012話:ルビー
冒険者ギルドに帰って何故かラヴィアンローズの皆と飲み会をすることになった。
楽しそうにハンクさんとアイさんが酒を飲んでいる。デスサイズに足を切られたバッツさんも松葉杖姿で静かに酒を飲んでいた。
うん。俺は飲まないけどな。酒飲めないから。
「いやぁ、今日は散々だったなぁシン!」
「本当ですよぉ……てか、バッツさんのその足って回復魔法で治らないんですか?」
「……呪いだ。暫くかかる」
「の、呪い……そうなんですか……てか、そんな危ない攻撃だったのか、避けれて良かった。本当に……」
「そうそう!! シン、君はあの攻撃が見えていたのか!? なぁおい!?」
「あ、一応……ハイ」
「やっぱり……じゃあシンは……」
あれ?
なんだかヤバくない?
これ、もしかして転移者ってバレた?
「【心眼】持ちだな!」
「え? 【心眼】ですか?」
「そう、いわゆる気配察知能力だ! 斥候向きの能力なんだが……そうか、心眼持ち、そうかぁ……なぁ、アイ、バッツ良いか?」
「あぁ、もちろん……心眼持ちなら歓迎だ」
「私も賛成! ユリアさんともお近付きになれるし……!」
ハンクさんがアイさんとバッツさんに何かの確認を取る。
なんだか場が盛り上がって来たその時だった。
カンカンカンカン!!
――突然ギルドの鉄鐘が鳴らされた。
それは受付カウンターの所に掛けられているただの鉄の板なのだが、打ち鳴らすと冒険者ギルドいっぱいによく響き渡る音が鳴る。
何事かと冒険者が静まるのを待って、ギルド職員が大声で緊急依頼を発表した。
「異変が起きている二号ダンジョンで緊急の捜索依頼が出されました!! 只今立ち入り禁止とされているダンジョンですが、今回の捜索に限り許可されます! 搜索対象者は……ソフィア……ソフィア・ルーラーです!」
え?
ソフィア?
俺は立ち上がる。
金を稼ぐと言ってギルドに向かったソフィア。
どうやら俺と同じく二号ダンジョンに潜っていたらしい。
しかし、あのダンジョンは今おかしな事態に巻き込まれている。現に俺も大変な目に会って来たところだし、今まさに『異変が起きていて立ち入り禁止』と職員も言っていた。
ソフィアの捜索は朝から昼に向かったとすればまだ少し早い気もするが、ダンジョンがダンジョンなのでギルドが緊急依頼を出してくれたのだろうか?
それにしても、名前はソフィアしか呼ばれていない……一人であの洞窟に?
いや、そうだ。ソフィアはいつも一人だったじゃないか……!
捜索依頼が出ると言うことはまだ生きているはず……
「ハンクさん!」
「……いや、今回俺達は行けない。バッツがな……」
「そ、そうでしたね……クソッ!! スイマセン、俺ちょっとユリアさんを探しに行きます!! それじゃ!」
「シ、シン! ちょっと待て、おい!! ……シン、いったいどうしたんだ突然……腐れ騎士ソフィアと知り合いだったのか……?」
ハンクが不思議そうにシンの後ろ姿を見ながら呟いていた。
ユリアを真似たのか、格上の相手にも許せないことがあれば自分の弱さを顧みずに挑み続けるソフィア。
顔が良くない人にとってはユリアの騎士姿は一種の希望でもあったのだろうが、それをただ真似ることは他者から見れば無謀以外のなんでもなかった。
教会の教えの通り、静かに暮らしていればこんなことにもならなかったのに……
自業自得。ハンクの頭にはその程度しかソフィアに感じるものはなかった。
……
「ハァハァ……くっそ! ユリアさんどこにもいねぇ!!」
俺は【魅了のマスク】に仮面を変えて、ユリアさんを探したがそもそもあの人もあまり人を近付けないタイプだった。
誰に聞いてもどこにいるのか分からない。
あの人ならばソフィアを助けに向かってくれる。俺はそう信じていたのだが、本人が見つからないと話にならない。
「よぉシン! そんなに焦ってどうした? 腐れ騎士のことか?」
「あぁ、そうだよ! ユリアさん探してんだ話しかけんな熊男!」
「クマオ? あの人は今はいねぇよ。クエストを受けてとっくにここを出た」
「な、に……ま、まさかクマオから有力な情報を手にするとは……ふ、不覚……」
「おい、シン。俺はクマオじゃなくてダイナ・オー……」
「ダイナ! もうお前でいいや、俺はこれからソフィアを助けに行く、一緒に来てくれないか!?」
実際は俺がくっ付いていく形にしかならないのだろうけどしょうがないよね。俺まだレベル八だし。
俺はダイナに頼み込んだ。一応コイツはCクラス冒険者。と、すればレベルはハンクさん達同様四十台だろう。
これ以上強い知り合いは冒険者ギルドにいない。コイツに頭を下げてでも頼むしかなかった。
「お前が助けに行く? シン、お前弱いだろ?」
「あぁ、それでも行く」
「変わらねぇじゃねえかあの腐れ騎士と。それで今度は誰が帰ってこないお前を助けに行けばいいんだろうな……」
「っ……」
言葉が出ない。俺が強くないからソフィア同様帰還できなくなる。その未来を決して否定することは出来なかった。
――強かったら誰も何も言わない。強くならないといつまでも舐められたままだ。
それはダイナに言われた言葉、そして、俺が何度も身を持って味わった言葉。
だけど、俺はそれでも……
「頼む、ダイナ! それでも助けに行きたいんだ! もう一人頼る宛があるんだが、そっちは頼めるか分からない、だから……」
俺は土下座していた。
土下座したまま、頭を床に擦り付け必死に訴えていた。
弱い俺にはこれしか出来ない。
だけど、どうしてもここでダイナの力は借りておきたい。
ソフィアを助けるために俺は誠心誠意頭を下げ続けた。
「チッ……しょうがねぇな……一つ貸しだぞ」
【魅了のマスク】のおかげか、ダイナはあっさりと折れてくれた。
◇◆◇◆◇
「これはこれは、シン様、今日もパンの差し入れでしょうか? 毎日ありがとうございます」
「いえ、趣味でやっているだけですから、それよりも今日は……」
「あぁ、そうだ! シン様には大変申し上げづらいのですが……」
ダイナと緊急依頼を受けて、その足でパンを買い、ここまで、この奴隷商の店まで急いでやってきたのだ。
夜だったが今日は運よく行列が出来ていなかったためすんなり店には入れたのだが、矢継ぎ早に喋ろうとする俺を抑えて、先に目の前の奴隷商人が話し出す。
それは急ぎ焦っている俺に追い打ちをかけるものだった。
「シン様、あの、実は炭坑から奴隷を買い受けたいと依頼が来ていましてね」
「え? 炭坑? なんですかそれ?」
「シン、炭鉱は国が運営してる鉱山だ。鉱物を採掘をさせるんだが、環境が劣悪で事故も起こりやすい、死亡率がダンジョンの次に高いようなところだ。でも奴隷を買うほど人がいないのか?」
「普段は犯罪奴隷が送られるのですが、最近犯罪奴隷が減っていまして……そこで私の店にも、子供でも大人でも障害者でも一人百万ギルドで買うと通達が来ておりまして……」
「なっ!? 売ったんですか!?」
「い、いえ、まだですが……とりあえず炭坑ということですから、あの鬼人族から売って行こうかと。他の五人の奴隷も売れ残りですが、シン様が気に入っているご様子だったので……」
「い、いや! 気に入ってるとかじゃないけど……」
「さ、左様ですか? で、では他の六人も合わせて炭鉱に……」
「ちょっと話をさせてください! 皆と!」
ま、まずくないか?
犯罪奴隷が送られる墓場と言われる炭坑って大丈夫かよ!?
死亡率があのダンジョンの次だぞ? 危険すぎないか?
ど、どうする? クソッ、こんな時に!!
とりあえず皆がゾロゾロと連れて来られた。
炭鉱の話が伝わっているのか皆一様に沈痛な面持ちだ。
いつも笑顔で俺に手を振ってくれるミラまで俯いてしまっていた。
「お、おい、なんだよこれはよぉ、シン、お前ソフィアと仲が良いのもあるし、まさかドブス趣味だったのかよ!?」
「あぁ、めんどくさいなあ! そうだよ! 誰にも言うなよ?」
「あ、あぁ……なんと言うか、こんなドブスに囲まれて普通でいられるなんて凄いなお前は……」
隣で熊野郎がコソコソ俺に耳打ちしてくる。
うるせーな本当に!!
俺には綺麗で可愛く見えるんだよっ! こんな女の子逹に囲まれてたらむしろハッピーなんだよっ!!
とりあえずダイナの中で俺がドブス趣味なんてものになってしまったが今は急いでいるのでこの際それでいい。
「シン様、その方は……」
「セラ、これは熊の置物だと思って気にしないでくれ。それよりも実は頼みたいことがあって……知り合いを助けに今からダンジョンに潜りたいんだ……そこで鬼人族の君に助けて貰いたい!!」
俺は赤髪の鬼人族にそう告げる。
相変わらずそっぽを向いていたが、俺の持ってきたパンが気になるのか、それとも炭鉱の話を聞いた俺が何をするのか気になるのか、こちらをチラチラと何度も見ていた。
俺はそんな彼女に頼み込む。片腕だろうが噂ではとんでもない怪力だ、俺よりははるかに強いだろう……
事実【鑑定のマスク】を通して見た彼女のレベルは五十二だった。ダイナよりも高レベルだ。
「シ、シン様!! それは困ります!! 死の危険があるような所へ行く方にはレンタルさせるわけにはいきません!!」
「そ、そうですよね……それで頼みがあるんですが……」
俺は決心する。
時間がないためこうするしかない。
別の手段が思い浮かばないのだ。
「まず、今日この鬼人族の彼女を買います。ギリギリ一八〇万ここにあるので! ただ、今日は買えませんが、他の皆を売らないんで欲しいんです! ……ここにいる奴隷の皆は俺がちゃんと金を貯めて買取ります!! 今は一人分しか払えないけど絶対に買いに来ると約束します!! だから、炭鉱なんかに送らないで欲しいんだ……!」
困ったような顔を浮かべる奴隷商人。
セラ達は俺の言葉に俯いていた顔を驚いたように上げた。
だけど俺はまた頭を下げる。
力もなければ金もない。ないないづくしの俺にはただ頭を下げることしか出来なかった。
何もかも上手くいかない。逃げ出したい。
だけど、それでも逃げる所は無くて、俺はそんなごちゃごちゃな気持ちも何もかも全部この【真のマスク】の中に隠しこんでお願いし続けた。
それが俺で、それがシンだからだ。
もがいて、あがいて、強くなくたってどうにか全部上手く行かせる。
それが俺で、それがシンなんだ。
「分かりました……ただし、後の五人は通常価格の二百万に値を戻させていただきますよ?」
「は、はい!! ありがとうございます!」
「「「シン様っ!」」」
皆が俺の名前を呼び、何か言いたそうにキラキラとした顔で見てくる。
ダイナも俺に何か言いたそうに、うへぇとした顔を浮かべて俺のことを見て来た。
とりあえず、感動のひと時を送っている時間はない。
パンだけ渡して直ぐに奴隷契約だ。
奴隷として契約を結べばダンジョンに連れて行こうが何をしようが文句は言われないはずだろう。
俺は皆には悪いと思ったが、特に雑談に興じる間もなく商人を急かして早速奴隷契約に進まさせてもらった。
契約にかかる金はデスサイズのおかげでどうにかなったが、おかげで残金は数千ガルドだ。
参ったぞこれは……
「では契約を……シン様まずは、彼女に命名してください。それがこの者の新しい名となり、あなたに尽くす奴隷の名となります」
「えっ、命名!? えっと、何がいいかな……?」
「……私に聞くな、お前が主人だろ」
相変わらずのツンツンである。
人って綺麗すぎると近寄り難いオーラ出るけど、なんかむしろ近づくなオーラをガンガン出されてる気がする……
折角大金出したのにこれだとちょっと悲しくなるな。
「え、えっとそれじゃ紅いイメージだから……宝石のル、ルビーとか?」
「わ、わわ私が宝せっ!?」
「オイオイオイ、シン、それはさすがにひでぇよ! 名前負けどころじゃねぶふぉぉぉ!!!」
彼女の残っている左腕にぶん殴られてザザーっとダイナが滑って行った。
南無。
しかし、どうやら彼女は宝石の名と聞いて満更でもない様子。
俺もとりあえず怒らせないように宝石にしておいて良かったと安堵した。
「わ、私は何でもいい! お前が決めろ!」
……と言うことで時間もないのでルビーに決まった。
バニーと良い、自分のネーミングセンスの無さが怖い。
ただ一応、ダイナみたいな奴にからかわれそうなので本名ではなく『ルー』と愛称で呼ぶことにしておいた。
「えっと、それでルー……」
「わかってる」
「あ、あぁ……人を探したいんだがダンジョンが崩れている所があって……力を貸してくれ、ルー!」
相変わらず対応は冷たいが、ルビーは確かにコクリと頷いてくれた。
奴隷だから命令すれば済むのだけれど、今までキチンと話してこなかったルーがやっと俺に答えてくれた気がして、それが単純に嬉しかった。
こうして俺達は三人で二号ダンジョンへ向かう……