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【 ―だ、そうですわ、旦那様 】

本編最終話投稿です!


 全身を悪寒が走り抜け、ぶるりと震えて一歩後ずさる。

 なぜわたくしはこんな茶番を見せられているの!? と、いうかなぜわたくしがこの二人に恐れを――。

「!」

 ハッと気がつく。わたくしの悪寒の原因はボンクラ皇太子達ではない。

 わたくしの背後の柱の影で己の気配をきれいに消したオーマが、凍りつくような目で二人を見ていたからだ。


 ダメよ。今この二人を不敬罪で処分するのは簡単だけど、この二人には大勢の前で恥をかいて、白い目で見られ、わたくしの友人達のこれからの未来に役立ってもらわなくてはならないのだから!!

 

 予定より早いが、さっさと場所を移そう。

「……お二人の愛はよくわかりました。わたくし、家族と会う許可をいただいておりますので、これにて失礼いたします」

「ああ、メーデルト侯爵か。そうだ、勝手に辞職をして王城に混乱を招き、度重なる出仕の手紙も拒否したそうだな。娘が神の花嫁となったことも黙り、横暴な態度をとっていたようだがお前の父も許してやろう」

「すてきだわ、リオン!」

「あ、おい、待て。ミリア!」

 ボンクラ皇太子に構わず、わたくしはざわざわと騒がしくも優雅な会場へと戻った。


 さあ、ついてらっしゃい、ボンクラゲス皇太子。

 あ、オーマは物陰に潜んでいて。視界に入ると怖いから。

 

 わたくしは皇太子達を巻くように人々の間をすり抜けて、両親がたくさんの人々に囲まれているところまでやってくる。

 近くまで来ると、サッと人々が両親への道を作ってくれた。

「お久しぶりですわ、お父様、お母様。お変わりないようで、お手紙も嬉しく思います」

「そなたも元気そうでなによりだ」

 両親が目じりを下げ微笑み、近くにいる一族や人々も好意的に微笑む。

「お父様、実はそろそろ……」

「逃げるな、ミリア!」

 いいタイミングでボンクラ皇太子達が追いついて、予定通りわたくしへ声を荒げる。

 まあああ! ご覧くださいな、ボンクラ皇太子。周囲の人々が露骨に眉をひそめておりますわ。

 だけど、そのくらいとるに足らない、と二人は不機嫌そうにわたくしを睨む。

「まだ何か?」

「先ほどの話だ! もう一度壇上に上がり頭を下げてもらおう」

「わたくしは何も了承しておりません」

「底辺の評判を持つお前を婚約者にされたわたしへの詫びだ! アネットに会わねば、今頃お前の一族に国が乗っ取られていたかもしれぬ!」

「興味がありません」

「何をぬけぬけと! そもそも神の名代と言うのも疑わしいものだ。神を語る魔物にでも取り入ったか!? お前が連れているそこの男も疑わしいものだ」

 フンッと一瞥した先には、無表情のまま控えるオーマがいた。

「彼には手も口も出さぬように言っております。ですが、いい加減にその口を閉じなければ、どうなってもしりませんわよ」

「神が皇太子である私を咎めるなどありえん!」

 胸を張って言い切る皇太子の横で、アネットがしっかりとうなずく。


 ああ、この人はいつからこんなにもボンクラになってしまったのかしら。

 前から皇太子という立場に夢見がちであったのは確かだけど、そのために王妃教育がとても厳しくて、国王陛下からも叱責されていたというのに。



「まだお分かりではないようですので、はっきり言わせていただきますわ。わたくしはエキディシオン様の妻になりました。そして今宵はエキディシオン様の名代として降りてきたのです。つまり、わたくしの言葉一つであなたを国から追放できる、ということです。視察もずいぶんされているようですし、どうぞその方々を頼って市井で生活なさってはいかがです?」

「わたしは次代の王だぞ!」

「弟王子がいらっしゃるじゃないですか」

「無礼な!! おい、衛兵! この神の名を語る不届き者に縄をうって地下牢に放りこめ!!」


 あらぁ、もうダメみたい。

 誰も動かない。それどころか、避難の目をした人々がぐるりと二人を取り囲む。

「誰も、いらっしゃらないようですわね」

 いつも皇太子がしていたように、上から目線で微笑む。

「オーマ、旦那様はいついらっしゃるかしら?」

「はい。お怒りのご様子で、もう間もなくかと」


 !!


 人々の顔色がサッと変わる。

 オーマの言葉を聞いて、急いで会場から逃げようとした人々もいたが、そこはすでにわたくしの護衛が立ちふさがって通さない。

 甲高い悲鳴と罵る声が会場中に広がる。

「か、神が……くる?」

 ようやく自分のしでかしたこと、言ったことがわかったのか、ボンクラ皇太子は茫然と立ったままつぶやく。

「だ、大丈夫よリオン!」

 気を取り直したアネットが、皇太子の腕にしがみつく。

「さっきわたしに『愛があればいい』と言ってくれたじゃない! わたしはリオンを愛しているの。例え王様になれなくっても! わたしはずっと平凡な生活をしてきたし、働くことは嫌いじゃないの。だって二人で生きていけるんだもの! いざとなればお父様に――」

「黙れっ!!」

「!?」

 いつも余裕を浮かべている皇太子が、怒りで血走った目をつり上げてアネットを怒鳴りつける。

 ビクッと固まってしまったアネットの手を振りほどき、怒りのままに怒鳴り続ける。

「わたしは皇太子だぞ!? 王になるための男だ。それが大前提なのだ! 愛? そんな見えないものなど信じられるものかっ!! お前は愛するわたしに頭を下げ、対価をもらえというのか!?」

「り……リオン」

 掠れた声ですがろうとするアネットに、皇太子はフンッと鼻を鳴らし蔑んだ目を向ける。

「お前はわたしを称え崇め、民の不満をそらすためだけの存在だ。何が愛だ。そんなにわたしの愛が欲しければ、今すぐ神の妻の座を奪ってわたしに忠誠を尽くすがいい!」

「!」

 アネットの目が大きく見開かれ、がくりと膝からその場に崩れ落ちた。

 そんなアネットを一瞥し、皇太子はふと何か気がついて嫌な笑みを浮かべる。

「そうだ。替えのきく奴ならここにいるではないか」

 そう言って、皇太子はわたくしを舐めるように見る。

「アネットのようにかわいげはないが、神の花嫁としての価値は高い。もう一度わたしの婚約者になり、王妃教育の主旨通り王となるわたしを支えさせてやろう!」


 !!?


 人々は悲鳴を飲み込み、顔色をなくして皇太子を振り返りその場に立ち尽くす。

 騒ぎを聞きつけ近くまで急いで来ていた国王陛下は、王妃様と共に小刻みに震えながら、まるで魔物をみるかのように息子を見ている。

「……そのようなことを、わたくしが承知するとでも?」

 怯えなど一切見せないわたくしに、皇太子が憎らしげに舌を鳴らす。

「お前の意見など聞いていない。お前はただわたしにひざまずけばいいのだ!」

「醜悪な考えですわ。アネットはどうなさいますの」

「コレは先ほどテラスで言った通り、側室として置いてやる。たまたまその身に王族の薄い血が流れていたことを感謝するんだな」

「なんだと!?」

 薄い血、というのは末端王族への侮辱。

 さすがのブランシェも怒りを露わにしたが、皇太子に睨まれて大人しくなってしまう。どれだけ気が弱いのよ。

「お前さえ縦に首を振ればいい。どうしても、というのならお前の一族が神の元へ行くまでだ」

 

 どうやらボンクラは、進化してゲスでイカレた頭をお持ちだったらしい。

 わたくしはそっと、心底諦めたため息をつく。


「――だ、そうですわ、旦那様」


 ドォオオオオンン!!


 次の瞬間、ボンクラ皇太子に文字通り特大の雷が落ちた。

 王城の何層もの天井を貫き、轟音と光を伴って落ちたものの、皇太子は全身真っ黒になり、自慢の金髪も黒く縮れてハラハラとゴミのように散っていく。

 バタッと倒れて、コホッと黒い煙を吐く皇太子に、わたくしは微笑む。

「一度で殺すには飽き足らない、ということでしょうね。どうです、お体は?」

 全身にインクをかぶってしまったかのような皇太子は、目だけをかすかに開けて歯を食いしばる。

「い……痛い。あぁっ!」

「ああ、そうでしょうね。全身大やけどですもの」

 クスリ、と笑いながら雪の女神様からいただいた腕輪で、顔以外の全身を氷で覆ってあげた。

「簡単に死なないように、との仰せのようですから冷やしてさしあげましたわ」

 ようやくざわざわと人々が騒ぎ出す。

 ふと横に感じた気配に、わたくしはふんわりと微笑んで見上げる。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 漂う金色の光の粒が、あっという間に旦那様(人型)へと変化していく。

 旦那様の姿を目にしたとたん、会場中の人々が腰を折り、膝をついて深々と頭を下げる。

 一部の人々は小刻みに震えているけど、とりあえず小物は無視。

 旦那様はわたくしの腰を引き寄せて額に軽くキスをした後、冷たい目で国王陛下を見下ろす。

「パテトの王よ。これはなんの茶番だ。滅びたければお前の一族だけで滅ぶがいい」

「ひっ!」 

 国王陛下の息が詰まる。

「だが、ここはミリアの育った国だ。ミリアの家族、そして友がいたな」

「ええ。マデリーン様、アリネイル様、モンティーユ様ですわ」

 わざと名前を出すと、ほぉっと旦那様が目を細めて周りを見渡す。

「ご紹介しますわ」

 わたくしが三人の名を呼べば、旦那様は一人ずつうなずきながら見ている。

 ふふふ。これで三人様の価値がグンと上がりましてよ。

 逃した魚が大きかったと嘆く元婚約者の家や、現在婚約者として縁を繋いでいるとはいえ、無下に扱っていた家の方は冷や汗ものでしょう。この先、この三人様にはどんどん良縁が舞い込んできますわ。


 マデリーン様、これでさっさと婚約者の鞍替えができますわね。マルク様、誠実であれ。あら、現(仮)婚約者様が笑顔でおりますが、あなたすでにアウトですわ。


 アリネイル様、良縁であふれかえりますわね。騎士団長様の一族が蒼白です。すでにご家族の周りにそそっと近づく集団がありますわ。あら、元婚約者、死にそうな顔です。


 モンティーユ様、外相様一族がすでにキラキラした目で見ていますわ。ほぼ掌握完了ですわね。もっと上の方を狙ってはいかがでしょうか? あ、エアールの方がご家族に狙いを定めていますよ?


 皆様の未来が明るいものになりますように。わたくしのお手伝いはここまでしかできません。時々小姑のように遊び(様子見)に参りますわね。


 さて、あらあら、国王陛下が今にも死にそうな足取り近づいてきた。

 足元に転がる黒焦げ皇太子には目もくれず、当然、近くに座り込むアネットなど誰も気にしていない様子。

 空気の読めない父親は――あら? いない。

 放心状態の娘をほっといて自分だけ逃げるなんて、清々しいまでにゲスな方ですわ。どうせそのうち、あれは娘が勝手にやったことだと責任逃れしてそう。

 で、そのアネットですけど、どうしましょう? とりあえず放置で。


「……え、エキディシオン様」

 もう、本当にかすれ声で国王陛下が旦那様を呼ぶ。

 ざわついていた周囲も、その声を耳ざとく聞きつけて口をつぐむ。

「愚かな息子が償いようのないことをしでかし、それを……諌めることができずこのような事態を招き、なんとお詫びしていいのか……」

「詫びる? お前も同罪ではないか」

 冷たい声に、国王陛下は人前であるにもかかわらず、両ひざをついて頭を下げる。

「誠に申し訳ございません!」

 サッと立ち尽くす人の中で、側室と王妃様が、同じように深く頭を下げている。

「お前達は愚かだ」

 ――まずいですわ。旦那様の機嫌が急降下で悪くなりつつある。

 サッとオーマ達の様子を伺えば、感情の欠片もないような冷たい目で国王陛下を見ていた。

 旦那様が黙り、会場も沈黙し、聞こえるのは皇太子のヒューヒューと喉が鳴る息遣いだけ。

 そんな中、タタタッと誰かが走ってきた。

 異母弟王子。

 ハッとして母である側室は反射的に顔を上げ、すぐ横を走り抜けようとした我が子にしがみついて止める。

「来てはいけないとあれほどっ!」

「母上様達が謝らないから来たのです!」

「え?」

 力が抜けた側室の腕を振りほどき、異母弟王子は――わたくしの前に膝をついた。

「本当に申し訳ありませんでした!」

 半分泣き声まじりに謝罪され、隣にいる旦那様の威圧感がふっと軽くなったので、わたくしもホッとして微笑む。

「聡明にお育ちのようで嬉しく思います。お立ち下さい、王子様」

「……はい」

 おそるおそる、子どもらしく不安に満ちた顔を上げる。

「許すのか、ミリア」

「はい。これ以上ない謝罪をいただきましたので」

 ここで旦那様がうなずけば、皇太子は廃嫡。次代の王はこの聡明な異母弟、というわけ。皇太子にとって、これ以上おもしろくないことはない。まあ、その火傷の怪我では、今までのようにはいろいろいかないでしょうけど。


「我は許さぬ」


 え? と旦那様を見上げると、そこまでお怒りではないようだけど、冷めた目がまだ十才の王子を見下ろしていた。

 旦那様の目線はガクガクと震えつつもしっかり立っている王子から、平伏する国王陛下へとうつる。


「次代の王の変更は認めぬ」


 わたくしを含め、今まで口をつぐんでいた人々が息を呑む。

「お、おそれながら」

 国王陛下は断りつつわずかに顔を上げる。

「エキディシオン様のお怒りを買ったアレに、国が、いえ、民を含めすべての者が従うとは思いませぬ」

「当たりまえだ」

「そ、それでは王とは……、いえ、国が滅びます」

「詫びもせぬうちから逃げるか」

 そう言って旦那様は異母弟王子を見る。

 異母弟王子はギュッと拳を握りしめ、震える口を開く。

「で、では……いつお許しくださいますか?」

 固唾(かたず)を呑んで見守る中、旦那様の目が楽しげに細められる。

「そうだな。そなたの生きた年、そのボンクラを王として支えてみるがいい」


 十年――と、誰からともなく声が聞こえた気がした。



☆☆☆



 夜会は旦那様の退出で幕を閉じた。

 

 翌日、王族と主要な役職の者と高位貴族の数名が参加しただけの、史上最少の規模でひっそりと戴冠式が行われた。

 新王の頭に乗せられるはずの王冠は、誰の頭上に輝くことはなく、ベルベットの台座に鎮座したままだったらしい。

 神の怒りをかった新王は、四肢を自由に動かすことができず、言葉もままならない。ただ、その目だけは怒りに満ちていた。

 そんな狂王と仇名をつけられた新王のそばには、一人の女性が世話をし続けたという。


「あなたにはわたししかいない。わたしにはリオンしかいないの」


 お幸せに。


 

☆☆☆

 


 神に見捨てられた国――として人々が逃げ出し、国としての機能が果たされない、ただの荒れ地になるばかりの土地だと噂がたった。

 

 だが、その噂に相反する噂も広まる。


 神の花嫁が誕生し、神に認められし三人の乙女が守護する国――と。


 夜会の後、旦那様はメーデルト家に堂々と三日間居座った。

 もちろんわたくしの里帰り、という建前があったものの、簡単に国がなくならないようにという配慮もあったらしい。

 でしたら、最初からあんな底辺まで評判を叩き落とすことはなかったと思いますけど。

 苦言を言っても、旦那様はキスでごまかす。

「ミリアは優しすぎる」

「異母弟王子様は聡明でしたのに、なぜ皇太子の変更を認めなかったのですか?」

「そなたを傷つけ、侮辱した者の命だけでは足りぬ。国も王族も都合の良いようにわたしを見ているようだからな、芽吹いた『おごり』を取り除いたまでだ」

 家族のいる前では横に並ぶだけだが、二人きりになればすぐさま旦那様に抱きあげられる。

「わたくしも怖かったですわ」

「ああ、それはすまぬことをした」

 ギュッと抱きしめられ、体中を愛撫されて愛されれば――したたかな『人間』であるわたくしは舌を出す。


 怖いなんて嘘ですわ。逆に惚れ直しましたわぁ、旦那様!!



 翌日から我が家の領地を旦那様は護衛付きでぞろぞろと出歩き、あちこちで大歓迎を受け、長期(いつも一時間しかいないらしい)滞在をアピール。

 最終日はわたくしのお友達三人を呼んで宴を開き、それぞれにわたくしと連絡が取れるという、枯れない輝く薔薇を一輪ずつ渡した。

 感激に打ち震える三人は、それぞれにこの国で頑張っていくことを誓ってくれた。


 ああ、わたくしの復讐――それは最高の形で叶ったのだ。




読んでいただきありがとうございました。


スランプ脱出作戦として書いたものです。

書いても書いても書き足してしまって、最終的には最終話が一番長い。


おまけとして明日、オーマ視点でお届けしておしまいです。

二週間、ありがとうございました!!



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