送り狼
メビウスリング掲示板の書き捨て板より転載です。また、改変箇所あります。
彼はすでに、こときれていた。
まだ若かった、その肉魁を爆撃機の尾部銃塔の内側に飛び散らせて。
あいつは突然に彼の前に現れたのだ。
灰色の機体に〈黒十字〉が描かれた戦闘機は、一瞬の内にキャノピーと機銃席を粉々に砕いて何処かに消えた。残ったのは、機銃手である血まみれの彼だけだ。
高度七千メートルの凄まじい冷気が吹き込む。
流れ出た血液はたちまち凍りついた。七.九二ミリの銃弾で吹き飛んだ腕、えぐれた脇腹からほとばしった血は、例外なく凍結した。
レシーバーからは、状況の報告を求める機長の声がひっきりなしに発せられている。その音は銃塔内に響きもせず、風音にかき消された。
胸のポケットからはみ出して、紅く染まった紙切れは手紙だった。
その便箋に何が綴られていたかは分からない。ただ、それを彼が大事に持っていることは仲間の誰もが知っていた。
あの灰色の戦闘機が何処に隠れたのか誰も知らない。
分かっていることは、黒十字の〈おくり狼〉が、爆撃機という鈍足な牛のはらわたを食い破らんと今も虎視眈々と機会を狙っていることだ。
襲いかかるその時が、数分後なのか、数秒後なのかは定かではない。