011話:二号ダンジョン
――二号ダンジョン。
そこは洞窟の形をしたダンジョンで、ある程度の広さを持つフロアが垂直に下へ下へと連続する構造を持っている。
誰が作ったのか丁寧に上下階の行き来には階段が用意されており、もちろん知能の低いモンスター等はそこを行き来出来ない。
そもそも階段周辺やこの入口はセーフゾーンと呼ばれているらしくモンスター自体が寄り付かないみたいなのだ。仕組みはよく分からないがきっと聖水をぶっかけてあるとかそんなんだろう。
洞窟の中は意外に明るく一応数メートル先くらいまでなら見通すことが出来た。
このゴーグルのような【鑑定のマスク】に暗視機能はついていないので助かった。
なんでも明光石とかいう発行する石が使われているみたいだ。
恐らく貴族街の街灯や夜につける明かりと同じ物なのだろう。
二十四時間営業の店舗が多いのは、電気もないのに意外と夜も明るい世界だからなのだろうか。
「シン、まだ入口だけど一応気をつけろよ?」
「今日……人が少ない。キチンと警戒した方が良い」
無口なバッツさんまで注意してくる。
こりゃ本当に気をつけなければ……!
等と意気込んだその時だっ。
ボトボトボト……と上から何かが落下してくる。
「シン、下がれっ!!」
「は!? うげプ!!」
ハンクさんからのラリアットを食らう。
突然のプロレスに脳が付いていかない。
しかし、起き上がってみれば、バッツさんがパーティの前で大盾を構えているではないか。
その盾の隙間から見えるのは足の大きさ位の蛇、そう蛇だった。
大蛇とも呼べるのではないだろうか、あんな大きな蛇は見たことがない。
ニョロニョロと……いや、ニョロニョロと言うよりギョロギョロってイメージが近いだろうか。そんな風にユラユラと体を揺らす蛇との間に盾を置き、バッツさんがパーティの皆と俺を守っていた。
「ポイズンスネーク!! ……なんであんなやつが……!?」
「え? 強いんですか?」
「私達は大丈夫だけど、シンは前に出ないで。死ぬよ?」
アイさんが本気だ。
マジかよ、少しビビリつつも【鑑定のマスク】で見てみると……
「ポイズンスネーク……レベル……二十一っ!?」
高すぎない?
ねぇ、俺のレベル二なんだけど?
ねぇ、俺、レベル、二、なんだけどっ!!
あれか? この世界のレベルって案外基準にならなくて十倍レベルの違うヤツと戦うのは普通なの?
「絶対に前に来るなよ! シンだと恐らくひと噛みで即死だ!!」
「うおぉ!! やっぱりぃぃぃ!! よ、よろしく頼んますっ!!」
俺は急いでラヴィアンローズの最後尾に移動した。
それでもまだ怖いのでアイさんのローブをそっと掴んでおく。
ハンクさんのラリアットも俺を思ってくれたのだと思うと何故か有り難く思えてくる。あぁ、Mに目覚めてしまったのだろうか?
そんなことを考えていると、「アイスランサー!」と言う声のあと、アイさんが氷の槍の魔法を使う。
空中に現れたのは人の頭ほどありそうな四つの氷の塊。
それがクルクルと回転し始めて……
シュッ!!
風を切る音と共に宙に浮かんでいた氷がとんでもないスピードで飛んでいく。
氷は空気摩擦で砕けながら、その先端を鋭く鋭く尖らせて……
次の瞬間には四つ全ての氷はポイズンスネークを貫いていた。
「おぉぉぉっ!! 凄い!」
戦闘はそんな感じであえなく終わってしまった。
よくよく考えてみれば、俺の十倍強い蛇モンスターだったけど、そのさらに二倍の強さの人間が三人もいるんだ。瞬殺だよなそりゃ……
「あ、あの、最初にこんな敵に出会ったらルーキーって皆どうすればいいんですかね?」
「……死ぬな」
「へ? え? 死ぬ? 選択肢それだけっ!? 俺、そんな簡単に死ぬような所に来ちゃったんですか? ねぇ!?」
「いや、おかしいんだ。こんな低層にあんなに強いモンスターは出ないはず。誰かが放ったのか? いや、なぜ? これは一体……」
ハンクさんが考え込む。
俺は正直もう帰りたくなったよ。
俺みたいな底辺冒険者はドブさらいして小金を稼ぐのに向いているんだ。
ダンジョンはもう二度と来ないことにしよう。
「はいはい、シン大丈夫だから! そんな不安そうにしなーい! 私達に任せなさい! 今さっきのはイレギュラー、こんなことは普通に起きないし、起きたら大惨事だよ本当に、だから心配しないで、次はちゃんとシンでも倒せるモンスターだよ!」
俺はアイさんにそう言われ、しぶしぶダンジョンの奥へ進むことにした。
それにしてもアイさん凄いな、今の俺はマスクにフードの完全防備なのによく不安そうにしていたなんて感じられたもんだ……人をよく見てるんだな。
さてさて、しかしどうしたことだろう。一向にモンスターは出てこない。
それでも、先ほどの蛇の件もあるので俺は警戒しまくりだ。
キョロキョロと周りを見渡しながら歩くのだが、【鑑定のマスク】に映るのは……
……
壁
壁
壁
壁
アイ
壁
ハンク
バッツ
壁
壁
壁
モンスターの糞
壁
壁
……
壁ばかり。
あっ、今ハンクさんがモンスターの糞を踏んだ。
……言わないでおいてあげよう。それが優しさってものだ。
更にしばらく歩いていると壁が盛大に崩壊している箇所を見つける。そのせいで道がかなり狭くなっていて通りにくい……
そして何故かそこでラヴィアンローズのメンバーが立ち止まった。
「え? どうしたんですか? この崩れた壁がどうかしました? まさか、この壁の向こうにモンスター!?」
「いや……おかしい、これはおかしいぞ!」
「うん。シン、ダンジョンの壁は普通崩れたりしないの。勿論、壁を崩そうとすれば崩せないこともないのだけれど……ダンジョンというのは生物みたいなものでね、例えば侵入してきた冒険者の死体や防具なんかは吸収されるのよ……」
「はぁ、そう言われるとダンジョンの中ってスッキリしてますね」
「それは壁も例外じゃないのよ。崩れた場合、崩れた瓦礫はダンジョンに吸収され、崩れた部分の修復が行われる……ハンク、これは……」
「あぁ、もしかすると“攻略”かもしれない……これだけ豪快に壁を崩せるとなると……鬼人族か?」
――攻略。
それはダンジョンの最下層、ボスの間と呼ばれるところに存在するダンジョンコアを破壊、もしくはダンジョン外に持ち出す行為を表し、それが行われるとダンジョンの機能は停止、先程アイさんが言っていたダンジョン内での吸収・自己修復その他が行われなくなりただの洞窟に成り果ててしまうことになるらしい。
この攻略行為はアルハスの街に管理されている各ダンジョンにおいて厳格に禁止されているらしい。
誰だよそんな馬鹿なことしたやつ。きっとスゲー怒られるぞ? もしかしたら冒険者ギルド除名かもな。
と、思いきや、完全に攻略されている訳では無いらしい。
アイさんがまだ魔素が発生し続けているからとかなんとか言っていた。
とりあえず、この崩れた壁の前で立ちぼうけしている訳にもいかず、周辺を探索することに。
「って、あれ!? 鬼人族!? 鬼人族だとこんな岩盤崩壊みたいな真似出来るの!?」
「ん? あぁ、鬼人族は力が強いからな」
……ち、力が強いってこれ地震で崩壊したレベルだぞ?
いや、力が強いとは言っていたけど、マジかよ……
俺は奴隷商で出会ったあの片腕の鬼人族を思い出していた。
今日もちゃんとパンを買っていってあげよう。
怒らせたら大変なことになるぞ……
俺は一人だと危ないのでバッツさんと待っていたのだが、アイさんとハンクさんの二人は崩れた壁の隙間を縫って向こう側を見に行ってしまった。
オイオイ……このあと二人の悲鳴が聴こえてくるなんてオチはやめてくれよ?
そして、なんと真犯人はバッツさん、お前だー!!
なんて展開は……
「……どうした、シン?」
「あ、いや、スイマセン、なんでもないっす」
ヤバいヤバい、ちょっと妄想しすぎた。
つかなんだよ真犯人って、何の犯人だよ。
バッツさんは基本無言なので会話もなくしばらく待っているとハンクさん達が這いずり戻ってきた。
「大穴が空いている……落とし穴トラップなんてもんじゃない、大穴だ……もっと深い階層にいるモンスターもどうやらそこから湧き出ているみたいだ……」
「ハンク……戻ろう」
「あぁ、そうだなバッツ。これは要報告事項だ……」
ん?
どうやら戻ることになったらしい。
うん、確かになんか異常事態みたいだしな。
俺のダンジョン快進撃はまた次回ということにしよう。
帰りは来た道を帰るだけなので、前に進む時よりも道が分かるぶん安心して帰れる。
俺はラヴィアンローズに金魚の糞のようにくっついて帰り道を歩いていた。
すると、突然バッツさんが膝を着く。
「え?」
キィン!!!
洞窟に鳴り響く金属音。
何が起きているのか分からなかった、どうやらハンクさんが何かを投げたみたいだ。
ポトっと地面に落ちて床に刺さったのはナイフだ。少し大きめのナイフだった。
「え? え?」
なんだ、何が起きている。
視線の端に捉えた一瞬煌めく何か。
視界の右から左へ、左から右へ、外から内へ、内から外へ何かがキラリと光っている……
いや、見えた。
【鑑定のマスク】に名前は表示されている。
それは……『鎌』だった。
「デスサイズ!!!」
「バッツ無事か!?」
「足の腱を切られたっ!!」
「え? え? え?」
俺は思考が追いつかない。
膝を着いたバッツさんを中心にハンクさんとアイさんが周囲を警戒する。
その姿は見えないが、確かにそいつはそこにいた。
俺の【鑑定のマスク】のみが捉えるその姿。
いや、姿はいないが確かに名前は見えている。
名称:デスサイズ
種族:モンスター
性別:雄
レベル:四〇
レ、レベル……四〇……
え?
「シン、すまない!! 逃げろ! 全速力で逃げるんだ!!!」
俺はハンクさんの言葉を全て聞く前に走り出していた。
死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
俺はここに来て、生まれ変わったんだ。こんな所で死ぬなんて……
左の方から『デスサイズ』と『鎌』の名前が迫ってくる。
クッソ!! 追いかけてきてんじゃねぇよ!!!
『鎌』の名前の位置が高くなる。
恐らく持ち上げたのだ……振りかざすために!!!
ヤバい、ヤバいヤバいヤバいっ!!!
走り続ける俺の前方に『デスサイズ』の名前が躍り出る。
そして、そいつはとうとう『鎌』を振り下ろした!
音も姿も見えない、しかしそれは、その『鎌』の名前は確かに地面スレスレをこちらに向ってきていたんだ。
バッツさんは足の腱を切られていた。
こいつは恐らく俺の足を刈り取ろうとする一撃。
自分でもびっくりするほど瞬間的に思考が巡る。
アドレナリンがドバドバと出ている感覚だ。
視界がいやにクリアに見える、聴覚が、嗅覚が研ぎ澄まされる。
俺は杖を強く握りしめ、そして……
……飛んだ。
足の下でキラリと鎌が現実化する。
恐らく攻撃の瞬間は透明化が切れてしまうのだろう。
そして、俺は避けたのだ。
そのキラリと光る鎌を。
このレベル四〇の『デスサイズ』の攻撃を。
だがなぁ……
これだけで終わりにしてたまるかっ!!
「うあぁぁぁぁ!!!」
俺は渾身の一撃を持って杖を振るった。
両手で持って精一杯振り下ろした。
『デスサイズ』のその表示の名前へと。
ごちん。
にぶい音がする。
そして衝撃だった。
振り下ろしたはずの杖はにぶい音を出して弾き飛ばされ、飛んだ勢いでそのまま突っ込んで行った俺の体はまるで壁に当たったかのような衝撃に襲われたんだ。
次の瞬間には『デスサイズ』を前に地面に尻もちをついていた。
……ど、どうやら俺は弾かれてしまったらしい。
これがレベル二とレベル四〇の力の差かよ……
う、ウソだろ?
死ぬの?
ここで……?
お、おい……
俺がオシッコをちびりそうになったその時だった。
ザンッ!!
青い剣筋が俺の目の前を横切ったのだ。
そして、ドサドサと落ちる黒い『デスサイズ』だったもの。
『デスサイズ』を両断したその一太刀を放ったのはハンクさんだった。
彼は一瞬で俺が全力疾走をしたはずの距離を詰め、デスサイズを真っ二つに切断したのだ。
「た、助かった……?」
「ふぅ、ナイスだアイ。君の身体強化魔法のおかげでなんとか間に合った! シン、大丈夫か?」
「は……は、い」
「良かった……それにしても、まさかデスサイズに一撃与えるとは……敵もあまりの出来事にポカンと停止していたぞ! 凄いなシン!」
「は、はあ……そ、それほど、でも、ない……」
腰が抜けてしまった。
その後のことはよく覚えていない。
とりあえず、気づいたらダンジョン前のギルド職員が常駐している小屋にいた。
俺のレベルは一気に八まで上がっており、何故かデスサイズの魔核報酬も四分の一渡されていた。
……俺は本気で、生きるって素晴らしいと感じた。