017話:トゥートルフゥ採集依頼
さて、やっと冒険者ギルドに到着した。
これから依頼を受けようとやる気に満ちたソフィア、それからルビーらしき宝石を見れて満足気な俺の奴隷のルビーも一緒だ。
さっそく受付カウンターに進もうとしたのだが、雑多な冒険者達の中にふとユリアさんを発見してしまった。
俺はすかさず無言で近寄る……
「ちょっとユリアさん!」
「う、うわっ!! シ、シン!!」
「なんでハウスに来てくれないんですか!? クランリーダーがいればハウスでも依頼を受注出来るんですよね!? なんでユリアさん、ハウスに来ないでここに毎日入り浸ってるんですか!?」
「い、いや、これはだな、わ、私の大事な仕事で……」
「なんですか大事な仕事って? 依頼のコピーを受け取るだけなら週に一度で大丈夫なはずです! もう、あのキスのことまだ気にしてるんですか!? あの時は緊急事態で忘れましょうってことになったじゃないですか!!」
「キキキキキス!? ふ、ふぁっ!!」
途端に真っ赤になるユリアさん。
本当にこの人は……変な所で純情なのだ。
別に純情くらい可愛いチャームポイントとも思えそうだが、そんな純情もここまで来ると話も進まないので困っている。いつもは自信満々で『男は買うものだ!』なんて常々言ってる癖に受身になると途端に弱いんだよなぁ……
いくらキスされたことがなかったと言え、そろそろ俺と顔を合わせることくらい慣れて欲しい。俺だって多少は恥ずかしいが、あの時のことは仕方なかったのでノーカウント、なかったことになっているのだ。
そうしないと、折角加入したユリアさんのクランがただの安宿のための機能しか果たさなくなるからだ。
「そ、そうだ! ユリア姉さん、実はこれからシンがクラス昇格試験を受けるそうです! 何かアドバイスを!」
ソフィアがユリアさんをフォローするように声をかける。
それまでアタフタしていたユリアさんは一変。
ピタリと体を動かすのを止めて、真面目な顔でしばし考えていた。
あまりの変化に驚きつつも次の言葉を唾を飲み込んで待つ。
そしてしばらくの後、彼女は唐突に口を開いた。
「……『鑑定石』は使ったかシン?」
「い、いや……えっと……」
「丁度良いな、いい機会だから私のクランのメンバーのレベルを確認しておこう。ダイナは後でやらせるとして、とりあえずシンとソフィアだ。二人は私が金は出すから鑑定石でレベル確認してみろ。あぁ、奴隷もついでにしておけ。オイ、お前、お前だ」
レベルなんて俺の【鑑定のマスク】を使えば分かるのだが、よく考えてみれば皆には詳しく話していなかった。
俺が転移者であるというのも知られているし、仮面が俺のユニークスキルであること位は俺達『ソードオブナイト』のメンツは分かっていると思うが、目に見えて分かり易いのは【怪力のマスク】くらいだろう。もしかしたら、あれが俺の主なユニークスキルと思われているかもしれない。
因みに俺のレベルはユリアさんと戦ったためか十七まで上がり、ソフィアもいつの間にか二十レベルになっていた。
なお、お前呼ばわりされているのは五十四レベルになったルビーである。奴隷であゆ彼女の扱いは人以下で殆ど物と言ってもいいものだった。それが、奴隷に対する一般的な接し方なのだろう。人権などはなく、消耗品であり、彼女の左腕を切ったユリアさんもそのことについてルビー本人ではなく所有者である俺に謝罪してきた。
ただ、治療費を払ってくれたり、クランハウスで目覚めないルビーのためにベッドを用意してくれたあたり、特段悪気もなかったのだろう。そう信じたい。
というか、財布の中の残金二十万と二一六〇ガルド。少しは余裕があるものの、セラ達を早く買わないといけない状況であり、酷い大食感が目覚めた今だからこそ、ユリアさんの助けを本当に有り難く感じていた。
俺達はユリアさんに連れられてギルド内のとある部屋に通される。そこには占い師のようなお婆ちゃんと水晶玉があった。
どうやらこの水晶玉こそ『鑑定石』というものらしい。
「ち、ちなみにここで鑑定出来るのってレベルだけですか?」
「ん、なんだ? あぁ、やはりその長い髪、シンは女の子だったのか? ハッハッハ」
「いや、男ですから! てか、それだとユリアさんは女とキスしたことになっちゃいますね! ハッハッハ」
「ふぇっ!?」
……俺は男だ!
少しからかい返してみたが、うん……このからかい方はもう止めておこう。クラン解散されたら困る。主に住居の面で。
顔を真っ赤にするユリアさんは放っておいて俺は婆さんに鑑定してもらった。
うん、俺もソフィアもルビーも案の定十七、二十、五十四。特に変わりはなかった。まぁ、分かってたけど普段の生活でそうそうレベルが変動することはないということだ。
ちなみにユリアさんはレベル七十三だ。本人は「おぉ、一レベル上がったか!」等と言っていたが、その糧となった者の中には俺がしっかりと死を確認した学生服のあの二人も入っている。
この世界の厳しさ、俺達に課せられた紋章の運命、そしてダンジョンに穴を開けまくり不正に攻略をしようとしたために犠牲となった二人。
仲が良かった訳でもなく、思い入れもなかった。ユリアさんを恨む訳でもない。だけど、ここが異世界で、元の世界とは大きく違うと、強く強く認識させてくれた二人だった。
……
カウンターに戻って、俺はクラス昇格試験の話を聞いた。
そう言えば、レベルを測ったたけで特にアドバイスらしいアドバイスを貰っていないままユリアさんどっか行っちゃったけど、まぁいいか。
逆に俺のレベルと、ルビーがいれば大丈夫だと思ってくれたんだろう。そう思っておこう。
「クラス昇格試験ですね? シン様は現在GクラスのためFクラスへの昇格試験を受けられます」
「それで、試験内容ってどんなことをするんですか?」
「簡単です。Fクラスの依頼の中で、採集系の依頼・運搬系の依頼・討伐系の依頼を順番にこなしてもらいます」
「あぁ、なるほど。Fクラスの依頼がとりあえず一通り出来るならFクラスに昇格しても問題ないってことですか。でも、依頼って言ってもFクラスの依頼の中でも期間や難易度は異なりますよね」
「そうです、なので運や洞察力も必要となります。別にお金を出して他人にやらせてクリアする方もいらっしゃいますよ? ギルドも認めています。要はFクラスの依頼を成功できればいいのです。あぁ、ただし三つの依頼は連続してクリアして頂きます。間に休憩などは入れず、クリア報告と共に次の依頼を受けてもらいます。なので皆さん期日ギリギリまで報告を遅らせたり、良い依頼が出るまで報告を遅らせたりしますね」
マジか……
ユリアさんよりこの受付の若い女性の方が随分と有用なアドバイスをくれた。お金を使うのは報酬に比べて割に合わなそうだが、報告を遅らせるとかってテクニックは是非使おうと思う。
ただ、彼女は愛想が良く、仮面をつけた怪しい俺にも満面の笑みでニッコリと笑ってくれるのだが、ブスメイクも相まって全く可愛くない。はぁ、本当にこの世界の女性の顔にがっかりだよ! 俺はドキリとすることなく、話を続ける。
「えっと、それじゃ採集系の依頼を持って来てクラス昇格試験をスタートってことでいいんですかね?」
「そのとおりです。丁度今試験官の方もいますので、費用さえ払ってもらえれば今日から行えますよ。費用は五千ガルドです」
「うぐ、けっこう高い……ハイ、五千ガルド。これでお願いします。えっと試験官ですか?」
「ハイ、一応今のクラスよりも高位の試験を受けることになるので試験官と言う名のボディガードですね。付けないことも出来ますが、一応町の外へ出る時やダンジョンに赴く時はギルドに一声かけていただければ試験官が同伴します」
「へぇ、ボディガードが付くんですか……」
「あぁ、ただ、ボディガードされたらクラス昇格試験失格ですのでお気を付けて。試験官はクラス昇格試験の受験者に命の危機が迫っている時や緊急時のみ動くことを許されています。基本的に傍観するだけですので、試験官が動くようなことがあればその試験はいかなる理由があろうと失格となります」
「そ、そうなんだ……じゃあモンスターがいるような場所以外は付かないでもらおう……」
「それが良いかと。それでは依頼をお選びください」
俺は掲示板に向かう。
何度か依頼を受けているので受注の流れら辺は慣れたものだ。
今回の依頼はクラス昇格試験のため期日が長く、かつ簡単な物が良いだろう、となると……
「オイ、これはどうだ?」
「ん? なになに……ビックボア十匹の解体……期日は今日! いや、ルーこれじゃ休めないよ!」
「そうなのか……」
「ん? そう言えば、この世界って……」
識字率はどうなんだ?
と言おうとしてやめた。
そもそも、依頼書どころかこの世界にはそこら中に絵が溢れているのだ。看板や道標などもそうなのだから恐らく識字率は低い。
数字位は読めるからか、依頼書には大きく期日と報酬額が書かれている。そんな依頼書の美味しそうな骨付き肉の絵を見てルビーは依頼を指さしたようだった。
いつか、奴隷のみんなと勉強会かなこれは。
奴隷の中には生まれてから奴隷と言うわけでもないものもいる。ルビーも多分そのはずなのだが、それでも文字が読めないとはこの世界の識字率の低さ故だろう。
結局その解体の依頼はソフィアが持って行くことになり、ルビーは羨ましそうに去っていくソフィアの後ろ姿を見ていた。
「おっ! これいいな、これにしよう!」
俺が見つけたのは期日一週間ほどの採取依頼。『トゥートルフゥ』なる物を一つでもいいので取ってきて貰いたいらしい。
絵を見た感じキノコ? のようだ。
とりあえず詳しく依頼内容を……と言うより『トゥートルフゥ』について聞くためカウンターへ赴く。
どうやらキノコの一種で希少な食品らしい。
さほど危険もない西の森で採取できるらしいのでこの依頼でクラス昇格試験を始めることにする。
とても見つけづらいらしいが、俺には【鑑定のマスク】もあるので根気良く探せば大丈夫だろう、という気持ちだった。
「すぐに森へ向かうと言う事なので、試験官をお呼び致します……あぁ、丁度来ましたね。こちらが、試験官のハンクです」
「おぉ、シン! 偶然だなあ!」
「ハンクさん! あれ!? ラヴィアンローズは!?」
「バッツの足がどうにも治らなくてもな、しばらく休業中だ。これを機に少しギルドの業務もかじってみようかと思って下位クラスの試験官をやらせてもらっているんだ」
「そんなんですか……よろしくお願いします!」
「あぁ、手は出せないが口はある程度出せるからな! 頑張れよ!」
◇◆◇◆◇
森の中は昼というのもあって木漏れ日が差し、けっこう明るかった。
俺のすぐ後ろにルビーがくっつき、そこからけっこう間を空けてハンクさんが後を追う。
突然モンスター等に襲撃された時にも基本的には試験官は手を出せないからだ。もし巻き込まれたりしてつい手が出てしまって場合受験者は即失格となってしまう。
命も大事だが試験も大事。そのための微妙な距離感だった。
俺とルビーは特に何かを喋ることなく歩く。
もともとルビーはそんなにお喋りじゃないし、今俺は【鑑定のマスク】をつけているためそんな余裕もないのだ。
「麻痺茸、麻痺茸、混乱茸……なんでこんなに怪しいキノコが多いんだここは!!」
「オイ、これはどうだ?」
「えーと……『コロリ茸』……」
「どれ、食べてみるか」
「オイッ!! やめろルー!! コロリと死んじゃったらどうするんだ!!」
「その通り、それは毒キノコだから食べない方が賢明だ」
両膝を地につけ感覚のない左腕で体を支えるとルビーはその神に跪くようなポーズのまま木から生えているコロリ茸を食らおうと大口を開けた。
その綺麗な赤い髪が地に垂れてしまおうとお構い無しに食欲を優先するルビーだが、そんな姿でも、どこか木漏れ日溢れる森の一幕として絵になっていた。
もちろん俺が急いで止める。全く……コイツ怖いもの無さすぎる。
ハンクさんが助言してくれたがこのくらいは許されるみたいだな。
「ムッ。そうか、死んだら困る……トゥートルなんたらが食べれなくなってしまうからな」
「……え? いや、食わせねぇよ?」
「……ん?」
「……はぁ、まぁいいや。二つ見つかったらな」
そう言われると俺も食べたくなる。二つ以上見つけられたら半分こしよう。
納得してくれたのか、ルビーは再び立ち上がる。
丁度その時だった。
「キャァァァァァ!!!」
森に劈くような叫びが響いた。
子供の声だ。聞き間違いなどではない、近い位置で誰かが叫んだのだ。
「……」
「……で、どうするんだ?」
「ハッ! よ、よし行ってみよう!」
「ん」
突然の悲鳴に思考停止していたが、ルビーはかなり冷静だったようだ。
俺達は悲鳴の聞こえた方向へすぐに走り出した。