【 おまけ : アネット 】
わたしが愛してしまった人の名はリオン。パテト国の皇太子。
学園に入る前は普通に食堂で働いて、母と暮らしていた。
母は裁縫が上手で、商家などのお金持ちの家から依頼を受けて、いろいろな刺しゅうを施したハンカチや小物を納めていた。
時々体調を崩す母が心配で、薬を買うお金がないことが心配だったけど、それ以外は母と一緒にいられて父のことなんて忘れていたの。
ある日、母が珍しく大声で怒鳴っていた。
家に入ると、きれいな格好をした男性がいて、何かを言う前にその人がいろんな話をしたの。
――で、わかったのが、母が子爵令嬢で、目の前の優しそうな男性が父だということ。しかも父は隣国トールの王族で、迷惑をかけて悪かったと涙を流して抱きしめてくれた。
粉屋のトマのお父さんより細いけど、母よりずっと固い体は小さく震えていて、わたしはおもわず抱きしめたの。
それから話は早かった。
母の実家に連れて行かれ、父と母の祖父母が話をしている間は薬で眠った母と馬車の中で待った。
馬車の扉が乱暴に開けられ、泣き顔の祖母が母を見て涙を流し、わたしを見て微笑む。
「初めまして、アネットね?」
うなずくだけで精いっぱいだった。
その日から生活は一変。
パッとまるで光がさしたかのようにいろいろな知識を学ぶことを覚え、お金の心配より大人に甘えなければならない自分に戸惑った。
まず、とにかく自分一人では何もしてはいけないと言われ、必ず父か祖父へ伺いをたてることを徹底された。
幼いころは父に従い、妻になっては夫に従い、老いてからは子に従え。
父は女性の特権だと言い切る。
でも、わたしはそうは思えない。
学園、というところに入り、わたしは父の言う通り家の利になりそうな男性を探した。でも、本当はわたしを見てくれる人を探していたの。
そうして見つけて、すべてを捧げていいと思えたのがリオンだった。
リオンには美しい完璧な婚約者がいて、絶対太刀打ちできないと思っていたけど、父の紹介で一度だけ子爵家にリオンが来てくれた。
それからわたしはリオンと話ができるようになって――ミリアさんが厳しい方だって実感したの。
どうして自分を甘えさせないのかしら? 自分を甘えさせられないから、そんなに他人に厳しくしかできないのよ。リオンにも厳しいだけだし、わたしがいくらフォローしても、リオンの心が傷つくばかり。
ねえ、どうしてミリアさんは人を傷つけることばかりするの? リオンがかわいそう!!
リオンがわたしは優しいね、と言ってくれたから、わたしは彼の盾になるって誓ったの。
わたしはリオンの盾。リオンが悲しまないように、喜ぶことだったらなんでもするわ。
お父様の知り合いの方も大勢紹介してもらった。
リオンは毎日疲れているから、たまには遊びも必要だと思ったの。
お金持ちのリオンやそのお友達だから、ちょっとくらい大人の遊びをしても平気だろうし、お父様もリオンも楽しんでいるから嬉しい。
だけど、ミリアさんはそんなちょっとした娯楽も許さない。わたしをますます攻撃してくる。
だから――リオンはミリアさんを突き放した。
ミリアさんはわざとらしく神殿に行ってしまい、そのせいでリオンがみんなから責められたわ。勝手に行動したのはミリアさんでしょ? なんでリオンのせいなの? しかもミリアさんのお父様なんて、職務放棄して出て行ったのに王様はそれもリオンのせいだというのよ!?
それからわたしはリオンを、そのお友達と一緒に盾になって守ったわ。
周りはうるさい大人もいたけど、お父様を知れば大抵の人が口をつぐみ、理解してくれる大人も増えていった。
ほら、みんな娯楽に飢えていたのよ!
みんなが一喜一憂して、結局笑っているし、お金持ちだからお店の人も嬉しそうだし、みんな幸せそう!!
女性は宝石が好き。
もらったものは出し惜しみせず、みんなつけてお披露目してあげる。
ほら、みんな微笑んで見てくれている。
そんな努力をしていると、ついにリオンがわたしを婚約者として発表してくれることになったの! しかも神様がいらっしゃる前でプロポーズして、そのまま祝福してもらうんだって。
でも、現れたのは美しい衣装と微笑みを浮かべたミリアさんだった。
あれ? ミリアさんは神殿から逃げ帰って、どこかで泣きくらしているんじゃなかったっけ? だから家族は恥じて、領地でひっそり暮らしているってリオンが言ってはず。
疑問はあったけど、リオンがプロポーズしてくれて嬉しくて忘れちゃった。
拍手を受けて、嬉しくて泣いたから崩れたメイクを直して戻ってくると、リオンがミリアさんを呼んできてって言うの。
「お前をいじめていたような女が神の妻になれるはずがない。アレの今後の人生のためにも、ひっそりと注意してやろうと思う」
「まあ、リオンは本当に気遣いのできる人ね! あなたが王になれば、みんなもっと笑顔になるわ」
だから、お父様と話しているミリアさんに近づいたの。
まあ、ミリアさんったら、一応神様の花嫁って設定なんだからお父様とダンスなんてダメよ。後ろにいるキレイな顔の男の人ったら、顔だけで動こうとしないなんて……。
ミリアさんを連れて戻ったら、リオンは笑顔でキスしてくれた。
リオンの忠告をミリアさんは跳ね除け、しかもわたしをまたいじめてきたの!
それだけじゃなくて、リオンにまで悪口を言ってきたから、わたしは守らなきゃって思って盾になったのよ。
ミリアさんは神様を騙してお祝いしてもらった品で、笑いながらわたしを脅してきたの。
とっても怖かったわ。
それを救ってくれたのがリオンだった。
リオンはミリアさんの機嫌を取って、わたしを脅すことを止めさせた。それどころか、神様っていうミリアさんの旦那さんにも会っていいって言ってくれた。
未来の国王が詐欺師に会ってくれるって言うのよ? それもミリアさんのために。泣いて感謝していいのに、彼女はさっさと会場に戻ってしまう。
これ以上悪さをされて、リオンとわたしのための夜会を邪魔されたら大変だわ!!
わたし達はミリアさんを追いかけ、止めようとしたけどダメだった。
だから、リオンはミリアさん一家を追い出すことにしたの。
「……」
それからどうしたんだっけ??
そうそう、雷が落ちたの。
神様の雷が落ちてきて、悪い人たちを裁いてくれた――と、思うの。わたしなぜかよく覚えていないのよね。
でもね、ミリアさんの近くにいたわたしを庇って、リオンが大怪我を負ってしまった。
神様の謝罪を受け、リオンはすぐ王位についたわ。
大怪我で動かせないから戴冠式は出なかったけど、いつかあの王冠を頭に乗せ、その隣にわたしが並ぶ日の夢を見る。
「あなたにはわたししかいない。わたしにはリオンしかいないの」
体中に巻かれた包帯を取り換える。
傷に触るからカーテンは極力開けないし、窓も開けない。
香水より嗅ぎ慣れた消毒薬の匂い。
ひどい両親を持ったリオンはかわいそう。
あの二人ったら、大怪我をしたリオンを見舞いにすら来ないの。神様のせいで大怪我をしたんだから、抗議して怪我を治してもらえばよかったのに!
そうしたら、ミリアさんがいない今、わたしはずっとリオンのそばに……。
あら? ミリアさんいないんだっけ? ミリアさん……なんだか考えたら気持ちがもやもやする。
「あなたにはわたししかいない。わたしにはリオンしかいないの」
そうよ! リオンにはわたししかいないの。
ずっと一緒よ――このままどこにもいかないで。
読んでいただきありがとうございます。
またどこかで更新あり☆