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② 魔女の家

 



 ――パチパチと木の燃える音が聞こえてきて。

身体の上から被さる布の温もりを感じ、背中には柔らかな感触があります。


 この感触は恋い焦がれたベッドのもの、間違いない。

このぬくい空間、幸せの揺り籠へ帰ってきました。

やっぱり、今までのことは夢だったのです。

良かった、良かった。目を開けたら、いつも通りの部屋の天井が見えるはず。


 おそるおそる目を開くと見知らぬ天井にシャンデリア。

わかってはいましたとも、ただ単に現実逃避してしまいそうになってしまっただけです。


 しっかりと現実を見よう。

起きたら変な森にいて、帰るために魔女の館へ向かったはずです。


 すると、ここは魔女の館、でしょうか。


「んうっ……!」


 身体を起こそうとすると、痛みが身体を駆け巡りました。


「あいたたた……、筋肉痛……かな……?」


 わたしは普段あまり運動をしていません。

そんな府抜けた身体が準備体操もなしに全力全開で走ったんです。

さぞかしびっくりしたことでしょう。


 あたりを見渡すと、小奇麗なベッドの上にいることがわかりました。

部屋には暖炉があり、その前にはわたしのパジャマと下着が干されています。


 衣服があそこに干されているということは、今なにを着ているのだろう。

不安になり身体に目を落とすと、想像の通りに服を着ていません。すっぽんぽん。

 

 次に起こすべき行動を一瞬のうちに悟りました。

それは簡単でシンプルな答え、現代の裸になった人類ならば誰もが考えるだろう到達点。


 ――まず、服を着る。

裸ならば服を着ればいいじゃない、かの有名な人物が言った言葉です。


「よっ、いっ……たぁ!」


 ベッドから降りようとしましたが、

身体が悲鳴をあげて痛みの緊急シグナルを点灯させてきます。


 服を着るたったそれだけの行為なのに、痛みがそれを阻害してきました。

もっとも致命的なのが、足がいうことを聞いてくれないことです。

動かそうとするだけで、すぐに痛みを招き入れるために足で歩くことができそうにありません。


 このまま無理をして降りるならば、痛みを我慢しながら床を這いずるしか方法しかない。

その方法で行くと、服が干してある場所までいくには時間がかかってしまいそうです。

 

 服を着ようとして床を這い蹲りながら暖炉の前に向かっている途中で、

人が入ってきたら全裸をまるまる見られることになるかもしれません。

それを考えると、毛布で隠せる分ベッドの上にいたほうが安全というもの。


 ここは攻めるべきではない、守りましょう。乙女心を守るのです。


 これは逃げの一手ではありません。

誰だって守るべきものがあるのなら、そのために勇気をもって行動することもあるでしょう。


 これは言うならば、勇気の全裸待機。


 毛布をしっかりと握りしめて、防衛ラインを確認しました。

いっそのこと体に巻き付けてしまうのもアリなんだろうけど、

マナー的にしてはいけない気がします。

此処が魔女の家だとしたら悪さをしたら食べられる的なこともあるかもしれません。


「実はこの毛布は魔法の毛布、鉄壁を誇る魔法の毛布なのだ……なーんて」


 たった一枚の毛布でも、発言しておくことで奇跡のディフェンスを見せてくれるかもしれない。

気休めでしかないけれど、口に出すだけならそれは自由などという、

壊れた思考回路から考え出された答えにより変なことを口走ってしまいました。


 誰もいない部屋に虚しく残る残響音に後悔のみが残るばかりです。


 まだ肌を家族以外に人には、誰にも見せたことがなかったのに、

こんなところで見せようものならそれは落ち込んで立ち直ることが難しいことになりえます。


 家族であろうと、小学生になってからお風呂は一人で入るようになったわたしです。

成長した今の裸の全てを見た人は自分だけといっても過言ではありません。


 守ってきた肌を、この裸を見せるのは今このときじゃないはずです。

今こそ培ってきた全ての知識をフル回転させて、乗り越えるべき事態。

一枚の毛布でどれだけ完璧なディフェンスラインを築けるかの勝負。


 今、わたしは運命の女神に試されています。

この程度のことを守り通せない人には、ハッピーエンドは訪れない。


 だのに、いい案は全くと言って浮かびませんでした。


 ここは……、下手なことは何もせずに普通に隠すことにしておきましょう。

下手に論を講ずると、元が良かったものが悪くなってしまうという例もあります。

わちゃわちゃと考えた割に、何にも効果が得られない事態となりましたが、

難題をすべて答えれる人がいるのでしょうか。

答えられたとしても、全て正しいといえる答えを出せる人はいるのでしょうか。


 いいえ、いないはずです。

人間、間違いをして成長していくものなんです。

誰だって、生きていれば間違いを犯すことはあるはずなんです。


 深く悩み考えたことで、結果的に何も答えが得られなかったとしても。

それは自分の成長の糧になり、未来へとつながっていくはず……ううん、繋げるの。

繋げて、築き上げるの! さあ、毛布よ! 我が身を守り盾となれ!


 そんなこんなで一時の城が築かれた訳です。

やれることはもうやりつくしました。もうどんなことが待っていようときっと後悔はない。

……後悔はあるかもしれないけど、遺恨はない……と思いたいです。


 決心を固め、賢者のように静かな心で勇気の全裸待機をしていると、

扉をコンコンとノックする音が聞こえてきました。


「ど、どうぞ」

「失礼するぞ、若きお客人よ」


 扉から入ってきたのは女の子、白のレオタードを着ていて右手にステッキを持っています。

手は両手とも黒い手袋を着けており、靴は履いておらず裸足。

小学生くらいの体の大きさなので、まだ子供なのかも。

魔女に仕えている子なのでしょうか。


 肌を毛布でしっかりと隠しながら上半身を起こしました。


「夜分遅くに訪れてしまって、ごめんなさい。あの、わたしは朝香乃文乃あさかのふみのって言います」


 女の子はベッドのそばにある椅子の上に腰を下ろすと、

ステッキを器用に弄びながら語りだします。


「……おお。お主、……名を朝香乃文乃と申すのか。……ふむ、文乃。礼などよいよい。

 わらわはリド。この館の主をしておる、最強でせくすぃ、それでいて美しい完璧な魔女じゃ」


 女の子は観客を前にしたマジシャンのように、丁寧な礼をしました。

その動作は熟年の技を感じさせられそうになるほど綺麗なフォームで、

どう見ても魔女というよりは手品師と書く方のマジシャンです。


 シルクハットをもたせたらハトを出してくれるに違いありません。


「魔女……。よかった、無事に着いたんだ」

「ふはっ、無事と申すか。身体は随分と痛んでいるようじゃがの」

「あっ、そうですね。体中がズキズキしてて痛いです……」

「それでは無事とは言えんの! ふははっ!」


 元の世界に戻るには、魔女の館に向かえとアウルは言っていました。

彼女が魔女でここが館。無事に目的地に着いていたみたいです。

この魔女にお願いすれば元の世界に帰れるってことなのでしょう、たぶんですが。


「わらわのことは、そのまま気軽にリドと呼ぶが良い。

 敬語も使うでないぞ、お主とは初対面の気がしないからの」

「よろしくね、リド」


 こんなに小さい女の子なのに結構しっかりとしています。

わたしはよく慌てて、変なことをしてしまうことが多いから見習いたい。


「うむ!」


 リドは太陽の下で咲き誇るヒマワリのような笑顔で頷きました。

怖くない、優しそうな魔女みたいで安心しました。

 

「――して、お前たち。お客人の! それも女人にょにん同士の話に、隠れて聞き耳など立てるでない。

 とっととでていかんかっ!」


 お前たち……? ステッキで手を叩きながらぴしゃりと彼女は言いました。

誰かいるのかと、辺りを見渡します。ですが、人どころか動物すらいません。

あるのは無造作に置かれているイスに、机やタンスなどといった日用雑貨の類です。


「ほれ、早く行かないと飯抜きの一ヶ月トイレ掃除の刑じゃ。

 最後のやつは鍋に放り込んで、薬の材料にしてしまうぞ」


 魔女が弄んでいたステッキを近くの壁にかけて、パンパンッと手を叩きます。

それを合図に部屋にある家具がガタガタと音を立てました。


 タンスやその中にしまわれていた本、無造作に置かれていたイス。

机の上においてあった時計、写真立て、ランプ。

ペンや、コップといった小物などにニョキッと口と足が生えてきます。

「ひええ~~! トイレ掃除はご勘弁!」「せっかく自由に動けるようになったのに、それはひどい、横暴だ! 断固抗議はしない! 受け入れる!」「すぐでますから~、うわああん。魔女~! 悪魔~!」「ワイは鍋に入れて食べても、うまくないで?」「せやな、ボクも美味くはないけどそこのお客人になら食べられていいわ! もちろん、性的な意味で」と、

家具たちはそれぞれ個性的な捨て台詞を吐きながら、ぞろぞろと部屋から出て行きます。

 

 最後に出て行った目覚まし時計に投げキッスをされたように見えてしまいました。

おそらくこれは幻覚です。色々起こりましたもの、疲れているのかも。


 近くの机に目を落とすと、逃げ遅れたのかタイミングを逸したのか。

机に置いてあるランプも逃げ出そうとしていますが、動きがとてもぎこちないです。

 

 ……あ、転びました。このランプ、親近感が持てます。応援したい。


「待つのじゃ、ランプ十七号はそこにおれ」


 リドが少し低い声で転んだランプに命令しました。

ランプは怯えているようでガクガクと震えています。可愛いなあ、このランプ持ち帰りたい。


「い、いやーですのー! お鍋にされてしまいますの、おうちかえらせていただきますの!」


 駄々っ子のように机にねっころがり、足をバタつかせて精一杯の抗議をするランプちゃん。

なんとも不思議な光景に、目を釘付けにされています。

わたしはきっと、好奇心に満ち溢れた目をしていることでしょう。

だって今、とてもワクワクしているんです。


「お主がいなくなったら、誰がこの部屋を灯すのじゃ。ほれ、選ばせてやるぞえ。

 今すぐわらわにグチャグチャに跡形もなく壊されるのと、鍋に入れられるのどっちが好みじゃ?」


「ですの? ……あっ! あ、ふあ? って、どっちも死にますの! 

 おるぅあー! 慈悲を所望しますの!」


 愛らしいランプが机に膝をつけて、ペコペコと必死なお願いをしています。

鍋に入れられて薬の材料にされると言うことは、命を落とすことと同じことだと思われます。

わたしが来たことでこのランプが命を失ってしまうことになるのなら、それはあまりにも可愛そう。


「ねえ、リド。わたしからもお願い。ランプちゃんを助けてあげて」

「うーむ」


 リドは手を顎に当てて悩んだ後、ため息混じりにいいました。


「文乃が言うのであれば仕方がないのう、仕事しだいじゃな」


 その言葉を聞いたランプちゃんは待ってましたと前方宙返りをして見事な着地を決めます。

手はありませんが、両手をビシッと平行に伸ばしているのが見えるかのよう。十点あげちゃいます。


「いくですの、火力ッぜんかーいっ! ですの! 命ごと燃やしつくしてやりますのっ! 

 オルラァアーッ! 燃え盛れ! バーニング! ですのーーッ!」


 わあ、すごい。

部屋にはランプが一つしかないのに、部屋全体が明るくて暗いところがまったくありません。

命を燃やしているだけはある明るさです。

本当に命削ってないよね? 大丈夫だよね?


「騒がしくてすまないのう。皆、人間を見るのが久しくての、許してあげてほしいのじゃよ」

「許すも何も、いきなり来たのはわたしの方だから。見るだけなら好きに見ていって大丈夫」


 客人である私が迷惑をしていないのならば、彼らが重い処罰を受けたりはしない……と思う。

確信はないけれど、第二、第三のランプちゃんを生まないためにも言える事は言いましょう。

 

 ――ってそういえば、今裸だったんだ。


 ああ……、やっぱり見ちゃダメとかいいにくいです。

なんとかして服を着なくてはなりませんが、良い方法も思いつきそうにもないです。

このまま防衛を続けることにしましょう。


「ふはははっ! その大きな心、流石じゃ! やはり文乃は、あやつに似とるの!」

「あやつ?」

「そうじゃ! わらわの元にそっくりな文乃が来た。これは天啓といっても過言ではなかろう!」


 リドはわたしと初対面な気がしないと言っていました。

それは似た雰囲気をもつその人に会っていたから、ということみたいです。

世界には自分に似た人が三人はいるって聞くので、珍しいことでもないのかも。


「文乃は異世界人であろう?」

「うん、別の世界からこの世界にきちゃったんだ。どうしてわかったの?」


「ここ《隠世》は常夜の世界、常に夜しかない世界なのじゃ。

 その世界で夜分遅くに、なんて言ったら他の世界の者に違いあるまい」


 なるほど、ここは夜しかない世界。だからあんなにも、暗く風が痛いくらいに冷たいんだ。


「眠って目が覚めたら……いつのまにかこの世界に来てしまっていて」

「ふはっ! 寝て起きたら、世界を飛び越えれるのか。面白いのー!」


 傍から見れば面白いものなのでしょうか、理解しかねます。

少なくても、それが勝手に発動してしまったわたしは危ない目にあいました。

これからも今回みたいなことにならないように、お祓いとかしてもらいたいです。


「はあ、どうも……」


 複雑な気持ちなので、適当な返事を返してしまいました。

でも、喜べない心境なんです。この力に迷惑している感じなんです。


「そう謙遜するでない。異世界を飛びまわれるなんて、ものすごい力なんじゃよ。

 なかなか稀有な能力でのう、わらわもこの目で見るのは二人目じゃ!」


「他にももう一人同じ力を持った人がいるんだ……?」

「うむうむ、文乃と似たあやつも同じ力を持っていたんじゃよ」


 わたしと似た、あやつと呼ばれている人。その人は同じ力を持っている。

あやつと呼ばれる人は、この力を制御できていたのでしょうか。

もしできているのならば、制御の仕方と言うか使い方と言うか、コツを教えて欲しいです。


 制御できるのであれば、今回の様に起きたら真っ暗森の中なんてことになりません。

それどころか、色々な世界に行ってファンタジーの世界を体験することができます。

自由に行き来できるのであれば、この力は面白いものとなるはず。

 

 その人に興味がすごく沸いてきました。帰る前にその人のことを聞いてみたい。


「わたし、その人に会ってみたい。会って話を聞いてみたい。

 お願い、リド。その人の名前、教えてもらえないかな?」


「ふははっ! 良いぞ、名は晴明という。

 陰陽道に卓越した知識を持ち、数々の伝説を作り出した陰陽師、安倍晴明じゃよ」

「わっ、知ってる。知ってるよ、安倍晴明!」


 自分が知っている名前に驚いてしまいました。

安倍晴明、わたしでも知っている有名な陰陽師。

日本の歴史に名を刻んだすごい人、ぐらいの認識しかありませんが。


「そうか! 文乃も知っておるのか~! 嬉しいの、ふははは-っ!」

「ふふっ、晴明はどんな人だったの?」


 小さな魔女はほっぺたを両手でおさえて、

自分のことを褒められているみたいに嬉しそうにはにかんでいます。

その顔を見ていると、こちらもつられて笑ってしまいそう。


「あやつは口が上手くての。ああ、もー! 今思い出しても、頬が熱くなってしまいそうじゃ~。

 口説き文句にはよく骨抜きにされて、それはもう……」

「ほ、骨抜き……?」


 これほどまでに他人のことを語るのが嬉しそうな人を今まで見たことがありません。

見ていると知識欲が刺激されてきます。リドと晴明はどんな関係だったのだろうと。


「リドって、晴明さんのこと。――好きなの?」


 あっ、これはやりすぎた。ストレートすぎました。

もう少し遠まわし気味に聞く予定だったのに、自然と口が動いてしまったのです。


「わわわわわわっ? な、なにをいうておる! そんなわけあるはずがなかろう! ふんっ!」


 おや? 少女の顔が一気に真っ赤になりましたよ。とてもわかりやすいです、好きなんだ。

好きな人だから、褒められると嬉しくて堪らない。なるほど、これが恋ってやつですか。


 わたしは魔女に対して、警戒心を持っていました。

童話やファンタジーの世界では、魔女ってだいたい悪役なんですもの。

だけど、この目の前にいる魔女は普通の恋する女の子のようです。恋する女の子は可愛い。


 このまま触れずに、そういうことにしておいてあげることもできましたが、

嗜虐心ではないのですが。

ちょっぴりとした意地悪心、というのでしょうか。

それができてしまいまして、彼女の口から聞きたいと思い、呟いてしまったんです。


「女の子同士なんだし、隠さなくても……いいのにな。

 ねえ、わたし。リドの本当の気持ちが知りたいの」


 そういって恋する魔女の頭を撫でて上げます。そして、はっと気がつきます。

何故、人の心に土足で入り込んでしまうことを言ってしまったのだろうかと。

好きだろうと言うことは、既に見てわかっているのに。


 それは、リドが可愛すぎるのがいけないのです。

介護欲みたいな、お姉ちゃんが恋のキューピットになってあげるぞ、みたいなやつでしょう。

それともわたしってSっ気があるのかな?

脳裏に先程関わったドSな人の声が浮かんできそうです。

いやいやいや、それはない。断じてない、はず。


 そんなことを悶々と考えていると観念したのか、茹でたタコのような真っ赤な顔で、

恋する魔女は吐き出すように思いを告げてきました。


「わかったのじゃ、ゆうぞ……好きじゃよ! 好きじゃ、わらわは晴明が好きなんじゃ。

 わかったか、文乃! どの世界の誰よりもわしは晴明が大好なのじゃ!」


 目の前にいる真っ赤なタコさんは、目を潤ませながら言いました。


「よく言えたね、リド。頑張った、偉い! 自分の気持ちきちんと口に出せるなんて、すごいよ」


 まるでお姉ちゃんになってる気分、妹がいたらこんな感じなのかな。

謎の上から目線ならぬ、お姉ちゃん目線です。

 

「当然じゃ! この世界一のナイスバディをもつ最高の美少女リド様が可愛くないはずはなかろう!

 晴明もイチコロのボンッ! キュッ! ボーンッ! じゃからの~~! ふははははっ!」


 胸を強調するポーズをとって、自分のナイスなボディを一生懸命みせつけようとしています。

残念ながら強調したところで体系は小学生そのもの。胸も貧相でペタンとしています。

本人は満足げなので、深くは突っ込まないでおきましょう。


「リドは晴明さんに、その気持ちを……伝えれたの?」


 さらに深く踏み込んでしまいました。どうしてなんだろう、何故か無性に気になります。

その言葉を聴いた恋する魔女は、いままでの嬉しそうな表情から一変してしまいます。

世界の終わりを感じた人みたいな絶望的な顔、散財でもしたかのよう。


「そ、それがの……。不器用なりに頑張って伝えようとしたのじゃ。

 けど最後まで晴明に気付いてもらえぬまま、うぅ……うわ~ん!」


 リドが潤ませていた目から涙を零し、零れだした感情を抑えようと抱きついてきます。

わたしは抱きついてくるリドにされるがまま、ベッドに押し倒されました。


「よしよし」


 泣いてる女の子の背中を軽く撫でてあげます。

地雷原だと知らずに、草原を駆け抜けていてしまっていた兵士がついに転び、

地雷を踏んでしまったあげく、空から爆弾を落とされたのだ。そんな心持ちです。


「晴明はいつもわらわを子ども扱いしかしなくって~~、ひくっ」


 わー、ごめんね。つらいこと思い出させてごめんなさい。それにしても晴明さんは紳士です。

聞いたことがあります。古より伝わる紳士の掟。

イエスロリータ、ノータッチという言葉を。


「あやつは! あやつは本当に~~! じゃが、もう歳など千はゆうに超えておる!

 もう子供扱いはできまいよ! ……いや待て、晴明じゃから背の高さで判断しそうじゃの……」


 あれ? 千歳超えてる? ロリとは、いったい……。晴明さん、合法みたいです。

おそらく合法ロリってやつですよ。あまりのことで、頭が混乱してしまいそう。


 お姉ちゃんだと思っていたら、わたしのほうが妹でした。

妹どころか、孫とかひ孫、いやもっと前のご先祖様レベルです。大先輩です、千歳超え。

見た目は本当に小学生のままなのに、魔女って言うのは不老なのでしょうか。羨ましいです。


「それだけ、リドのことを、大切に思っていたんじゃないかな」


 その言葉にリドの耳がピクンッと動き、わたしの胸に埋めていた顔を上げました。

ちょうど、上にまたがる様な形になります。別名、マウントポジション。

 

「うほほほ~うッ! 文乃、わらわはお主が大変気に入った! 何か困っていることはないかの!

 出来うることなら何でも協力してやるぞ。ほれ! 言ってみるが良いのじゃ!」

「ふえ?」


 てっきり、そこから心の傷を抉った制裁が加えられるのかと身構えてしまいましたが、

逆に気に入られてしまっていたようです。


「あ、あの……身体が痛くて服が着れないので。申し訳ないけど、服を着せてもらえないかな?」

「おお? 忘れておった、着ているものがボロボロじゃったので、綺麗にしておいたのだ。

 辱めてしまったようじゃな……すまぬのう。すぐに着せる、ほれ!」


 指をパチンッとならすと暖炉の前に干されていた服が光の粒子になって消え、

わたしの身体を包み込んで元のパジャマの形に戻ります。

一瞬にして服を着ることができてしまいました。


 便利な魔法、なによりも乙女の純情が守られたことが嬉しい。


「リド、すごいよ! ……あれ? 身体の痛みも消えてる?」

「出血大サービスじゃ! 身体も癒しておいたぞい!」


 魔女はそういって、2本の指を唇の当てて投げキッスをしてきました。

どうやら懐かれてしまったようです。


 何はともあれ、最初に会ったときのような明るい笑顔に戻っているようでよかったです。

やっぱり可愛い女の子は泣き顔より笑顔、怒り顔も可愛いけれど笑顔に勝るものはなし。


「出血はサービスしたらダメです」

「細かいことはきにするでない、大事なのはそれほどやる気に満ち溢れておるということじゃよ!」

「ふふ、そうだね。ありがとう」


 わたしはリドの頭を優しくなでてあげました。

せめてものご褒美とお詫びを込めた感謝の印です。

リドは猫の様に目を細めて、されるがまま撫でられています。

ペットにしちゃいたいくらいに可愛い、この子が魔女だなんてやっぱり信じられません。


 そもそも、わたしの価値観といいますか、魔女観が間違えているのかもしれません。

魔女は悪者、怖い存在だというその価値観自体が間違いなんです。


「リドは本当に魔女なんだ」

「もー! 言いすぎじゃよー! 超スーパーウルトラ美少女魔女のグラマークイーン!

 リド様だなんて! 晴明にも言われたことがあるが、文乃も言いよるのう!

 褒めすぎても何もださんぞい! ふっははははー!」


 そこまでは言ってませんが、言われたことがあるようです。

魔法を使う小さな女の子はまな板の様な胸を張り、にやけた顔で両手を腰に当て腰を反ります。

このまま放っておいたら後頭部が後ろについてしまいそう。

ベッドの上なので怪我の心配とかはありませんが、大丈夫なのかな。腰とか辛くないのかな。


「リド、わたし。リドにもう一つ頼みたいことがあるの。……元の世界に帰りたいんだ」

「ふぅむ、もうかえるのかえ? ……むぅ、つまらんのう」


 彼女はそれを聞いて、反り返っていた身体が前に。先程とは逆の方向に曲がります。

わかりやすくしょぼんと肩を落とし、つまらなそうに口をとがらせています。

その姿が心に、サクサクッと釘を打ち付けてくるようで直視することができません。


「この能力上手く使えるようになったら、またここに遊びに来るよ。

 ……絶対に。ほら、小指をだして」

「文乃……本当に、本当かえ?」

「本当だよ。どんなことがあっても守るという誓いを込めて。……ほら、指切り」


 小指を小さな女の子の小指に絡ませます。

リドはポカンと口をあけていましたが、すぐに口角をあげて小指に力を入れました。


「絶対じゃぞ! 絶対だからな!」

「うん、約束!」


 指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指きった! 

指切りは約束事をする時に定番とされている昔からある誓いの儀式です。

この言葉の儀式は相手と気持ちの共有できてるように思えるので、個人的には気に入ってます。


「……それにしても、お主のその仕草。まるで、まるで本当に晴明のようじゃな。

 晴明とも指切りをして別れてたんじゃ。まあ、奴はもう二度と顔を見せることはなかったがの。

 まったく、顔は見せずとも連絡くらいは寄越せと言うのに……っ!」


「そうだったんだ……」


 安倍晴明、詳しくはよくわからないけど。千年以上前に日本で陰陽師をしていた人。

それくらいの知識しかないけど、大昔の人だ。

できることなら、リドにもう一度あわせてあげたいのだけど……。


「む? 文乃、ここに来る前に何かに追われてたかえ?」

「えーと、……うん、追われてた。黒い犬、マリトの軍勢の黒い犬って言ってたよ」

「ふむ……」


 背筋に何か冷たいものが走るような感覚。

あの黒い犬、今思い出しても恐怖で顔が引きつってしまいそうです。


「黒い犬……。念には念という言葉もあるしのう。文乃、帰る前にお主に渡すものがあるのじゃ」


 リドが指をパチンッと鳴らすと、豪華な黄金色の飾りで装飾がされている宝箱が出てきました。

その宝箱から指輪を取り出し、それをわたしの手の平にちょんと置きました。

指輪は鎖がついていて首からかけられるようになっているリングペンダントのようで、

指輪についている赤色の宝石がキラキラ光っています。


「わあ、綺麗だね」

「指輪の《戴冠宝器》と呼ばれている物じゃ」


 見れば見るほど、吸い込まれてしまいそうなほど赤い宝石。

自分が中に引きずり込まれてしまいそうなくらいです。


「これを……わたしに?」

「うむ、文乃は眠ると異世界に飛ばされてしまうのであろう?」

「そうなんだ。自分でもどうしてなのか、わからないけど」


 眠ったら、異世界に言ってしまうこの力に目覚めていました。

今まで生きてきて、こんなことは一度も起きたことがなかったのに、不思議なものです。


「お主には様々な困難が襲いかかると、そう感じたのじゃ。

 その時、力がなければ何も成し得ない、自分の身さえも守ることができん」

「自分を守る……」


 指輪を乗せた手に熱がこもっていく。血が沸騰しているかのように熱い。


「そうじゃ! その指輪は力になる。願望が武器になりお主の力と成す」

「願望が、武器に?」


 願望、願い望むこと――。小さな頃、父に聞いたことがあります。

強い願いのことを願望といい、弱く願うことを希望と言うのだと。

どちらも似たような言葉ですが、希望は優しくしないと泡になって消えてしまいます。

なので、未来に期待を持って長く付き合うもの、それが希望。

願望は具体的に叶えられるような強い願いことを指すらしいのです。


「文乃、大丈夫かの? その、ここに来たときボロボロじゃったから、心配でのう。

 死んでしまってはもう二度と会えなくなってしまうし、それは……嫌なのじゃ」


 心配したようにわたしの顔を小さな魔女が覗き込みました。

指輪を握り締めて心配させないようにリドに笑顔で答えます。


「ありがとう! 大事にするね」


 それにしても、指輪が武器にするとはどのように使用するのでしょう。

指にはめて殴りつければ、痛そうではあります。

指輪についている宝石からビームをだすとかも強そうです。


「よしっ、では戴冠式を行なうのじゃ!」


 リドはそういうと、ベッドから降りて暖炉の前の赤いカーペットの上で仁王立ちしました。


「文乃、わらわが直々にそれを首にかけてやるぞい。そこに立ってほしいのじゃ!」


 ベッドから降りて、リドに指差された場所。暖炉の前の赤いカーペットに立ちました。

リドはそれをみると、手を出してチョイチョイと指で合図をしてきます。


 わたしは渡されていたリングペンダントをリドの手の平に優しく置きました。


 すると、空気を読んだのかランプの明かりが消え、暖炉の炎だけが私達を照らし出しています。

館の中は暖炉の音だけがパチパチと音を立てていて、

これから神聖な儀式を始めるのだということを告げるかのように静寂に包まれました。

 

「ここでいいかな?」

「うむ、位置はそこでよい。だが、手が届かないのじゃ。屈んでおくれ」

「これでどう?」


 王女に忠誠を誓う騎士の様に胸に手を当てカーペットに膝をつきました。

カッコイイ騎士のような気持ちではありますが、恰好がパジャマなのが悲しいところです。


「よろしい! こほんっ! では、はじめるのじゃ」


 わたしが頷くとリドは言葉を紡いでいきます。

戴冠式というのは、わたしたちの世界では国王や皇帝に就任したことを宣明する即位式のこと。

普通ならば王冠を受け取ったりするのですが、わたしが受けるとるのは戴冠宝器なる指輪。

女の子が指輪を渡すその様子は戴冠式というよりも、結婚式のようです。

結婚式だと、男性から女性に指輪を渡すのですから、

この場合リドが男性でわたしが女性になります。

むむむ……、それは役割が逆な気がする。


 やっぱり、小さな王女様を守ることを誓う騎士といったシュチエーションが一番合う気がします。

リドが王女様で、わたしがそれを守るパジャマの騎士。


「世の彼方の世界に()ます星樹の王よ、御身に捧げられしものは全ての願望、

 御身の時世は()くと来たれり、この愚かなる星も御身の天体にあり、

 夜空を祝宴にして我らに血の糧を授けたまえ、我らの刃が血塗られたとき、

 御身の怒りを我らが魂を恐るべき旅路へと誘うことなかれ、されど我らに害なすものより

 救いたまえ、御身は恐れ多き星の王、終わりなき永劫の中、我らは共に在り続ける」


 リドは言い終えると、リングペンダントをわたしの首にかけてくれます。

そして、顔を耳元に近づけて呟くように言いました。

 

「文乃、目を瞑ってほしいのじゃ……」

「え? うん、わかった」


 なんだか、そわそわしてる彼女に言われたとおり目を瞑ります。


「愛する汝に、夜空に煌く星の導きがありますように」


 リドの声が聞こえて、その後ちゅっと小さな音が聞こえます。

額に冷たい水の感覚が残っていて、やわらかくって優しい感じがして温かかい。


「ここここ、これにて、戴冠式は終わりじゃ!」


 目を開けると、顔を真っ赤にして挙動不審な女の子が映ります。

その仕草が可愛かったので、抱きたくなる衝動に駆られてしまいました。


「ありがとう、リド! ――えいっ!」

「ふ、ふぐっ。あのっ、はなしてほしいのじゃ!」

「あ、ごめんなさい」


 思わず手が出てしまいました、こういうところ気をつけないといけないのかも。


「で、ではっ! 文乃を元の世界にもどすのじゃ!」

「わあ、お願い」


 リドは壁にかけていたステッキを手にして、指を鳴らしました。

わたしの足元に魔法陣が描がかれていきます。


 壷のようなデザインの紋様の中に星のマーク、可愛いリドらしい紋様。


「かつて賢き者座せり、古き者の名において、血の鎖を糧とし、その英知の力ここに束ね、

 星紡ぐ物語、その夢を呼び覚まし、彼のものを在るべき世界へ導け!」


 魔法陣が紫色に雷を発し輝いて、わたしの身体が光に包まれていきます。


「文乃、さようならじゃ! ……約束っ! 忘れるでないぞー! 必ずまたくるんじゃ!」

「リド! またね、絶対また此処にくるからっ!」

 

 魔法陣の光がどんどんと強くなっていって、発する雷も激しくなります。

 雷雲の中にでもいるかのよう。


「ふえぇえ……」


 小さな声が聞こえました。それはリドの声。少女の顔から涙がポロポロと零れていきます。

その顔を流れる涙の一滴を、指で優しく拭いました。


 わたしの顔を見て小さな魔女は、心配させまいとしたのか、

涙を流しながら無理矢理な笑顔を作っています。


 その笑顔を見た直後に、光がパァンと弾けて視界が雪の様に真っ白に染まっていきました。




明日更新予定。

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