起きたのは、日が傾き始め、西日も伸び始めた頃だった。
突然野盗の集団が現れ、その三つの馬車をほんの僅かな時間でぐるりと囲んだのだ。
御者により馬車はそれぞれ急停止し、敵襲の声が響く。
すぐに馬車からは命令が叫ばれ、それと同時にローブを纏った若い男女が複数飛び出して、馬車を守るように展開していた。
先頭の馬車の前には湾曲した一振りの剣を持った盗賊達の親玉が大きな黒い馬に乗って馬車全てに聞こえるような大声を発している。
「聖女候補シンシアがいることは分かっている! 我等に差し出せ、さすればお前らの命だけは奪わないでやろう!!」
この横暴な者に馬車を背にして相対するのは不良の金髪少年柏木 優希と学級委員でメガネ少女の碓氷 望の二人だ。
二人合わせて他の紋章者達には『希望』コンビなどと呼ばれているのだが、この二人のユニークスキルによって相手に与えるのは常に『絶望』だった。
「うっるせぇっ! さっさと帰れやっ、いっぺん死ぬか!? あぁ!?」
「ちょ、ちょっとあんまり相手を怒らせないで柏木君!」
「ああ言うのは舐められたら終わりなんだよ! オメェもしっかり威嚇して追い返せ委員長!」
「いや、威嚇っていうのは……」
「えぇい! ゴチャゴチャと煩い!! 聖女候補を渡す気がないなら……うおっ!? おおおおお!!!」
ドタンッ!! と、勢いよく盗賊の親玉が乗る馬が倒れる。
いや、倒れたのではない。突然“逆さ”になったのだ。
天地が逆転し地に頭から落ちる。そんな状況にパニックに陥って地面で暴れ回っている馬に盗賊の親玉は下じきとなって押し潰された。
そして、馬がどうにか再び立ち上がった時には、剣をもっていたはずの腕の骨は折れ、力なく変な方向へ曲がっていた。
これには盗賊の親玉も狼狽し、痛む腕に対して声にならない声を叫ぶのみ。
「……こうやるのよ。どう、まだやるの? 私が『逆転の力』を使えばあなた達に勝ち目はないと思うけど?」
「おぉ! 委員長やるじゃん! したら俺も……『爆発の力』、轟炎爆破ァァァ!!!」
中二病なセリフとともに柏木優希の突き出された手の平から火球が飛び出した。セリフを発する意味は本人のテンションが上がる以外まるでないのだけれど、その野球ボールのような速度や形の火球は馬に向かって真っ直ぐ進む。
これには馬のほうも気づいたのだが、突然だったのとあまりの速さに避けきれない。
そしてその火球が黒馬に着弾した瞬間。
ドゴォォォォ!!
派手な爆発音と共に巨大な爆発と火柱が上がる。
馬は一瞬で灰燼と化し、馬車を爆風が揺らした。
その馬が立っていた場所には小さなクレーターが出来ていた。
ちなみに腕の骨を折られ地に這いつくばっていた盗賊の親玉はこの爆発によりめくりあげられた土の雨に打たれ埋もれている。
「ふっ、また余計な物を爆破しちまったぜ……」
「あったりまえよ!! 柏木君の力は一歩間違えればこちらもダメージ受けるんだからね!? それに、なんで馬を殺す必要があるの!! 馬に罪はなかったんだよ!? かわいそうじゃない!!」
「う、うるせぇ! 悪いヤツの馬なんだからいいんだよ!!」
自分達の親玉が地に落とされた辺りから呆然としていた盗賊達はいまだに何が起きているのか理解出来ずに口をあけたまま立ち止まっている。
地面からは半分土に埋まった親玉のうめき声が聞こえるのだが一向に救助に向かうものもいない。
そんな動揺する盗賊団を無視するように『希望』コンビは馬を殺したことについてただただ熱く意見を交わしていた。
「ハイハイ、二人とも喧嘩はそこまで。せんせー、この人達どうする? 全員その場に固定したよー」
「ありがとう白金。よし、それじゃ吉原頼んだぞ」
「了解!」
馬車を取り囲んでいた盗賊達は今更自分の体が全く動かないことに気づく。
自由なのは眼球のみで、その状況に対し必死に視線をさ迷わせていた。
そう、既にマイペースなボブカット少女の白金 弥生の力により敵は皆その場に“固定”されていたのだ。
そして、既に脅威はなくなったためか白金弥生に続きゾロゾロと笑いながら『希望』コンビの元へ集まる紋章者達。
それまで馬車にて待機していた吉原 太一も彼等の教師である伊藤 忠志に頼まれて降りてきた。
そしてニヤリと微笑む吉原太一が動けない盗賊達に一人一人触れていく。すると、途端に触れられた盗賊達は気を失ってバタバタと倒れて行った。
……
「よしっ。全員終了。一応三ヶ月くらいの記憶を消したから狙われることはないと思うけどさっさと出発した方がいいと思いますよ」
「そうだな、吉原の言う通りすぐに出発しよう。さぁ皆馬車に戻って……」
これに「はーい」と答え、ゾロゾロとそれぞれの馬車に戻っていく紋章者達。
そんな中でこの一連の光景を見ていたシンはその【真のマスク】の中に驚愕や恐れといったものを抱きながらつぶやいていた。
「……チートすぎね?」