014話:ボスの間
――浮遊感。
そして、何か暖かい包まれるような感触。
あぁそうか……あの穴に地震のせいでバランスを崩して落ちちゃったんだ。
ってことは、ここでゲームオーバーかぁ……
「あ……れ?」
生きている……
というか、目を覚ました俺はルビーに膝枕されていた。
マスクもしっかり付けたままこちらを覗き込むルビーと目が合う。
初めて見たどこか優しげな彼女の表情に思わずドキリとさせられた。
しかし、そんな表情もなかったかのように俺と目があった瞬間に彼女の顔が正面を見据えるようにスッと持ち上がる。
そのあとしばらく彼女は無表情に真っ直ぐ何も無い空中を見つめていた。因みに顔は真っ赤である。何この子可愛い。
しばらくそのまま見つめていると、わざとらしく、そしてぎこちなさげに彼女は再度こちらを見て……
「き、気がついたか……!」
等と口にした。
いや、数分前から気がついていたし、ルビーもそのことに気がついていたよね?
殴られるのが怖いので口には出さないが心でそう突っ込んでおいた。
「心配したぞ、こんな状況で俺だけを残して勝手に逝くなよ?」
ダイナだ。こいつもいたか。
顎でソフィアをくいと指している。一方顎指されたソフィアは辛そうに俯いた。
こんな状況とはダイナにとっては可愛くないと感じているソフィアとルビーに囲まれた状況ということだろうか?
はぁ、本当にこいつ酷いな。ソフィアが一番辛そうだ。因みにルビーは全く気にしていない。いや怒っているかもしれないのだが、態度は普段と変わらないように見えた。
等と考えていたらどうやらダイナが俺達を助けてくれたらしい。なんて失礼な俺。
俺が落ちた後すぐに後を追って自ら穴に落ちたルビー、そのすぐ後にソフィアも飛び込んだらしい。そしてダイナもまた各人に続き自分も飛び込んだのだと。
そして最後に落ちた熊男が持つスキルである斧風でもって落ちる俺達を包み、怪我もないようにこの場所に下ろしてくれたと……
ちなみに『斧風』とは一定時間集中することで斧を使って風を操作する力らしい。何それ、ダイナの癖にカッコよすぎだろ、落ちながら集中とか……うん、と言うかお前は風とか操っちゃダメだ、川で鮭を取る能力とかにしておけ。
ただ一応ありがとうは伝えておいた。
「なぁ、そんでさ……この扉って……」
「あぁ、ボスの間に繋がる扉だろうな」
「こ、これがボスの間に繋がる扉……ゴクリ……私初めて見た……」
「……」
皆が扉に注目する。
帰り道をどうするかの前にやはりこの奥、ボスの間と呼ばれている場所について俺達は興味を持ってしまった。
そして、誰からともなく立ち上がりその荘厳たる大きな扉に近づいていた。
中からどういう訳か音は全く聞こえてこない。元々ただ静かな状態なのかもしれない。
だが、地響きや震源は恐らくここから発生していたはずだ。音が遮断されているとしたら? それは魔法のなせる技だろうか? とすれば防音設備も真っ青な魔法だな。
「お、おい、ちょっと覗いて見る?」
「あ、あぁ少しだけなら……」
扉を開けた先には……
……
「クソッ、クソクソクソォォォ!!! 俺達が何をしたって言うんだよっ!!」
「だから、このダンジョンを攻略しようとしたのだろう?」
「だってダンジョンって言うのはモンスターが湧き出て人を殺す危ないところなんだろ!? そこのボスってやつを倒してコアを持ち帰ればなくせるんだろ!?」
「まぁ、だいたいその通りじゃ」
「ほ、ほらやっぱり! なぁお前も人間だろ!? なんで、こんな……こんなことをするんだっ!?」
ボスの間と呼ばれるそこそこ大きなスペース。奥には輝く玉を据えているその部屋の中には二人の血だらけになって倒れている学生服と、地に膝を付き一人で必死に何かを叫ぶ学生服。
その三人の男に相対するように立つのは真っ白な体と真っ白な服と髪、そしてその長く白い髪から伸びた白い二本の角を持つ宙に浮かぶ幼女だ。
それから……その浮かぶ幼女の隣に立つのは血に濡れた神剣を構え、叫ぶように声を発する学生服と悠長に会話する神剣騎士ユリアその人だった。
「ユリアさん!!」
「ユリア姉さん!」
俺とソフィアはボスの間の中に入ってしまった。
こんな危なさそうな所にいるユリアを見て、わずかに安心してしまったのと同時に対峙する学生服に見覚えがあったためだ。俺はユリアさんの剣を見て止めなければと思ってしまった。
続くようにダイナも入り、最後にルビーが主人である俺に従うようゆっくり追随する。
そうして扉は勝手に固く固く閉ざされた。
「おいソフィア、お前の客が来たみたいじゃぞ? 今日は客が多いの……」
「シン……それにソフィア……そうか、シンが助けてくれたか……」
「あ、はい、助けましたけど……これは一体どういう状況で……」
チラリと学生服の男達を見る。
そこにいたのは血で汚れ、やつれてはいるものの見た事のある顔だ。
そう確か名前は……『斎藤』……下の名前は忘れた。
その学生服も間違いなく俺の高校のものだった。
こんなところで会うなんて……
「シンも冒険者ならばダンジョンの価値は少なからずわかるだろう? ここはギルドにも管理されているダンジョン、攻略は固く禁じられている」
「お、俺達はある人のために……このダンジョンでこれ以上犠牲が出ないように、そのボスってやつを倒して奥にあるコアを外へ持ち出さなきゃいけないんだっ!!」
「……という訳なんだ。正義漢を装っているのか何か知らないがこちらも易々と攻略される訳にはいかない。二人は既に倒させてもらった。コイツにはいったい誰に雇われているのか、また真の目的は何なのか尋問する必要がある」
「ワシは消滅されなければなんでも良いぞ」
一人空気がおかしい角付き白色空中浮遊幼女がいるが一旦置いておこう。
学生服の男『斎藤』の手の甲、そして喉には『紋章』が見えている。
それは丸に二本の雷を模した模様が入ったもので俺もよく知っている『紋章』だった。
そして、俺の【鑑定のマスク】で見れば、倒れる二人に与えられている名前は『死体』。
これは……
ユリアさんが殺したのか? 人間を? 俺のクラスメイトを……
「ユ、ユリアさん、ストップ!! ちょっと外で話ませ……」
「……そうか、シン。お前も最近現れたルーキーだったな。私としたことがこんな手に引っかかるとは……なぁっっっ!!」
「危ねえっ!!」
ガギン!!
と鈍い金属の音が響く。
俺の目の前にはユリアさんがいる。一瞬の内に間合いを詰められていたのだ。
その彼女の手には剣が握られていた。刹那に置いて剣を抜き、切りかかってきていたのだ。
そして、それを横から斧を伸ばし止めるダイナ。
この間俺は全く動けず、ユリアさんとダイナが鍔迫り合いする姿になってからも、ただその二人の姿を見るだけでピクリとも動ける気がしなかった。
なぜだ?
なぜ、ユリアさんが俺を……?
状況が全く分からず俺はペタンと尻餅をついてしまう。状況は最悪だ。ダイナはやはりユリアさんには勝てない、額に玉のような汗を浮かべながら斧で剣と競っているが徐々に押されている。
相変わらず、なぜにあんな細身の剣で押し勝てるのか分からない。それよりもこれでダイナが押し負けたらどうなる、切られるのか? 俺は?
そんな時だった、細身の剣で大斧を圧倒するユリアさんを横からルビーが痛恨の一撃……を打ち込もうとしたが感嘆に避けられてしまった。
しかし、その行動で俺達とユリアさんの間には僅かに距離が産まれる。
「オイオイオイ、これは一体何の冗談だ!? 確かに攻略は禁じられているがよぉ、なんであんたがそっち側にいて、シンに攻撃してくるんだ、あぁ!? つーかお前横槍入れてんじゃねえよ、助けなんかいらねーんだよ!」
「助け? 勘違いするな、私は殴る隙を見つけたから殴ろうとしたんだ。いいからお前はアイツの隙を作り続けろ」
ダイナとルビーはこんな状況で口喧嘩を始めている。
しかし、やはりと言うかユリアさんからは全く視線を逸らしていない。
二人とも緊張した面持ちで次のユリアさんの行動を伺っていた。
ユリアさんもいぶかしげにルビーを見る。さすがに押し合いのような単調な戦闘ではニ対一はキツイと思ったのだろう。
「ユ、ユリア姉さん……! そいつ……まさかボス!? ねぇ、なんでボスとユリア姉さんが……」
「そんなことより、ソフィア……まさかお前までシン達と結託してダンジョン攻略などしようとしているんじゃあるまいな? お前を助けて欲しいと緊急依頼を私から頼んだというのに、見事に利用されシンはここまでやって来てしまった。いいか? シンは私やお前のような奴に優しく声をかけ、騙し、こうやってダンジョン攻略を企んでいたんだ!! 見ろあいつらを! シンと同じような目鼻立ち、そして髪や目の色まで同じだ! こんなことを企む以外に私達と仲良くしようとするはずがない!!」
ソフィアの悲痛な叫び、そしてユリアさんの返答で俺は一気に色々なことを理解出来た。
……あれだ。
色々と誤解だ。誤解しているんだ。
ソフィアが狼狽える中、追撃をかけるようにこれまでの人生でどれだけ酷い仕打ちをされてきたのかユリアさんが言葉を発し続けているので少し整理しよう。
まず、この場にいるのは満身創痍で動けない斎藤一人とその仲間で俺のクラスメートだった死体二つ……うん、あまり考えちゃダメだ。とりあえず今は意識しないよう努めよう。それからボスらしき白色幼女とその幼女の近くに守るように立つのがユリアさんだ。
一方、俺の前にはダイナとルビーが立ち、俺の隣には俺のようにへたりこんでしまったソフィアがいる。因みにソフィアは俺のことを全く見ようとせず少し崩れた星座のような格好で座り込み地面だけを凝視している。怖い。
そして、斎藤達と俺の関係は確かに同郷のよしみだが、別に仲間ではない。ユリアさんは誤解しているがたかが同じ日本人、同じ転移者というだけで切られる言われはない。
それからボス、こいつの立場が問題だ。攻略こそ許されていないがボスがこんなに理知的だったこと自体が問題だったのだろうか? そもそも俺もボスは怪獣みたいのを想像していたため若干気が抜けた。ユリアさんの方がボスに見えて仕方ない。
ソフィアの言葉もそしてダイナの言う『そっち側』という言葉もボスが≪悪≫、もしくは≪敵≫であるような口ぶりだった。ダンジョンの攻略は禁止されているが、だからと言ってボスと共に人を殺すなんてありえないのだろう。俺もそう思う。
そもそも攻略を禁止としているのは、つまるところダンジョンコアへの手出しを禁止しているだけで、ボスを殺しても問題ないのではないだろうか?
もしその時の手違いでダンジョンコアを破壊してしまったとしても、単にその攻略してしまった者が懲役や罰金などに罰される対象になる程度の認識だったのだが。
あぁ、いや、そもそも強くないとボスのとこまで行けないからあまり考えていなかったというのも本音だな……
でも、ボスとユリアさんが繋がっていることはかなりおかしなものに感じられた。
とりあえず……
「ちょっと待ったあ! ユリアさん、誤か……ヒィッ!!」
その神剣が俺の頬を擦る。
再びダイナが斧を使ってくれたお掛けで、軌道が逸れ脳天直撃コースを防げたようだった。
そしてユリアさんは再び距離を取るが、だめだこれ言葉通じない。
「お、おい君……もしかして日本人か!? 良かった、助けてくれ!! しばらくそいつの相手をしていてもらえれば……あれ? もしかして君って俺達のクラスの……」
「やはり……!! シン、お前はこいつらとなんらかの関係を……くっ!! シン、お前と言う奴は全世界の恵まれない女性の敵だ!! ここで……私が切るっ!!」
「ふざけんな!! シンが攻略なんて考える訳ねぇだろ!! こんな弱っちいんだぞ!? あんた少しは頭冷やせや!!」
「ガァァァアアア!!!」
斎藤バカヤロー!!
お前、話しかけてきてんじゃねーぞマジで!!!
叫びと共にユリアさんの剣に怒気が帯びる。
一方、ダイナは再び俺を庇ってくれた。
な、なんだよお前……惚れてまっ……いや、まぁそれはないか。
とりあえずユリアさんの勢いが強すぎる。
連撃をダイナの斧に繰り広げているためルビーも近寄れない状態だ。
「オイ! ボス、そう、お前だお前! お前この状況をなんとかしろ!! つか、扉を開け、外に出せ!」
「え、ワシ? あー、そんなこと言われてものぉ。ワシも一応ギルドに色々言われてて、ワシの秘密を知ったやつをそうそう逃せないんでのぉ……」
「うるっせえ! ユリアさんをどうにかしたいんだよとりあえず攻略されずに冒険者が帰ってくれるんだからいいだろ!? そしたらユリアさんも少しは信じてくれるんだからよ!!」
「えぇ……んー、それじゃあ、それでいいかのぉ……ほれ開けゴマ!!」
「ギルド……? な、なんでボスがギルドの言う事を……」
ブツブツと呟いているソフィアはまずは扉の向こうに投げ込むとして。次はあの学生服姿の斎と……と視線を向けたら、いねえ!! まさかもう逃げたんか!?
「オイ!! 何している! 一人たりとも逃がすな、一人を残して話を聞く手はずだっただろうが! 私の言葉にしっかり従え! 今のはこいつらが逃げるための嘘だぞ!?」
「あぁ、そうだった! しかもその残してた一人に逃げられたぞい!!」
どうやらこの幼女はバカなようだ。
ユリアさんが怒るのも少しだけ分かる……
と言うか、別に逃げようとしたわけではなく、このバカなボスに危害を加えないことを証明しようとしたんだけど、うん、これは俺が失敗だった。
ここで、この場でどうにか説得しよう……しなければ後ろから刺されかねない。
そう思っていた時だった。
ルビーが動いたのだ。
一瞬の隙をつき、ユリアさんを後からその左腕だけで抱き着くように拘束した。
「今だ! その斧で、こいつの剣を……」
ダイナもまた、その隙を見逃さなかった。
いくら後から鬼人族の力を持って抑えると言っても、ユリアさんの剣は脅威だ。
手首さえ動けば、近くにあるものはすべて叩き切られてしまう。
もしくは、こんな形で決着をつけることに躊躇したのだろうか……
危険の排除か、プライドの問題か、大斧は確実にその神剣を無効化しようと剣の根元に向かって全力で振るわれていた。
しかし、手応えはない……
ある程度止められると思っていた斧は一気に地を抉った。
ユリアさんはわざと剣を手放したのだ。
そして、拘束の緩い右腕で……
ルビーの左腕を肘と手首の間で、斜めに切断した。
ユリアさんは素手で剣並みの斬撃を繰り出す。
もう何がどうなっているのか意味がわからない。
ただ、その攻撃によって左腕が薄皮一枚で繋がる状態になったルビーは血を吹き出しながら地に倒れ、ダイナは手加減や油断している場合じゃないと再び斧を持ち上げ振り下ろす。
「ルビー!!!」
流石に手刀で受けるのは無理なのかダイナの斧は真剣白羽取りのような形でユリアさんに抑えられていた。
俺はその隙にルビーの足を引っ張り引き寄せる。
「……痛い」
「いや、痛いなんてもんじゃないだろ!! お前、なんでここまで……」
「……お礼だ」
「……は?」
「……私……死ぬ前に一度でいいから、ルビー、見てみたかったな……」
ルビーの切断された左腕はプラプラと本当に皮だけでくっついているだけで、おびただしいほどの血が溢れている。
そして、俺の腕の中で不穏な言葉を残して目を閉じるルビー。
一体何のお礼なのかも分からない、ただ俺のためにここまで傷ついた結果しか分からないし残っていない。
今日までルビーとはさほど言葉も交わしたこともなかった。だけど、そんな彼女に俺は今日一日でずいぶん親近感を持っていたんだ。
俺がこの世界で初めて買った奴隷……片腕がない鬼人族で、無口でいつもツンツンしている。コミュニケーションが下手で、言葉が足りなくて、力が強くて、そして真っ赤な髪を持つルビーのような女の子……
……
でも、このまま終わりなんて嫌だ!
約束したじゃないかルビーを見せてやると!!
このまま何のお礼なのか分からないまま死なせるなんてありえねぇ!!!
「ソフィアァァァ!! 薬草だ! 一つくらい持ってんだろ! お願いだ、ルビーに使ってくれ!! 頼む!!」
俺は上着を脱ぎ捨てソフィアの腕に巻き付け止血をする。
こういう時、裾を噛み千切って……なんてワイルドな真似はできなかった。
まずは、急いで止血しないと……
【鑑定のマスク】には死体と表示されていない、まだきっと大丈夫!!
寸分先ではまだダイナの斧を素手で止めるユリアさんがいた。
すぐそこには薬草を見つけようと必死なソフィアが。
そして、胸の中ではみるみる生命力を失っていくルビーがいる。
俺は一人で決心する。もう、この方法しかない。
俺は仮面を【真のマスク】へ変えたあと、自らの顔から外しそっとルビーの顔へ近づけた。
仮面はその形をグネグネと変えていく……