【 おまけ : 弟の人生 】
「いやはや、さすが君の姉君だ」
「……」
俺の隣で軽い口調で笑っているのは、トール国第二王子テオ様だ。
トール国に神様の視察団が降りてくるのは知らされていたが、この学園は対象ではなかった。
テオ様はアネットの父のことを教えてくれた方で、あの夜会にも招待客の一人として参加していた。そのパテト国建国祝いの夜会は『悪夢の夜』と言われ、暗黙の了解でなかったことにされている。
あの大混乱のおかげで、テオ様は早急に国に帰らなければならなかったので、実家に滞在した姉や神様には会っていない。
今回の視察では神様が直々に下りてくると言うので、本来なら城にいるはずだが、
「出迎えは父や兄がする。わたしはどうもここにいたほうがいい気がするのだ。わたしのカンは当たるのだよ」
と、言って学業優先、と言い張って学園に残っていたのだ。
そして、テオ様のカンは見事に的中。
予定になかった姉が同行した。
さらに神様は姉に学園視察をするよう言ったらしい。
おかげで学園は大混乱。
学園長先導で必死に迎える準備をしていたら――姉だけでなく、神様もくっついてきた。
姉と神様、そして護衛だけならまだしも、トール国王一家と要人、さらに彼らの護衛が続き、とんでもない大人数が学園に押し寄せてきたのだ。
学園側の出迎え人としてテオ様はもちろん、俺も当然とばかりに選ばれて、今二人して新たな謁見場となったホールへと向かっている、というわけ。
人数把握は大事だな、うん。
打合せをして待たされて、さらに移動となって急かされているのに、テオ様は機嫌がいい。
「これで君は、ますますトールが手放したくない存在となるわけだ」
意地悪そうに笑うテオ様に、俺はため息をつく。
「一応後継ぎなのですが」
「婚約者はいないのだろう? 確か、姉君の婚約破棄とともに破談されたと聞いているが?」
「仕方ありませんよ。もともと大臣職を持つ家同士の縁でしたし、父が辞職したのであっさりしたものでした」
「お父上は復帰したのだろう?」
「しておりますが、それが何か?」
「いや、相手の家はさぞかし後悔しただろうねぇ。まさか一年足らずでこうなるとは、と。復縁の話はないのかい?」
「あっても父は首を縦に振りません。俺が好きに決めていいそうですから」
「そうか! なら話は早いな」
テオ様がパッと笑顔になる。
――嫌な予感がする。
「今度私的なパーティがある。気兼ねなく参加してくれ」
「お断りします」
「来ているのは我が家の親交ある者達だけだ。遠慮することはない」
「断固としてお断りします」
「婚約者や恋人がいる者を誘うのは気が引けるが、いないなら何の問題もない!」
「あの、聞いています?」
「君は少し女性と交流を持った方がいい。手始めに妹や従姉妹を紹介するよ。季節ごとに必ず交流会しているからね、近親者に限っては仲がいいんだ。ああ、あの問題発言行動多発のおっさんは呼んでないから安心して」
「いたらずっと睨んでやりますよ」
と、いうか「手始め」どころかテオ様一族の紹介なんて「詰み」だろう。
「君は常識人だね! わたしなら手も足も兵も出す」
「身内でどうにかしてください」
「これは手厳しい。あははっ!」
ゲンナリしながらホールへとたどり着くと、そこには普段お目にかかれないような方々がずらり。
自分に向けられた視線が「神の妻の弟」という特別な目であることに、なんとか頬を引きつらせないように平静を保つ。
一方テオ様は、先程までの気軽さをきれいに消して第二王子として凛としている。
だが、さすがのテオ様も神様の前ではやや緊張した面持ちでお言葉を述べ、姉から俺のことをよろしくお願いいたします、ということを言われた時には、少し頬を赤くしていた。
――演技ですよね? テオ王子。
ちなみに、神様は嫉妬深いらしい。
見た目にはそうは見えないが、側近であるオーマ様がこっそり教えてくれたことがある。「わたしよりミリアにふさわしい者はいない」と豪語し、どんなに姉が相手を褒めようが、人間という時点で眼中にないらしい。
ちなみに俺は弟という存在ながら、姉との文通や交流など姉が喜ぶから、と言うだけで神様は認めてくれているそうだ。
「変わりはありませんか?」
「はい、ありがとうございます」
「ふふふ。弟に敬語を使われるのには、まだまだ慣れませんわねぇ」
姉上、とにかく「弟」というのを止めてくれ。ほら、周りの目のギラギラ感が半端ない。テオ様にはお茶会に強制的に誘われているし(逃げよう。だがどうやって?)、俺は城仕えもせず一領主で過ごしたい。研究もしたいし。
「明後日から旦那様とエアール国の視察に行くのだけど、あなたも行かない? パテロット神殿遺跡内部もワズール地下図書庫も見られるそうよ」
「!」
俺は反射的に顔を上げる。
頬笑む姉の顔に、どうやら聞き間違えではないと確信した。
パテロット神殿遺跡もワズール地下図書庫も、関係者以外立ち入り禁止とされる歴史学者からすれば喉から手が出るほど憧れる場所だ。
数年前、俺が歴史に興味が出始めて書物を読み漁っている頃に言ったたわごとで、俺もすっかりわすれていたが、確かに姉に言ったことがある。
姉上が王妃になったらそこに行けるかもしれない。そしたら俺も同行させてほしい、と。
まあ、今思えば王妃になったからと言っても行けるような場所ではなかったのだが……。
固まっている俺に、姉は「行きたがっていたでしょう? 違うの?」とばかりに首を少しだけ傾ける。
「い……良いのですか?」
かすれた声は確かに喜びに震えていた。
「ええ。わたくしに一番わかりやすい説明ができるのはあなただと思うの。もちろん、エアール国でも説明してくださる方はいるけど。確か、バーデルア教授、だったかしら」
バーデルア教授!!
歴史学者の中でも指折りの権威にして、俺が一度講義を受けたいと熱望している学者だ。
アネットの父の件で迷惑をかけた、とテオ様が希少なバーデルア教授の講義の受講席を確保してくれたのが、ついこの間。
その時も舞い上がったが、バーデルア教授が遺跡案内してくれるなんて――鼻血が出そうだ。
「とりあえず来い」
「はい!」
もちろんです!!
神様の一声で、なんの問題もなく行くことが決定。
もちろん断る気なんてなく、ただ歓喜で意識がとんでいただけ。テオ様が平静な顔の下で、どうやって俺にくっついてこようか、と画策しているなんて気がつくわけがなかった。
あとで分かったが、テオ様は「悪夢の夜」で目にした姉の虜になってしまったらしい。もちろん恋愛というより、崇拝に近いもののようだ。
また、パテロット神殿遺跡を視察した姉が「懐かしいわ」と呟いたのをきっかけに、姉と神様が出会った神殿の沐浴場がパテロット神殿の姉妹殿があった場所と言うことが判明した。
神殿の沐浴場は巫女しか使わず、さらには巫女になる者も学者のような知識があるわけではなかったので、外部に漏れずひっそりと使われていたらしい。
姉が神様に召し上げ(拉致)られてから、神聖な場所と封鎖された沐浴場の調査は許可が下りず難航した。
どうにか俺が責任者として入ることで許可が下り、はるか昔に神にささげられたというエメラルドの宝玉を発見して大騒ぎになるのはほんの少し先の未来の話だ。
読んでいただきありがとうございます。
こちらでおまけ終了です。
書き終えましたので、また執筆中の作品へと参ります。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
上田リサ