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中篇



 第二王子付きの侍女と言うことで、ティルダが許されている権限は普通の侍女より格段に多い。

 それを駆使して彼女は着々と準備を進めた。

 殆ど使われることのない客室専用棟の奥まった一室の鍵を開け、手入れが行き届いていることを確認すると、次に厨房へと顔を出しワゴンいっぱいの料理を作って貰い、先ほどの客室へ運び込む。

 その他にも細々としたものを運び入れたりと慌ただしくしているうちに、陽はすでに稜線に消えていた。


「やだ、もうこんな時間!? 急がないと!」


 窓の外に残照を認めて、急いでローラントの私室へ向かった。

 部屋の前で深呼吸を二度、三度繰り返し、息を整えてノックする。間髪おかずにローラントからの応えがあり、彼女は静かに部屋へ入った。


「失礼いたします」


 彼は執務机に向かい、手にした書類を真剣に読んでいる。


「どうしたんだい、ティルダ。夕食の時間にはまだ早いようだが?」


 書類から目を上げて、彼はじっと彼女を見つめた。

 ティルダは緊張で乾いた喉を潤すために唾を飲み込んだ。しかし努力の甲斐もなく、彼女の口から出たのは奇妙に裏返った声だ。


「あ、あの!」

「ん?」


 小首を傾げながら先を促すローラントは、ティルダがドキッとするほど優しい顔をしている。

 これから彼を騙すのかと思うと、胃の辺りが締め付けられるように痛い。


「何か困った事でもあるのかな。だいぶ思い詰めた顔をしているよ?」


 促されたものの、ティルダの口は上手く回らない。


「折り入ってご相談したいことがございます。その……あの……」

「分かった。今日はもう急ぎの仕事もない。ゆっくり話を聞こうか」


 彼は手にした書類をばさりと机に放り投げた。

 いつもにない乱暴な動作に、ティルダは目を丸くした。


「ローラント、様?」

「いつも元気な君がそんな顔をするなんて、よほどのことだ。私の大事な侍女を悲しませるなんて許せないな。さあ、私に正直に話なさい。力になろう」


 深海色の目に、不快感とも苛つきとも取れる剣呑な光が灯った。

 その光にティルダは背筋を震わせた。自分が彼を騙したと知れば、どんなに怒るだろう。この剣呑な光を──いや、もっと何倍も苛烈な光を一身に受けねばならないのかと思うと、声が喉の奥に引っかかって出てこない。


(でも、決めたじゃない。どんなに叱られたっていいって!)


 彼の目を真っ直ぐに見つめる度胸はなかったので、床に目を落としたままゆっくりと重い口を開いた。


「あ、あの、ここでは、ちょっと……」


 それが精いっぱいだった。


「良いだろう。どこなら良い? 案内してくれ」


 ローラントがあっさりと承諾したことに驚いて、ティルダは弾かれたように顔を上げた。

 いつの間に立ち上がったのか、ローラントは彼女の目の前に立ち、何を考えているのか分からない無表情で彼女を見下ろしてみた。


「ローラント様!?」


 慌てて飛びのいたものの、心臓が痛いほどに早鐘を打っている。

 靴音が聞こえなかったことに動揺が広がる。それほど上の空になっていたのか、と。


「どうした、ティルダ?」


 促すように問う声に、彼女は我に返った。


「も、申し訳ありません。──では、ご案内いたします」


 深々と一礼し、彼女は主を伴って部屋を出た。

 ローラントを先導し、例の客室へと向かう。

 肩がかちこちにいかり、はたから見れば緊張しているのがバレバレなのだが、本人は上手く隠せていると思っているようだ。

 彼女の様子を背後から眺めるローラントの顔にかすかな微笑が浮かんだ。

 一生懸命なティルダの様子が微笑ましくて仕方がないらしい。


(さて。彼女は何を仕掛けてくれるのやら。楽しみだ)


「こちらでございます、ローラント様」


 客室のドアを開け、ティルダは彼に向き直った。


「うむ。では失礼しよう」


 何の警戒もなく部屋へ入るローラント。

 一足遅れて部屋に入ったティルダは、後ろ手にそっと鍵をかけた。

 ローラントにも施錠のかすかな音は聞こえたが、彼はあえて気づかないふりをした。

 ティルダが何かを企んでいる。

 面白い。少し乗ってみようか──そう思ったからだ。


「さて。では、相談とやらを聞こうか」


 応接間のソファにゆったりと腰を下ろし、ローラントは優雅に足を組んだ。


「どうした、ティルダ。そのように立っていては話になるまい。座りなさい」

「で、ですが……」


 彼女の緊張を現すように、耳がぴくぴくとせわしなく動いている。


「遠慮することはない。ここには君と私だけだ。誰も咎めたりしないよ」

「は、はい。あの、では、お言葉に甘えて……失礼いたします」


 答えて彼女は、ローラントの真向かいに座った。

 緊張して縮こまっている姿が彼の目には可愛らしく映り、ついつい意地悪心が起こった。


「どこに座っている? 人に聞かれたくない話なのだろう? ならもっと近くに座って小声で話した方がいいのではないか?」


 意地悪な笑みを浮かべて、彼は自分の座るすぐ横を指した。


「ひっ!? そ、そ、そんなっ、お、お、畏れ多いことっ!」


 目を白黒させてのけぞるティルダに満足したローラントは「冗談だ」と笑った。

 からかわれたと知った彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。


「すまない。君があまりにも緊張しているように見えたので、つい意地悪をしてしまった」


 素直に謝った後、彼は膝の上で両手を組み、ティルダのほうへ身を乗り出した。


「改めて聞こう。私に相談したいこととはいったい何なんだい?」

「あ、あの……」


 もう後戻りはできないと言うのに、彼女は迷い、視線を彷徨わせている。


「ティルダ?」


 ローラントはまっすぐに彼女を見つめている。穏やかだが、しかしごまかしは許さないと言うようなまっすぐな視線。

 とうとう彼女は腹をくくり、大きな深呼吸をした。


「ローラント様」

「ん?」

「わ、私、ローラント様を今夜一晩、監禁いたします!」 


 

後篇の投稿は来週以降になります。

お待たせして申し訳ありません。

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