002話:レンタル奴隷
結局、奴隷を買うだけの金がなかった俺。
しかし、奴隷レンタルという制度があるらしく彼女達の内一人を一日レンタルすることにした。
「それじゃ、お客様どの奴隷に致しますか? 期間は一日単位で今からだと明日の夕暮れまで、一日あたりその奴隷の売価の1パーセント頂くことになっています」
俺が奴隷を買わないと分かるやいなや、奴隷商人は明らかに態度を替えた。
言葉は敬語のままだが、鼻をほじり始めている。舐めている。
俺はそんな失礼な商人が見守る中誰にしようかと悩む。
犬人族の娘……姿勢がいい。まるで軍人のように起立している。たまにこちらをチラリと見るが目が合うとすぐにまた姿勢を正す。
小人族の娘……相変わらず元気がない。こちらを見ようともせず心配になる。
兎人族の娘……谷間だ! 腕で胸を寄せて谷間を作っていやがる! あざとすぎるっっっ!
鬼人族の娘……そっぽ向いてる。態度が悪いな。
ロリエルフ……指を加えてこっちを見ている。ロリっつーか本当に幼児?
大人エルフ……こちらを見つつ、ロリエルフを気にしているようだ。この人はしっかりしてそうだな。
そもそも俺は自分のことをなるべく隠しつつ都合良く話を聴ける相手を探していたんだったな。
この世界の事情を聞くんだからなるべく年齢は高い方が良いかと思い、大人エルフに視線を向けた。
「おっ、お客様お目が高い。この中じゃあソイツだけ非処女なんであーんなことも、そーんなこともやっちまっていいですよ? ちゃんと洗浄してもらえば構わないんで。もし傷とか怪我しちまった場合は治療費かかりますけどね」
オイ、兎人族どうした。
さっきまで凄いテクを持っているぞ的なことを言っていた兎人族が向こうを向いている。目を合わせようとしてこない。
とりあえずあーんなことやこーんなことをするつもりはないが俺は大人エルフを一日レンタルをすることにした。
細かいのを持っていないと伝えて、百万の金貨をポケットから取り出し商人に見せると、突然ビックリして再び元の接客態度に戻っていた。オイ、今指についた鼻くそどうしようか迷った挙句食ったよね?
それにしても、ポンと金貨を出したから俺のことを金持ちか何かだと思ったんだろうか。
しかし残念、それが俺の全財産だ。奴隷は買えん。
レンタル料は二万ガルド、お釣りは九枚の大きな銀貨と八枚の小さな銀貨だった。
レンタル契約とやらをさっさと済ませて俺はさっさと店を出る。軽くレンタル中にはたらく奴隷契約を聞いたが、魔法の力でなんでも言う事を聞かせるっていう良くあるやつだった。
そして、人気のない所へ行ってからその大人エルフに話しかける。別にイヤラシイことをする訳では無いのだが、大人エルフは何かされると思っているのか元気がなかった。
「よし、君名前は?」
「……名前は……今はありません」
「ん? まぁいいや。じゃあとりあえずこれから君にやってもらいたいことを言うから。この事は他言無用で……ってそうか、レンタル終わったら俺の命令が効かなくなっちゃうから、そうだなレンタルが終わったら俺の話は忘れてくれ」
「……分かりました。誰にも喋らず忘れることにします」
「じゃあ言うね……実は俺は異世界から転移してきたばかりなんだ。転移って分かるかな? まぁとりあえずここからすんごく遠い所から来たんだよ。それで、この世界のこともよく分からない、だから俺の利になるようにこの世界のことを教えて欲しい。まずは服を買いたいんだけどどんな服がいいかと言うのと、相場を教えてくれ」
「えっ!? そ、そうでしたか……おかし、いえ、スミマセン、見慣れない格好は転移者の方だったからなのですね。なるほど……分かりました! 私が今日一杯で教えられることならばお役に立てるよう頑張ります……そ、それで一つお願いがあるのですが……よ、よろしいでしょうか?」
「ん? なに?」
「お、お願いします!! あの子を、あの子もレ、レンタルして下さいませんか!?」
多分、レンタルしてほしいあの子とはチビエルフの事だろう……
突然目の前の大人エルフが地にひれ伏し地面に頭をつけて懇願してきた。
人がいないと言っても流石に道のど真ん中、俺は顔を上げさせる。
あ、額を怪我してるや……
「分かったから顔を上げて、ほら額怪我してる……女の子なんだから顔の怪我は気をつけよ? お? 今のセリフカッコよかったんじゃないか?」
「え……? い、いえ私の顔なんて元が酷いので……」
「あの奴隷商の奴隷達の中では君達が一番良い感じしたけど……? 安くてお得だなと思ったけど買えなくてゴメンネ」
「……え? あっ!! そ、そう言えば聞いたことあります! 転移者の男性はブスが好……ゴホン、趣味が変わっておられると!!」
ねぇ、今ブスが好きって言おうとしたよね?
どういうことなのかよくよく話を聞いてみると、どうにもここでは女性への美的感覚が俺達地球人と違うらしい。
どうやらブスな人が可愛いと思われ、可愛い人がブスと思われるようだ。
ただ、ブスと言っても顔だけで、体型はやはり細かったり巨乳のほうが好まれるみたいだし、火傷だったりシミや皺だらけの顔も好まれる訳では無い。
単純に顔のパーツやバランスがことごとく崩れているものが好まれるみたいなのだ。あと、デカイ顔とかも。
元から可愛く生まれた人は仕方ないから化粧でブスメイクするらしい。キツイなブスメイクは……
それにしても転移者、周知されているんだな。
と言うことは俺達のクラスの奴らよりももっと沢山の転移がいたと言うことなのだろうか?
そこら辺を聞くとその通りらしい。
とりあえず転移者はそれなりにいて、例えばこの国の貴族にも元異世界人、恐らく地球人がいるらしい。
俺は遠くに見える王城を眺めへぇと零した。
「うん、まぁ趣味が悪かろうが俺は自分の好みをこの世界の住人基準に変えるつもりはないけどさ……」
「あ、あの、ご主人様、そ、それでは私の顔はどう見えますか?」
「ん? 凄く可愛く見えるよ? まぁタレ目は可愛いけど、どちらかと言えば綺麗系かもね。胸は大きいのに体の線は細いし、地球だったら芸能人にスカウトされそう!」
親指を立ててウインクしてみる。
まぁ仮面付けてるからウインクなんて意味無いんだけど。
すると俺の言葉を聞いた彼女はワナワナと震え出す。
嬉しかったのかな? 今まで不細工って言われてきたみたいだし。
「そ、そんな……やっぱり、それじゃああの噂は本当だったんだ!!」
「噂?」
「ハイッ!! 私達のように酷い顔に生まれた人もいつか救われる……と、例えば転移者ならば蔑むことなく心根のみを見てくれると、だから私は……私達は協会のその教えに従って誠実に希望を抱きつつ生きていたのですっ!!」
突然興奮し始める大人エルフさん。
さっきまで地に額をつけていたのに今度はキラキラした目で俺の両手を握って胸に当ててきた。
や、柔らかい……
良かった仮面してて、スゲーニヤニヤしてもバレない……
「あっ、す、スミマセン!!」
「あ、あぁいいよ。でも俺も金持ちって訳じゃないし、親切心だけでもう一人レンタルは出来ない」
「そ、そんな……私、なんでもします、なんでもさせて下さい! だから……」
「と、思ってたけどまぁいいか。今もさっそく色々と教えて貰えたし。じゃ服買ったらレンタルしに行こうか。確か明日の夕方までにまたあの店に連れて行けばいいんだよね」
「は、はい!! ありがとうございます! ありがとうございます!!!」
何度も俺に頭を下げる大人エルフ。
やっぱり娘とはなるべく一緒にいたいんだろうな……
その後、直ぐにTHE・平民って感じの服を上下プラス靴とカバンその他小物の諸々をしめて二万ガルドで買って着替えると、学生服はさっさと買ったカバンに詰め込んだ。
大人エルフが急かすのでさほど沢山は見てないがまぁ、道行く人を見る限り俺の服装も変な格好には見えないな。
いや、仮面している辺りかなり怪しいんだろうけど。
それから相場はだいたい1ガルド=1円みたいだ。
……って、奴隷って五百万とかするの!?
車くらい高いな……そんなもんなのか。
その後、もう一度奴隷商人の元へ赴き子供エルフをレンタルする契約を結ぶ。
いつの間にか六万ガルドもなくなった。こんなペースだとすぐにすっからかんだ。早く稼げる仕事を見つけないとヤバイぞ。
「ママァー!! こっちこっち! ねぇ、あれなにー?」
「あ、こ、コラッ!! ス、スミマセンご主人様!!」
「いや、いいよ。それよりさ、やっぱり名前教えてよ、今は無いって言ってたけど前はあったんでしょ? それから、俺の名前はシン。そっちで呼んで。あっ違うか……呼べ」
遠慮されるのも面倒なので命令をした。
かなりの拒否感がなければ基本的に命令は通る。俺の名前を呼ぶことにさほど拒否感なんてないだろう。いや、今までのコミュニケーションで既に拒否感あったら逆にショックなんだけどさ。
それにご主人様はやっぱりメイドさんに言われたいしね。
奴隷って主従の関係なのかもよくわからないし。
「わ、わかりましたシン様。ですが私達は奴隷、名前は奴隷として売られた時に捨てなければならないのです……」
「ミーちゃんはミーちゃんだよ、シンさまー!!」
幼女エルフの笑顔が眩しい。
そっかーミーちゃんかぁーと言いながら頭を撫でてやると凄く嬉しそうにしていた。
さんざん撫で回したあと、改めてミーちゃんの母である大人エルフを見る。
名前あるやーんと言う気持ちを込めて無言で見てやった。すると、彼女は気まずそうにしながら口を開く。
「私は奴隷狩りにあって、小さい頃に奴隷として売られました。そうしてとある貴族様に買われ遊びでその貴族様の子を成したのです。それがこの子でした。しかし、この子はこの顔で……貴族様には見てももらえず名前さえ貰えませんでした。だから私はその時呼ばれていた【セラ】という名前に因んで【ミラ】と名付けたのです、ただその名前は私が勝手につけ……」
「まぁーまぁーまぁー、それじゃあ大きいエルフの君が『セラ』、小さい方のエルフが『ミラ』だ。はい、これ命令」
「っ! ……あ、ありがとうございます!」
セラは命令をした俺に感謝を述べると、ゆっくりとミラへと向き合った。
よく俺達が話している会話の意味が理解できないのであろう、キョトンとした顔を浮かべている。
そんなミラに目線を合わせるようにしゃがみ込むセラ。
その娘を見る瞳には今まで辛かったであろう奴隷生活の厳しさなど一つもなく、ただ優しさだけが溢れていた。
「こ、これで私もあなたの名前を堂々と……あぁ、ミラ……ミラッ……ミラッ!」
「はぁーい!」
チビエルフのミラは元気に手を上げる。
何が楽しいのか分からないが、彼女はずっと楽しそうにしている。それほど奴隷としての生活は楽しいものが枯渇しているのかもしれない。
一方、大人エルフのセラの方は泣いていた。
ミラ、ミラ……と愛する我が子の名前を呼びながら彼女は娘に抱きついて泣いていた。
あぁ、なんだか良い事したなぁと、俺まで貰い涙を浮かべる。
その時つい、涙を拭こうと仮面を外してしまったんだ。
左手で仮面を外し、右腕の裾で顔を拭っている時だった。
「あー! シンさまー、ミーちゃんにもおめんかしてちょーだいな!」
俺は突然【真のマスク】をミラにひったくられ、さらには彼女がそれを先程までの俺のように顔に被ってしまったのだ!
あわてて自分の顔を涙を吹いた袖で隠すが、俺はその腕の隙間から驚く物を見た。
真っ白で特徴のなかった仮面がミラの顔にくっ付いたままその色を、形をドンドンと変えていくのだ!
ミラが付けていた仮面はすっかり変形した。
口元は露出し、鼻から額までがスッポリ隠れる、まるで軍人が付けるような大きなゴーグルになっていたのだった。