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⑬ 騎士の家



「う……ここは……?」


 ここは和風の大きな……お屋敷のようで。

竹が岩を打つカコンというなんとも和風な音と共に水が流れる音が聞こえてきます。


 そういえば、あの後どうなったんだろう。

銀狐の女の子に掌打を受けた後の記憶がありません。

あの女の子可愛かった、誰かに面影が良く似ていたように思えたけど……。


 そうだ、服装! わたし、汗だくだったような気がします。

他所の家の布団を汗で汚しちゃってないかな、大丈夫なのかな。

布団をめくると、きちんと着物を着ていました。


 ここ、どこの旅館なの! お金持ってないんだけど!

お父さんに電話して迎えに来て貰おう、そうしよう。


 おっとと、となりに誰か寝ているみたいです。

起こさないように、そうっと出なくてはいけません。


 すくっと立ち上がって、障子を開きます。

抜き足、差し足、忍び足。こっそりと廊下を足音が立たないように慎重に進みます。


 ――あ、あれは!


 進んでいたわたしの目の前にミカン箱が置いてありました。

なるほど! これを使って隠れて進めと、そういうことですね。わかります。


 ダンボールという最強の隠れ家を手に入れたのです。

さっそくその中へと潜り込みました。


「むぐっ」


 あれ、動かない。何かに押さえつけられてるかの様に少し揺れるけど動きません。


「あっはは! まさか本当に中に入るなんて思わなかったよ」 

「なんですと?」


 これは罠でした。……なんて狡猾な罠なんだろう。

人がダンボールが置いてあるとついつい入りたくなってしまうという心理をつくなんて。

許されざる所業、徹底抗戦ですよ。


「いやあ、ごめんごめん。ボクは女の子の味方でね。

 三日も眠っていた君を何も食べさせずに帰すのはどうかと思ったのさ」

「……三日も眠っていたんだ」


 そんなに眠っていたという実感がまるでありません。


「そうさ、瞳摩さんが寝ずにずっと看病していたんだよ」

「柚衣が……?」

「先程まで頑張ってたんだけど、流石にこれ以上無理させれないから君の隣に寝かせたよ。

 それでもまだ警戒を解いてくれてないみたいで大変さ。

 まあ、そこが彼女の良い所かもしれないね」


 わたしの隣に眠っていたのは柚衣でした。

巻き込まないようにって思ってたのが裏目に出てしまった様です。


「君の家族の方と学校にはボクが連絡させてもらったから、安心すると良い。

 家族の方にはお泊まり会、学校には風邪ってことにしておいたよ。

 そう口裏を会わせておいてほしいな」


 お父さんにも連絡いれてくれてて、本当に良かった。

いろんな人に心配をかけてしまってます。


「ありがとうございます、あなたはいったい……」

「ボクかい? あ、自己紹介する前にダンボールをとってあげようか。

 ……とってあげるけど、ダンボールとった途端に襲いかからないでおくれよ」


 人のことを獰猛な野性動物とでも思っているのでしょうか。

か弱い乙女何ですから、そんなことするわけがないじゃないですか。


「よっと」


 ダンボールが剥がされて、日の光の元に晒されます。

短かったダンボール生活でしたが、なかなか快適な空間でした。

空気が美味しい、これがシャバの空気ってやつですよ。


「改めまして、ボクは華城昴流。女の子を守る騎士さ」


 跪いて手を差し出してくれる騎士がそこにはいました。

その所作は騎士というより、王子を思い出させるかのように丁寧です。


 ――とか言いつつも、王子と騎士の違いなんてよくわかってはいないのですが。


「王子様?」

「王子様かあ、それも良いね。でも、ボクは騎士のほうが格好良いって思うけど。

 さあ、お姫様、お手をどうぞ」

「ありがとう……」


 わたしは王子の手を取りました。

品のある顔立ち、仕草からは育ちの良さが伺え、包容力のありそうな身体つきをしています。


「失礼します」

「わぁっ!」


 そのまま、持ち上げられてお姫様抱っこされてしまいました。


「姫、寝室までお送りします。

 ボクの腕の中では不服でしょうがしばらく我慢してくださいね」

「う、うん……」


 これはなかなか素敵なシチュエーションではあるものの、何か物足りなさを感じます。

着ているものが着物だからいけないのでしょうか。

昴流君は白馬の王子様という感じではあるのです。

ですが、何かが違う感じ。何かは分からないけど何かが違います。


「さあ、つきましたよ、姫」


 寝ていた部屋に連れてこられます。

昴流君はまるで高級品を扱うかのように優しく下ろしてくれました。


「お、重かったよね。ごめんね、運ばせてしまって」

「ボクが女の子を重いと感じることはないよ。

 女の子は宝物さ、世界の秘宝と言っても良い。だから、重さなんてないのさ」

「重い秘宝もあるんじゃあ?」

「そうでもないさ、カエルを熱湯に放り込むとどうなるか知っているかい?」


 カエルをお湯に入れたことなんてありません。

小学生の理科の時間、実験の時に使われるカエルのつぶらな瞳が助けてって訴えてるようで。

何とも言えない罪悪感を覚えながら、一日過ごしたことがあるくらいです。


「どうなるの?」

「あまりの熱さにすぐ逃げ出してしまうのさ」

「それはそうだよね、熱いしすぐ逃げないといけないもの」

「だけど、水から徐々に加熱していくと気が付かせないで、茹で殺せてしまうんだ」


 人間は恐ろしいことを考えるものです。

進歩のためとはいえ、そんな実験までしてしまうなんて。


「気が付けないんだね」

「ゆでガエル症候群と言われているんだけど、

 実はこれは嘘で、実際カエルはもがき苦しみ逃げようとするか、

 熱湯に入れた時点で死んでしまうと言われているのさ」


 何を伝えようとしているのかの意図つかめませんが、

人間が思っているより、カエルの神経は鈍くはないという話でしょうか。


「つまり、重い秘宝があるかもしれない、

 その考えは必ずしも正しいことじゃないかもしれないんだよ」


 全然違いました。


「女の子の重さについても同様さ。

 持った時に重いと思ってしまうのは実は錯覚である可能性もある、そういうことさ」

「錯覚……」


 もうわたしには何の話をしていたのかがわからなくなっていました。

困っていると、獣が唸る様な声が聞こえてきます。


「……文……っ! ……文乃ちゃんを、いじめるなー!」


 わたしの隣にあった布団からガバッと金狐さんが姿を現しました。

フラフラしていて、今にも倒れてしまいそう、大丈夫なのでしょうか。


「おや、ボクはいじめたつもりはなかったんだけど。

 少し真面目に話しすぎてしまったかもしれないね、ごめんよ」


 へんてこ王子は深々と頭を下げました。


「いえ、そんな謝られることでもないので! 頭を下げないでください」


 わたしは申し訳なくなって、王子に深々と頭を下げ返しました。


「はっ! ここはどこ、わたしは……あれ、お二人とも何をされているんですか?」


 金狐さんが抜けた声をあげながら、不思議そうな顔でわたしたちを見ます。


「瞳摩さんは本能で文乃ちゃんを守っているんだね。まさに騎士、といったところかな」

「ふえ? あ、文乃ちゃん! 文乃ちゃん……、文乃ちゃんッ!

 ……どこか怪我はありませんでしたか? もう立って大丈夫ですか? 痛む所はありますか?」


 すごい勢いで金狐さんが抱きついてきました。

そして、これでもかーって感じで強く抱きしめてくれています。


 ――まてまて、司君は金狐さんのことを瞳摩さんといっていました。

わたしの隣に柚衣を寝かせたとも言っていて、隣に寝ていたのは金狐さんで。

つまり、柚衣が金狐さんってことになりますよ?


「大丈夫、このとおりぴんぴんしてるよ」

「良かったあ……本当に良かったです!

 あのまま目を覚まさないかと思ってしまいました……。もしそうなったら、私は……」


 この声は紛れもなく柚衣の声、意識しないと分からなかった自分が恥ずかしいです。

柚衣のことを力いっぱい抱き返しました。


「どうにかなっちゃいそうで……ッ!」

「柚衣、ありがとう。看病してくれて、……守ってくれて」


 あの後気を失ってしまったのですが、

意識の暗い闇の中で柚衣のぬくもりを感じた気がしていました。

あれは柚衣がわたしを守ってくれていたから、なんだよね。


「心配かけてしまって、ごめんなさい」

「わぁあああああん、文乃ちゃあああん!」


 この後、柚衣を宥めるのに大変苦労を要しました。

金色だった髪もすっかり黒に戻り耳と尻尾も引っ込みました、警戒態勢は解けた模様です。


 気が付いたら昴流君は姿を消していて、

良い機会だと思い、わたしと柚衣はお互いの隠していたことを話し合うことにしました。


「わたし、実は……異世界を転移することができるみたいなんだ」

「異世界、ですか?」

「うん、この戴冠宝器も最初に転移した世界で身を守るためにもらった物で……」


 ことのいきさつをかくかくしかじかまるまるうまうま話しました。


「というわけだったの、ごめんね。

 巻き込まないようにって思ったんだけど逆にダメな感じになっちゃって」

「いいえ、隠し事をしていたのは私も同じです。

 巻き込まないようにと思ってのことでしたが、曖昧な伝え方もしてしまいました」

「夜中で歩いたらいけないのは、敵がくるから?」

「それもありますが、それ以外の脅威もあるんです。

 夜は魔力が澄んで増強される時間帯、色々なものが活発になります。

 おそらくですが、もう少したったら文乃ちゃんにも見えるようになるはずですよ」


 わたしがいま見えていなくて、柚衣には見えているものがあるということです。


「それって、例えばどんなの?」

「見たらわかると思いますが、妖怪や幽霊、悪魔といった類のものですね」

「よ、ようかい?」

「元々、戴冠宝器はそういった者たちから人々を守るための道具だったそうなんです」


 戴冠宝器は誰かを傷つけるものじゃなくて、誰かを守るための道具だったんだ。

それなら、みんなで仲良く守れば良いのに、

どうして敵と呼ばれる人は戴冠宝器で小木君の弟を攫ったり、人を殺そうとしたり……。


「今まで、柚衣と小木君がそういった脅威からこの町を守って来てくれたんだね」

「一応はそうなりますね……」


 柚衣が照れ臭そうにはにかみました。


「わたしも戴冠宝器をもっているということは、

 これからは、それを手伝えるってことだよね!」

「まだ見えていないと思うので、直ぐにとはいきませんが、そうなりますね。

 私、個人としましては文乃ちゃんに危ないことをさせたくはありませんが……」

「手伝うと固く決意しました」


 危ないことだと言うことは理解しているつもりですが、

危ない所で戦っている仲間を手伝う力を持ちながら手伝わないのは嫌です。

最初のうちは足を引っ張ってしまうかもしれません。

現にこうして迷惑をかけているわけでして。


 でも、だからと言って逃げるのは間違ってると思うから。

いざという時、助けられないのはもっと辛いことだから。


「そう言うと思っていました。

 私も逆の立場であったなら……文乃ちゃんと同じ選択をすると思います」


 心配そうな顔を隠せてはいませんが、

長い付き合いなので、わたしが聞かないだろうと言うことを察してくれたみたいです。


「えへへ、頑張って脅威から町を守っちゃいます!」

「ふふ……! ただ、知っておいて欲しいことがあります」

「うん?」

「そう言った不可思議な存在が、皆が皆、悪い子という訳ではなくて……。

 悪さを今までしてこなかった子達が、

 魔力にあてられて暴走してしまったりすることも珍しくないんです」


 見つけたからといって、いきなり倒してしまうのは駄目。

人間だって、良い人がいれば悪い人もいます。

自分と違う種族だからという理由で問答無用でやらないようにということでしょうか。


「うん、しっかり覚えておくよ!」

「はい!」


 わたしが柚衣に微笑むと、同じ様に微笑み返してくれました。


「あ……、文乃ちゃん。戴冠宝器の事について、もう少しだけ説明しておきますね」

「今日は覚えることがいっぱいです……」

「ふふふ、一気に覚えようとしなくても大丈夫ですよ。

 今回はざっと軽く説明するので、なんとなくそうなんだって感じて見てね」

「アンテナ全開で感じて見せますとも!」


 柚衣は一呼吸おいて、お伽噺を子供に言って聞かせるかの様に、

優しい声色で話始めました。


「私たち人間は生まれながらにして、誰もが魔力を持っています。

 ですが、魔力というものを脳が感知しません。

 使い方がわからないので、ないものだと脳が思い込んでしまっているんです」


 お父さんや、那月君、日枝君も使い方がわかれば魔法を使えるってことでしょうか。


「その魔力の使い方を教えてくれるのが戴冠宝器です。

 また、戴冠宝器は魔力の使い方を教えてくれると共に他の力も有していました」

「他の力?」

「世界を支配する力です。戴冠宝器は名の通り、王権を象徴するもの。

 それを持つことによって正統な王、君主であることを認めさせる絶対的な王者の証」


 この世界、地球には世界征服とか企む人なんていないと思っていた過去の自分がいました。

その考え、撤回することになりそうです。

柚衣と小木君が戦っているものの正体がわたしにも理解することができました。


「一二の戴冠宝器を集めし者、物語の四枝を紡ぎ、世界を統べる王マビノギオンとなる」

「マビノギオン……」

「それが私が知ってる戴冠宝器の伝説、私たちの一族が守ってきた戴冠宝器の秘密です」


 そういえば、柚衣の家もすごく大きなお屋敷で有名な武家って感じの趣がありました。

代々、戴冠宝器を受け継いで守ってきた一族だったってことで。

なんだか、それはまるで物語の主人公って感じですごく、すっごく……!


「柚衣、すごい! そんなに格好良いステータス持ってたら、主人公間違いなしだよ!」

「あ、ありがとう、文乃ちゃん、お、落ち着いてくださいまし」


 我を忘れて、一人で盛り上がってしまいました。

柚衣がそんな凄い家の子であったことに興奮が冷め止まないです。


「たはは、ごめんね。それで敵っていうのはそれを集めて支配しようとしているんだよね?」

「それがよくわからないんです」


 どういうことでしょうか。

集めたら世界征服できるのであれば、それを集めるのが悪の組織というものだと思います。


「わからないの?」

「向こうから襲ってきたのは今回が初めてで、それまでは足取りさえつかめませんでした。

 戴冠宝器を集めるのが目的であるのならば、もっと早く私を小木君は襲われていたはずです」


 言われてみれば、柚衣や小木君を襲わずにいた理由がわかりません。


「うーむ、それは……わからないね」

「はい……」


 二人で悩んでいると、廊下を歩いてくる音が聞こえてきます。

障子がゆっくり開かれると、そこには着物を着た昴流君がいました。


「二人のレディ、お食事の用意ができたよ。

 今からボクが運んでくるから、布団を片づけておいてもらえないかい?」


 わたしと柚衣は元気よく返事をして、華城家の料理に舌鼓をうつのでした。





明日予定。

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