⑯ 魔通
◇
日の指す校庭で体育の先生が手を叩き、自由に遊んでいた生徒たちを呼んでいます。
「はーい、みんな集まってー!」
夏の暑さも涼しくなってきた今日この頃、華城君の家で不安な夜を過ごしましたが、
転移することがなく平穏な朝を迎えて、無事に学校へ通うことができました。
思い返せば恥ずかしいことだらけで、昨日の夜を心の奥底へと閉まっておきたいくらいです。
「み、みんな、お願い。話があるの、集まって~~」
いけない、集まらないと。先生が少し涙目になってきてます。
わたしは急いで先生の元へと駆け寄り、出席番号順に並びました。
出席番号は名字の五十音順になっているようで、
《あ》から始まるわたしは前から二番目です。
一番前にいるのは亜掘古峯さん。学校でも少数の眼鏡系女子。
同じ《あ》から始まる名字でも、二番目の文字がわたしは《さ》であり、
彼女は《く》のため、亜掘さんの方が前なんです。
先生は生徒たちが集まったのを確認するために点呼を取ると、
こほんと小さく咳払いをして、手に持ったバインダーと睨めっこしながら話し始めました。
「えぇと、そろそろ夏休みが近くなりましたよね?」
「近くありませぇン!」
先生が言った言葉にいち早く反応し拒絶する声が聞こえてくる。
「近いんです!」
「マヂで?」
「マジです、本気と書いてマジですから!」
その言葉を聞いた生徒たちは次々とブーイングをして口から愚痴を溢しています。
「こ、こほん。夏休みが終われば、次は体育祭があります。
それで少し早いですが、今のうちにリレーの練習をしていこうと思います」
「せんせー、うちのクラスは本番に強いんで練習なしでぶっつけ本番でいいじゃんよ」
そう日枝君の声が聞こえると、他の男子生徒たちもサッカーがしたい、
いや野球だ、ここは間をとってドッジボールだろう、などと盛り上がっていきます。
「ちょっと! 男子~~! 先生困ってるじゃない!」
「あぁ? 真面目ちゃんは引っ込んでろよ! 子供は遊ぶのが仕事なんだぞ!」
女子の中でも真面目なグループがそれに意義を唱えましたが、
男子たちにはその言葉は届いていません。
「リレーをします! リレーをするんです! はい、決定!」
先生は必死に訴えました。
その声を聞いて男子生徒たちは、横暴だ! 独裁だ! と批難の声を浴びせるも、
先生が言った言葉を覆すこと叶わず、リレーの練習をすることになったのです。
リレーは小学校の運動会でも、盛り上がっていた競技でした。
クラスのみんなで一丸となって、一丸となった他のクラスと競うのだから、
シチュエーション的にはなかなか燃える展開ではあると思います。
それで勝ち、得点を逆転して優勝したら、さぞかし良い思い出となることでしょう。
運動を苦手としているわたしとしましては、体育祭という行事に些か抵抗を覚えてますが。
小学生の頃に運動会という名だったものが、何故体育祭という祭をつけたものになったんだろう。
運動会は自身の足の遅さで迷惑をかけてる感じがあり、楽しめた物ではなかったですが。
体育祭、祭がついた運動会。
果たして、この行事は楽しむことができるのでしょうか。
本番はまだ先ではありますが不安要素が増えてしまいました。
「文乃ちゃん、どうしたんですか?」
その声を聞き、はっと我に返りました。
柚衣がわたしの肩に優しく手を置いて心配そうに見ています。
「私達も配置につきましょう」
優しく微笑む天使の手をきゅっとつかんで答えました。
「うん、いこう!」
先行く未来に不安を抱いた、わたしこと朝香乃文乃でしたが、
その不安は別の物へと変わることになったのです。
「文乃、お前なかなかやるじゃん」
日枝君がわたしの肩を軽く叩きながら言いました。
他の生徒たちも口々に誉めているだろうと思われる言葉を吐き出していきます。
「文乃ちゃんかっこよかった!」と亜掘さんが口にして、
「ビリだったのに一気に三人牛蒡抜きにするなんてやばかったな!」と燃える瞳で語る男子生徒、
わたしは生徒たちに取り囲まれてしまっています。
自分でも何が起こったのか、自分がどうしたのかが理解できていません。
回りには一切目を向けず、迷惑をかけないようにとゴールだけを見て走っただけなのに。
理解できていないわたしは適当に相づちを打つ機械と化して、
集団が早く捌けてくれるのを天に祈りながら待つことしかできませんでした。
◇
「ふぅ……」
集団から解放されたわたしは具合が悪くなったことにして、
今日の体育を見学することにしました。
日の当たらない木の影に腰を下ろして、リレーの様子を眺めています。
「文乃ちゃん、大丈夫ですか?」
柚衣が隣に来て、となりにそっと座ります。
「えーと、大丈夫ではあるんだ。自分がどうなったがよくわからないと言いますか。
ほら、上腕二頭筋も太股もこんなに柔らかいままなのに、どうしてかなーって……」
腕と太股を触って柔らかさを確認しましたが、ぷにぷに。
自分でも情けなくなるほどの柔らかさをしていました。
集中していたせいで、周りのことが見えていませんでしたが、
みんなの話を聞いた限りでは、バトンを受け取った時にすごい速さで走り、
人をどんどん追い越して、最下位から一気に一位に躍り出たということらしいのです。
「ふふっ、文乃ちゃんにも《魔通》が来た、ということです」
「マツウ?」
「魔力が通ると書いて魔通です」
文字そのままの意味で捉えるのであれば、わたしに魔力が通ったということでしょうか。
「ふむぅ」
顎に手を当てて考えるも、どんな意味を持っている単語なのかが、想像できないです。
「昨日お話しした私たち人間はみんな魔力を持っているという話は覚えていますか?」
「うん、魔力を持っているけど、使い方がわからないから脳が認識しないって話だよね」
昨日、二人で話した会話です。忘れるはずがありません。
「はい、そうです。ですが、戴冠宝器で魔法を使用する時、
体の中にある魔力を戴冠宝器に注ぎこむことになります。
その時、体の中に一度魔力を通すことになり、通したことで脳が魔力の存在を認識します」
「魔力の使い方を教えてくれるのが戴冠宝器、そう言ってたね」
「男でいうなら、精通に近い感じだな」
上のほうから、声が聞こえてきます。
上を見上げてみると、そこには見慣れた男子生徒が木の枝に座って校庭を眺めていました。
「小木君のクラス、今数学だよね?」
「数学と、女子が運動する姿を眺めるのと、どちらが上か、比べるまでもないだろ」
「そうだね、数学の授業が大切だよね」
「その考えは甘いな、甘過ぎる。折角の青春、俺達の中学生活は今しかないんだぜ?
勉強なんて高校生から頑張ったって遅くはない。今は青春を謳歌するべきだろ」
深く突っ込んでも無意味だろうということをこの一言から悟ります。
なお、遅いか早いかは個人差と努力の程度によって変わりますことをご注意下さいませ。
「わたしもリレーの練習より、文乃ちゃんを取りました。
悩む必要など微塵も存在しませんし、させません」
柚衣がどうしてここにいるんだろうと気になっていましたが、
その謎は考える必要もなかったようでした。
「さすが、といった所だな。敵と戦うのにこれほど頼もしい味方はいないぜ」
「今日の私は、文乃ちゃんの下着まで把握していますから、鬼に金棒といったところですよ!」
戦いで泥だらけになり、水に濡れてしまった制服は柚衣がクリーニングに出してくれていて、
綺麗になった姿で華城家に届けられていたのです。
そして、履いていないことも把握していた柚衣は下着一式を買ってきてくれていたのでした。
柚衣が買ってきてくれたものなので、柚衣が知らないわけがない。
気を使ってくれたのか、ウサギのプリントがされたパンツだったのが気がかりではありますが。
「興味があるな、何色なんだ?」
「それは企業秘密です」
柚衣は自分の口元に人差し指をくっつけて、わたしに優しく笑いかけてきます。
「くぅっ! まあ、いいだろう。
女子がどんなパンツを履いているか、想像するのも悪くはないしな」
「いつも想像してるの?」
変態的な言葉とは裏腹に爽やかな笑顔で小木君が言いました。
「当然だろ。想像する余地があるからこそ、価値が高まるんだ。やはり、パンツはモロよりチラ。
チラリと見えるその先を想像することにロマンがあるのさ」
「そっかあ……。それより、精通って?」
わたしは脱線した話を元に戻そうとしました。
「ああ、精通っていうのは男が生殖能力を獲得した時に現れる、いわば成長の証だ」
「成長の証……」
「保健の授業で習っただろ。女子の初潮や、初花といわれているものの男バージョンだな」
「な、なるほど」
「それの魔力バージョンが魔通ということですね」
初めて行ったことで獲得した、成長の証ということであってますよね。
「ただ、男の子の精通や、私たちの初潮は時期差はあれど誰にでも来るものなので、
戴冠宝器を使わないとでない魔通は少々違うものではありますけど……」
「だいたいはあってるだろ」
「それで、その魔通が起こるとどうなるの?」
柚衣は説明を続けました。
「人によって個人差はありますが、脳が魔力を認識したことにより、
体を動かしたり、物を見ようとした時に魔力を使ってそれを行おうとするんです」
「体を動かすのに魔力……」
「朝香乃文乃、お前が先程みせた足の速さはそれのせいだってことさ」
あれほど速く走れたのはそれのおかげでしたか。
何か奇妙な原因があるとは思ってはいましたが、それならば納得がいきます。
「それなら、戴冠宝器を使った人はみんな運動がすごいできるってことだよね?」
「経験や感覚的なことを抜きに、スペックだけなら常人より遥か上だ。
視力も遠くの捲れたスカートを見逃さないくらいに良くなるぜ」
「ふむふむ」
「魔通のことはだいたいわかったろ。そんなことより、これからの話だ」
小木君が木から降りてわたしの隣に座りました。
柚衣と小木君にサンドイッチにされているわたしは何故か強くなった気分です。
「これからの?」
「瞳摩さんにはもう言ってあるが、朝香乃文乃。俺はお前が眠っていた時、
敵の仲間になりにいってたんだぜ」
あんなに憎んでいた敵の仲間になるなんて、わたしにはその言葉が信じられません。
「小木君、敵になっちゃったの?」
「文乃ちゃん、安心してくださいな。小木君は私達の敵になったりしません」
わたしの手を握る柚衣の敵少しだけ力が入るのを感じます。
「司の野郎に、内から探ったらどうかと言われたのさ。
今まで探しても尻尾さえつかめなかった相手だからな。その案に乗ることにした」
外からは強固な壁でも中からならば意外ともろかったりするらしい。
華城君の案といえど、それに乗った小木君の選択は間違いではないはずです。
「仲間になって得た情報があるからお前たちと共有しておこうと思ってな」
「話しても大丈夫なの?」
「口止めはされなかったぜ。元より敵だし、バレても痒い程度だぜ。
お前たちにしても、もう狙われてる。話したところで、そんなに変わりはしないだろ」
「そうでした……」
こういうのは話した相手が組織から狙われてしまうのがお約束ですが、
もう狙われているようなので、意味がなかったのです。
「まず敵の数だが、十人だ。これは瞳摩家の戴冠宝器の伝承から、推測していた数通りだな」
「十二の戴冠宝器を集めるとって話だよね」
「はい。私と小木君はその話から最悪、戦うことになるのは私たち以外の全て、
敵は十人になると予想していたんですが……」
「その最悪は的中した。この世界にある十二の戴冠宝器、そのうち十は敵の内にある」
あの銀狐さんと同じような力の持ち主があと十人もいるんですか。
命がいくつあっても足りません。
あれ? 敵が持っているのが十で、柚衣と小木君で二つ、
わたしのを含めると十三になります。
「小木君、それ間違えてないかな? わたしの入ってないよ」
「そうなんだよ、敵は十の戴冠宝器を持っていて俺と瞳摩さんで合計十二だ」
「恐らくですが、文乃ちゃんの戴冠宝器は異世界の物、
私たちの世界にある戴冠宝器と別物なのかもしれません」
そうでした。この戴冠宝器はリドの物で、元々この世界には存在していなかった物です。
「敵はお前の戴冠宝器が異世界から貰ってきたものだなんて知らないからな。
朝香乃文乃の戴冠宝器が確認されたことで、大いに混乱していた。
実はまだ戴冠宝器が複数ある可能性、戴冠宝器のいずれかに偽物がある可能性とか、
いろいろ調べている様子だったぜ」
十二個しか無かったものが増えてしまったらそれはもう混乱することでしょう。
それを使って世界征服しようとしているならば、なおのことで。
わたしが持つ戴冠宝器は異世界の物であると知らない敵にとっては、
伝説がもしかしたら間違いである可能性まで出てきてしまうほどのものになり得ます。
十二と書かれているのに、それ以上の数が存在しているなんて、
誰がそれに書かれている伝説を信じるのでしょうか。
「それと朝香乃文乃はイレギュラーと呼称されてたな」
「い、いれぎゅらー」
「規格外みたいな意味なんだろうさ」
銀狐さんからそう呼ばれていました。
どうしてそんな名前で呼ばれていたのか不思議でしたが、理由がわかりました。
「文乃ちゃん、格好良い!」
「そうかな。車の燃料見たいで汗臭そうな感じがする……」
「汗だくで泥水まみれだったお前にぴったりだよ」
「うぐっ」
本当にそうだったのだから言い返すことができません。
「水も滴る良い女の子ってことですね」
天使の笑顔が眩しいです。
柚衣から出ている後光は、わたしの荒んだ心の泥まで洗い流してくれるに違いない。
天使に感謝しつつ、気になったことを聞いてみることにしました。
「ねえ、小木君はその敵の戴冠宝器と戴冠魔導師を見ることができたの?」
「お前にしてはいいところに気がついたな。
残念だが、敵のリーダー的存在にしか会えなかった。
今の話も全部そいつから聞いた、というか。一方的に話された感じだったけどな」
仲間にしたばかりの人にそんなに話してしまっていいのでしょうか。
世界征服を狙ってますが、割とオープンでクリーンな組織なのかもしれません。
「その人はどんな人でしたか?」
柚衣も興味があったようで、
小木君に尋ねましたが返ってきた言葉はわたしたちを驚かせることになりました。
「小学生くらいの幼女だ」
「えぇ?」
予想外すぎて、口から変な声が漏れ出してしまいました。
「見た目だけはな。声は歴戦の戦いを経験してきた男のような野太くて渋い声。
おまけに胡座をかいてパンモロで葉巻吸ってたぜ……」
冗談でいっているのか、本気でいっているのか判断に困ります。
判断できなかったのでいった主に問うことにしました。
「小木君、本当に?」
「マジだぜ、大マジ! 本当と書いてマジだぜ!」
「ま、マジなんですか……」
色々ファンタジーを経験してきたわたしでも開いた口が塞がりませんでした。
「本当、と言うことは」
柚衣が遠くの空を見ながら話します。
「ロリコンである小木君は戦力外になるかもしれませんね……」
「小木君ってロリコンなんだ?」
「待て。俺が小さな女の子を好きなのは認めるところではある。
だけどな、いくら幼女と言えど野太い男の声をだすのは守備範囲外だ。
誤解はしないでほしいぜ。そもそもだ、弟……」
キーンコーンカーンコーンと校舎から授業の終わりを告げるベルが鳴りました。
リレーの練習は終わり、自由行動になっていたようで、
疎らに教室へ戻っていく生徒たちの姿が見えます。
四時間目の体育が終わると、次はお昼休み。
小木君が弁明しようとしていますが、
お腹が空いていたので、語っている彼をそうっとしておいて教室に戻りました。
教室に戻ると、日枝君と那月君が机をくっつけてお弁当を食べる準備をしています。
「おーい、文乃! 瞳摩さーん! 早く来てくれ~!」
「ごめん、待たせて。すぐに準備します」
お昼時間は班毎に机をくっつけて食べるのがこの学校のルール。
班員が一人でもかけていたら食べ始めることができません。
奇妙なルールですが、なんでも早弁なる行動を封じるためだとか言う噂です。
早弁とは、昼食前にお弁当を食べてしまうというワイルドな行為。
そのワイルドすぎる行動をしてしまうと昼食の時、眺めていることしかできなくなるという、
なんとも恐ろしい事態に陥ってしまうことになるのです。
わたしと柚衣は日枝君たちと机をくっつけて、お弁当を鞄から取り出そうとしました。
「文乃ー! 早くしてくれー! 腹の虫がご立腹だー!」
「もう少しだから」
「……お前、それ。何処かのお嬢様にでもなったのか?」
今日のお弁当はいつものとは一味も二味も、弁当箱の形すら違います。
華城家で作られた豪華な三段重、柄もモダンな日本伝統を思わせる模様で、
漆黒と金蒔絵が美しい高級感の溢れるお弁当箱です。
「昴流君のお家の人が作ってくれたんだよっと……!」
「昴流って、あのなんちゃって騎士の華城昴流か」
「朝香乃さん、慌てないで大丈夫」
「文乃ちゃん、お弁当ひっくり返さないように気を付けてくださいね」
柚衣と那月君が心配そうに声をかけてくれている。
以前、ひっくり返したことがあるわたしにその忠告はよく響き、気を付けれる気がします。
「ふぅ…」
激闘、と言うほどでもありませんでしたが強敵でした。
「瞳摩さんもお揃いかー! くう~、俺にも分けてくれよ!」
「うん、一人じゃ食べきれないと思うから皆で食べよう」
「那月君も、遠慮せずに食べてくださいね」
「はい! ご馳走になります」
食べようとしたその時、机が一つくっつき、
箸が狙いを済ましたかのような鋭い動きで肉団子を捕らえていきました。
「小木君、となりのクラスだよね」
「話はつけてきた。俺のことは気にしないでくれ」
「小木さん、男らしい……!」
「あーもう! 腹の虫が噴火しそうだ! 俺はもう食べるぞ!」
「ふふっ、賑やかですね」
小木君の早弁封じ封じという、クロスカウンターがこの食卓に繰り出されます。
早弁封じの食事ルールも班の協力があればそれほど意味を成しません。
普通ならば真面目系の人がそれを指摘したりして、こんなに上手くいかないと思いますが、
普段から授業をサボりぎみの小木君であればいなくても不思議とされないのです。
こうして、わたしたちは楽しい昼食をとることが出来ました。
お弁当を洗って返しに行くときに、もう一度、きちんと昴流君とお家の人にお礼しよう。
豪華な昼食を終え柚衣は生徒会の仕事へ、小木君は颯爽と姿を消しました。
日枝君は満足したようで、那月君と何やら話をしている模様。
那月君、いつの間にか女子の制服着せられてる……。
教室のドアから発せられているオドロオドロした視線は気のせいではなさそうです。
「なあ、那月! お前もディープ・アルカディアやらないか?」
「僕の家、ゲーム禁止なんです……」
「今時そんな化石のような家があるとは! ちっくしょー!
このままじゃセイメイとのギルドバトルに負けちまう! お前も男なら親に逆らってやれ!」
「そ、そんなこといわれても」
聞こえてきた会話、その中に興味のある名前が耳に飛び込んできました。
わたしにとってセイメイと言えば、安倍晴明。
リドが好きな人、わたしと同じ異空間を越える力を持つ人の名前。
ゲームの話みたいなので直接関係はなさそうですが。
プレイヤーに有名な人物の名前をつけること事態、そう珍しいことでもありません。
そう思いつつも、そのゲームに興味が湧いたので聞いてみることにしました。
「日枝君、そのディープ・アルカディアって何のゲーム?」
「おぉ? 最先端技術を集約したパソコンのオンラインゲームだ。
今、βテスト四日目、まだ追いつける。やるなら、今だあ!」
すごい勢いで迫ってくる日枝君に後ずさりしてしまいます。
「美麗なグラフィックの世界で、RADSにより、
まるでディープ・アルカディアに住んでいるかのように、
リアルな体験をすることが出来る究極のゲーム! ダウンロード無料、専用デバイスは別売り!」
日枝君がゲームの広報係を思わせるほどの熱血宣伝を見せました。
オンラインゲーム、コンピューターネットワークにより、
オンラインで同じゲームをプレイし、他のユーザーとゲームの進行を共有したり、
競いあったりできるゲームのことです。
そのオンラインゲームの中でも様々な種類があるのですが、
日枝君の話を聞く限りでは、MMORPGに近そう。
MMORPGは大規模多人数同時参加型のオンラインRPGのことで、
名前の通りに大勢の人とその世界を遊べるゲーム。
面白すぎて、中には依存症とまで言われるほどの中毒性を秘めているのもあるのだとか。
「りあるあさるてだいぶしすてむって?」
「リアルアサルトダイブシステム! これ、すげーんだ!
自分を触れるし、触れた感触もバッチリある。まるで本物みたいなんだ!」
「ふーん」
そんなにリアルに感じることができるゲーム、少し怖いです。
「ゲームって、凄いですね。僕もやってみたいなぁ……」
「那月、今日の帰り、俺んちに来い。いくらでもやらせてやる!」
「今日、塾で……」
「じゃあ、日曜だ! 楽しみにしておけ、楽しいからな!」
「……うん、楽しみ!」
無邪気に笑う那月君、女の子だと間違えても仕方のない可愛さです。
その笑顔に照れ臭そうにしている日枝君は、那月君の兄のようで微笑ましい。
それに伴い、ドアの方面から漂うどす黒いオーラも沸き立っている気がしますが、
気のせいでしょう。
「ねえ、日枝君。キャラクターを動かすのに、コントローラーとか動かすよね。
その状態でどうやって自分に触れるの?」
「わからん! ついでに言うと、動かしてる感覚もない!」
聞けば聞くほど不思議なゲームです。
「あ……。道吾君、朝香乃さん。五時間目、音楽室ですよ」
那月君が日枝君の裾を引っ張って、教えてくれました。
「ぐあー! 音楽かー! あの先生遅れると容赦なく立たされるからなあ」
「那月君、ありがとう」
「ううん、気にしないで下さい。急ぎましょう」
音楽の後は家庭科、それが終わったら三日ぶりの我が家に帰れます。
家庭科は裁縫の授業だったはず、こっそりランプちゃんのお布団を作ってあげよう。
ランプちゃん、ちゃんと牛乳飲んでいると良いのだけど……。
◇
次は二日後。