013話:鬼人族の力
――二号ダンジョン。
俺がここへ来るのは二度目だ。
もう二度と来たくなかった所だけど、また来てしまった……
早くソフィアを見つけてさっさと帰ろう。
「なぁ、そういえばルーはなんでレベルがそんなに高いの? 奴隷の前は冒険者してたとか?」
「シン、そういえばお前いつの間にレベルなんて測ってたんだよ? 前は俺のことも調べ上げてたみたいだし……」
歩きながらそれとなく質問したのだが、ダイナもいたんだった……
レベルが分かることその他をダイナに指摘されて焦る俺。
因みにダンジョンに入る時から【鑑定のマスク】を付けているのでレベルは見ようと思えばいくらでも見えるのだが、それは出来るだけ秘密にしておきたいのだ。
しかし、そんな俺の心配も他所に赤髪を揺らしてルビーは話し出す。
「……鬼人族は生まれつきレベルが上がりやすい。腕を切られなければもっとレベルに沿った力が出せたはず……」
「えぇっ!? マジかよ、怖いなその一族は……」
「あぁ、そうだ。私達は人には恐怖されている。だから殺されるし、腕も切られるし、奴隷にもされる。そうしないと怖いんだ、人間ってやつは」
……うん。なんだかルビーも色々あったみたいだ。
いつもは無口なくせに、ここぞとばかりに喋っている。どうやら触れない方が良かった話な気がするので俺は「そうか」と一言だけ応えておいた。
ダイナも空気を読んでくれたらしい。いや、コイツはただドブスとなんか話さねぇとかってことなのかもしれないけれど、特に突っ込んで何か話すことはなかった、。
それにしても『レベル』。
確かにその概念は直接その人の力を数値化したものなのだろう。ゲーム脳な俺にはすごく馴染み深いものだ。
しかし、レベルが高いからと言って必ず強い訳じゃないみたいなのだ。
例えばアイさんは魔力が高いし、ハンクさんは筋力が高い。
何をもって強いというのか、凄く適当だ。
それに、怪我をしても、病気になっても、年齢を重ねても……レベルが下がるなんてことは聞いたことがない。
レベルなんてものはけっこうあやふやなものに他ならないんだろうな……
俺はそんなことを考えながらダンジョンを歩いていた。
すると、視界にチラリと何かが映る。
――『デスサイズ』。
俺の視界に現れたその名前は、あの姿を隠せる死神モンスターのものだった。
「て、敵だ!! ルー、斜め右前方から狙われている! 気をつけ……」
ボグゥッ!!
何かが遠くのほうで弾けた。
同時に『デスサイズ』の名前は消えていき、後には魔核が残る。
あれ? この『デスサイズの魔核』ってかなりの値打ものだったはずだぞ。
え? いったい何が起きた?
えっとまず、俺がルビーに危険を伝えた。
そう、デスサイズが向かって来ていたのがその迫る名前で分かっていたのだ。俺はその名前を指さして危機を伝えたはずだ。
するとルビーがしゃがんだんだ。
……と思ったら直ぐにまた立ち上がった。
良く考えてみればその時拳大の石ころを拾っていたらしい。
そしてそれを俺が指さす方向に投げたのだ。
石ころがデスサイズに当たったのかは分からなかった。
だって気付いたら向こうの方の壁に当たり、『ボグゥッ』と音を立てて拳大の石が砕けていたのだ。
むしろそれを見てルビーが今石を投げたのだと分かった。
そして、デスサイズは死んでいた。
は?
簡単に言うとこうだ。
ルビーが石を投げた。デスサイズは死んだ。
は?
「魔核が落ちてる……当たりどころが良かったみたいだ」
「え、えっと……」
「進まなくていいのか?」
「あ、う、ウン……ソダネ、ススマナクチャネ……」
こっそり魔核を拾って、口をあんぐり開けて固まっていたダイナを引っ張り俺達は進んだ。
あぁ、どうやら本当にレベルなんてものは当てにならないようだ……
と言うか、俺は最強の奴隷を買ってしまったのではなかろうか?
だって、そこらの石ころで倒せるはずがないのだ。
俺が渾身の力を込めて振るった杖なんて弾かれているのに、なんでルビーの投げた石ころは貫通するんだ?
そう、貫通したんだ。奥の壁まで石が届いたってことはルビーの投げた石はデスサイズを突きぬけて行ったんだろう。そして当たりどころが良かったってことは貫通した部分が上手いこと致命傷を与える部位だったのだろう。
そりゃ身体強化されたハンクさんも一撃で真っ二つにして見せたけど、状況が違う。そもそも身体強化も何も無いし武器なんて石だ、石!
俺達二人がポカンとする様を見て、どこかルビーは誇らしげだった。
いや、表情も仕草もいつも通りツンツンしているのだが、俺はそんな雰囲気を彼女から感じたのだった。
そうこうしている内に崩壊している壁まで辿りついた。
途中に現れたのはダイナでも倒せるようなザコ二匹。
ただ、ダイナ曰くやはりモンスターが少なすぎるし、この階層では有り得ないほど強いモンスターらしい。
俺は後ろで見ているだけだったが、確かにどちらもレベル二十以上だった。初心者が手を出してたら即死な相手だ。
「オーイ!! ソフィア! いたら返事してくれ!!」
「……ーイ! ……か……かいな……誰かっ!」
何かが土砂の向こうから聴こえてくる。
その声は確かにソフィアのものだった。
やはり、ここにいたか……
ダンジョンに危険があるなら冒険者は無理をしないはずだ。ソフィアだって金を稼ぐのが目的だったはずだから異常を感じたならすぐ別のダンジョンに行けばいいはずなのだ。
そもそもモンスター自体が少なくなっていて、その少ないモンスターも普段出会わないような強いモンスターなら尚更だ。
経験値稼ぎにしても、モンスターの魔核狙いにしてもイマイチだろう。
それでも生きたままソフィアが帰ってこない理由。
俺はその原因がこの崩れた壁にあるのではないかと疑っていた。
「ルー、ごめん頼めるか?」
「……」
「なぁシン、一応お前が主人なんだろ? 命令すればいいんじゃないか?」
無言で黙るルビーを見てダイナが耳打ちしてくる。
いや、ダイナの言う通りなのだけど……
きっとこのコミュニケーションが不得意な部分は彼女自身の個性なんだ。
別に良い個性とは言えないかもしれないけど、それも彼女らしさを表している彼女の大事な一部分だと思う。
俺は無表情で何を考えているのか分からない彼女の言葉を待っていた。
俺が買った俺の奴隷、それでも彼女だって一人の人だ。俺は奴隷ではなく、鬼人族のルビーと話すため彼女の言葉を待っていた。
「……ルビーが見たいんだ」
「え?」
「仕事はする。だから……いや、宝石を欲しい訳じゃないんだ、ただルビーってのを見てみたい……」
……なるほど、ルビーが気になっていたのだろうか?
俺に頼むのが気恥しいのか向こうを向いたままそうお願いしてきた。
別に今でなくても言ってくれれば見せてあげるのに……
主人の頼みを聞く今なら、自分もお願いしていいだろうとでも思ったのだろうか?
俺達の間にはまだまだ色々と認識や価値観のズレがありそうだけど、俺はこんなルビーの不器用な性格を好きになっていた。
恋愛とかそういう話ではなくて、人間性として嫌いになれないってことだ。何故か放っておけないのだ。
「よし、それじゃここを出れたら宝石店に行こう……金もさほどないから冷やかしみたいになっちゃうかもだけど……」
「そ、そうか! よし、それじゃ……」
ルビーが次々とガレキをどかしていく。
中からモンスターが現れるということはなく、直ぐに横穴のようなものが見えてきた。
元来ここは道の分岐点だったのだろう、それがあの土砂崩れみたいな崩壊でほぼ埋まってしまっていたのだ。
「す、すまない!! 私はここだ! どなたか分からないが助けて欲しい!!」
どうやら向こうは俺と分かっていないようだ。
やる気を出したルビーによって直ぐにソフィアは救出された。
ズルズルとスキマから引っ張り出され救出されるソフィア。
そんな彼女がどうやら俺とダイナに気がついたようだ。
「す、すまない……このお詫びはいつか……あれ!? シン!? ……と、ダイナ……」
みるみる元気がなくなるソフィア。
先日のことを思い出したのだろうか、いや、それは誤解だったはずだろ……
ソフィアの人間不信トラウマは無視して俺は救出しに来た旨を伝える。
「ソフィア、助けに来たよ。今、このダンジョンは色々危ないらしいから直ぐにここを出た方がいい……」
「な、なんで私なんかを……」
「だから、友達だからだよ! さぁ、さっさと帰ろう、積もる話はそこで……」
「あ、あぁ、そうか……友達……だもんな……全く、私はシンに助けられてばかりだ……」
「あぁ、十五万も時間かかってもいいから無理はするなよ?」
「っ……そうする。本当に申し訳ない……それにしても、あの黒い服を着た奴等の力は凄かったな。シン達が助けに来てくれなかったら生き埋めだったよ……」
「黒い服……?」
「あぁ、軍服のような良い素材でできた上下真っ黒な服だった。金色のボタンが付いていてな……見た事もなかったがあれはどこかの軍人冒険者だったのか……」
「軍人冒険者ぁ? んな格好の奴は俺様も見たことがないぞ……」
「い、いや、ソフィア、その話詳しく!!」
学生服か?
黒い軍服に金のボタン、学生服としか思えない。
まさかとは思うが俺と一緒に転移してきた学校の奴等じゃないのか?
そう思い始めるともうどうにも気になって仕方がなくなっていた。
話を聞く限り男性三人で俺と同じくらいの年齢、そして黒髪に黒い瞳。
そんな奴らがこの崩落を引き起こしたと言うのだ。
なんでも、モンスターが大量に現れたため一人の男が壁を崩してこれを撃退したらしい。
その男が壁に触れると、そこからガラガラと崩壊していったとのこと。ソフィアは横穴に逃げるだけ必だったがあんな魔法は初めて見たと言っていた。
……ユニークスキル。
それは俺達がこの世界に転移した時に神のような存在から与えられた力。
転移者はすべからく持っているべきもので、俺には『仮面の力』が与えられていた。
当然他の、そう、俺達のクラスの奴等も持っているものだと思われる。
この崩壊はそのユニークスキルによるものではないのか?
鬼人族並の力を壁に触れるだけで発動する魔法なんて存在するのか?
俺は、次第にここに同郷の者がいるのではないかという疑問が、いや、いるのだという確信に変わり始めていた。
「ご、ごめん皆……ちょっと帰る前にもう少し奥を見てみてもいいかな?」
「うん? 俺はいいけどよ……」
「私も構わない」
「……」
ルビーは相変わらず無口だが嫌そうには見えないので、申し訳ないが俺の我が儘を通させてもらうことにした。
そして、ラヴィアンローズのハンクさんとアイさんが確かめた通り、塞がっていた道の向こうには大きな穴が開いていた。
「こいつは……まさか最深部まで届いてるんじゃねぇか?」
「最深部?」
「あぁ、いわゆる最下層、『ボスの間』だよ。こりゃまたとんでもなく無理矢理な攻略の仕方だ。モンスターの感じと魔素の雰囲気からはまだ攻略してはいないと思うが、こうやって、穴をあけ続けてんならそろそろボスと対峙しててもいいと思うぞ……」
「マジかよ……」
俺は四つん這いになって底の見えない大穴を覗いた。
下の階にもそのまた下の階にも真っ直ぐに穴は続いている。
ダンジョン内の各フロアには光が設置されているものの、深すぎる穴の底からの光は流石にここまで届かないようだった。
もし、俺と同じような奴等がボスと対峙していたら……
よく考えてみろ。
俺は今回のルビーの暴力とダイナの斧捌きによるパワーレベリングを持ってしてでもレベル十二だ。
あいつらも俺同様レベル一からスタートしているなら……
いくら戦闘特化のユニークスキルを持ってしてもボスに勝てるものなのか疑問で仕方なかった。
同時に俺を不安が襲う。
この大穴の下、俺の学校の奴等が死ぬ? 死ぬのか?
そんな時だった。
地の底からゴゴゴゴ……と重たい轟音が聴こえてきたんだ。
それが何なのか俺には分からなかった。
しかし、直ぐに理解することになる。
ダンジョン全体が大きく揺れたのだ……
地鳴りと共に地の底から揺れていたのだ。
そして、大穴をのぞき込んでいた俺は、その揺れによって深淵へと飲まれてしまった。