003話:鑑定のマスク
転移に巻き込まれた後、この世界にやって来る前。
俺は不思議な空間で神のような者に会った。
会ったと言っても、向こうから頭の中へ直接話し掛けてくるような会合で姿を見てはいない。
とりあえずその神様に貰ったのが、クラス全員が転移しているという情報と、言語理解能力、百万ガルドの金貨、そして……
――『【真のマスク】を手にいれた』――
そう、『仮面の力』だった。
この【真のマスク】は白い面にただ、三日月の形をした目と口の部分だけがくり抜かれた何の変哲もない笑っているようなマスクだ。
出ろと念じれば手の中に現れ、消えろと念じれば霞のように消えて行くそんな不思議なただの仮面だった。
ただ、この仮面を出したり消したりするのは魔法とは違う固有スキルと呼ばれる転移者が持ちあわせている能力らしいと言うのはセラから聞いていた。
しかし、これはどうしたことだ。
奴隷のミラ、彼女が付けた【真のマスク】はその姿形をみるみる変えて行ったのだ。
ただのマスクじゃなかったのか?
そこにあるのはまるで軍人がが付けるような大きなゴーグル。
体に似合わぬ程の大きなゴーグルをつけたミラはその姿で周りをキョロキョロと見渡していた。
「うわぁ〜!!」
「ミ、ミラ! こらっ! シン様にお返ししなさいっ!」
「はーい、ママ! シンさまありがとー!」
幼女はその変形した仮面を感謝と共に返還した。
俺は動揺しつつも右腕で顔を隠しながらそれを左手で受け取った。
その瞬間……
――『【鑑定のマスク】を手に入れた』――
システマティックな声が頭の中へ響く。鑑定? この軍隊が付けてそうな目を守るためのゴーグルが?
しかも、ゴーグルはいつの間にか俺つけられるサイズに変わっていた。
少し躊躇ったが俺はそのマスクを装備してみる。
「……なっ!?」
そこには今まで見ていた世界とは明らかに異なる世界が拡がっていた。
名前だ。名前がそこらに見えたのだ。
立ち並ぶ建物や道行く人々の名前が見える、いや、見える度に頭の中へ入り込んで来る、直接理解出来ると言った方が近いかもしれない。
とにかく、そこら中に名称という名称が付いていた。
例えば隣の幼女エルフを見れば『ミラ』、そこらの家を見れば『誰それの自宅』や『なんたら商店』と言った具合だ。
しかも視界の中に入っていて、かつ注目している物についてだけ名前が分かる。逆に例えば建物に使われているネジだとかそういった構成部品は注目しないと名称など出てこないようだった。
スゲー! と思いつつセラに視線を向けてジックリ見てみる。
名称:セラ
種族:耳長族
性別:女性
年齢:十九歳
……
おぉ! じっくり見るとなんだか細かい情報まで……って!!
「セラ! 十九歳だったの!? え、そりゃ見た目若いなぁとは思ってたけど、いや、だってミラは? あれ?」
「ミラは私が十三になって孕まされた子です……十四歳で出産しました」
あー、えっと……重い。
出産は大変だったが貴族の家で産んだので回復魔法で万端のお産だったとかフォローしているが、ちょっと貴族様鬼畜すぎじゃね?
ちょっともう見たくないなと思っているとマスクが元の白い【真のマスク】に戻った。
おぉ? なんか【鑑定のマスク】と【真のマスク】どちらも出せるようになったっぽい。
とりあえずセラの年齢の話で空気がヘヴィなので話題を替えよう。
「あ、あのさ……この辺で良い仕事とかないかな?」
「仕事……ですか? 私はあまりキチンとした仕事をした経験はないのですが、その、えっと顔を隠したままできる仕事だとかなり限られて来ると思います」
「あーそうだよね……」
そうそう、そこら辺のことも考えて奴隷は都合が良かったんだけどな……せめて奴隷一人を買えるくらいあの神様も金をくれれば良かったのに。はぁ……
セラ位スタイル良ければ、体を使って幾らでも稼げるんだろうけど……あぁ、この世界じゃそうもいかないんだっけ?
さて、そんなことより俺はどーすりゃいいんだか。
「とりあえず、魔法使いに扮すると言うのはどうでしょうか? 何らかの事情でお顔を隠さなければならないならば、フード付きのローブがあるだけでかなり魔法使いのイメージが得られると思います」
「おぉなるほど! じゃあとりあえず買いに行こうか!」
魔法道具屋みたいな所で黒色のローブを手に入れた。杖をつけて貰って一万ガルドピッタリで購入した。この国の通貨は全て硬貨で更には五円硬貨がないのでなるべく釣銭がないように買うのが普通みたい。残金は九十三万ガルドだ。
ふん! と杖を振るとミラがカッコイイと褒めてくれた。幼女に言われても嬉しい。ただ、当たり前だが魔法は出なかった。
「んで、形は魔法使いになった訳だけど、どうしよう冒険者ギルドとかに登録するか?」
「はい、やはりそうするのが一番良いのかと……あそこは兵士など鎧を着たものも顔を隠したまま出入りできますから」
「あっ、マジであるんだ冒険者ギルド……」
「え? はい、ありますよ?」
「あーでも、そろそろ夕方かぁ、とりあえず飯食べようか?」
「しょ、食事ですか!? ……ゴクリ」
「わぁーい!! ママ、ごはん! ごはんだって!!」
「そーだぞミラ、俺も腹減って来たしガッツリ食べるか〜。何食べたいー?」
「「え?」」
「え? って、ご飯だよ、何食べたい?」
「そ、そんな私達は……」
「ミ、ミーちゃんスープってのをのんでみたい!!」
「あっ、こ、コラ!!」
「よーし、スープな! とりあえず良い匂いするからそこ入ってみようか」
匂いに連られて飲食店に入ったが、『一名様ですね』と奴隷であるセラとミラへのカウントがされなかった。
奴隷は首元に隷属魔法の印がついているのでハッキリ区分されているんだろう。
見れば店内でも奴隷は主人の横に立っていたり地に置かれた皿から食事を取っていた。
因みに女性の奴隷はドブスばかりだ。それなのに、そいつらの主人はセラとミラを連れ歩く俺を見てフンと鼻で笑いやがった。
イラッとしたのでその店には入らず、宿へ向かうことにした。
明日の夕方までとのことだったが今日くらいは親子水入らずで一日過ごさせてやりたい。
それで明日は冒険者ギルドまで付き添ってもらったあと、一緒に奴隷商人の所へ行けばいいだろう。
「シ、シンさまぁ、ミーちゃんのごはんはぁ?」
「シ、シン様、お願いしますっ! 私の分は要らないのでどうかこの子だけには……私達は一日前から禄な食事も戴いていないので、きっとこの子もお腹を……」
「いや、ちゃんとあげるよ!? セラは沢山働いてくれたし、ミラは……あー、ほらカッコイイって言ってくれたからさ!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
「やったぁ!!」
「とりあえず買い食いでもするか? もう少し細かい金も持っておきたいし……」
流石に万単位で買い物し続けるのもキツイからな。
宿屋を探して歩きつつ、途中で挫折見つけた焼き鳥らしき串焼きを千ガルド分買う。
残金九十二万と九千ガルド。千ガルドは大きな銅貨だった。それが九枚。なんだかジャラジャラするな。
「うわぁぁぁい!! これオイシィ! ねぇママ!」
「そうね、本当に……シン様ありがとうございますっ」
お、おぉ……
セラ泣いてるよ、いや、確かにこの焼き鳥美味いけどさ、あまりの美味しさに号泣ってよりかは、ミラが嬉しそうなのがきっとセラ自身の喜びなんだろうな。
うん、良いことした。
「あ、セラあんまりミラにあげすぎるなよ? それはセラの分だ」
「ス、スミマセン! で、でも私はもういいので、せめて今は……」
「いや、そんなに食ったらこの後食事が取れなくなるだろ? ミラなんて小さいんだからそんなに食べたらすぐお腹いっぱいなっちまうぞ?」
二人は暫くポカンとしたあと、片方は喜んで飛び上がり、片方は泣き崩れてしまった。
流石に目立つので、俺はセラとミラを引っぱってその場をそそくさと退場した。
そしてとうとう見つけた。食事付きの宿屋。
ここなら部屋で食事を取れるだろう!
「オバチャーン、部屋二つ!」
「……奴隷に貸す部屋はないよ」
「なっ……!?」
オバチャンは凄く不機嫌だった。
その時はわからなかったが、セラが言うには実はそのオバチャンはこの世界ではとてもキレイな人ってことになるらしい。そんなキレイなご婦人がオバチャンと呼ばれたことで大層ご立腹されたようだ。
結局ダブルベッドの一部屋をなんとか貸して貰い、その後はオバチャンに可愛い、キレイの言葉責めでなんとか機嫌を直してもらう。
そして、宿代と三人分の食事プラスチップで一万ガルド払うので、三人分の料理を部屋まで運んで欲しいとお願いした。
俺の熱烈な褒め殺しでしぶしぶ了承してくれたが、やはりオバチャンにしか見えないな。うん。
……
「ママ! スープ!! スープすごいの!」
「そうね、凄いわねミラ……」
仲睦まじい母と子、とても胸が暖まる。もう、本当にご馳走様です。
事前に串焼きを食べてたせいかかなりお腹いっぱいだった。
セラやミラは腹が減っていたためかペロリとたいらげていたが、何故かパンだけ残している。
「シン様……この、パンは持ち帰ってもよろしいでしょうか?」
「え? パンを? 持ち帰ってどうするの? そんなに日持ちしないと思うよ?」
密閉の袋とかないからすぐにカビると思う。
いや、なんか保存の魔法とかあるのかな?
奴隷も魔法で成り立ってるみたいだし結構便利だよな。魔法。
「大丈夫です。少しくらい傷んでも外側を捨てれば……それにお腹が空いたらそんなことは気になりません」
「あぁ、魔法とかはないんだ……それにしてもそんなに酷いのか」
なんとかしてあげたい。
そう思うのは偽善なんだろうな。
大義名分もなくそれを言葉として彼女達に伝えることは俺には出来なかった。
それでもあの兎人族の奴隷を思い出す。あそこにいた値段が安い奴隷達は禄に食事を取っていないと言っていた。
パン六つ位なら安いものだろう、たまには差し入れに行ってやるか……
傲慢かもしれないけれど、その位ならどうにかしてやるなんて言葉よりも俺の身の丈に合った偽善なのではないだろうか……
「さて、寝る前に風呂……あれ? 風呂ってどうしてるの?」
「私達奴隷は毎日臭くならぬよう入念に濡れたタオルで体を拭きます。貴族様のようなお屋敷にはバスタブがあるのですが、普通は皆そうしているかと。多分この宿でも水桶を貸してもらえると思います」
「シンさまー、ミーちゃんひとりでゴシゴシできるんだよー!!」
「おぉ、偉いなぁ!」
俺に撫でられた幼女は自慢げに鼻をフンスフンス鳴らしていた。
俺は取りに行くと言うセラを制してフロントのオバ……オネーサンに水桶とタオルを三枚借りてくる。
部屋に戻るとそこには裸の幼女と裸のレディが立っていた。
「うぇ!? へ、部屋間違えましたっ!!」
いや、間違えてないよ。
合ってるよ。
だけど何これビックリしたよ!
幼女の方はまだいいけど、セラはヤバかった。
胸とか色々丸見えだった。
「あ、あの? シン様? お身体を清めさせて頂こうと……」
「い、いや、俺一人で出来るから! てか、子供いるんだからっ!」
「奴隷として生まれたこの子もしっかり主人に奉仕できるよう教えるのが母の役目です。この子の幸せのためにも……」
「い、いいから! 二人で仲良く洗ったら交代! 俺は一人で洗えるからっ!!」
ドア越しに話し掛けてくるセラの言葉を遮って扉を開け、水桶とタオルを置く、そして俺はすぐに部屋を出た。
一瞬だが水桶を置く時に見えてしまった。うん、もう色々無修正だった。
ちょっと興奮冷めやらん中、体を拭き終わり元の貫頭衣に着替えたセラ達と交代する。
しかしそんな熱い思いも冷たい水で体を拭くと一気に萎んでいった。
「サッパリしたし寝るか。ミラとか座ったままもう寝てるしな」
幼女が片付け忘れたスプーンを咥えたまま机に突っ伏して寝ていた。
スープを飲んでいる夢でも見ているんだろうか……
「じゃあ二人でベッド使っていいぞ、俺は床で寝るから」
「それはダメです! 例え命令を受けようと私達の主人であり恩人であるシン様にそんな真似だけは出来ませんっ!」
ミラを起こさないよう静かな声だったが、それでも彼女は俺に聞こえるようハッキリと言った。
とりあえず、ベッドはデカイ。そっとミラをベッドに運んで俺とセラはその両隣に寝た。
明日は冒険者ギルドだ……