010話:ショウスケ・フジイ
「頼むっこの通りっ!!」
「ちょっ、ちょっと顔を上げてソフィア!!」
別に金はあるのだが、一日中宿屋の中で寝て過ごす気分でもなかったので冒険者ギルドへやってきたのだが……
突然の土下座である。
え、なんで???
「いや、本当に突然どうしたの!?」
「シンに……か、金を貸してもらいたいっ!!」
「金……?」
「あぁ実は……」
……ソフィアの話によるとそれは昨日のことだった。
朝にダイナと俺から嫌厭され……いや、俺からのは誤解なのだが……依頼を受ける気分でもなくなったソフィアは昼から飲もうと思い立ったらしい。
だが、いつも通っている酒場は昼ということもあり開店前、仕方なく街を意味もなくさまよっていると彼女は声を掛けられる。
聞けば酒を飲めるというのでホイホイついて行くと、そこは『ホストクラブ・ショウ』という聞いたこともないお店だったらしい。
……あれ? 噂で有名じゃなかったのレオンさん? まぁいいか。
とりあえず、店に入るとなんと男性が隣に座り色々と話を聞いてくれるではないか。
そんな訳でソフィアは酒の力もあり気分良く話をして、時間も忘れて飲み続けたそうだ。
高い酒なんかもあったらしいがその場で促されるまま買ってジャンジャン開けた。
そうして気付いたら莫大な請求をされていた、と。
金額にして百十二万ガルド。
とりあえず月光石で手に入れた百万ガルドをその場で支払い、十二万ガルドはツケと言うことになったらしい。
カモられた……いや、ボッタクリか?
……それにしても酷いな。
百万とかFクラス冒険者が一晩に使える額じゃない。
いや、一晩百万ガルドなんていくら良い酒とホストクラブの延長料金と言えどかからないのではないだろうか?
とりあえず俺の金はまだ百八十万ガルドほどあるので十二万位は余裕で貸せる。
金を貸してあげたあと、俺はソフィアと一緒に『ホストクラブ・ショウ』へツケの支払いに向かうことにした。
この時一応、【真のマスク】から【鑑定のマスク】へと仮面を替えておいた。
「ようこそソフィア様! 本日も飲んでいかれますか?」
「い、いや、今日は昨日の支払いに……」
「ありがとうございます、では十五万ガルドになります」
「……は? 十二万ガルドって……」
「いえ、十五万ですよ? 泥酔していたため勘違いしたのでは?」
「ソフィアさん、ここはもう三万出そう。あとスイマセン。店長と少しだけお話させて貰えませんか? 同郷の者と言ってもらえればあちらも分かって貰えると思います」
俺の視界には目の前のこの男のレベルが『三十二』と映っていた。
争いになった場合、俺達二人ではどう頑張っても勝てない。金についてはとりあえず穏便に済ませよう。
ソフィアに待っていてくれと告げると、酷く申し訳ないような顔でこちらを見ていたが、まずはオーナーのショウスケ・フジイと話をしてみよう。
なるべく良い印象を与えられるよう、【魅了のマスク】に仮面を替えておく。顔バレだがどうせ知らない人だし良いだろう。
奥から出てきたのはレオンさんだった。俺はレオンさんに挨拶を交わした後、店の中へと通される。
営業時間は昼から夜までらしい。こういうのは深夜に営業するもんだと思っていたけど、そういうものなのか……
客層は主婦あたりでも狙っているのかもしれない。
「やぁどうも。俺がこの店のオーナーの……ん? 仮面……何処かで会ったことが……まぁいいか、お前がレオンの言っていた仮面の男か。座ってくれ」
「どうも……」
「所で同郷と言っていたが、その髪の色にその瞳の色……なるほどな。何故俺が日本人だと……あぁ店の名前見れば分かるか。それでいつからこちらへ?」
「四日ほど前です」
「おぉ、ここを見つけられてラッキーだったな。それじゃ、腹でも空いてるだろう……なんか食うか?」
「いえ、結構です」
「ん? なんだ良い固有スキルでも貰えたのか……」
魅了の力のお陰だろうか初めて会った時とは違いかなり良く接してくれている。初めて会った時は酷い悪態をつかれた……いや思い出すのはやめておこう。
それにしても同じ日本人だということも作用しているのだろう。
よし、この雰囲気のまま切り出そう……
「実は先日知り合った友人がこちらのお店でかなりの大金を請求されたのです。少し会計がおかしい気がするのですが……」
「ん? あぁ、あの騎士みたいな格好の女か。こっちももうすぐ店舗拡大とかで資金が必要だからな、あの女この前百万くらい儲けたんだろ? こっちの請求は別に払えない額じゃないぞ。それよりお前名前は? ウチの店で働かないか?」
「いや、だから会計がおかしいからもう一度計算して……」
「あぁん? うるせえな。客にいくら請求しようがウチの店の勝手だろうが。あ、言っておくが憲兵に言っても無駄だぞ。ウチのケツ持ちは貴族様だからな」
「そうですか、分かりました。では今日はお金も払ったので帰ります……」
「あぁ、金に困ったら来いよ、レオンもなんか気になったみたいだし雇ってやるよ!」
流石に金は返してくれなかった。
不満は残るのだが、何故かレオンさんに謝られた。
イケメンに謝られると爽やかになるから不思議だ。
とりあえず不満が少し収まった。
外に出ると待っていたのはソフィアだ。
大丈夫かと尋ねられたが特にお金を取られた訳でもないので大丈夫だと答える。
「んー、でもやはりお金は取り戻せなかったな……ユリアさんにでも頼めば……」
「えっ!? ユリア姉さんと知り合いだったのかシン! いや、でもやめてくれ、姉さんには知られたくないなこんな所……」
どうやら話を聞くとソフィアの目に映るユリアさんは公正明大で騎士道を貫く正義そのものとも言える人のようで、とても尊敬されていた。
おかしい、俺の目に映るのは傍若無人で金持ちなクソ強い人だったのだがもしかして別人ではないだろうか。
となると、金を取り返すのは難しいな……
あのショウスケって奴の後ろには貴族も関わってるっぽいので今すぐどうにかできそうもない。
……泣き寝入りか。
「と、とりあえず私はシンから借りた十五万ガルドをなるべく早く返したいと思う。今回の件は全て私が悪かった、巻き込んでしまって本当にすまない」
「い、いや別にいいけど……」
「本当にすまない。腐れ騎士なんて言われているのも当然だな、ハハ……こんな女なんて呆れるし軽蔑するよね……」
「いや、そんなことはないよ。友達だし金くらいいくらでも貸すよ。それよりもとりあえずソフィアはあの店にもう近付かない方が良い」
「あ、あぁ……なぁ何故そんなに私に優しくしてくれるんだ? シンは敬虔な教会の信徒なのか?」
「信徒……あぁ、前にセラが教会で心根を見てくれるとか救いとか言ってたな。よく分からないけど、俺は教会なんて言ったこともないよ?」
「そ、そうなのか……じゃあ……なぜ他人の私に優しく?」
「そうだな、敢えて言うなら初めて会ったその日、ソフィアだって見ず知らずの俺を助けてくれたじゃないか。今回のはそのお返しみたいなもんだな。そうやって助け、助けられていくのが良い友人関係だと思うぜ?」
「そ、そうなのか! ゆ、友人……うん、なればこそ、やはり友人に借りた金はすぐに返したい、ちょっと行ってくる!!」
そう言い残すとソフィアは冒険者ギルドの方へ真っ直ぐ向かって行ってしまった。
多分依頼でも受けるんだと思う。無理しない程度に頑張れと心の中で応援しておいた。
俺は特に急いでいる訳でもないのでそのあとゆっくりと冒険者ギルドへ向かった。
「やぁ、元気かい?」
「……裏切り者のラヴィアンローズの皆さんじゃないですか。何の用ですか……?」
「ハ、ハハハ……酷いなぁ」
「でも私達皆シンの心配してたんだよ、ホント! いやぁ、無事で良かった! それで? 昨日は何があったんだい? お姉さんに話してみなさいグへへ……」
アイさん笑い方ゲスいな。
俺の前には昨日俺を置いて逃げ去ったラヴィアンローズのメンバー、ハンク、バッツ、アイの三人がやって来ていた。
アイさんは昨日の俺とユリアさんのその後に興味津々だったがどうやら心配してくれたのは本当のようだ。
「へぇ、一緒に食事しただけで終わりかぁ。つまらなーい」
「そうだシン、君はダンジョンへ行ったことがあるかい?」
「ダンジョン? いえ……」
「そうか、良かったら行かないか? 昨日のお詫びってことで……なぁ、アイ、バッツ良いよな?」
「うん、いーよー」
「……了解」
「はぁ、じゃあお願いします……」
ダンジョンとか迷宮とかって呼ばれてるそこはモンスターがうじゃうじゃ湧き出る空間らしい。
その地域に魔素が貯まらないようにダンジョンが発散さ せているとかって話をハンクさんから聞いたのだが、イマイチよく分からなかった。
とりあえず冒険者ギルドが管轄してるダンジョンに向かうことになった。
なんで唐突にダンジョンなのかはよく分からないけど、Cクラス冒険者と一緒ならパワーレベリングも楽そうだ。ラッキー。
冒険者ギルドが管轄する町外れのダンジョンへやって来た。
そこは『二号ダンジョン』と呼ばれるダンジョンで深さはあるが、低層は弱い魔物ばかりなので初心者にも優しいダンジョンだそうだ。
見た目は完全に洞窟で横穴がぽっかり開いているだけ。
その入口の付近には簡易な鍛冶屋や回復するための治療士と呼ばれる魔法使いも控えていた。
また、掘っ建て小屋のような所に冒険者ギルドの職員が常駐しており、このダンジョンを管理しているようだ。
俺達はダンジョンに入るための手続きをするためにまずはその職員の所へ向かった。
「……はい、これで手続きは終了です。Gクラスのシンさんはダンジョンへの滞在時間の限界が十二時間なので遅れずに出てきてください。もし十二時間を超えても脱出していない時は最悪救出隊が組まれ罰金もあるのでご注意を……」
「了解です。因みに罰金ってどのくらいですか……?」
「F・Gクラスは一律十万ガルドとなります。Eクラスからはダンジョン挑戦時のレベルに合わせて料金が決まります。先ほど作成してもらったこの血判魔法陣を使えばレベルや生存状況が分かりますので、もし既にお亡くなりの場合は救出は行われません」
「あ、そ、そうですか……」
死?
あれ?
なんか急に怖くなってきた。
そうだよな……前に見たスライムは弱そうだったけど、他にもモンスターはいるんだ。
それこそ、凶悪なモンスターだってきっと……
「……大丈夫だシン。俺達もいる……!」
「バ、バッツさん……」
な、なんて頼もしいんだ……
いつも無口な人が言うと更に頼れる感じがするから不思議だ。危ない危ない、俺が女だったらコロッと惚れていた。
そうだな、ここにはCクラス冒険者もいるんだし、無理せず行けば安全だろう!
「早くダンジョンに慣れてしまった方が良いからね。報酬が高い依頼はダンジョン絡みのものが多い。だからルーキーは僕達みたいなそれなりに長く冒険者やってる人とまず一緒に行ってみるべきなんだよ」
「そうそう、ハンクの言う通り。どう歩くのかとか警戒の仕方とか後は非常食の大事さとかね……知らなきゃいけないことは沢山あるよ! ここら辺をしっかり学ばずにいるといつか迷宮の餌になっちゃうんだから! 気を付けるよーにっ!」
どうやらダンジョンでの作法を指導するために連れてきてくれたみたいだ。うん、有り難い。
何があるか分からないので【鑑定のマスク】に仮面を付け替えておく。
モンスターの情報もこれがあれば手に取るようにわかるはずだ。
ふと、周りを見てみればハンクさん、バッツさん、アイさん、誰もが四十レベル以上だ。
よし行くぜぇー! 俺はまだレベル二だけど今日は十レベル位を目指して行くぜぇー!!
俺達はその大きく口を開いた穴へと踏み出した。