無音潜航
メビリンから転載
潜水艦の中は静まり返っていた。舳先に近くに位置する魚雷発射管室も例外ではない。
海水と艦内を隔てた耐圧殻は、不気味に鈍い音を発している。他に聞こえるものといったら、洋上で敵の駆逐艦から放たれるアスディックソナーの探信音だ。探信音は放たれた超音波が潜水艦にぶつかったときに聞こえる。金属が共鳴するかのようなその音がする度、乗組員たちは、配管だらけの天井を不安げに見上げた。
発射管室の男たちも黙していた。皆、汗だくで髭も伸ばし放題。目だけが異様に光っていた。気温と湿度は異常な数値まで上り詰めていたが、それは日常茶飯事の彼らにとって問題は別にあった。艦に危機が迫るときに、黙っている事しか出来ない。それは、解かってはいても苦痛だった。
発射管室の男たちは微動だにしない。一歩でも足を動かしてしまったとき、その足音や金属製の床の軋む音が、洋上の駆逐艦で水中の音に耳を澄まして潜水艦を探している聴音士に届いてしまうことを何よりも恐れている。
男たちの中に、少年とも見て取れる若い水兵がいる。
彼は押しつぶされそうな緊張感の中、口元を引き締めて耐えていた。左手は、側面から張り出して設置されたベットの端を、確りと握って身体の固定して、右手には、思い出の品なのだろうベースボールの球がお守りのように握られていた。時折、目を閉じて祈るように何かを呟いている。皆の視線がボールに集まっていることを少年は感じた。
絶対に落とすなよ。全ての目が少年に向けられると、彼は静かにボールをポケットに詰め込んだ。
あと聞こえるのは、相変わらず耐圧殻が水圧で軋む音と、潜水艦の外から響く、ソナーの探信音だけだった。