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夢の中で

作者: 葉月初

ホショウハイタシマセン

「暑い」

もう夏が終わりに近づき秋になろうかという頃だったが、セミが鳴いていて、太陽がギラギラ輝いていた。

汗がだらだら流れて鬱陶しかったので拭って、後ろで見ているあいつは大丈夫だろうかと体調を確認するために

「おい、だいじょ...」

振り向いて声をかけようとして誰もいないことに気がついてなんとも言えない虚しさに襲われた。もう数年経とうとしているのか、そうしみじみしながら空を見上げると、サーっと木々を揺らす風が吹いて、どこからか聞き覚えのある笑い声が聞こえたような気がして、ふと涙がツーっとこぼれ落ちた。


俺には幼なじみがいた。名前はかなた。彼らの彼に方角の方で彼方。いつもニコニコしていて、笑顔が可愛いやつだった。

彼方は、特別、野球が好きというわけじゃないのに俺が野球の練習をしているのを毎日見ていた。

「人がやってるのをひたすら見続けるのは退屈じゃないか?」

もう少し気を利かせて、一緒にやらないか?と聞ければよかったのだろうけど、生憎俺はそんな気の利いた人間じゃなかったから思いつきもしなかった。

「そんなことないよ!楽しいよ!!」

彼方は特に気にした様子もなく笑っていつもそう言った。

何が楽しいのかは俺にはさっぱりわからなかったけど、彼方が楽しいのならそれでいいかなと思った。でもやっぱりいつもニコニコしながら目をキラキラさせて、俺が練習しているのを見ていて本当に不思議なやつだなと思っていた。

あの日もいつも通りに彼方は練習を見ていて、ニコニコしていた。別れた時もニコニコ笑って、

「凛ちゃん!バイバイ!!」

と言っていつも通り、手を振って言ってくれた。でもそれが最後の言葉になってしまった。

あまりに早すぎた彼方の死。曲がり角を曲がったその先で車に轢かれてしまった。俺は呆然として、彼方と最期の別れとなる葬式でさえ、何も言えなかった。何か周りが言っていたような気がしたけどまったく、頭に入ってこなかった。そんなことよりもう永遠に眠ったまま目を覚まさない、笑うことのない彼方。凄まじい後悔と悲しみ、こっちの方が俺にとってはずっと大事なことだった。

あるはずのないタラレバが頭の中をうめつくして、可笑しくなっていたのか、きっとこれは夢なんだって目が覚めたらきっと彼方は生きていてニコニコしながら、いつも通り

「おはよう」

って言ってくれるんじゃないかってそんな気がしてならなかった。現実を受け入れられなかったせいか、その日から毎日不思議な夢を見るようになった。


いつも練習している土管しか置いていない狭い空き地に彼方が立っていてピョンピョン跳ねながら

「凛ちゃん早く!」

と俺を急かす。わけがわからずオロオロしていると

「もう、遅いよ!私待ってたんだから!凛ちゃんキャットボールしよう」

と言っていつもと同じように笑う。そして俺がつられて笑って

「あぁ。やろう。」

と言うと彼方は目をキラキラさせる。もうその姿を見ることができないと現実を思うと切なくて苦しくて

「そんなのいくらでも投げるから!帰ってきてくれよ!!」

無理だとわかっているのにどうしても帰ってきて欲しくて、そう言うと彼方は困ったような顔をして、笑う。そしてどこから出したのかグローブとボールを出して、俺に渡してくる。

「早く投げてよ!!」

とどこか焦ったように言うので彼方でも取れるようにゆっくり優しくボールを投げると、

「ありがとう!」

とホッとしたように笑って、ボールをやっと取り、ヘロヘロなボールを返球してくる。それを俺が取るとボールとグローブが消えてなくなる。

そして、そこから俺達は他愛もない話しをしながら見覚えのあるようなないような道を2人で並んで歩く。一時間くらい歩くと立ち止まって

「凛ちゃん。またね!!」

と無邪気に笑いながら言う。彼方がどんどん遠くに消えていきそれを俺はぼんやりとした意識のなか見つめて、しばらく真っ白空間を漂っている夢をみて目が覚める。

でもある日、ついもどおり、キャッチボールをして他愛もない話してながら歩いて、少し暗い雰囲気で彼方は立ち止まった。何か嫌な予感がした。

「今日で最後なんだ。凛ちゃん。」

切なそうに彼方は言った。

「最後ってどういうことだよ!!」

あぁ、やっぱりというどこか納得した感情もあったがそれ以上にもっと一緒にいたい。この夢を見続けていたいという感情に押され、大きな声を出してしまった。

「ごめんね。凛ちゃん。」

一瞬ビクッっと身体を竦ませて彼方は泣きそうな顔で笑う。

「なんで...」

怯えさせてしまったことに申し訳なさを感じつつも、やり場のない感情に声がかすれてしまった。

「ごめんね。凛ちゃん。最後に凛ちゃんと遊びたかったなって思って少しだけ時間を作ってもらったの。でももう行かなきゃ...」

「なんでだよ!!いくなよ!!俺のボールでよかったらいくらでも投げるよ!!いくらでも付き合うよ!!だから行くなよ!!お前が!お前がいないとダメなんだよ!!どんなにいいプレーをしても、勝っても...何も!何も感じないんだよ!!俺は...」

どんどん溢れ出てくる言葉を遮るように拒むように彼方は話し出した。

「ごめんね。ごめんね。凛ちゃんが頑張って練習しているのを見るのはとても楽しかった。凛ちゃんが野球やってるところもっと見たかったな。もしプロになったら、サイン頂戴!なんてね...凛ちゃんありがとう!さようなら....」

何も言えないまま終わるのは嫌だ。でも何か言ったら彼方を困らせてしまう。何か気の利いた言葉はないだろうか。俺は野球ばっかりやってきて、それ以外は空っぽのお粗末な頭をフル稼働させて必死に考えた。そして、出した答えを口に出した。

「...またねだろ!!」

これが俺の精一杯気の利かせた言葉だった。

「うん...またね凛ちゃん」

彼方は嬉しそうに笑って泣いた。それに俺がつられて泣いて 俺達は抱きあってワーワー泣いた。どんどん彼方の体が淡い光に包まれて、溶けるように消えていく、それを俺は精一杯目一杯強く、でもやさしく抱きしめた。いつの間にか小さく華奢になっていた彼方の体に驚いたけど昔から変わらない暖かさに不思議と安心した。

目が覚めると、なぜか涙が流れていた。でも悲しくはなかった。

彼方が死んでちょうど四十九日たった日だった。


それから俺はさらに必死になって練習をした。カッコ悪いところを彼方に見せたくないし、プロになって一番にサインを渡したいと思ったから。後ろを振り返っても誰もいないというのは何年たっても慣れる気がしないけど、その分、前を向いていられるからいいのかもしれない。でも時々後ろを振り返って誰もいないことを思い出してふと寂しさを感じたとき、

「凛ちゃん。笑って笑って。」

と笑って見せるあいつの声が風に流れて聞こえるような気がする。数年たっても消えることのないあの夢の日。あれが無かったら俺は今も数年前にとどまり続けたかも知れない




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