【幸せのおすそわけを致します】
5/7話 投稿します。
総神殿の中の応接室に通されると、中には三人の女性が立ち上がって待っていた。
お互いハッと息を呑んだあと、三人はサッと頭を下げて敬意を称してくれる。
「それでは、お時間までごゆっくりと」
頬笑む大神官長様が退出し、オーマだけがわたくしのそばに残る。
「お座りになって、皆様」
三人を座らせてから、わたくしはオーマへ目線を流す。
「どういうことかしら」
「ご家族をお呼びしたかったのですが叶わず、その代わりにご友人の方々をお呼びしました」
「……家族はなんと?」
「動きを監視されているようで面倒だ、とおっしゃっておいででした」
「そう」
ボンクラ皇太子め。わたくしの家族に何かしたら、天上から物を投げ落としてやるわ。
わたくしは微笑んで三人の対面の長椅子に座る。
「お久しぶりでございます、マデリーン様、アリネイル様、モンティーユ様」
「「「ミリア様、お久しぶりでございます!」」」
ぱあっと笑顔になる三人に、わたくしも嬉しさが込み上げる。
この三人の婚約者は、ボンクラ皇太子の取り巻きか側近で、アネットとの仲もいい。そしてアネットと自分の婚約者を比べて、彼女達を侮辱していた。
「皆様。わたくしエキディシオン様と婚姻いたしましたの」
前もって聞かされていたのだろう。そう大きな驚きではなかったが、ほぉっと感嘆のため息がもらされる。
「わたくしの身の潔白は証明されておりませんが、今日はエキディシオン様の名代として参りました。――今の情勢をお聞かせ願いますか?」
わたくしが何を聞きたいか、なんてオーマにもお見通しだったのだろう。そうでなければ、この三人を呼ぶはずがない。
「もちろんですわ! わたくしの元婚約者の騎士団長子息の方ですけど、すでに皇太子妃近衛隊の結成に乗り出しております。まだ正式な発表もないのですけど、ずいぶん見慣れた方ばかりが名乗りを上げているようですわ」
まあ、アリネイル様は婚約破棄されたようですわね。
賢明な判断ですわ。あの方は騎士の守りの誓いを、『学園』の裏庭でアネットに捧げていましたもの。もちろん、取り巻き一同見ており、割れんばかりの拍手だったらしく、すぐに噂は耳に入った。
アリネイル様のお父様は激怒して婚約破棄を宣言されたそうですが、騎士団長様の実家が謝罪し、うやむやになったままでしたが。本当に良かった。
「慈善活動としてあちこち皇太子殿下に付き従って慰問しているようですけど、不思議と孤児院や養護院、また職人街には足が遠のいております。慰問にふさわしくない派手な装いも眉を潜められておりますし、積極的に訪問されているのが――娯楽街では」
嘲笑交じりに締めくくったのはマデリーン様。
婚約者は宰相子息で、彼は「アネット、いや、アネット姫はトール国との交易と親交をより深めるために神より遣わされたに違いない! こうして皇太子殿下と巡り合ったのもお導きなのだ」と、公言していた
今もまだそんなことを言っているのかしら。
一応旦那様にも聞いてみたのですけど、
『知らん』
とのこと。都合の良いように旦那様を使わないでほしいわ。
「ああ、アリネイル様のようにうまくいかないわ」
「マデリーン様は宰相様からぜひに、とお願いされておりますものね。そういえば、そちらの扇は弟君のマルク様からの贈り物では?」
「ええ。わたくしの婚約者様は未来の皇太子妃にお貢中ですので、マルク様が申し訳ない、と」
まんざらでもない顔のマデリーン様。
婚約者の彼はボンクラ皇太子の親友だが、なかなか隙を見せないので婚約破棄できる条件が満たせないみたい。お話を聞いている限り、弟のマルク様がマデリーン様に近づいているみたいだけど、年は一つ下というだけで優秀な兄に引けを取らないと噂されていた。
宰相様は多少長男の言動に頭を抱えているが、マデリーン様が嫁いでくれるならいい、と思っているようだし。
マデリーン様――マルク様狙いですわね。
「そういえば、トール国からの交易には逆に差支えるような案件もあるようですわ。最近ではパテト国内の物価が少しずつ上がっておりますの。特に輸入物が。トールだけでなく、同じ守護神を信仰するエアール国からの交易品にも、少々気がかりなことがあります」
モンティーユ様は伯爵家だが、一族で貿易商としての幅広い人脈を持っている。
確か、婚約者は外相子息。モンティーユ様の御学術と社交術、そして一族の人脈が欲しい王家からの打診があり成立した。
その外相子息も、もれなくボンクラ皇太子の取り巻きで、アネットにいろいろな珍しいものを贈っている。
自分の社交性のなさを棚に上げ「アネットのような女性を連れ歩いたら、どんな場でも我が国に有利な対話ができるだろう」とお世辞でも酷過ぎることを言っていた。
正しくは「対話にならない」が正解。きっと国際問題になるわ。
それほどアネットは自分が中心、とばかりの話し方をする。
若い男性ならそのしぐさで気を引くことができるだろうが、真面目に仕事をしている重臣の目からすれば「場違いな女」としか見られない。
わかっている人も多いが、アネットの後ろにはボンクラ皇太子とトール国末端王族の厄介者が潜んでいる。
「アリネイル様は無事婚約解消されて、おめでとうございます。マデリーン様も次の候補がいらっしゃるようで、あとは宰相様のお声一つのようですわね」
ふふっと、嬉しそうに微笑むマデリーン様。
「モンティーユ様はいかがですの?」
「ふふ。わたくしならご心配いりませんわ。このまま結婚して、ゆくゆくは外相家を牛耳ってやろうと思っておりますの。庶民の間では『奥方の尻に敷かれる』と、いうのだそうですわ」
格下の家が婚姻によって格上の家を牛耳る。モンティーユ様ならできそう。
「皆様は最後までわたくしの身の潔白を訴えたがために、あのボンク……いえ、皇太子殿下より叱責を受けたとうかがっております。大変申し訳ありませんでした」
本当は頭を下げたいが、今日のわたくしは旦那様の名代。
後日、ただのミリアとしてお会いした時に下げさせてもらおう、と思う。
わたくしは三人を一人一人見つめ、目を細めて微笑む。
「今日、皆様にミリア・メーデルトが受けた御恩をお返ししようと思います」
三人の目がわたくしと同じように細められ、口元に隠しきれない笑みが浮かぶ。
「すばらしい笑みですね、皆様。大変おもしろいことになりそうです」
……一番怖い笑みをしたのはオーマだった。
読んでいただきありがとうございます。
さあ、行くぜ、落とすぜ!!
次回は3/28更新します。