今も何処かで
その町を焼くことは、少なからぬ人々にとって許しがいたい行為であった。だが、実際に爆撃機に乗って任務を果たす搭乗員にとっては、それも一つの作戦のうちに過ぎない。善も悪もなく、軍人は上からの命令を実行するだけなのだ。
空を飛ぶ爆撃機の大群が東に向かっている。そのうちの一機、後部機銃席に座る兵士はレシーバーから聞こえる機長の声に閉じていた目を薄く開いた。
「護衛機なしで爆撃を繰り返したおかげで、これまでに多くの仲間が命を落とした。だがこれからは違う。外を見ろ。P-51が俺たちを守ってくれる」
上を見ても下を見ても、銀色の機体が見える。頼もしい新鋭機が護衛についてくれるとあっては、爆撃機乗りにとってこれ以上に嬉しいことはない。機銃手の男は、そのうちの一機に手を大きく振ってみた。ノリの良い相手だったらしく、軽くバンクを振ってくれる。機長の話は続く。
「今回の爆撃任務を成功させることが、この空で死んでいった仲間たちへの手向けになる。そして勝利への一番の功労者は彼らであるという証明にするんだ。総員、気をひきしめてかかれよ」
演説っぽい彼の言葉を聞き終えたあとで、機銃手は一つ息を吐く。ため息ではない。覚悟を決めるための腹に力が入った呼吸であった。そのすぐあとに、誰かがハッチを開いて声をかけてきた。彼は側面の機銃手だった。
「よう」
「いよいよだな」
席に座ったまま顔をだけをむけて笑いかける。それを受け取ったもう一人の機銃手もにこりと歯を見せた。そして尾部機銃手の肩を叩く。
「やっと兄さんの敵討ちができるってわけか?」
「まあね」
「同じ機銃手だったらしいじゃねえか」
「うん、しかも俺と同じ尾部の機銃手だったらしい」
彼はそう言うと自分のひざの辺りを親指でさした。
「へえ、そうだったのか、ナチどもに一泡吹かしてやりゃあ、死んだ兄さんも喜ぶぜ?」
「いや、死んでないよ」
席に座っている彼が目線を空に戻した。なにを見ているわけでもなく、ただずっと遠くを見ていた。
「兄貴は死んでない」
もう一度、自分に言い聞かせるように言う。ハッチから顔を覗かせている男が不思議そうな顔をして尾部機銃手の続きの言葉を待っている。しばらくしてから、にっこりと笑って目を閉じた。
「きっと、今も何処かを飛んでいるさ。もう、俺ら家族には会っちゃくれないんだろうが、それくらい遠くへ飛んでいっちまったんだろう。兄貴らしいけどね」
「……」
腕組みをしたまま、尾部機銃手は上を見上げてみる。用意していた言葉ではない。今思い付きで考えた話ではあったが、妙に腑に落ちるようで自分でも不思議に思えた。
「なんか、いいなぁ。そーゆーの」
もう一人の機銃手が感慨深そうに言う。
「救いがあるよ」
「だろ?」
ふたりは意味もなく笑いあって、お互いの拳をぶつけた。
町は予定通りに燃える。建前が用意された無差別攻撃は、絨毯爆撃という火の雨によって実行される。そして人々は炎に呑まれた。
今も何処かで、あの男は空を飛んでいる。
また、今も何処かで、町が燃えているのだ。




