ジャングル
メビリンより転載
ここに腰掛けてから、どれ位の時間が過ぎたのだろう。
飢えて痩せ細った兵士が、むせ返るほど暑苦しいジャングルに取り残されていた。背の高い木々をぼんやりと仰ぎ見ても、降ってくるのは得体の知れない鳥の奇声だけだ。
周りには同じ小隊の仲間がいたが、道の端にそれぞれ転がって微動だにしない。傷口から染み出たゼリー状の血液にも虫が群がり、蟻が身体中を這い回る。呆けたように半開きになった口の中や、骨と皮だけになった頭部、窪んだ目の眼球の上、鼻の穴、耳にも例外なく行列を成している。横たわる軍人の哀れな死体は、他の生物の餌と成り果てていた。
残された兵士は、腕まくりされた上着の袖から覗かせた包帯に巻かれた銃傷を気にしていた。
蛆が沸いている。初めは蝿や蟻が纏わりつくだけだったが、今は白くて細かいそれが包帯の下から次々に這い上がり、兵士の右肘をわらわらと跋扈している。彼にはそれを左手で取り除く体力すら残されていないように見えた。
細い木の枝のような腕がかすかに動いた。まるで、壊れかけの機械人形のようにぎこちない動きで何かを探している。指が金属製の水筒を触ると、それを口元に持っていこうとキャップの部分をつまんで弱々しげに引っ張りだした。
まだ水は半分ほど残っていた。兵士は水筒の口を開けて少しだけ口に含んだ。温くて鉄臭い水の味が口の中に残ったが、不思議ととても美味しく感じられた。しかし喉はすぐに乾いてしまい、時間が経てば鉄さび味の水がまた恋しくなる。
――いっその事、すべて飲み干してしまおうか。
そんな考えが兵士の頭を過ぎったが、歯を痛いほど食い縛って誘惑を振り切ろうとする。爬虫類のように目だけ機敏に動かして、腐敗が進む戦友だった数個の肉塊を視界に捉えた。
――俺はまだ歩かなければならないんだ。
そう自分に言い聞かせ目を閉じる。少し休んだら一人だけでも立ち上がり歩き出そうと考えていた。
……それから二度と彼が立ち上がることは無かった。最後の兵士も仲間と同じように動かなくなったのだ。身に着けていた軍服や小銃は何者かが持ち去り、死体の一部を獣が食いちぎって運ばれ、肉塊はジャングルに四散した。
最後に残されたのは、骨の一部と中身が残った水筒だけだ。