015話:怪力のマスク
それは黒く黒く漆黒のような色の仮面で、二本の小さいながらも力強い角を額から生やし、大きく開かれた顎からは長い牙を剥き出しにした恐ろしいほどの鬼の形相を持ったものであった。
いや、日本で見るようなパンチパーマな赤鬼などとは似ても似つかないのだが、鬼としか言いようがないほどの怒り、そして僅かながら哀しそうな顔をしていたのだ。
口は大きく開かれ、目とその口の部分だけが表面上は凹んでいる。
いや、穴があいているのかもしれない。そこは表から見る限りただの暗闇にしか見えないのだが、仮面をつけて内側から見てみれば外が見える謎仕様だった。
マジックミラーみたいなものなのだろうか?
いや、恐らく口も同じ仕様だとすれば煙幕のようなものに近いか、光だけを遮断しているのだろう。空気は吸えた。
――『【怪力のマスク】を手に入れた』――
やはり、と言うべきか。
俺は新たな仮面を手に入れた。
条件は分からないが他人に俺のマスクを付けるけることで新たなマスクを手に入れられるようなのだ。
その時に【真のマスク】である必要はないのかもしれないのだが、今までは【鑑定のマスク】も【魅了のマスク】も、【真のマスク】をミラとバニーが付けたことで変化して手に入れていた。そのため一応【真のマスク】に変えておいたのだ。
そして、入手時は頭の中にシステムメッセージのように声が響く。新たな仮面を手に入れたこと、それからだいたいの能力内容をここから知ることが出来る。
どんな能力の仮面が手に入るのか、『鑑定』や『魅了』など入手時の状況やマスクを装着した対象がなんらかの関連をしているような気もするがこれもはっきりとは分かっていない。
俺は静かに目を瞑るルビーの顔をもう一度その鬼の面をつけてから見る。
腕の血はなんとか止めているが、顔は青く呼吸は早い。
すぐに薬草を持ってソフィアが来てくれたので、俺は後を任せて立ち上がった。
早くこのダンジョンを出ないと……
この二号ダンジョンの入口まで戻れれば確か治療士がいたはずだ。
緊急クエスト依頼が出たため特別に待機してくれていた。ここに来るまでに手にいれた魔核でも突き出せばいくらでも回復させて貰えるだろう。
俺はゆっくりと歩み出す。
その向かう先は嬉嬉とした顔で斧を素手で掴んでいるユリアさんだ。
「お前、シンか!? 来るなっ! ぶっとばぶぐはっ!!」
「お前に私と対峙しながら他人を気遣える程の能力があるのか? ふぅ、私も舐められたものだ」
ダイナは俺に気を取られた間に吹っ飛ばされた。
すまないダイナ……今までありがとう。こんなに体を張って守ってくれるなんて思ってもいなかったぜ……
でもさ、あとは任せておけ……!!
「シン……お前はよくも、よくも私をコケにしてくれたなぁぁぁ!!」
「だから、違うって言ってるでしょうがぁぁぁ!!」
「っ!?」
ユリアさんが剣を拾うことなく素手で俺の首元に掴みかかろうとしてくる。
しかしその迫る両手を俺が両の手首をそれぞれ抑えて止めた。
俺に掴まれたことでビクリとも動かない己の両腕に声を失うほど驚くユリアさん。
この仮面は凄い……
まず動体視力がとんでもなく上がっている。今まで全く見えなかったユリアさんの動きが手に取るようにわかる。
そして、腕限定なのだろうが、意識した部分にとんでもなく力がこもるのだ。
今、上半身裸な俺の腕が肩から一様に真っ黒になっている。血行が悪いなんてものじゃない。
肩まで墨汁をぶちまけたように真っ黒なのだが、おそらくこれは仮面の能力を使っている時に発生するものなのだろう。
「ぐっ、離せ!!」
「いいや、離さない!! 俺は、俺達はダンジョンを攻略しに来た訳じゃない!! それを信じて貰えるまで離さっ!? く、くぉぉぉ……」
股間を蹴りあげられた……
この仮面の能力はどうやら両腕にしか能力を及ばさない……
股間はマジでヤバイ……そこは力が及ばさない……
俺が股間を押さえている間に、ユリアさんは剣を拾う。
そしてその体制からこちらへ低い体勢で飛び込み切り上げる。
しかし、この鬼の目はその全てを見通す。
反応できるのは両手だけだが、十分。
俺は剣の腹を手の甲で押しのけ、切り上げられた件筋を逸らす。
「ウオォォォォ!!!」
「っ!」
振り切った剣を返すようにユリアさんは連撃を繰り出す。
二連、三連と縦横無尽にその神剣たる一撃一撃が放たれるが、俺はそれを剣の腹を殴りそらし続ける。
「くっ、ならば……突きぃっ!!」
俺に攻撃をかわされた後、ユリアさんはしばし間合いを取った。
そして一拍の後、一気にその間合いを詰めるように飛ぶ。
足、膝、腰、肩、肘の力を各々最大限まで使った渾身の≪突き≫はただ愚直に俺の喉元へ伸びた。
しかし、それさえも手に取るように“見える”!!
それはコンマ秒、フレーム、刹那そう言った時間だった。
伸びる剣先にまず俺は左の拳を真横から垂直に当てる。
インパクトの音さえも聞こえない集中力のみをひたすら高めた静寂を味わう感覚……
その衝撃は殴られた剣の腹部分を中心に波のように拡がって行った。
そして、その波が拡がりきる前に、右の拳で位置をずらしてもう一発剣の腹へと叩き込む。
波は共鳴しその大きさが一瞬で増大していく。
パキィッ!!
そうして、ユリアさんの持つ剣は衝撃に耐え切れず……折れた。
ユリアさんは剣先が折れた獲物でそのまま突きを止めず放って来るが浅い。
俺は延びた剣を手繰り寄せるようにして再びユリアさんを捕まえる。
今度は蹴り上げられることのなよう近づいて抱き着くような形になっていた。
しかし、この彼女の体に回した腕を離すわけにはいかない、俺は腕を背中にしっかり回しユリアさんとピッタリとくっ付く。
目の前には彼女の顔があった。
「おぉ!! なんじゃキスか!? キスなんか!?」
「うるせぇ! ちょっと黙れロリボスホワイトダブルホーンババア!! 要素詰め込みすぎだろっ!!」
「シン!! お前は先ほどの男達と知り合いだっただろうが!! それが何よりの証拠だ!!」
こんな状況でお互いに言いたいことを言い合う。傍から見れば抱き合ったまま喧嘩とか痛いカップルの痴話喧嘩だろう。
ユリアさんは隙を見て、俺の腕から逃れようと必死だがそんな隙を与えるはずがない。
俺はこの誤解をどう解くか考えて……
……諦めた。
俺の脳内に浮かんだのは浅い呼吸を繰り返すルビー、彼女のためにも時間をかける暇はない。
「俺は……俺はアイツらと同じ転移者なんだ!!」
「転ぃ……!? そ、そうか、あの破壊の能力……確かにユニークスキル並の魔法だと思ったが、ユニークスキルそのもの……ん、ということは……」
「シ、シン、お前が転移者……? こんな弱っちいのが転移者……」
あぁ、ダイナにもソフィアにも聞かれちまったよな……
ソフィアは口出ししないがきっと驚いているんだろうな。
クソ……
こんな形で知られちまうなんて……
「お、お前が転移者なのは信じよう……しかし、それは私を騙し、あの者達と攻略を目論んだことの反論にはならない、それよりも同じ転移者として、いや、どうやら知り合いのようだったではないか! 通じていない証拠がない!!」
「あぁもう仕方ないな。聞いてくれ……」
俺は話し始める。この世界に転移したその日のことを……
思い出したくもないあの忌々しいこの世界と向こうの世界の狭間での出来事を……
「……まず、転移者は俺を含めて学校という場所での一つのクラスの中にいた全員だ……教師一人と男女それぞれ十五人づつの計三十一人と聞いている」
「聞いている?」
「あぁ、俺をこちらの世界に送ったのは直接頭の中に語りかけてきた神様みたいなもんだ。神様かどうかはそいつに問いただした訳じゃないから知らない。でもそいつが説明したんだ。俺達はこれからバラバラに転移すること、金貨一枚と言語翻訳能力、そしてユニークスキルを与えられること……ざっとそんな内容だった」
「ユニークスキルは知っている。確かに転移者は特別な力を持つものが多い。だが、金貨一枚……? な、なんだそれは? 転移者はそんなに大金を持って転移してくるのか?」
「知らないよ、俺だって転移したのは初めてだし……」
「ああ、すまない続けてくれ……」
どうやら話している内にユリアさんが落ち着いたようだ。
俺に謝る余裕さえ出来ていた。
いや、俺が転移者と知り、驚き半分、話をとりあえず聞こうというのがもう半分といったところだろうか?
どちらでもいい。もう全て話してしまおう。
俺は抱きついたままという体制で言葉を続ける。
「俺達が、いや、俺が他の奴らと仲良く攻略なんてしない理由……それは、神が与えたもう一つの命令、使命……いや、提示してきた目標のためだ……」
――あなた達にはこれから体の何処かに『紋章』が現れることになります。
――そう、あなた達三十一人は異世界で《紋章者》となってもらうのです。
――この『紋章』は円に二本の雷が入ったもの、一目で分かるよう作りました。
――そして、あなた達はこの『紋章』を必死に奪い合ってください。
――私は三十一全ての『紋章』を集めたただ一人のみを元の世界に戻しましょう。
――さて、『紋章』の集め方ですが……そうですね。
――この『紋章』を持つ者が死ぬと、その死体に最も近い紋章者の体にその『紋章』が移ります。
――この仕組みを上手く利用すると良いでしょう。
――さあ、紋章を求め戦うのです!!
――元の世界へ戻るため……そのただ一人の紋章者となるまで私を楽しませるのです!!!
「な……」
「さっき逃げた野郎、恐らく斎藤とか言う奴は首と手の甲にこの紋章が現れていた。恐らくそこで死んでしまったクラスメイトの紋章だと思う……俺はそんな風に誰かと殺し合いたくない、だから直ぐに転移者ということを隠して……」
「ちょっ……ちょっと待て!! おかしい、神がそんな無茶苦茶なことをいうはずがない!」
「しかし、言った。現に紋章は斎藤にも浮かんでいた。そして……俺にも!!」
「か、神がそのようなことは……」
「いや、もう神とかそういうのはいいんだ、とにかくこれで信じてくれたか!? 俺はそこのバカロリを倒すことよりルビーを回復させてもらうことが大事なんだ!!」
「そ、そういえばあの鬼人族はいったい……」
「俺が大金払って買った奴隷だよ! ソフィアの救出を手伝って貰おうとしただけなのにクソ、こんなことになるなんて!!」
「っ!? あの奴隷を!? 大金払ってまで!? な、なん、で!?」
奴隷、いや、大金を叩いたというところにビックリするユリアさん。
確かにダイナにもビックリされたが……
あぁそうだ!!
確か転移者なら趣味が変わってる人が多いってセラは言っていた。つまり転移者カミングアウトした俺はこの世界でのブスを好きであろうと問題はない。そう無敵だ! 俺は決して変人ではない……ないのか?
「そ、そうか……転移者!!」
「そう、そういうこと! だからユリアさんとの週末の食事も楽しみにしてたんですよ?」
「う、ううう嘘だ!!」
うっ、なんでまだ信じてくれなぃ……
あれ? ユリアさんの顔がみるみる真っ赤に?
視点がキョロキョロとし始めて俺と顔が近いため、今更離れようとしている。
そのせいで足がもつれてユリアさんは背中から倒れてしまった。
もちろん俺も一緒だ、腕は能力で強化されているためユリアさんを離すことはないのだが、足元には能力が及ばないため脆い。
そのため俺もユリアさんの上に倒れてまるで押し倒すかのような姿勢だ。こんな状況で抱きしめているわけにもいかず、とりあえずジタバタとしているユリアさんの両手を抑える。
手まで掴んでこれじゃ本当に俺が押し倒してるみたいだ。うん、明らかにユリアさんも動揺してるこれ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!!」
「おぉ、何じゃあチュウするんか!? ハイ、チューウ、チューウ、チューウ!! オイ、お主、男ならブッチューと行け!!」
「チ、チ、チチチュウ!?」
「ば、馬鹿野郎!! チュウじゃねえよ! そんなことしたって……」
「や、やっぱり私とはキ、キ、キス出来ないのではないか!!」
「いや、キスしても信じてくれないでしょうが!!」
「いや、信じちゃうだろ! キスなんかされたら信じちゃうに決まってるだろ!!」
え?
それで信じるの? マジかよ……さっきまでの俺の説明は……
ふと、振り返ると……
ダイナ、その苦虫を噛み潰したようなキツそうな顔はやめろ。
あっ、手を合わせて何かブツブツ呟き出した、ヤメロ、オイ。
ソフィアは何故か赤い顔をしてコチラをチラッチラ見てくる。
ユリアさんと良い、お前ら本当に従兄弟なんだな。
そして、ルビー……
【怪力のマスク】をつけた俺では彼女の状態はわからないが、きっとまだ生きている、彼女のためにも早くどうにかしないと……
「あーーーもうっ! 後悔してもしりませんからね!」
そうして俺は仮面を外し……神剣騎士ユリアにキスをした。