【妻としてのお仕事です】
4/7話 投稿です。
奥様は名代を務めることになりました。
光沢のある銀のドレスは、体の線に沿って広がり、裾や袖、鎖骨下まで開いた襟口には金糸で細かな刺繍が施されている。
長い髪は香油をぬって艶をだし、ほんの少し背中に残して、あとは緩やかに巻き上げ、宝石の散った髪留めをいくつも使って結い上げる。金のイヤリングは龍の形をしており、金の鎖のペンダントトップは、赤いひし形の宝石だが中で色がうごめいている。まるで赤い炎の後ろで黒や紫、黄色などの別の炎が発生と消滅を繰り返しているよう。
「不思議な宝石ね」
「はい。エキディシオン様のお力が宿っております。ミリア様をお守りしたい、とのことでございます」
「……そう。嬉しいわ」
おそらくこれでわたくしの位置を把握できるんだわ、とちょっと遠い目になりそうだったけど、そんなことまるっと隠して微笑む。
最後に特別な箱に入れられた、水晶のブレスレットを右手に通して終わる。
ああ、この満足そうな笑みを返す侍女達に教えてあげたい……。
そうこうしているうちに、そろそろ出発時間となる。
執事服から正装に着替えたオーマが迎えにくる。
赤い髪はきちんと後ろになでつけ、金の輪をはめている。
服装は神力が編み込まれた光沢のある白地の布は銀糸の刺繍が細かく施され、その布を幾重にも重ね合わせ、腰の辺りには金の帯紐を結び付けて左前に垂らしている。
オーマの後ろに控えている二人の使者は、彼より銀糸が少ない衣装となっていた。
わたくしを含め、この四人が今回パテト国王城へ向かう使者。他にも四人の侍女と、いつもの倍だという二十人のドラゴンの騎士が付き従う。
「こちらへ」
大きな大理石の玄関から外に出ると、旦那様の神輿と同じようなものが用意されていた。
オーマは迷わずわたくしを神輿へと案内する。
「これは旦那様のものではなくて?」
「いいえ。こちらはミリア様の神輿でございます」
ごらんください、とオーマが天蓋とそこから垂れ流れる白いカーテンへと手を滑らせる。
そこには金細工でできた、かわいらしい花や小鳥などが飾られており、カーテンにも銀糸で刺繍がされていた。
「旦那様はわたくしをいくつだと思われているのかしら」
確かに花も小鳥も好きだ。旦那様は寝室から見える庭一面を、色とりどりの花畑と小鳥を放し飼いにしてくれた。
「面倒くさがりなエキディシオン様が、あなた様のために考案されたのです。とても愛されておりますよ、ミリア様」
「ええ、そうね」
「このまま王都の総神殿へと向かいます」
「わかったわ」
ふかふかの神輿にゆったりと乗ると、玄関先に総出で並んでいた家人達が深く腰を折る。
それを見届けると、神輿のカーテンが下ろされる。
「出立!」
先頭の騎士が声を上げるとゆっくりと神輿が担がれ、ふわふわとした不思議な揺れの中、移動が始まった。
小さな揺れの中、出発前にオーマがわたくしに言った言葉を思い出す。
「……ええ、わたくしは旦那様の妻。守り神エキディシオン様の妻」
例えそれが人間でも神様に見初められてしまえば、その地位は一国の王より上になる。
だけど、世間一般的にエキディシオン様が妻を迎えたことは公にされていない。
そう。わたくしの身の潔白と、わたくしを妻にしたこと、は公言されていないのだ。
ここに召し上げられて、何度か旦那様にお願いしてみたけど、旦那様は首を縦に振らない。
『わざわざ言う必要もない。そなたの家族は知っているし、その家族がその情報を使わないのになぜわたしが言う必要がある? ボンクラ皇太子など、もうどうでもいいではないか。下界のことは家族に任せておけばいい』
『ですが……』
『そなたはわたしを好いていないのか?』
『旦那様のことは愛しておりますわ。寝起きに圧死されそうなのをのぞけば』
『そなたも言うようになったな』
『旦那様のおかげですわ』
と、まあこんなふうに話をそらされてしまう。
確かにわたくしが消えた(さらわれた)瞬間を見た巫女も何人もいたし、そこからパテト国の神殿を総括する総神殿と、実家には報告がいっているはず。あとは王城にも報告が上がっているはずだけど……。
旦那様は基本面倒くさがりな性格らしく、あまり熱心に自分を奉る神殿の様子などを見ることはない。
下界の様子を写す大きな水鏡で、珍しく様子を見ている横でわたくしも見ていたが、結婚のお祝いなどの品などはなかった。
『どれか好きなものはあるか?』
『ではそちらの果物を』
三か月たってもそれは変わらない。
ちなみに、神様同士の交流がどれだけあるかわからないけど、他の神様からはいくつかのお祝いの品が届いた。
その中の一つが、雪国の神様がくれたこの水晶のブレスレット。水晶の中に氷の結晶が閉じ込められていて、まるで水晶を中から削っているかのよう。
『そなたのことを広めたくば、そなたの家が声を上げればいいだけの話だ。そなたの領地ではそなたの好物を堂々と奉納しているが、わたしの妻になったことを広めて欲しいなど言う言葉は聞かぬ』
つまり、下界のことは家に任せておけ、ということらしい。
手紙のやり取りは二度ほど許可をもらって行ったが、家からの手紙にも体に気をつけてとした内容しかない。弟からは、パテト国の『学園』から留学を止めて戻ってくるようにと言う手紙が届くらしく、トール国の学園長が笑顔で破り捨ててくれているそうだ。
ありがとうございます、トール国の学園長様。
その残り少ない頭頂部を残して抜け落ちてしまえ、パテト国の学園長。
人間であるわたくしを気遣い、一行は時間をかけて総神殿へと向かう。
ここちよい揺れにうとうととしていたら、カーテンの向こうからオーマが声をかける。
「ミリア様、そろそろ総神殿上空です。下へ参ります」
「ええ、わかったわ」
旦那様を始め、神様が総神殿など地上に下りる時は光の道が天上より降り注ぐ。
わたくしも『学園』にいた時に二度見たことがあるが、あの光の道の中に自分がいるだなんて……。
誰もがその光の道を見れば手を止め、足を止めて、貴族でさえ外に出て祈りをささげるように見上げる。
そんな道を曲がった嘘で糾弾され、社交界と『学園』を追放されたわたくしが通るなんて、少し滑稽だわ。
すぅっと下から上に抜けていく感覚が始まり、きっといつもより長く光の道ができていただろう。
ガコン、と小さく固いものに神輿が置かれた音がして、かすかに緑と土の匂いが混じった風が入ってくる。
「ようこそおいで下さいました。神官、巫女ともども御礼申し上げます」
年老いた、でも威厳のある声が聞こえてくる。
だが、わたくしの神輿のカーテンは開かない。
「大神官長。客人は?」
「すでにご到着され、神殿内にて控えていただいております」
「そうか。――ミリア様」
わたくしを呼びながら、オーマが神輿の外で片膝をつく。
「御気分はいかがですか」
「大丈夫よ」
「では、お手を」
サッとカーテンが開かれ、侍女の一人がサッと白い大きな傘をさして日差しを遮る。
無言でオーマに手を乗せ神輿から出ると、ここが白い大きな総神殿の壁がぐるりと周囲を囲った中庭だとわかった。たしか、ここは立ち入り禁止区域であったはず。
黙って目を迎えの神官と巫女に向けると、みんな控えめに頭を下げているが、目を見ればほとんどの者が動揺しているようだった。
「お久しぶりですわ、大神官長様」
幼少のころから何度かお会いしたことがあり、最後にお会いしたのはあのボンクラ皇太子の婚約者として正式に発表されたすぐの頃。
責任重い立場となることに、戒めと心の強さ、そして寛大さを身に着けるようにとお話してくださった。
「お言葉ありがとうございます、ミリア様。いっそうお美しくなられましたね」
「ええ、幸せですので」
嘘偽りない笑顔で微笑むと、大神官長様も嬉しそうに目を細める。
「さあ、こちらへ。ご案内いたしましょう」
ああ、そういえばオーマが客人、と言っていたけど。わたくし何も聞いていない。
チラッとオーマへ目線をなげるが、しずかにゆっくりと瞬きをして肯定する。
オーマや大神官長様の様子から、あのボンクラ皇太子達ではないだろう。
では一体誰かしら?
家族だったらいいわね、と淡い期待を抱きながら薄く微笑みを浮かべて優雅に総神殿の中へと足を進めた。
読んでいただきありがとうございます。
次回……わたしの好きな「(黒い)女子会」!!
悪巧みじゃないけど、なんででしょうね。
そういうのって、書くの――すっごい楽しい(笑)
更新予定は26日です。




