027話:バニー
お待たせしました。
二章です。
「シン様。私をレンタルしてください」
「……え?」
これには流石に皆もビックリしたようだ。
俺に自分をレンタルしろと言ってきたのは白い髪を持つ兎の獣人バニー。
こんなことを言われたのは初めてだった。
「ど、どうしたんだよバニー、いきなり……」
「そ、そうだよ……ズルイ……!」
抗議をしたのはコレット。他のパンを受け取った皆は何も言わないが、一様に目を見開き驚いていた。
それでもバニーは思い詰めたような真面目な顔で言葉を続ける。
「出過ぎたこととは分かっていますが今日一日だけでいいのです、お願いします!!」
一歩も引くことなくこちらを真剣に見つめるバニー。
詳しく理由を聞くことなくその目力に負け、俺は結局みんなを順番にレンタルすることを約束し、その日はバニーをレンタルすることになった。
パンも渡し終わっていたので、レンタルの手続きを進め奴隷商を出る。帰り道でバニーに何故あんなことを言ったのか聞いてみる。すると……
「シン様のご様子が優れていなかったからです。まだ奴隷に慣れていない小さな子が不安でいっぱいの日々を送っている時、シン様のような不安そうな動きをします。泣き出しそうで疲れたような顔をします。だから……」
どうやら、顔まで見透かされていたようだ。
そんなことまで分かるなんてコレットといい凄いな本当に……
人の顔色を伺うのが私達です。とか言いそうだから口には出さないけど。
でも、本当に相手の心を深読みしてまで心配出来るのは凄いと思う。うん、本当に。
「まぁ、心配してくれるのは嬉しい。でも、せっかくレンタルしたんだ。今日はしっかり食べるんだぞバニー! 実はうちのクランでコックを雇ってな……」
「ウサギのおねえちゃん! プリン! プリンがおいしい!!」
「私はあの肉の黒いスープ……」
「ルーはそれビーフシチューな」
「それだ」
「牛は高いんだけどなぁ……」
ハハハと皆で笑いながらクランハウスへ帰る。
あれ、なんで笑い話になってるの!? マジで牛肉高いんだけどな!?
帰ってみればとても良い匂いがしてくる。
ジェイドさんが来てからは本当にいつもこの匂いに釣られてついつい間食まで取りそうになってしまう。Fクラス冒険者で奴隷を二人も囲っている俺にそんな余裕はないのだけれど困ったものだ。
食材は豊富で、前にハンクさんが言っていた『魔法の袋』なる物によって収納しているらしい。
生き物は入れられないが、この中は時間が止まっているのと同じ状態らしいので生物等の鮮度を保てるそうだ。
固定魔法がどうとか言っていたが原理はよく分からない。誰か偉い人が開発したんだろう。
そんな渋めのオールバックなジェイドシェフが作ってくれた料理に舌鼓を打ちながら俺達は夕食をとる。遠くの責ではダイナがリュカさんに食事を奢っていた。あ、やっと一緒に食事出来たんだ。三回くらい断わられたはずなのに頑張ったなダイナ。
そして、目の前で次々と料理を提供してくれるのはジェイドさん。彼は紳士で、手の動かせないルビーにはストローを付けたコップを差し出したり、お子様椅子に座るミラには食べやすいように切り分けた食事を出してくれるのだ。
さらには、俺がマスクを取らずに食事しても怒らないし、ユリアさんが連れてきてくれただけあってルビー達にも分け隔てなく接してくれる。マジ惚れるわ、その心遣い。
「シン様、シン様がルビーにアーンしてるので、シン様には私がアーンしますね!」
嬉しそうにそう言うバニー。
いや、バニーがルビーにアーンしてくれてもいいんだよ?
という俺の言葉は届くことなく食事のバケツリレーのような物が始まった。
何故かミラも楽しそうだったのか参加してきて、ミラがバニーにアーンして、バニーは俺にアーン、俺はルビーにアーン。最後にルビーが「美味い」と一言。
「って、アホちゃうか!?」
チッ。
流石関西人。どこからでも突っ込んで来やがる。
振り返ればそこにいたのは黒と白のいわゆる『メイド服』に身を包んだ真樹だ。ツインテールにした黒髪がピコピコしている。
顔は悪くない。というより目鼻立ちもしっかりしていて可愛いんだろう。
だが、それゆえにこの世界では酷い顔扱いを受けていた。
それでも空元気なのがこいつのいい所だろうか。
顔を俯かせて我慢する奴隷達とは少し違う性格だった。
「なぁ、シン様ってスケコマシやったの? なんだか可愛ええ女の子が増えてるような気がするんやけど」
「……奴隷だよ。関係ないだろ」
「えぇ、なんやそれ! うっわー、奴隷とか男の願望ってやつ!? もしかしてウチも狙われてるんか!? キャー!」
「……ミラ、俺のプリンも食べるか?」
「うわぁいっ!! ありがとーシンさま!! ペロリ」
「ちょっ、無視すなっ!!」
「ジェイドさん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「いえいえ、お粗末様でした」
俺はジェイドさんにご馳走様と告げる。
そうして、真樹は無視してさっさと二階へ登って行った。
そもそも、あいつがここに居続けるのはまずくないか?
俺が紋章者だとバレる可能性だって少なからず一緒にいればあるだろう。
しかし、ユリアさんは特にそこら辺のことは大丈夫だろの一点張りだし。どうしたものか……
ん? そう言えば真樹は日本に帰りたくないのか?
そこら辺の話をしていなかったな。でも何と切り出そうか……
うーん……
まぁ機会があったらでいいか。
とりあえず風呂がわりにさっさと体を拭いてミラを寝かしつけよう。
子供は早く寝かせないとな。
あぁ、段々父親の気分が分かってきた気がする。父性に目覚めたのだろうか。
「ミラ、お休み……」
「おやすみ、シンさま……」
ここ最近ミラはルビーにくっついて寝るので、ルビーも一緒に寝床に入る。というかもう寝てた。ミラより先に寝るってどんだけいい子だお前は。しかも、そのくせ寝起きが悪いんだから困ったものだ。
とりあえず、二人を寝かせると俺はバニーをどこに寝かせようかと考える。まぁ、空き部屋はいくつもあるし前にロアを泊めた空き部屋でいいかという結論に至った。
「バニーは眠くないか?」
「はい、まだ……あの、少しお話しませんか? シン様……」
「あぁ、いいよ? 何を話そうか」
「シン様に何があったのか、そのお話を……」
「っ……!」
いや、そうか。バニーは俺を心配してくれていたんだったな。
俺は少しだけ覚悟を決めて先日の話を始める。
それと一緒に転移者や紋章者のことも説明した。
ルビーだけは俺のことをほとんど全て知っているが、ルビー以外の他の奴隷の皆が持つ情報は少ない。
バニーには一応秘密は守るように言いつけつつ安田志帆の話をした。
「そう……ですか。同郷の方が……お辛いですね……」
「いや、うん。辛いのかな、仲が良かった訳ではないけど一応言葉を交わした間柄だったしね……」
「大丈夫ですよ、今は全部忘れて寝てしまいましょう……」
そう言って貫頭衣の上着を脱ぎ出すバニー。
奴隷のズボンは履いたままだが、その上半身は下着を着けている訳でもなく、素肌があらわになっていく。
ゴクリ……豊満なバストが……
「って、なにしてんのバニー!?」
「大丈夫、大丈夫ですよ。皆こうすると安心して寝てしまうんですから……さぁ、どうぞ……」
バニーが俺の頭をその胸へと抱きかかえる。
流石に子供が寝ている隣のベッドでいかがわしいことなんてできない。というより突然すぎて脳がついて行ってない。
しかし、これはどう抵抗すればいいのだろう、バニーの身体に触るとなると危うく変な所に手が当たりそうなんだが……
「……あれ? バニーこれ……」
そこであることに気がつく。
バニーのヘソ辺りに大きく描かれた紋様があったのだ。
それは俺達の紋章なんかよりも大きく、遥かに複雑なもので腹いっぱいに描かれた刺青のようなものだった。
「小さい頃からあるんです。私、物心ついた時にはもう奴隷で……だから、これはもしかしたら私がまだ赤ちゃんだった頃にお父さんやお母さんが唯一残してくれたものかもしれません。そして、これを見るとどんな泣きじゃくってる子もみんな安心して寝てくれるんです。私がお父さん、お母さんに与えられた力だと思ってなるべく秘密にしてきました」
安心?
安心なのかこれは?
確かに柔らかく包まれている感覚は大きな安心感を与えてくれる。
しかし、俺はあることを思い出していた。
それは【魅了のマスク】。
この感覚はリラックス効果ではない。たぶん、バニーに魅了されているのではないだろろうか、いやきっとそうだ。
バニーに抱かれると泣いている子が泣き止むのも、安心感を抱いてバニーの胸の中で寝てしまうのも、バニーという存在に魅了され、心の中で大きな存在となったその彼女に触れることで、充足感や満足感から安心し眠りにつくのではないだろうか。
事実これは和むというよりかは『喜び』、そうバニーに抱かれる『喜び』に満ち溢れ……
なんて考えている内に俺もいつの間にか眠りに落ちていた。
……
「あーっ!! シンさまがあかちゃんみたいー!!」
「はぁっ!! ち、違うんだこれは……」
飛び起きた。
ミラだ。ミラが起きたのだ。ヤバイ、ヤバイ、変な所を見られてしまった。
これはマズイぞ、バニーに服を着せつつ俺はどう言い訳をしようかと必死に脳みそを回転させていた。
もはやバニーの魅了とか関係ない。それとこれとは話が別だ。抱き合ってしかもバニーなんて上半身裸で寝ていたことをなんとか誤魔化さなくては……
すると廊下の方からドタドタドタドタ……という音が聞こえてきて……
「朝っぱらからとんだ変態プレイしとるアホは誰やー!?」
「……朝からうるせえな。こんな早くから仕事か?」
「ん? そうやでー、メイドさんはなぁ朝早いんや!」
「そうか、お疲れ様。頑張ってるみたいだし、良かったら朝飯を奢ろう」
「えっ、ホンマ!? ラッキー!!」
「ミラは何がいいかな?」
「プリン!」
「私は肉……」
あっ、起きたんだルビー。
てか朝から肉って凄いな相変わらず。
いや、ジェイドさんなら朝でも軽く食べられるような肉を用意してくれそうだけどさ……
そして、ミラもそろそろプリン飽きないか? 毎日よくもまぁプリンばっかり食べれるものだ。お腹がマッタリしちゃうぜ。
しかし、真樹はとても良いタイミングで来てくれた。
おかげでバニーとのことはあやふやに出来たようだ。
ミラの脳内は既にプリン一色になっていた。
今度も困ったら適当にボケて真樹を誘い出そう。
身だしなみを整えて食事に向かう。バニーのおかげなのか寝覚めはスッキリとしていた。久しぶりにとても爽やかな気分だ。
そしてジェイドさんは今日も流石で、どんなオーダーを注文してもしっかりと期待どうりの物を作ってくれる。
朝早くから夜遅くまで働いてくれているが家族はいないのだろうか?
そう不思議に思い聞いてみれば、貴族とイザコザを起こしてしまい借金を負ったらしく、そのために奥さんと娘が奴隷落ちしてしまったらしい。「沢山働いて買い戻さないといけないんですよー」なんてハハハと笑いながら言われた。
笑い事じゃねえ。重すぎるだろ……
前働いていた所より給金も自由度も高いらしいのでこのクランに来てくれたらしい。なんつーか、頑張ってください、本当に……
そしてこのジェイドさん。三十過ぎていると思っていたがまだ二十九歳らしい。マジか。落ち着きがあるのに加えて苦労しているためか老けて見えるな。
さて……今日も一仕事しますか!
あっ、そうそう将来的にミラとルビーには俺がFクラス依頼を受けている間、Gクラス依頼を受けてもらおうと思っている。今日は一緒に行くが、その内二人だけで仕事を出来るようになるといいな。
前回は薬草摘みを教えたので、今日も採取系の別の依頼を何か頼んでみようと思う。基本的には人と会わない仕事で、安全なものを頼むつもりだ。
ギルドの依頼ではルビーが周囲の警戒をして、ミラに採取をしてもらう形を取ればたぶん大丈夫だろう。
ミラはセラを買うためにもヤル気満々だったし今日も頑張ってもらおうと思う。
そんな訳で、リュカさんに適当な依頼を見繕ってもらうと麻痺茸の採取というのがあった。
え? こんなん欲しがる人がいるのか?
そう思いつつも依頼を受けて、麻痺茸の採取へ向かう。
バニーは今日の夜に返そうと思うので一緒に採取へ向かった。ゆくゆくはバニーにも依頼を手伝ってもらうかもしれないからな。以前に薬草摘みはしてもらったし麻痺茸の方も覚えてもらおう。
森へ行くため街を歩く。
午前中だと言うのに人はそれなりに多く、馬車も世話しなく街道の真ん中に作られている馬車道を流れていた。
ミラはこの馬車が好きらしくトテトテ歩きながらよそ見ばかりしている。ルビーの動かない手を握りながら歩いているのだが、その日は金細工が施されたきらびやかな馬車が通ったせいかその小さな手が離れてしまう。
そして……
「オイ、まだ見つからないのか!?」
「ハッ……一体どこへ行ったのかも検討が……」
「急げ!! アルハスにいるという情報はあるのだ、絶対にどこかにいる! 早急に探し出すのだ!!」
「ハッ!!」
「ミラ、危ないっ!」
白銀の鎧と白いマントに身を包んだ、兵士のような格好の男達が慌てながら誰かを探していた。
そいつらは鉄仮面をかぶっているせいか足元の注意が散漫になっていたようだ。集合していた兵士達の内の一人がこちらに向かって走ってくる。キョロキョロと左右をしきりに見渡してはいるものの、その進行方向にいる小さなミラの姿は全く見えていないようでスピードを緩めることも進行方向を変えることもなかった。
そして、そんな白い兵士とミラがぶつかる前に飛び出したのはバニーだ。
彼女は走る兵士の前に飛び出して体をはってミラを守った。しかし、バニーは兵士とぶつかりその場に倒れてしまう。
兵士は衝撃で立ち止まり、ミラはビックリして立ちほうけている。
俺も駆け寄るがぶつかった兵士はいきり立ち……
「お、お前っ! 急に飛び出してくる……な? ……お、おい、その紋様……は……」
あっ、ヤバイ。
バニーの服がめくれて腹の紋様が露呈している。
あれ見ると魅了されちゃうんだよな……
面倒なことにならないといいけど……そう思いながら俺はバニーの服を整え、立ち上がらせる。
どうやら擦り傷などはないようだ。良かった。
「巫女様……? お、オイ大変だ、巫女様だ! 巫女様を発見!!」
「はぁ? 巫女様? 何言ってんだ、俺達が探してるのは聖女様! 聖女様がいたのか?」
「違う! 聖女様じゃない、巫女様、み・こ・さ・ま!!」
バニーの腹の文様を見た兵士が大声で喚くと、再び他の兵士達がわらわらと集まってくる。
あれ、魅了されたんじゃないの? いや、それよりも……『巫女様』?