【 おまけ : 父の悩み 】
娘がいなくなった。
神殿からの急ぎの使いはそういう内容を言っていたと思うが、わたしの耳にも妻の耳にもどこか遠い国の言葉に聞こえていた。
人形のように動かないわたし達に、神殿からの使いは何度も根気強く話してくれた。
娘のミリアが黄金の龍と共に天空へ昇ったという。
黄金の龍は神である。
なぜ神がミリアを連れて行ってしまわれたのかはわからない。
我々にできることは、領地内にある神殿に赴いて祈るしかなかった。
やがて、オーマ様という神の使者の方が我が家に現れて、ミリアがエキディシオン様の花嫁に選ばれたと言われた。
もろ手を挙げて歓迎とはいかず、元気でいるのか? また会えることはあるのか? など矢継ぎ早に質問してしまい、ハッと我に返って恥ずかしくなる。
「ミリア様はお元気です。もちろん、お会いすることはできますが、それはエキディシオン様のお許しがでてからになります。ですが、手紙のやり取りは可能です。それと、ミリア様がお好きなものはなんでしょうか?」
手紙もミリアの好きな物も神殿に捧げればいい、と言われた。
ミリアの好きな物――嫌いなものが少ないが、そういえばつやつや光るものが好きだったことを思い出す。
宝石、と言われるとそうとは言い切れない。
あの子が好みは少数派であっただろう。なぜなら、魚や爬虫類の鱗が陽の光を浴びて光るのを、目を輝かせて見続けていたのだから。
一方で猫の腹の毛が好きだった。
モフモフしてたまらない! と普段凛とした顔をしているのに、その時は子どものように笑ってなでていた。たまに顔を押しつけて猫に嫌がられていたが、うちの猫は老描のせいか仕方なさそうに顔をそむけて耐えていたな。
と、いうわけでうちの猫を見せてみた。
「……わかりました。――だからエキディシオン様をなでまわしていらっしゃるんですねぇ」
「「!!」」
――娘よ。お父様とお母様の心臓に悪いことはしないでおくれ。
とりあえずエキディシオン様のもとで楽しく暮らしていればいい。あの子は疲れすぎているのだから。
「ああ、そうそう。この件についてあなた方からの報告は不要です。すでに王も承知しています」
そうですか、では放っておこう。あ、息子と一族だけには話しておくか。まあ、誰も動かないだろう。
ミリアは、一度決めたことはなかなかあきらめない。
長所であり短所でもあるが、あの子の「怒り」はきっと続いている。
直接ミリアがエキディシオン様に罰をねだることは考えにくい。あの子はいつだって、自分で一生懸命動いて突き進んでいくのだから。
オーマ様が去ってから、わたし達はいつでもミリアが帰ってきて良いように準備しておくようになる。
わたしも妻もいつまでもエキディシオン様の元にミリアがいられるわけではない、と思っていたからだ。
だが、いつまでたってもミリアが「娘」として戻ってくる日はこない。
とある夜会を境にわたしも王都へ戻って忙しくなった頃、ミリアがエキディシオン様とともに下界に下りて泊まることは増えた。
ずいぶん経って、孫ができた頃にはミリアがエキディシオン様とケンカして一時的に帰ってきたが、やはりすぐに戻ってしまった。
ミリアの件は良いことばかりではない。
息子の結婚には我が国はもちろん、トール国もエアール国も絡んできて大騒ぎになってしまっている。
かつて息子の婚約者であった家からも、問題が解決したのだから復縁したい、と知らせが来たが終わったことだからと突き返す。王族や公爵家からも話がくるが、どちらもミリアが先手を打っているので無理強いされないですんでいる。
息子には世話になっているトール国の王子がいる。王子には妹姫もいる。
妹姫を紹介された、と言う話は聞かないが、近いうちに息子に接触があるだろう。
いまのところチャンスとしてはトール国が一歩息子に近づいているな、とまだまだ難航するだろう嫁探しを見守るしかない。
読んでいただきありがとうございます。
おまけとしては一番最後に書きましたが、ここで投稿。
最後、ではありません。
ラストは弟君。
どうぞよろしくお願いいたします。