一章幕間:クラン・ソードオブナイト
二話連続投稿です。ご注意ください。
俺がこの世界へ転位して一月。季節は移ろい段々と肌寒くなってきた。
そして、そんな朝靄のかかる静かな早朝、今日もミラは一番に起きて俺の上へダイブしてきていた。
「朝だよーっ!!」
「ごふぇっふぅ!?」
「シンさまーおはよーございます!!」
ウググ……
おはようと返しつつ、目を擦る。
いや、擦れないや【真のマスク】つけてた。
俺の奴隷しかいないんだから別に外してもいいんだけどもう癖になりつつあるな。
はぁ、先日の事件から俺はどうも上手く眠りにつけなくなっている。
慢性的な睡眠不足だ。
そんな俺にとってこの目覚ましはけっこう堪えるものがある。
今はまだ軽いからいいが、もうちょっと大人になってみろ……
「シン様ー! 朝だよっ、起きて!」と言って寝ている俺に飛び込むエルフ少女……ん? それはそれでいいかもしれんぞ?
なんて馬鹿なことを考えていたらはしゃぐミラにつられてルビーも起きたようだ。彼女はベッドから上半身を起こしてただ壁を見つめていた。
あぁ、低血圧なんだね、そのボーッとしたい気分俺も分かるよ。
ルビーは無視して俺は元気一杯のミラと話し合う。
「さて、今日は何をしよう……あぁそうだ、薬草摘みでもしようか!」
「やくそう!? わーい!!」
ミラは外の世界が新鮮なのだろう。
薬草が何かは分かっていないようだったが、とりあえず楽しそうでなにより。
前にみんなでやった薬草摘みをミラにも覚えてもらおう。小銭稼ぎではあるが、ミラが薬草を摘めるようになると自分の食費分くらい稼げるようになるはずだ。
ルビーを用心棒に立たせておけば、このクランハウスで薬草依頼を受けることで二人だけでも充分金が稼げるはずだ!
ということで、俺 部屋のある二階からはミラと階下に降りることにした。
ルビーはまだボーッとしていたので、覚醒したら下に来いよと言っておく。
さて、依頼の前に顔洗って歯磨いて飯でも食うか。
ミラがトコトコと後ろを付いてくる。
階段は恐る恐る一段づつ手摺に捕まりながら降りるので俺は先に下に降りて見守ってやる。
慎重に降りてはくるものの、まだなんだか危なかっしい。早く階段に慣れてもらわないと。
それからタオルと歯ブラシを持って裏の井戸に行き、顔を洗い歯を磨く。この時ばかりは仮面を外す。一応直ぐにつけられるようには気を付けるが、顔も洗わないのは流石に汚いから仕方ない。
因みに歯ブラシはなんかの植物の茎だ。先が細かく割れてて歯ブラシとして売られていたので買ってみた。歯磨き粉は泡立つ塩味の何かだ。こちらさ薬師だか調剤士だか錬金術師が作ったものらしい。少し怪しいがまぁまぁ磨ける。
「シュコシュコシュコ……」
「シュコシュコシュコ……ヒンはまー、ひあげ!」
ミラが口一杯に泡を溜めたまま、こちらに歯ブラシを渡してきた。仕上げは俺の仕事なのだ。
口を開けさせたまま「前歯ー犬歯ー奥歯ー、上の歯ー下の歯ー」と歌いながら磨いてやる。
すると嬉しそうにミラもフガフガと一緒になって歌い出す。あっこら、舌を動かすな、磨きづらい……
途中でルビーもやって来た。
「ん」と言って口をパカリと開ける。
全く、大きな子供だな。
俺はルビーの口もシュコシュコシュコ……と磨いてやった。
そして、みんなでガラガラとウガイをする。
俺とミラはマイコップで、ルビーは桶に直接顔をつけてウガイをしていた。
その後は顔を洗うのだがこちらも大変だ。
ミラは目糞が取れてなかったりするからよく拭ってあげなきゃいけないし、ルビーも仕方ないのだけど全然絞れてないタオルで顔を拭うのでビチャビチャな顔を俺が乾拭きすることになる。
まぁ、でもミラにはセラの代わりに俺が身嗜みを教えなきゃだし、ルビーは要らないと言っていたものを女の子なんだからやりなさいと俺が教育したのだ。
このくらいの手間は仕方ないだろう。
さて、飯でも食おうかと、三人で厨房のついている食堂に赴くと階段を一人の女性が下りてきた。
「……あっ、あの! おはようおまんねんわっ……!」
「……おまん……?」
「ちょっ、変なところだけ取り出さないでや! おはようございますって意味! あ、あの、それで……」
グゥ〜と持田真樹の腹の音が鳴る。
恥ずかしそうにしているが腹が減ったんだろう。
はぁ、仕方ないからなんか出してやるか。
そんな訳で俺達は改めて食堂へ向かった。
食堂は広いバーのような所で、カウンター等もついている。
ここは同じクランに所属するパーティがいくつも集まり、酒を飲んだり、話をしたり、掲示板で依頼を確認するところなのだが今は俺達の貸切になっていた。
厨房に行くと自由に食べて良いパンがあり、また、俺が名前を書いたマイ瓶やマイ壺には日持ちしそうな食材もいくつか入っている。俺とソフィアはこうして食費を節約しているのだ。ダイナとユリアさんは基本的に外で食事するのでこの厨房を使わない。
これがCクラス以上の冒険者とそれ未満の冒険者の格差だ。はぁ。
ということで、パンとジャム、それからベーコンが今日の朝ごはんである。
仕方ないので持田真樹の分も用意してやった。
「お、おおきに……お、怒っとります?」
「ん? いや別に。ところで君、今日からどうするの?」
「あっ、そうかえっと、ウチ、持田真樹いいます、あの、日本って所からこの異世界に……あっ、こっちでは向こうが異世界で、だから異世界から異世界に、いや異世界じゃなかったんだけどこの異世界に来たってことは異世界で……あーっ!!!」
……コイツ、本当に大丈夫なのか?
昨日軽く話を聞けばこの数週間ほぼ監禁生活だったらしいけどこんな様子じゃ海賊に捕まるのも分かる。
転移者ってあっさりバラしてるし、 服装は誰がどう見てもシワシワのセーラー服だし、何よりこいつの左目、そこには黒目の部分にハッキリと赤く【紋章】が浮かんでいた。不用心すぎるだろ。俺が攻撃的な紋章者だったら……
「持田真樹。転移者と軽々しくバラさない方がいい」
「ちゃう。『真樹』、もしくは『真樹ちゃん』、または『真樹ぽん』や」
「……真樹、とりあえず転移者のことは隠せるなら隠せ」
「えっ、そうなん!? ウチ、海賊にバラしまくってたわー」
「だから捕まったんじゃないか?」
「あんな、ウチ、『振動の力』っちゅー地震を起こせる力があるんやけど、それを言っちゃったから船に乗せられて地震が関係ないとこで監禁されてしもたんや……バラさんほうが良かったなぁ」
「……オイ。お前、その力って『地震の力』じゃないよな?」
「うん、『振動の力』らしいで。『地震の力』じゃない。でも、集中して地面よ揺れろと念じれば地震が起こせる力なんや!」
コイツ……
船よ揺れろ! とか念じれば別に船だけ揺らしたりすることも可能なのではないだろうか。
まぁコイツはどうせ北川修一のように危険なことに使わないだろう。バカだし。
四人で飯を食べていると扉の方からユリアさんとダイナが、そして、二階からはソフィアが降りて来る。
珍しい、皆が揃うなんて……
ん? あれ? ドアの方からゾロゾロと見慣れない人が入ってくる。誰だ?
「おはようみんな」
「「「おはようございます」」」
「えぇと、今日はこの寂しいクランに新しいメンバーを連れてきた。皆に紹介しよう、貴族達にも提供できる程の料理の腕があるコック長ジェイドだ!」
「なっ!?」
俺は席を立ち上がる。
新しいメンバー? しかも貴族にも料理を提供できるほどの腕を持つコック長だと!?
朝飯食っちまったよぉぉぉ!!
そんな俺の様子を気にする素振りもなく金髪をオールバックにした壮年のジェイドさんは会釈する。
「厨房を任されることになりました。ジェイド・キオウです。給金の他、どんな材料もどんな料理も用意してやるし作って良いと言われたので即希望させていただきました。よろしくお願いします」
「私の依頼報酬の一部はクランに入るので、クランで雇用する人材は給料制だ。一応、材料費の問題もあるため、料理からは金を取るがかなり安く提供できるはずだ、今度からは私やダイナもここで食事を取ることだろう」
マジかよ。
いっそう居心地のよいクランになってきたぞこれは……
あっ、ジェイドさんミラに手を振ってる。子供好きなんだ……なんか良かった。
「それから次はダイナの連れてきた……」
「ギルドで受付をしていたリュカです。この度は出向という形でクランの事務処理をさせていただきます、皆さんこれからよろしくお願いします!」
ニッコリ微笑むのは俺もギルドで何度か見たことのある顔だった。
長いピンクの髪を持ち、愛想が良さそうで、キャピキャピしている雰囲気が漂って来る。
ダイナが小声でギルドで一番人気の受付嬢だぜウヒョーとか言って来たが、ダメだ。酷い顔をしている。こんな言い方をする俺も酷いと思うが、それ以外に言葉が見つからない。
ピンク髪でここまで可愛くないやつ始めて見たよ本当に!!
ま、まぁこれでユリアさんが面倒がっていたクランでの依頼もスムーズになるだろう、そう考えればとても良い事だな、うん。
「それで最後に……シスターマリアだ」
「皆さん、治療士として定期的にこちらへ来ることになったマリアです。まだ回復魔法を覚えたばかりなのにクラン専属にしてもらえるなんて、少し荷が重いですが頑張ります。ソフィア、推薦をありがとう! 頑張るね!」
どうやらソフィアの推薦らしい。
それにしても回復魔法覚えたんだ、おめでとうだなぁ。
前に会ったときは薬草をいっつも持ち歩いてるみたいだったし。
「まぁ、なんだ、シンがクラス昇格試験で忙しそうだったからな。私達でクランの従業員集めを進めていたのだが……ん? そちらの人……っ!! その目は!」
ユリアさんは俺から紋章者の話を聞いている。
直ぐに真樹が転移者で紋章者だと分かったようだ。
アチャー……
「あっ、えっと、持田真樹いいいます! 何でもします、頑張ります!!」
「……は?」
「ん? シンが連れてきたのか? まぁそういうことなら、君にはこのクランハウスの掃除を任そうか」
ガッツポーズする真樹。
えっ!? なに!? なんでここで働くことになってんの!?
俺は緊急的にユリアさんとダイナ、そしてソフィアを集める。真樹は海で助けただけで今日出ていくつもりだったことや俺が紋章者であることは秘密にしていること等を伝えたのだが、外に放ってまたダンジョン攻略でも考えられたら危ないからと結局雇うことになった。
真樹の力じゃ攻略は難しいのではないかとも思うがさほど地震が起きない国で地震なんか起こせる力はきっとモンスターもビビるからな。強いっちゃ強いのか?
結局、俺は飯を食べ終えて直ぐにクランハウスから出た。
一番一緒にいたくない奴と一つ屋根の下で暮らすのは辛い、辛すぎる。
「シンさまー、どうしたの? お腹痛い?」
「いや、大丈夫だよミラ……薬草摘みのしようか、それからギルドに行って……」
「ギルドなんちゅーとこもあるんか! 面白そうやなぁ」
「あぁ、そんなに面白くは……オイ、なんでお前がいるんだ!?」
「シン様のいけずぅ、ウチも連れてってぇや!」
「お前仕事あるんだろ、清掃の仕事!!」
「明日から頑張る! そんなことよりその仮面の下ってどうなってるん? ちょこーっとでいいから見せてーな!」
あぁ、こいつのズケズケくるこういう所が本当に嫌いだ。
これは無視だ無視しよう。
「ルビー、薬草摘んでからギルドに行く。現場では周囲の警戒を頼むな?」
「ん」
「ミラ、薬草いっぱい摘めればお菓子開放題なお金が貰えるからな? 頑張るんだぞ?」
「えぇ!!! ほんと!?」
「ちょっと、無視せんといてー!」
結局薬草摘みまでくっついてくる真樹。
今日は先客がいたようだ。若い男二人組が腰を屈めて薬草を選別し摘んでいた。
しかし、こちらを見るとすぐに顔をしかめる。
「うわっ……ブス……」
「ちょっとこの三人はないわ……あの仮面のやつどんな趣味してるんだよ、なんか気分悪くなりそう……」
「あぁ、そうだな。帰るか……」
……もう最近は慣れたもんだ。
俺は平然と何も言わずに立ち尽くし、ミラは空気を読んで俯く。ルビーはいつも通りムスッとした顔で立ち尽くすだけだ。
しかし、真樹は違った。
「あぁん!? 今、誰がブッサイクで顔面崩壊女っつった!? おぉ!? このハゲ、まさか超絶美少女の真樹ちゃんに言ったんやないやろな!?」
「お、おいバカ……」
「あ? なんだこの女、キモッ。何が超絶美少女だよ。少しは鏡でも見めみろよ。目ん玉腐ってんじゃねえか?」
「やめろやめろ、顔面が腐ってるんだ、目玉だけ腐ってないわけがない。こんなんと関わったら俺達の目玉も腐るぞ」
「ぐぬぬ……!! もう、怒った! ウラァ!!」
ゴゴゴゴゴ……
地が揺れる。
すると、みるみる二人の男は顔を青くし、飛ぶように逃げて行った。恐らくこれが『振動の力』なのだろう。
俺は日本人のため慣れたものだが、ミラも怖かったのか俺の足に飛び付いてきている。そして、なぜかルビーは俺を抱きしめている。いや、怖いのは分かるが締めすぎ! あまりの締め付けで息が出来なく、タップしなければ死んでいた。
その後何事も無かったように薬草摘みを開始する。
追い返すのはいいが、この世界ではあまり綺麗な顔と思われていないのは確かなのだ。真樹の行為はどこかユリアさんに近いものがあった。
そして、それ以降特に事件もなく薬草摘みに励んでいたのだが、ミラの、
「いっぱいおかねもらって、ママをかってあげるの!」
という言葉には思わずホロリときた。