020話:北川 修一
高校一年の夏、夏休み前の七月だというのに各部活動は外に出て暑苦しく練習をしていたのを覚えている。
放課後、帰ろうと校門へ向かう道すがら見たのは外で素振りをしている剣道部だった。
その中でも一際大きく目立っていたのは『北川 修一』。同じクラスの高校一年生。
熱心に竹刀を振るその姿は真剣そのもの。つい立ち止まり見入ってしまったのを覚えている。身長も高く、さらにはキリリとした目鼻立ちを持っているため女子にも人気で、素振りが終わったあとは汗を拭くタオルをマネージャーに真っ先に手渡されているようだった。
そして、笑顔でそれに答える北川修一。
俺の記憶の中の北川修一はそんな爽やかで誠実そうな人間だった……
◇◆◇◆◇
「どうだロア? トゥートルフゥ採れそう?」
「ハイ! 僕、昔はよくお小遣い稼ぎに採っていたので任せてください!」
マジかよ。お小遣い程度なのか? 市場で売ったら五万ガルドとかロアは分かっているのだろうか?
なんだか知らなそうなのでそのまま黙っておいた。世の中には知らなくていいこともあるさ。
この頼もしい返事をくれたロアは犬耳とフサフサ尻尾以外は人間にしか見えないのだが、どうやら鼻はすんごく効くようだ。
後のことはロアに任せて俺は【鑑定のマスク】をつけ、ルビーはいつも通り無表情で、それぞれ後を付いていく。
さらにその後ろにはハンクさんが腕を組みながらそんな俺達の様子を見守っていた。
モンスターが出てきても多分ルビー一人いれば充分対応出来るだろう。いざとなれば俺も【怪力のマスク】がある。
それに確かロアも魔法が使えたはずだし、奴隷商では西の森に連れていくと言っても止められなかった。危険はないと言うことだろう。
しばらく地に顔を近づけて匂いを嗅いでいたロアだったが、彼女の犬耳がピクピクと動いた。
「何か、何か来ますっ!」
「なにっ!」
瞬時に戦闘態勢に移るルビー。
俺も【怪力のマスク】に仮面を変えようとしたその時だった。
「あ、いたいた! おーいアル兄ちゃん、昨日の人達いたよー!」
どうやら孤児集落の者のようだ。
その子は板で出来た仮面を着けて俺達の前に現れるとすぐに森の中に叫ぶ。
その後ぞろぞろと二十人くらいの仮面の者達がやってきた。
今度は取り囲まれることはない。仮面を取ったアル君が俺に話しかけてくる。
「俺達も手伝うから分け前をくれないか?」
俺は了解した。さほどあげられるものもないので、今日見つけるだけトゥートルフゥを見つけて半分分けることにした。
そしてこの仮面の集団に任せるのは周囲の警戒。ワーウルフが近づかないようにロアを中心に展開してもらう。
因みに安田志帆も来たようで、今俺達と一緒になって歩いている。彼女に仕事はあたえなくていいのかと聞いたら、彼女の分みんなが働くらしい。本当に姫対応だなオイ。
本人は悪いよーなんて言いながら満更でもなさそうだった。一応掘る時は手伝うと言ってシャベルを持っているのでその時は任せよう。
「シ、シン君その子は?」
「ん? あぁロアだよ。俺の奴隷になる予定」
「どれっ、奴隷!? ちょっとそんな可愛い子を奴隷にして何する気!? ルビーさんだけじゃ足りなくて女の子の奴隷買うなんて……!!」
「いや、何もしないよ。つか、ルビーも見えないかもしれないけど俺の奴隷だからね!? 何かしてるかって言ったら介護してるしね!」
まぁ、そうだよね。こんな可愛い子を奴隷にしてるのが同じ日本人にバレたら面倒だよね。
でも、俺が奴隷達に命令していることは一つ。『俺が転移者とバレないようにしろ』
これだけだ。
というか、変なことよりかは特に対人に係る様々なことをやってもらうつもりだった。
俺は仮面を外すことはないし、【魅了のマスク】を着けていなければこの孤児集団の仮面と変わらないくらい怪しく思われる。
だから凄く良い案だと思ってたんだけど、なかなか上手く行っていないのが本音だ。
ルビーに人付き合いなんて無理だろう。と言うか俺が介護する身だし。はぁ。なんだか色々上手くいかない。
だから今日のトゥートルフゥ探索は成功させよう!
安田志帆の糾弾をのらりくらりと受け流しているとさっそくロアが見つけたようだ!
「シン様、ここ! ここです!!」
「おぉ! 偉いぞロア! よし、掘ってみるか……」
皆が見守る中掘り出されたのは真っ黒な何か。
あまりキノコには見えないが……
一応、ロアやハンクさんに目を向けるとコクリと頷いてくれる。
「……トゥートルフゥ取ったどぉぉぉ!」
「やりました! 僕、見事やってみせました!」
「おぉ、偉いぞーロア! よーしよしよし……」
俺はここぞとばかりにロアを撫でる。
嬉しさのあまり、頭の上以外にも顎の下とか撫でまくった。
安田志帆はセクハラだとかなんとか言っていたが、これはスキンシップだ。断じてセクハラではない。
あぁ、髪は柔らかいけど、肌はけっこうスベスベ……
とても嬉しそうなロアには申し訳ないが、そろそろ皆の視線が痛くなってきたので撫でるのをやめる。
そんな目で見ないでおくれ、俺だってこの成果を撫で現してあげたいが時間は有限なのだ。
「よ、よし、それじゃドンドン行ってみよう!」
「ハイ! 僕頑張ります!!」
「所でシン、魔法の袋は持っていないのか?」
「はて? ハンクさん、なんですかそれ? まるでアイテムがいくらでも入る袋みたいなものですけど」
「うん、いやその通りだけどね。まぁ、まだ要らないと思うけどCクラスにもなるとこれがないと採取した物が保存できないんだ。まだまだ上を目指すならある程度金を貯めておくといい」
なるほど、そんな便利アイテムがあるのか。
もっとカッコイイ名前をつけないのかとも思うがまぁいいだろう。奴隷の皆を買って余裕が出来たら考えてみよう。
その後は勢いづいたのかあれよあれよとロアが次々に見つけてくれた。
そして、あまりに採れたので昼過ぎで採取を終了してあとはお休みにしようと言うことになった。
孤児達に渡した残りを見ても十は残っている。これだけあらば充分だろう。
森の深い所にはモンスターも出るのでさっさと帰ることにする。
「そっか、それじゃまた……」
「あぁ、それで、君はここで生きていくのか?」
「うん。私、もう帰れないみたいだから……綾ちゃんの分まで一生懸命皆と生きてみる……」
「町で暮らす予定はないのか?」
「きっと、皆寂しがっちゃうからね……モンスターは皆で退治するし、ここ、畑だってあるんだよ? お金はあれだけトゥートルフゥがあればしばらく大丈夫みたいだし、私も編み物とかして少ないけどお金も稼ぐつもり。リーダーにはアル君もいる。ここは大丈夫だと思うから……」
「そうか、何かあったら頼っていいぞ。冒険者ギルドに行ってシンって名前出せば俺と連絡取れると思うし」
「うん、色々とありがとう。あの……他にもこんな“紋章”をつけた人がいたら……んーん、やっぱりいいや。ここのことはなるべく人に言わないで。いざとなれば皆で逃げ出すつもりだけど、皆生きるのに必死だから」
「あぁ。誰かに言うつもりなんてないよ」
「僕も約束しよう。ギルドの監視官はシンの動向を見張るだけ、他のことには感知しない」
「ありがとう……」
感謝を述べられ、さぁ帰ろうかと思ったその時だった。
安田志帆との会話中、ずっと頭を撫でまくっていたロアの体がブルルと震える。
ん? と、視線を向けてみれば耳も尻尾もピンッと上に伸びていた。どうした?
「ロアどうし……」
「シン様、ごめんなさい……僕、行かないと!!」
それだけ言うと、ロアは走り出してしまった。
向かう方向は森の奥。流石に深くまで入り込むとモンスターもそれなりに出るはずだ。
しかし、そんなことを考えることも出来ずあまりのことに俺はただポカンとしていた。
「……オイ」
「ハッ!! ちょっと! ロア待て!!」
ルビーに声をかけられ、急いで追いかける俺。
突然の事態に俺自身困惑していた。
とりあえず、何かあったら大変だ。いや、それよりいったいいきなりどうしたと言うのだ。
急いで追いかけるが走り出したロアの足が早すぎる、
犬人族ってあんなに早いのか!?
「あれは魔法だな。疾速の魔法。とんでもない速さで地を駆けることが出来る。それにしてもこんな森中でも素晴らしい速さを保ってる。あの奴隷は森生まれなのかい?」
いつの間にかハンクさんが隣に来ていた。
正直俺は体力に自身がない。
仮面の力で怪力になったりすれば筋力は出るのだが駆け足に一切の自信はないのだ。
だから全力疾走だった。もちろんハンクさんの問いかけには無視だ。喋る余裕なんてない。
しかし、既にロアを見失っている。
俺は俺を追い抜いていくハンクさんやルビーを追い掛けるのがやっとだった。
「シン君大丈夫? いったいどうしたんだろうね……」
「ぜーっ、ぜーっ……」
少し立ち止まって息を整えていると声をかけられる。
え? 見れば心配してくれたのか複数の孤児達がアル君を筆頭に追いかけてきたようだ。
というか、まさか安田志帆や他の孤児達にまで追いつかれた?
しかも、こいつら息切れ一つしていない……あぁ、自分の足の遅さが酷すぎる。
「オイ、見つけたぞ。静かに急げ、ゼーハーするな」
森の中からルビーが顔を出す。
静かに、しかし、的確に要件を伝えてきた。
つか、静かに急げってなんだよ、無理だよ。ゼーハーするなって死んじゃうよ!
こいつ鬼だ。本物の鬼だ。あの額の角は伊達じゃなかった。
もう仕方ないのでただ静かに歩いて行った。
ロアがいる。何かを見ていた。
隣には同じくハンクさんとルビーが何かを見ている。
そこは崖になっていて皆その崖下を見ているようだった。
ロアに話し掛ける前にハンクさんが手で崖下を指さすので見てみる。
そこにいたのは……
五匹程度の歯を剥き出しにするワーウルフと五匹程度の真っ二つにされたワーウルフの死体。
そして、一人の男だった。
武器は持っていない。黒髪に黒い瞳で、真っ黒な学生服に身を包んでいた。
そして、その顔は怒りだろうか、まるで【怪力のマスク】の面相のように酷く歪み、ワーウルフ達の返り血を浴びつつ、叫びを上げている。
北川修一。
その長身の男は北川修一のようだった。
紋章は……あった。右耳、そのぐ下、いや裏と言うべきか、そこに確かにある。俺はすぐに【鑑定のマスク】でそいつの情報を読み取った。
やはり、名前は確かに北川修一と表示されている。
ただ、レベルは二十二もあり俺よりも高く、さらには俺の記憶の中でのあの誠実そうな表情はどこかへ行ってしまい、今はただ鬼のような形相でワーウルフ達と対峙していた。
「あ、あれって北川君!?」
安田志帆も俺や他の者と共に眼下の光景を眺めている。
助けに行かないのか?
しかし、俺や安田志帆からの誰ぞに向けられたそんな質問は口から出る前に飲み込むことになる。
崖のふもとで、北川修一が竹刀も無いのにゆっくりと上段の構えを取っていたのだ。
そして、警戒を強めるワーウルフの群れの中、ダンッという力強い踏み込みと共にその両腕を振り下ろした。
次の瞬間、ワーウルフの体が真っ二つに割れたのだ。
切れたのではない、本当に割れたという表現が正しいと思える光景だった。
空間自体に歪が生まれ、ワーウルフの体を割くように空中に亀裂が生じる。
そして、そのまっ暗な世界が垣間見える隙間が空間に生まれると共に、ワーウルフの体は二つに別れた。
ドシャリと血しぶきと共に地に落ちるワーウルフの体。
『分離の力』
それが鑑定して分かった北川修一のユニークスキルだった。
物体どころか空間までをも切り離して、分離している気がする。
あれは強すぎないだろうか……?
なんでも真っ二つに出来る能力。間違ってあそこに立っていたら今頃俺は……
残っていたワーウルフ達四匹はこぞって逃げ出し、後には六匹分のワーウルフの死体だけがそこにはあった。
安田志帆も知り合いだというのに、その北川修一の発する禍々しさから声をかけるのをためらっているほどだ。
ここは日本より簡単に人が死ぬ世界。
俺は体内の危険警報が鳴りまくる中、ゴクリとつばを飲みこんだ。
このユニークスキルは神剣騎士のユリアさんより強いかもしれない。そもそも、あれは切っていない、分離させているのだ。
「やっぱり!! 僕の……僕達の村の匂いだっ……!!」
気づいた時には既に遅い。
これからどうするか皆で話そうとしたその時に犬耳の少女は崖の下へ、鬼のような男の元へと斜面を滑るように駆け出していた。