⑦ 省エネ
わたしはベッドに寝転がりながら、首からさげている戴冠宝器とにらめっこをしていました。
「んー、むぅ……」
戴冠宝器も使い方によっては凶器になってしまうし、この力を使って悪いことをする人もいる。
当たり前のことなんですが、何と言いますか。
今更ながら自分が大きな力を手に入れたことを自覚してしまったのです。
「もしもし、もう一人のわたし……聞こえます?」
話しかけても、指輪は何も反応をしめしません。
何度か指輪に話かけてみたのですが、もう一人のわたしが現れることはありませんでした。
いろいろなこと、教えてもらおうと思っていたのに。
携帯電話みたいに電池切れや電波の届かないところにいたりするのかも。
この指輪の中に住んでるのか、それとも本当に携帯テレビ電話って感じなのか。
それすら、わからないのです。
「ねえ、ランプちゃん。ランプちゃんは戴冠宝器のこと何か知ってる?」
机の上に慎ましく座っている子が申し訳なさそうに話します。
「文乃様、ごめんなさいですの。
これでもリド様にお仕えする身としてそれなりの知識を身に着けていますの。
ですけど……わたくしにはそれが何なのか、まったくわかりませんの」
「そっかあ」
願望が力になる武器、この戴冠宝器の力をどのように使うべきなんだろう。
どんな風に使うのが、一番いいのかな……。
リドは襲いかかる困難から自分の身を守れるように、何かを成す為には力が必要だから、
この力を渡してくれたんだよね。
自分を守るときと、何かを成す時。わたしは何を成すんだろう、何を成したいんだろう。
ああ、わからない。わからないことだらけでわけわかんない。
「文乃、風呂沸いたぞ」
「ふわぁいっ!」
部屋のドアが突然開かれます。
吃驚して、指輪を隠そうと急いで布団を被りました。
「お父さん! 部屋はいるときはノックしてって!」
「そう恥ずかしがることないじゃないか。いいんだ、お前がBL本の一つや二つ持っていようと、
お父さんは怒ったりなんてしない。むしろいい事だと父さんは思う。
健全だって証拠じゃないか。ほら、見せて御覧なさい。今隠したBL本を!
異性に興味があることは恥ずかしいことじゃないんだ! 父さんに文乃の趣味を曝け出して……」
「ばぁかーっ!」
近くにあった枕を全力で父に向かって投げ飛ばしましたが、
父は当たるより前にドアを閉めてブロックしました。
歳に見合わぬ、なかなか機敏な動きです。
BL本とはブラックリストが載っている本のことではなく、
ボーイズラブ、男性同士の恋愛が書いてある本のことで、女性に愛好家が多いらしい。
その趣味嗜好を酷く拗らせてしまった女子は腐女子という称号が与えられるという。
ただし、オタクな女子なだけで腐女子と言うのは間違いなので、
使用する際は細心の注意を以って口にすることを進めますが、
その際に被った損害など、当社は一切責任を取りませんのであしからず。
BL本なんてもってないのに、どうして父はそういう所に引き込もうしてくるのか。
娘、グレちゃいますよ? いいんですか。
お父さんの目玉焼きだけ、醤油じゃなくてソースをかけてやりますよ。
「あはは! 文乃、冗談だよ」
「それならいいけど、ノックはして下さい」
「ごめんな。少し元気なさそうに見えたから、元気付けようとしたんだ。
……これじゃあ逆効果だったみたいだな」
失敗、失敗と頭を掻きながら申し訳なさそうにする父。
BL好きなんていう荒唐無稽な話の裏にはそういった理由がありましたか。
女の子がみんなBL好きなんていうのは間違いだと思います。
異性のことは人並みには興味はあるので、もしも、もしもです。
BL本が目の前に置かれていたら、それを見てしまうことは否定できません。
それは怖いもの見たさと言うやつであって、
決して好き好んで見ようとしているわけではありませんので。
「文乃。頼りない父親かもしれないが、何か悩みとかあったら遠慮なくいってほしい。
こう見えてなかなか腕は立つんだ」
父は力こぶを作って見せます。
服の上からなので、実際にはその自慢の腕は見えませんが。
「大丈夫。少し疲れていただけだから」
「……そうか。じゃあ、父さんは部屋に戻るよ。風呂、冷めないうちに入ってくれよ」
「うん、直ぐに入るね」
遠ざかる足音。どうやら、部屋に戻ったようです。
胸を押さえるとほうっと安堵の息が漏れました。
「あ、危なかった……」
すっかり油断してしまってました。
中学生がこんな高級そうな指輪を持っているところなんて見られたら、あの父のことだ。
とてつもない勘違いをするに違いない。
だから、指輪は絶対に見られないようにしないといけません。
「あの御方が文乃様の父君ですの?」
「うん、……そうだよ」
「素敵な父君ですの! 文乃様がお優しい理由がわかったきがしますの!」
「ふふっ、ありがとうね」
着替えを持ち、戴冠宝器を首にかけます。
そして、見えないように服の中に指輪を隠して、お風呂場へ向かいました。
戴冠宝器は部屋に置きっぱなしにすると、勝手に部屋に入った父に見つかる可能性があるため、
持っていくことにしたんです。
服を脱いで、脱いだ服を洗濯機の近くにあるカゴの中に入れて、
お風呂場のドアをあけました。
風呂桶に座ると水栓を捻って、手で温度を確認した後にシャワーで髪を濡らします。
汚れを上から下へ流していくほうがいいと思い、
髪、顔、首、手、上半身、下半身、足と順番に洗っていきます。
人によって洗う順番が違うらしく、それによって性格診断とかできてしまうという。
興味があって、調べてみたのはいいものの、書いてる人によって結果がバラバラで、
よく理解することが出来ませんでした。
ただ単に、理解が追いついていないだけだとは思いますが。
洗い終えると、お湯の張った浴槽にそろりそろりと足の指先から入ります。
温かいお湯が足から首元まで浸かり、身体が温もりで満たされていって
「ふう……」
浴槽に入ると全ての疲れがお湯の中に解けていってしまうかのようで、
ついつい息がもれてしまいました。おじいさんみたい。
お湯に浸かるだけで、こんなに安心した気持ちになれるなんて……。
このお湯に浸かるということを生み出した人には感謝しても仕切れないと思う。
「そういえば……」
大事なことを忘れていたことに気が付きました。
「ランプちゃんって、何を食べているんだろう。……何か、食べるのかな?
んー、冷蔵庫に牛乳がはいってたっけ」
お風呂から出て、身体を拭いてパジャマに着替えた後に、
髪をタオルで拭きながら冷蔵庫に向かいます。
冷蔵庫から小さな牛乳パックをとりだして、それを小さな小皿に注ぎました。
部屋に戻り、ランプちゃんに牛乳の入った小皿を差し出します。
「ランプちゃん、これどうぞ」
「ふ、文乃様ー! こ、これを頂いていいですの?」
「ごめんね、気が回らなくて……」
「滅相もありませんの! 嬉しいですの、味わって大事に頂ますの~!」
物すごく喜んでくれているみたい。
冷蔵庫からもう少し何か食べられそうなものを持ってこよう。
そう思い、立ち上がると――。
「ゲッフ! 至高の御味でした……の! ゲフゥ」
満腹満腹といった感じで、満足そうに横になっているランプちゃんがいました。
たしかに、小さいから人間よりは食べないとは思っていました。
こんな少ない量でそんなに満足するなんて猫もびっくりです。
猫はあんなに小さな体でも、食べる子はたくさんの量を食しますもの。
省エネ、それは家電製品において大事なステータス。
ランプちゃんも省エネ技術が搭載された最新のランプだったのです。
本当に最新なのかは知りえませんが、食料が楽そうで良かったというのが本音。
満足そうなランプちゃんを尻目に、髪をドライヤーでゆっくりと乾かして、
その後に明日の準備を始めました。
「明日は、数学と古語がなくてっと、よし……って、もうこんな時間!」
準備が終わった時には、もう眠る時間になっていました。
そこでわたしは忘れていた重大なことに気がついたのです。
このまま眠ってしまったら、また異世界へ跳ぶのではないかということに。
条件がわかるといいのですが、まったくわかりません。
ようは異世界から帰ってきた後に、眠ったらどこにも跳ばされなかったので、
その状態で眠ればいいのです。
行く前と行った後の違い、行った後はすごく疲れていて意識を失うように眠りました。
疲労感が重要なんでしょうか?
疲労といっても、家の中で運動するわけにも行かないし、
今から街中を走り回るわけにも行きません。
「大丈夫、だよね?」
大丈夫だと願いたい。
跳ぶか跳ばないかがわからないから、異世界へ跳ぶことを想定して眠ることにしよう。
着ていたパジャマを脱いで、制服に着替えます。
「ランプちゃん、眠るよ」
「文乃様、おやすみなさいませ、ですの!」
「おやすみ、ランプちゃん」
ランプちゃんは机の上でコテンと横になりました。
時間のある時にベッドとか作ってあげたいな。
金色の狐さんに返しそびれていたサンダルを履いて、布団の中にもぐりこみました。
やっぱり布団に入ると心がワクワクしてくるのを感じます。
小さなの頃から楽しんできた夢を見るという行為は、
ちょっとやそっとのアクシデントがあったぐらいで楽しみじゃなくなることはありません。
今日はどんな夢が見れるのでしょうか。
「今日こそ良い夢見れますように。お願いします、お星様」
眠って、目覚めたその先が夢か現か幻か。
それはまるで《胡蝶の夢》のようで、ひらひら飛んでいた蝶は夢なのか現実なのか。
自分自身が蝶になった夢を見ているのか、それとも今の自分が蝶の夢なのか。
何が本当なのか、わかりません。
人は限りのある一生の中で、どれだけの夢を見るのだろう。
そのうち、いくつの夢を掴みとれるのだろう。
そして、その夢を見ているのは誰?
微睡の中で薄っすらとした意識が消えていくのです。
◇
次は明日、難産で苦しみました。