④ 風纏いし白銀の刃
わたしはおそらく、ポカーンと口をあけたまま間抜けそうな顔をしていることでしょう。
向かってきた風の刃は、身体を掠める様に通り過ぎていきました。
地面が直線状に抉り取られています。
砂場を抉るレーザービーム、大きなナイフで切り付けられた様な抉られ具合。
こんなの当たったら、死んでしまいます。
「ちょっ……ちょっと! もう少し手加減してよ、これ当たったら死んじゃうじゃない!」
「敵に手加減する奴なんざ、いないだろ。次は当てるぜ! 覚悟しろ!」
小木君は深く振りかぶると、鎌に風がまとわりつくように吸い寄せられていきます。
「わっわっ、まって! すとっぷー!」
彼はそんな声など構わず、その手に握った鎌を振り回しました。
風の刃が作り出され、同じように地面を抉りながら向かってきます。
さっきははずれたけど、今度は真正面。
地面を抉って風の刃が迫ってきているというのに、身体はそれを避けようとしていません。
それどころか地面にへたり込んでしまっていました。
動いて避けなければならない。それを理解しているのに。
身体が小刻みに震えて、思うように動かせない。
恐怖してしまったのです。
この明確に殺傷力を持ち、向かって来ている凶器に。
ボーリングのピンの気持ち、今なら理解できます。
迫り来る驚異が見えているのに避けることができず、ただ倒されてしまうことを待つだけ。
「お父さん、ごめんなさい。……もう家に帰れないかも」
直ぐ目の前に風の刃が来ていました。
もう駄目だと覚悟をして、身を守るように手を前にクロスして目を閉じました。
――キィン! 金属音が夜の校庭に響きます。
受けるであろう痛みがなかなかこないので、状況を把握しようとゆっくりと目を開きます。
「わあ……」
目を開いた先には、不思議な光景が映しだされていました。
右手についていた小手から盾が分離して、
空中でフヨフヨと私の周りを衛星の様に浮いていたのです。
「ふん、主を守ったのか。
ヘタレな主と違って勇敢な戴冠宝器だな。――これならどうだ!」
小木君が自分の前に、大きな風の塊を作りあげました。渦巻いている小さな台風のよう。
「次は道化師の様に、トリッキーに攻めさせてもらう!」
そして、作り上げた風の塊に向かって鎌を滅茶苦茶に振り回します。
振り抜いた一太刀ごとに風の刃が形成され、容赦なく校庭の地面を抉って飛んできます。
迫り来る無数の風の刃。もう校庭は耕された畑状態。
――キンキンキンッ!
盾は自分で意思を持っているかのように、勝手に動いて風の刃を防いでくれます。
すごいと、思ったのですが
「ふあ?」
サクリと何かが切れた音がして、手のひらに何かが振ってきます。それはわたしの前髪でした。
油断していたら、前髪が少し切られてしまっていたのです。
もう少しずれていたら顔が切れていたかもしれません。
どうやらこの盾は完璧に防げているワケではない模様。
「ま、前髪が~~!」
「長かったしちょうど良いんじゃないか。髪だけじゃない、お前の全てを切り刻んでやるぜ!」
まだまだ迫り来る風の刃達。
なんとか盾さんが頑張って防いでくれてはいますが、
このまま防戦ばかりではいつかは負けてしまいます。
止めようとも、小木君は更にエスカレートしていて、無我夢中で鎌を振り回しています。
もう話を聞いてくれるような状態ではありません。
トリガーハッピーなんでしょうか、彼。それとも日頃のストレスがたまっているのでしょうか。
これでは、近づいて武器をとりあげるのも難しい。
近寄れないなら、どうにかして話を聞いてもらうしかない。
ですが、話を聞いてもらおうにも一度彼をおとなしくさせる必要があります。
人に向けて攻撃をするというのは、些か気はひけますが致し方ありません。
彼をおとなしくさせるためであり、前髪の仇でもあります。
向こうの戴冠宝器は、風の魔法を扱えるように見えます。
ならば、こちらも何か魔法が使えると考えるのが自然な流れです。
問題は扱う方法を知らないこと。
オーバーヒートしそうな頭をムチで引っ叩いて、フル稼働させます。
使い方が、出し方が分からない。如何すればいいのか。
目の前には巧みに戴冠宝器を扱う彼がいる。
現在進行形でその使い方を知っていて上手に扱っている人がいます。
そうなれば、答えは一つ。
「あの、小木君! 聞こえる?」
「小木……? 違うな、今の俺は小木じゃない! 小木を超越した存在、大木だぜ!」
気がつかないうちに、小木君は小さな木から大きな木になられていました。
でもそれ、全国の小木さんと大木さんに失礼だから謝ろうね。
「あの、その魔法みたいなモノの使い方が分からないの!」
「ああん? 知るか、教えるとでも思っているのかよ」
普通の人は敵に教えたりなんてしません。
でも、小木君ならもしかしたら――
「小木……じゃなく大木君、これは由緒正しい決闘なんだよね。
だったらフェアな条件で戦って勝たないと誇りに傷がつくんじゃないかな!
一方的にいたぶって得た勝利なんてつまらないよ!」
煽り耐性のなさそうな小木君ならば、とおるかもしれない。
「……ふむ」
小木君は腕を組みその場で考えるそぶりをしています。
「俺の誇りに傷がつくなんてことはどんなことがあってもありえない」
ですよね、ダメですよね。
流石の小木君でもこれは無謀でした。
「――だが、一理あるな。たしかにフェアじゃない。……いいぜ、教えてやるよ」
どうやら、言葉が通じたようです。意外と話せば分かってくれるのかも。
このまま誤解を解いていきたいところですが、まずは自分の身を守る方法を教えて頂いてからです。
「いいか、魔法を扱うのに必要なのは精神力。つまり、テンションだ! テンションをあげろ!」
「はあ……、テンションですか」
テンションなんて、もう既に風前の灯です。早く眠らせてください。
「そうだ、テンションだ。自分は誰よりも強い! 誰にも負けない! 最強だーっ! そう思え」
「……そうだね。わたしは最強です。強いです、誰にも負けません」
「やる気あるのか? お前……」
「ありますよ! ありますとも!」
そんな目で見ないでください。頑張りますから。よし、明るいことを考えよう。
「わたしは強いっ! 負けないし、挫けないっ! どんなことでも諦めない! フォーッ!」
色々なことが起こりすぎたせいか、今日のわたしはもう壊れ気味です。
いえ、最初から壊れていたのかもしれません。それを自分で認めることができなかっただけで。
「まあ、いいだろう。次のステップに入る!」
「はいっ! お願いします、お師匠様!」
合格はいただけた模様。
本当にこんなので魔法が使えるようになるのか疑問ではあります。
ですが、今は彼に従うほかはありません。
中途半端に照れてやってしまい逆に見っとも無い醜態を晒してしまうよりも踊りきったほうがいい。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損そんな唄も何処かにありました。
ならば、恥なんて捨てるべきです。踊りきりますよ、華麗に。
「テンションはどんどんあげていけよ!」
「イエス、サー!」
「そうだ、その高まったテンションと自分のしたい願望。それを戴冠宝器に込めろ。
その熱き想いを! 滾る血潮をぶつけるんだ!そうすれば、戴冠宝器は答えてくれる。
戦いの道を標してくれる筈だぜ!」
「はいっ! 込めます、熱い想いを!」
願望、わたしが願い望むこと。今の願いは――。
その願いに応じたかのように、周りを浮遊していた盾が目の前で止まり、回転し始めます。
扇風機の様にぐるぐると、どんどん速く加速していきます。
深く息を吐いて、目の前にいる小木君を目で捉えました。
心の中で覚悟を決めたその時に、頭の中に星の一つが煌いて――
「良い感じだな。……最終ステップだ。込めた願いを俺に向かって撃ってみろ!」
「うん、分かった。――いくよ、小木君」
「おい、今の俺は大木だ。普段よりも大きい存在なんだ、間違えるなよ!」
込めた願いを、煌いた星の輝きを力に変えて叫びます。
「明瞭の光、闇夜を切り裂く命の煌めき! 照らす光は月の道、天まで轟く光の矢!
統べて心の鍵となり、天空の鐘を撃ち鳴らせ!」
盾に向かって、助走をつけて一回転。
「わたしはあなたの敵じゃない、お願い! 話を聞いて!」
その回転した勢いを殺さないように、そのまま思いっきり盾を殴りつけました。
「屈光夜破砕弾!」
殴りつけた直後、空気を振動させるほどの反動と共に、盾から真っ直ぐに光の帯、
光線のようなものが発射されました。
その光は虹色で、まるでオーロラのような光。
「ふふ、ははははっ! 良いじゃないか、良いテンションだぜ!
まあ、俺ほどじゃないか……」
光線は小木君に直撃したと思われる瞬間に爆発して、辺りに爆発音を響かせました。
光線を発した盾は排熱するかの様に、蒸気のようなものを噴出します。
「え、えーと」
爆発とかしちゃう魔法がでてしまったことに軽く動揺しちゃってます。
「フッ……最終ステップ、合格だ……。自信を持って良いぜ。お前の魔法は、なかなか強い……」
煙がはれると、そこには大の字で倒れている小木君の姿がありました。
「あ、うん。……どうも」
彼はそれだけ言うと、かくっと頭を寝かせて意識を失いました。
小木君が意識を失ったからなのか、周囲に大きく広がっていた魔法陣が消滅します。
魔法陣が消滅すると同時に耕されていた校庭が何事もなかったかのように、
戦う前の普通の校庭に戻りました。
なるほど、だから戦う前に魔法陣を相手に投げつけるんだ。これなら、後始末が簡単です。
目線を倒れた小木君に戻します。彼はピクリとも動いていません。
やりすぎてしまった感があるかも。
恐る恐る、倒れてしまった小木君に歩み寄りました。
「大丈夫……? 小木君、小木くーん? あ、大木君だったね。ごめんなさい」
「心配ないです。魔法の力は、心の力。強い殺意を込めない限り、
人を殺してしまうことなんてありません。
ただ彼は気絶してしまっているだけです。そのうち、目を覚ましますよ」
声がした方向、空を見上げると上空から人が落下してきます。
この登場方法、流行しているのでしょうか。
落下してきたのはわたしと同じくらいの背丈の女の子ですが、
普通の人間ではありませんでした。
金色のきれいな長髪に狐のような耳が生えていて、ふっさふさの尻尾がついています。
服装はピチピチな黒のライダースーツを着ていて、
女性らしい身体のラインがこれでもかと強調されています。
開けられているファスナーから豊満な胸の谷間が見えていて、今にもこぼれてしまいそう。
「狐さん?」
「ふふ、私のことは気になさらないでくださいな。
小木君のことも大丈夫です。きちんと家の前に運んでおきますから。
今日は学校もありますし、文乃ちゃんは早くお帰りになって疲れを癒してくださいまし」
動くたびに揺れる柔らかそうな二つのお月様。
今宵は立派な月が三つもあるようで狼大量生産間違いなしです。
これほど見事なお月様だと、狼男じゃなくても狼に変身できちゃうかもしれません。
「助かるよー。今すっごく、くったくたなんだ……」
「ふふふ、そうでしょうね。ここから帰るのに裸足では足を怪我されてしまいます。
こちらを履いてくださいな」
金髪ライダースーツの狐さんはわたしに歩み寄り、サンダルを足元に置いてくれました。
「ありがとう、狐さん!」
「いえいえ、お気をつけてお帰りくださいね。では……また、朝方に」
狐の女の子は、小木君を担いで跳びさっていきました。わたしも校庭を後にします。
今日はハードな夜でした。でも、不思議と嫌な感じはしない夜です。
夜空に浮かぶ星々を見上げ、今夜起こった出来事を思い出しながら帰りました。
光のない暗い森に、アウルにマリトの軍勢、リドと動く日用品達。
戴冠宝器を持っている小木君とそれを連れ去った狐さん。本当に色々ありました。
そんなことを思い出していると、家の前に着いていました。空をもう一度見上げます。
輝く月に、煌く星空。まだまだ、夜更けです。
長い長い冒険をしてきたというのに、時間はそんなに進んでいないみたい。
眠れる時間はたくさんあります。さあ、眠ろう。
音を立てないように家の扉をあけて、足音を殺して二階にある自分の部屋へ向かいました。
「やっと、やっと帰ってきたよ……。マイベッド」
力尽きたかのように、自分のベッドに倒れこみます。
「おやすみ……なさい……」
倒れたわたしが意識を失い夢の世界に旅立つまで、そう時間はかかりませんでした。
◇
次は明日予定。
戴冠宝器とか戴冠魔導士とかに振るルビが思いつかない。
思いついたらこっそり修正します。