③ 夜風と、私と、戴冠宝器
真っ白な視界がだんだんと晴れてきて、周りの風景が見え始めました。
輝く星空に、夜空を照らす丸い月。そして目の前にあるのは贅沢山中学校の校舎です。
ここはわたしたちの通う贅沢山中学校の校庭。
贅沢山中学校は街の中央にある山の登頂に立てられている学校です。
登校の際は山を登らなければ学校へたどり着くことができません。
なので、この中学校に通う生徒は足腰が鍛えられ丈夫な身体に育つと言われています。
わたしとしましては、運動は苦手なので山から学校をおろしてほしいのですが。
「帰ってこれたんだ……」
口から大きなため息がもれました。
家の近くとはいかないものの、元の世界には無事に戻れたようです。
まるでゲームや漫画などの物語の中にでも入ってしまったような体験。
でも、あれはゲームでも漫画でもない現実だ。
首にかけられているリングペンダントの《戴冠宝器》がそれを教えてくれています。
色々と考えたいことはありますが、早く帰って眠ってしまいたい。
ここで眠ってしまいそうなほど身体が重いのです。
「おい、待て。お前、何をしていた?」
「うわあーい!」
流石に人はいないと思い油断をしていたため、おかしな声がでてしまいました。
周りを見渡しますが、人の姿は見えません。何だかデジャヴを感じます。
もしかして、アウルさんの親戚の方ですか。
「ど、どちらさまで?」
ひゅーっと、何かが風を切りながら、落ちてくるような音が聞こえてきました。
もしやと思い、空を見上げると上から贅沢山中学校の制服を着た男の子が降って来てます。
「ちょっと、危ないよっ!」
あの高さから人が落ちたら――。
先のことを想像してしまい、思わず目を瞑ってしまいます。
落下音が辺りに響き、恐る恐る目を開けると、
校庭の真ん中で変てこな決めポーズをとっている男の子がいました。
点数をつけてあげたいのですが、着地の瞬間を見ていなかったので採点はできません。
「ふっ、このくらいの高さなんて問題ないぜ」
……学校の3階ぐらいの高さから落ちて、無傷だなんて。
びっくり人間コンテストにでれちゃいますよ。あの人、いったい何者なんでしょうか。
あれ? あの男の子、顔に見覚えがあります。たしか名前は――
「あなた、となりのクラスの小木君です?」
「ああ、それより。朝香乃文乃、ここで何をしていた?」
「えーと、そのー……」
寝て起きたら、勝手に目覚めてしまった能力で異世界に跳んでしまっていて、
異世界管理なんとかのドSな人と、恋する魔女っ子に助けてもらい、
元の世界に帰ってきたらここにいました。
それを言って信じてくれる人はいるのでしょうか? いいえ、いません。
適当なことを言って誤魔化すことにします。
「こ、今夜は月が綺麗な素敵な夜なので、お月見をしようかと思いまして」
「へえ……」
月を見ながら、思いにふけっているような動作をしました。
渾身の演技だと思ったのですが、針を刺す様な視線を感じる。
汗がだらだら流れていて、このまま嘘をつくのはきついと身体が訴えます。
臨機応変にいこう。そうだ、話題を振って誤魔化しましょう。
「小木君も、お、おしゅきみに?」
これは、まずいです。
すっごく挙動不審かも。しかも、少し噛んじゃいました。
これはダメなパターン。ダメダメです。怖くて彼の目を見ることができません。
「巨大な魔力の反応を感知して、その場所に来てみたら……お前がいた」
「はあ、なるほど」
つまり、リドの家へ帰る魔法の魔力を感じちゃってここに来ちゃったってことでしょうか。
彼女の魔法が巨大な魔力と言われたことに、誇らしく思ってしまう自分がいます。
ふふふ、もっと褒めてくれたまえって気持ちでいっぱいですが、口には出しません。
「……お前、その首からさげてる指輪! それ、戴冠宝器だな?」
びっくり人間が、わたしの《戴冠宝器》を指差します。
「え? この指輪を知ってるの?」
戴冠宝器って、わたしが知らなかっただけで普通にあるものだったりするのかな。
「肯定したと言うことは、お前は敵と。そういうことか! いいぜ、やってやる!」
「えぇ? どうゆうこと? どういうことなの?」
小木君はズボンのポケットから、
緑色の宝石のついている豪華の装飾が施された銀色のカードを取り出し、
それを水戸黄門の印籠の様に前に掲げて――
「こういうことだよ!」
それを空に向かってに投げました。
「……夜風が、……俺を呼んでいる……」
「何、風……? わぁっ!」
風が急に強くなります。まるで風の渦が小木君を中心にして吹き荒れているみたいに。
空から落ちてきたカードを二本の指でキャッチして、小木君は叫びました。
「その眼に、焼き付く風の息吹を刻み込め! 翻りて来たれ!
多彩なる古の風を支配する風神の王――アイオロス!」
カードが光の粒子を纏いカシャンカシャンと変形して、鎌の形に変わりました。
ゲームなどに出てくる死神がもっている大きな鎌のような形です。
そのおぞましいフォルムとは反対に、月の光に照らされて綺麗に光る白銀の刃。
「見たか、驚け! 泣き叫んで、恐怖しろ! これが俺の戴冠宝器だ!」
「う、うん。すごいね……まるで魔法使いみたい」
「フッ……、よせよ。言われなくてもわかってるぜ」
あれが、戴冠宝器の力。それとも、小木君の魔法なのかな。
どちらかわからないけど、今の状況は非常にやばいということは理解できています。
死神の鎌は命を刈り取る武器。
武器とは戦闘や、狩猟に使うための道具です。
それを彼が取り出したと言うことは、つまり――誰かと戦うということ。
誰と戦うために彼は武器を手にしたのだろう?
それはきっと、……彼の目の前にいるわたし。
「ほら、受け取れ」
「え、あ、はい?」
小木君は指で空中に魔法陣を描き、描いた魔法陣を私のに投げつけてきました。
投げつけられた魔法陣はわたしの足元でくるくると回っています。
今までの流れからすると、拘束するための魔法陣とかでしょうか。
目の前で起こっていたことを、口をあけて唖然として見ていてために、
避けそこなってしまいました。
拘束ではなく呪いのようなものの可能性も捨て切れません。
何これ、どうすればいいんだろう。
わかりません。わからないので、聞いてみます。
「小木君、これ……何?」
「そんなことも知らないのかよ!」
彼は怒りをあらわにします。そんなこといわれても、
こんなこと初めてされたのでさっぱり何がおこっているのかがわかりません。
説明はきちんとしていただかないと、ええ。
「それは由緒正しい誇りある決闘の合図だ! 古来より決闘を申し込む時は、
相手の足元に白手袋を投げるというものがある。
それと同じで、《戴冠魔導士》は相手にこの魔法陣を投げつけるのが決闘の申し込み方法だろ!」
「戴冠魔導士?」
「戴冠宝器で魔法を使役する者のことだぜ。
お前! 知らないふりをして、逃げようたってそうはいかないからな」
ふりじゃなくて、本当に知らないのに。戴冠宝器を使えば、魔法を使うことが出来る。
彼の発言からはそう読み取れますが、もしそうであるのならわたしも同様に使えるということです。
「……おい、早く承諾しろ」
「承諾とは、どうすればいいのでしょう」
「魔法陣に手を触れれば、承諾したという合図になる!」
わたしが逆の立場だったら問答無用で襲いかかりそうですけど、待っていてくれているみたい。
律儀な相手で安心しました。まだ、話し合いで解決できる余地はあるのかも。
「あの、良く考えたら承諾したくないのですけど。その場合はどうすれば?」
「教えるわけないだろ、はやく触れ!」
でも、戦闘を回避することはできなそうです。無念である。
「仕方のない人です」
「どっちがだよ!」
すごくイライラしてるようで、腕を組んで足踏みをしておられます。
とりあえず、相手の条件を飲んで機嫌をとり、誤解を解いていく方向で頑張ろう。
わたしは屈んで、言われたとおりに魔法陣に触れます。
すると、魔法陣は校庭を包むくらいに大きく広がりました。
「小木君、どうなったの?」
「決闘が承諾されたことにより、バトルフィールドが展開されたのさ。
この魔法陣の中が俺たちの戦う舞台ってワケだ」
学校の校庭が戦う舞台、日常なのに非日常。
「その、わたしは戦いたくないのですが」
「承諾したからには、その言い訳は通じないぜ。念のために言っておくが、
魔法陣を投げた本人が解除するか、俺たちのどちらかが気を失うまでこの魔法陣は消えない。
もちろん逃げることも出来ないからな」
「そ、そうですかー……」
承諾する前に逃げればよかったんだ。そういうことは先に言ってほしい。
つまり戦うしかないということになってしまったということです。
彼は何らかの誤解で、わたしと戦おうとしているんだと思う。
そうならば、まず誤解を解けなければならない。
誤解を解くには、話を聞いてもらうのがいいのだけど、
イライラしている今の彼には言葉がつたわらなそうです。
だから、話す以外の行動で彼の敵じゃないとどうにかして信じてもらわなくてはいけない。
信じてもらえる行動……。
武器を持っているから、強い力があるからそれを振りかざして自分の意見を通そうとする。
ならば、その力をなくして、こちらが優位な立場である状況でその力に頼らずに話せばいいのです。
武器を奪ったところで、その武器を捨て敵じゃないと伝えれば信じてもらえるかもしれない。
問題はどうやって彼に近づけばいいのか、なんだけど……。
正直、避けれる自信がまったくありません。
運動神経ありませんから、小木君が攻撃を外してくれることを祈りつつ、
イチかバチかで突っ込んで鎌を奪う、これしかない。
おそらくだけど、死んでしまうような攻撃はさすがに……してこないと思う。
それならば分の悪い賭けではないはず。なんとかなる、はずです。
両頬を手で軽く叩き、気合を入れて目の前にいる小木君を見つめました。
「よし、どうぞ!」
「何がどうぞ、だ。お前も戴冠宝器を武装しろ! なめてるのか!」
「武装……? その、使い方わからなくて……」
「あー、もう! 俺がやったのを見ていただろう。戴冠宝器に願いを込めて同じように叫ぶんだっ」
わたしもあれを使っちゃっていいみたい。
このリングペンダントも同じように武器に変わるのなら、
今の状況よりもなんとかできるようになります。
やってみよう、同じように叫べばいいんだよね。
「わかりました、いきます!」
リングペンダントを首からはずして、右手に持ち、上空へ投げます。
そして、思い出しながら同じ台詞を言いました。
「え、えぇと……よ、よかぜが……おれを……よんでいる」
ぎこちない動きですが、なんとか振ってくる指輪をキャッチ!
このまま、前に掲げて叫びます。
「その、えっと……焼き付く風を刻み込む!
多彩なる、古の風を支配する、ふふふ、風神の王――アイロオス!」
そして、決めポーズをビシッと! ――が、何も起こりません。あたりに静寂が訪れました。
発音とかがダメだったのかもしれません。恥ずかしくて、声微妙に震えてましたから。
それとも呪文、間違えてしまったのかも。
考えをめぐらせますが、状況は最悪で。
恥ずかしいことを口走り変なポーズをとったにもかかわらず、
何も起こらなかったという事実は覆せないのです。
これは恥ずかしい。恥ずかしすぎて顔が熱くなっていきます。何これ、罰ゲームです?
やらせた張本人に行き場のない怒りをぶつけてみることにしました。
「小木君、なにもおこらないよ!」
「HAHAHAHAHAッ! だっさいなー!」
「笑うなーっ!」
アメリカンチックに笑い始める小木君にどうしようもなく佇んでいるわたし。
何たる屈辱、恥を忍んできめポーズまでとってしまったと言うのに、この有様です。
「……詳しく、教えて下さい。お願いします」
「だいたいあってたが、言葉というか起動呪文は、戴冠宝器ごとに違うからな。
直接、その戴冠宝器に聞いてみるのが早いんじゃないか」
「聞いてみる……?」
「ああ、握って目を閉じて心の中で話しかける感じだな。やってみればわかるぜ」
指輪を両手で握り、目を瞑ります。
すると暗い暗い暗闇に星が夜空から一滴落ちてきて、
星の破片を辺りにばらまきながら、その一雫が指輪に向けて落ちました。
何処から感じたことのあるような、懐かしい感じ……。
一つの星の破片が煌くと、わたしはもう一度、目の前に指輪を掲げて叫びました。
「わたしはあなた、あなたはわたし。奇譚の四枝に紡がれて……
災禍の波を打ち砕く! 拓け、極光の翼――エインセル!」
指輪が光の粒子を纏います。
辺りが暗闇になり、目の前に少女が姿を現しました。
肩にかかるくらいの長さの栗色の髪。深い深い緑色の瞳。そしてパジャマを着ている。
目の前にいるのは……鏡でよく見るわたしの姿、そのものです。
その目の前にいるわたしの着ているパジャマが弾けて、光の粒子になります。
光の粒子は足先から徐々に新たな形に姿を変えていって――。
高級そうな黒い鎧のような靴。
太ももが見える程に短いスカート丈の、まっ赤な真紅のドレス。
上から黒い軽鎧をもうしわけ程度に纏っていき、
右手には盾の中央に赤い宝石がついている小手と盾が合わさったような奇妙な盾をつけています。
騎士というよりは、軽装なので雇われた傭兵、戦士の方が近い恰好で、
鎧は鎧として機能出来ているのか不思議なくらいに面積が少ない。
ファンタジーな格好のわたしが手を前に伸ばして、にこっと笑顔を作ります。
手をだせと言っているように見えました。
わたしは目の前にいる、もう一人のわたしの手を掴みます。
――あたり一面が、花畑に変わりました。
「御機嫌よう、御寝坊さん。上手く繋がったみたいで何よりだわ」
「はい、おはようございます?」
挨拶をされたので挨拶を返しましたが、今は夜中なのでこんばんはが正解。
いきなり自分が目の前に出てきたのです、動揺しますとも。
にこやかに笑う彼女は、わたしと同じ顔なのにわたしと違って上品そうに見えます。
「あなたは……?」
「わたし? そうね、わたしはあなたかしら」
「あなたがわたし?」
「ええ、そうよ。あなただってわたしじゃないの、そんなことよりも――」
もう一人のわたしは右手に着けている奇妙な盾を手からはずして、差し出しました。
「ほら、これ貸してあげるわ。必要なんでしょう?」
「これは?」
わたしの右手に差し出された奇妙な盾が勝手に装着されます。
盾というか小手というか、どっちで呼んだらいいのでしょうか。
「うふふっ……。それ、ランタンシールドっていうのよ」
「ランタンシールド……」
どこにランタン要素が……。
ランタンなんてどこにもついていません。
形だけじゃなく、名前まで不思議な盾のようです。
「本当は人差し指と小指の拳部分にトゲみたいなのがついていたのだけど、
邪魔だったからもいだわ。あと剣もついていたのだけど、これはなくしてしまったの」
「そうなんだ」
どことなく適当な感じの性格が自分らしく思えてしまって、少し笑ってしまいました。
「何処でなくしたか、思い出せなくって困っているのよ。
申し訳ないけど、しばらくの間はそれを使って自分の身を守ってね」
「ありがとう、もう一人のわたし」
「お安い御用よ」
自分の目の前に自分がいるって、不思議な感覚。
頼もしく感じるのに、何故か不気味に感じてしまいます。
ドッペルゲンガーみたいに出会ってしまったら死んでしまう、みたいなのないと願いたい。
「……あら? もう時間切れみたい。じゃあね、生き残れたらまた会いましょう」
「うん、頑張る」
目の前のわたしは子供の様に無邪気な笑顔を浮かべながら手を振っています。
周りの景色が真っ白に染まっていって、もう一人のわたしも見えなくなりました。
ふと、きがつくと視界が元の校庭に戻っています。
右手を確認して見ると、そっくりさんが貸してくれた黒色の変な盾をつけていました。
これが指輪の戴冠宝器が武装した形態。貸してくれたのはいいけど、深いの夜の様に黒い盾。
その中央に血の様に赤い宝石だなんて、可愛さの欠片もありません。
もう一人のわたしのセンス悪いみたい。
「盾か。こそこそ逃げ回ってそうなお前にぴったりな武装だな」
「悪いかな、わたしはどうせ臆病者ですよ」
「いいや、悪くはないぜ! さあ、はじめようか!」
え? いったい何を始めるの?
――って、決闘ですよ、そうですよね。大丈夫です。
怖いけど、この盾があればなんとかなる気がしてきました。
黒いし、不気味なんだから強いはず。
そう思っていた時がわたしにもあったのですが、
そんな甘い考えを崩すかのような無慈悲な攻撃がとんでくるのです。
「まずは教科書のように丁寧に行くぜ! 避けれるモンなら避けてみな!」
小木君が鎌をぐるんと大きく振り回すと、振り回した際におこした風が刃になり、
地面を抉りながら向かってきています。
なんですか、あれ。切れ味鋭いってそういうレベルじゃない、反則です。
本当に今日はなんて災難な日なんでしょうか。今日ばかりは神様を恨んでしまいます。
◇
次話はできれば、今日中に。遅くても明日には上げれると思います。