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2/22は猫の日だそうなので、猫耳侍女の話を投稿。


去年の9月ごろTwitter診断「獣人小説書くったー」で「永久めぐるは7RTされたら照れ屋な猫の獣人が監禁する話を書きます」という結果が出て、その時に書き始めた話なのですが、結局投稿しそびれていたので、この機会に。


 第二王子ローラント付きの侍女ティルダは、銀のワゴンを押しながら廊下を歩いていた。 

 お仕着せのエプロンドレスに身を包み、つんと澄ました顔で歩く姿は、まるで子猫が背伸びをして大人のふりをしているようで微笑ましいが、本人はいたって真面目である。

 肩より少し下で切りそろえた銀の髪はゆるくカーブし、歩くたびフワフワと揺れる。まるで砂糖菓子のようなそこからは、真っ白な猫耳が一対伸びていて、彼女が王国の北方に住まう猫族であることを示していた。

 くりっとした大きな目は吸い込まれそうな緑で、やや釣り目気味だが、しかしきつい印象はない。

 むしろ喜怒哀楽をはっきり写すため見る者を和ませるのだが、本人はそれを『侍女らしくない』とかなり気にしている。

 童顔とも相まって歳より幼く見えるため、まわりの人々の反応が甘くなってしまうのだが、彼女は子ども扱いされていると不満に思っているようだ。

 侍女仲間たちに「ああ、私もマリアン様みたいに格好のいい女性になりたい!」と口癖のように話している。

 彼女の憧れの人マリアンとは、冷静沈着で何事にも動じないことで有名な侍女頭だ。あまりに表情を動かさないため一部では冷たいだの、機械人形なのではないかなどと揶揄されたりしている。

 「マリアン様みたいに!? あなたには逆立ちしても無理じゃない~?」などと仲間たちからからかわれるが、ティルダはティルダなりに頑張っているし、周囲の者も努力を惜しまない彼女を暖かい目で見守っている。

 城に上がった当初は、緊張しすぎてつまずき、主であるローラントにお茶をぶっかけたり、今日の予定を聞かれたのに明日の予定を答えてみたり、思い出しても赤面するような失敗を繰り返したけれど、今はもうそんな失敗はしない。

 持って生まれた性格を変えることはなかなか出来ないけれど、でも努力することは出来るのだから。失敗が減れば自信がつく。自信がつけば更に失敗が減り……そうやって繰り返すうち、城に上がってもうすぐ三年が過ぎようとしていた。


「このワゴンを厨房に下げたら、あとは午後の分の手紙類を受け取って……」


 小ぶりながらふっくらとした唇が、次の予定をひとりごちる。

 彼女の押す銀のワゴンに乗っているのは、彼女の主、第二王子ローラントのためのティーセットだ。

 さっきの出来事を思い出して、彼女の顔がにへらっと笑み崩れた。

 敬愛するローラントが、彼女の淹れた紅茶を飲みながら


「今日もとても美味しいよ、ティルダ」


 と言ってくれたのだ。

 それだけじゃない。今日は特大のおまけがついてきた。


「君以上に私好みのお茶を淹れてくれる子はいないな。疲れが一気に吹き飛ぶよ」


 長椅子に寛ぎながら、さも心地よさそうにそう言ってくれたのだ。

 ストロベリーブロンドの髪を綺麗に撫でつけて後ろへ流し、落ち着いた深海色の瞳を露わにした彼は、その美貌に少しばかりの疲労を滲ませていた。

 几帳面な性格の彼は執務に根をつめすぎるきらいがある。本人もそれを自覚しているので、部屋で仕事をしている限り、どんなに忙しくても午後のお茶だけは欠かさないのだ。お茶を用意するのは彼付きの侍女の役目で、特に誰がとは決まっていなかったのだが、ここ一年ほどはティルダが一手に引き受けている。理由は明快で、彼女が一番ローラント好みのお茶を出せるからだ。


「あ、お、恐れ入ります」


 望外の褒め言葉に、一瞬ぽーっとなった彼女は慌てて頭を下げた。

 慌てふためく気持ちを胸に抑え込み、だらしなく笑み崩れそうになる頬の筋肉を叱咤し、どうにかこうにか顔だけは平静を保てたはずなのだが、目が合ったローラントはからかうような色を目に浮かべ、微笑を唇に刷いだまま、ティルダをじっと見ていた。


「そんなに堅苦しくならないでいいのに。相変わらずティルダは律儀だなぁ」


 ふふと笑う彼から僅かな艶が滲み、ティルダの胸が大きく跳ねた。真っ赤になった彼女は狼狽えながら目を伏せ、震える指をぎゅっと握りこんだ。が、全てローラントに見透かされている気がして、いたたまれない。

 自分に「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせながら、最低限の落ち着きをどうにか保ってローラントの給仕をつとめ、ようやく退出してきたところだ。

 嬉しい。でも恥ずかしい。けど、やっぱり嬉しい。

 許されるなら踊り出したいくらいの嬉しさを心に押し込めて、彼女は人気のない廊下を真っ直ぐに進む。

 その途中、彼女の耳が何かを拾った。

 野生の勘とも言えるその感覚に、彼女は足を止めた。

 白い耳をピンと張り、全ての音を聞き逃さないように耳を澄ます。

 と、彼女の耳が何か不穏なものを拾って、ぴくぴくと小刻みに二度動いた。


『……ローラントの……だ……』


 微かな声だった。

 獣相を持たない人々に比べて、彼女は聴力が優れている。その彼女でもかすかにしか拾えなかったが、でも確かにいま『ローラント』と聞こえた。


(なに?)


 はしたないことだと思ったけれど、どうしても誘惑には抗えず、彼女はワゴンを廊下の端に寄せると、じっと聞き耳を立てた。


『……気取られていないな?』

『ええ、もちろんです。ロー……殿下はまだ何も……』

『そうか……決行は今夜……だが、もし……たら……』

『承知……の時は即座に……します』


 途切れ途切れに聞こえる声はくぐもっているが第一王子クラウディオと、彼の補佐ルイトガーに間違いない。


『頼ん……失敗は許さ……』

『必ずや……』


 聞こえた断片を拾い集め、彼女は青ざめた。


(もしかして、クラウディオ殿下とルイトガー様は、ローラント殿下に対して何か良からぬことを?)


 恐ろしい事を考えてしまった。そのことを後悔するように、首を横に振ってみた。が一度芽生えてしまった不安は早々拭えない。


(あんなに仲良さそうなご兄弟ですもの、そんな馬鹿げたことありはしないわ。それにルイトガー様だってローラント様とは仲がよろしいし。私ったらなんて不敬な事を考えてしまったの)


 打ち消しても打ち消しても消えない。


(──ああ、でも、もしローラント様に何かあったら!)


 最悪の想像をして、彼女はとうとう震えだした。


(なにか……私に出来ることは……?)


 カタカタと震える指先を握りしめて押さえ、彼女は自分に何が出来るかを目まぐるしく考えた。

 決行は今夜と言っていた。

 今は午後の三時だ。まだ少しだけ時間がある。

 その間にローラントを魔の手から守る方策を立てなければならない。


(そうと決まれば、こんなところでグズグズしてるヒマなんてないわ!)


 気配を殺して移動するのは猫族の得意とするところだ。彼女はしなやかな身のこなしでその場をそっと離れた。








「ローラント様。お手紙をお持ちしました」

「ああ、ティルダか。ありがとう」


 書類から顔を上げたローラントは、傍らに立つティルダに向かって満足そうな笑みを向け、彼女の手から手紙の束を受け取った。


「恐れ入ります」


 心ここにあらずと言わんばかりの覇気のない返事に、ローラントは「おや?」と首を傾げた。


「どうしたの、ティルダ。何か心配事でもあるのかな?」

「い、いえ。何でもございません。お気遣いありがとうございます」


 ティルダは深々と頭を下げ、それから彼の目を避けるように部屋の隅へ寄った。

 いつもの彼女はそんな事はしない。様子がおかしいと言うのはすぐわかった。今にも倒れそうなほど青ざめた顔をしているのだから。

 しかし彼は知らぬふりをした。


「そう? なら良いのだけれど」


 従順に見えて実は強情な彼女の性格を熟知しているからだ。

 それ以上聞き出すのは困難と諦めた。


(少し様子を見るか)


 ため息を隠して、ローラントはそう決めた。


「何か他に御用はございませんか?」


 一方、部屋の片隅で固まっているティルダは、いつもの決まり文句を口にしつつ、思い迷っていた。


(思い切ってさっきのことを打ち明けてしまう? いいえ、ダメだわ。あんな断片的な聞きかじりでは、確証がないもの)


 彼女は焦燥を押し隠すように唇を噛んだ。


「ああ、今書いているこの手紙を大至急で届けて欲しい。もう少しで書き終わるから、少し待っていてくれないか」


 ローラントから待機の指示が下る。


「かしこまりました」


 と頭を下げながら、彼女は更に焦りをにじませた。

 とにかくクラウディオとルイトガーが何かを企てていること、決行が今夜であることは確かだ。

 なら、ローラントに降りかかるかもしれない災厄を回避し、なおかつローラントにそれを気取られない方法を考えるしかない。

 ローラントは兄であるクラウディオと、学友であったルイトガーをとても信頼している。だから、企ての事を知ればとても傷付くだろう。

 とりあえず今夜を無事乗り切れれば、何とかなるはずだ。企てに失敗した二人が明日以降どんな行動をとるか。それを見極めてから、ローラントに打ち明けても遅くないはずだ。

 動揺が収まらないうえ、刻一刻と過ぎてゆく時間に、彼女は益々焦りを募らせていった。


(もう時間はないわ。他に良い案も浮かばないし、もうあの方法を取るしか……! きっとローラント殿下はすごくお怒りになるわ。でも、あとでどんな罰を受けようと、殿下が無事ならそれでいいじゃない)


 一番最初に思いついたものの、あまりに強引なので一度は却下した案を採ることに決め、彼女はぐっと拳を握った。

 盗み見るように見たローラントはいつも通りの穏やかさで筆を走らせている。

 そのことにティルダの胸はずきずきと痛んだ。



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