退艦
メビリンより転載
「総員上甲板!」
伝令の水兵が艦尾方向に走りながら、また叫んだ。
薄暗い通路には非常灯が灯り、艦が多くの雷撃で損傷したため傾斜も増していた。艦内を駆け回っていた将兵も退避した後で、艦の大動脈であるこの通路も静まりかえっていて、聞こえるのは多方向に散った伝令の声と時折の揺さぶるような爆撃の音だけだ。
突然、今までにない位の爆音と振動が伝令の水兵を襲った。一瞬、耳が聞こえなくなる程の轟音と振り回されるような衝撃で壁に叩きつけられた。まるで壁が襲ってきたように水兵には感じられた。
ーーまた、魚雷を食らったか。
水兵は頭を抱えながら立ち上がり、天井を怯えたように見上げる。擦り剥いたこめかみからは血が滲む。それが一筋の紅い滴となって頬へ伝った。
この艦には、いまだに敵の航空機が蜂のように群がり、満身創痍になっても攻撃を繰り返している。
ーーもう、長く持たないな……。
伝令の水兵は行く手の艦尾方向を睨んだ。通路の奥は非常灯も消えて暗闇が待ち構えている。艦の傾斜は更に増して、暗闇に向う通路が徐々に下り坂になっていった。更には海水の流入するような音まで聞こえてくる。それはまるで、怪物の唸り声だ。
伝令の水兵は心の中では逡巡していた。
それでも、足は勝手に暗闇に向かって走り出していた。まだ、生きて残っている者がいるかもしれない。走る水兵には、目の前の不気味な闇があの世に続いているかのようにも思えた。
それでも足を休めることなく、水兵は闇に向かって駆け下りて行った。