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僕たちの町の景色は

作者: 匡成 深夜

これは別のブログサイトで2013年1月より、週に1回更新しながら載せた小説です。2012年当時の設定で書いているため、現在では古びてしまったものもあるかと思います。

「今日も星がおしゃべりを始めたようです。それではオヤスミナサイ」

 僕はそう書かれた栞を指でなぞり、文庫本の読み終えたばかりのページに

挟んで机に置いた。

「10時半か、寝るか~」 

 オレンジ色のLEDスタンドを消してベランダに出る。

「ほんとだなー。綺麗な夜空だ」 

 誰が言ったわけでもない、時々さっきの栞に言われた気がして外へ出てみる。ベランダの手すりに両肘をかけて凭れる。


僕の頭上には12月の寒空にどこからともなく集まって来たかのように星がたくさん輝いている。もう18時には幾つも星は出ているというのにこの所ゆっくり見上げていなかった。時折赤く点滅させながら進みゆく飛行機をしばし追いかける。

「あれから17年か」 

 僕は25歳だった。


**


「ねえヒロちゃん。大丈夫なの? 普通に校門から入ればいいじゃん」

 僕は松田広哉まつだこうやという。名前は“こうや”だけど、広いという漢字のために「ヒロ」が定着してしまった。僕のそばでおどおどしているのは楠佳名くすのきかなという。僕らは小学2年の時、確か9月頃だったと思う。初めて日曜日の学校に忍び込んだ。

 田舎というには少し語弊があるかもしれない。でも住宅街とか店舗が並んでいるわけでもない。“街”よりも“町”がふさわしい。事実、正門の前は田畑が並んでいる。その向こうに中学校がある。裏門側も区画ごと1,2件しかなくこちらも畑が多い。あれは誰々さん家と言えてしまうくらいだ。西洋風の住宅なのが不思議な印象を醸し出していた。


「堂々と入っていって、グラウンド使うフリしても急にいなくなれば先生たちだってヘンに思うよ。それにほらここ、壊れててさ、外れるんだよ」

 いつか友達が教えてくれた秘密の通路。グラウンドの脇道側のフェンス。生徒の誰かがぶつかったらしく穴が開いたという。生い茂った緑で隠された“患部”には取れたフェンスがそのままはめてあった。向かいが空き家になっていてスリルを求めたり遅刻しそうな生徒が正門まで回るのが億劫でショートカットのために使っている。


「町が描きたいんだろ? だったら屋上から見た方がぜったいきれいだよ」

「そこまでするなら良いよ、別に…。お家でお花とか描くから」

 その次の週校内写生大会があって、佳名が練習したいと言い出し、街を描きたいと言ったから「なら学校の屋上で描こう」と僕が提案した。僕は僕であの通路を使うチャンスを(うかが)っていたんだ。


「オレもちょうど使ってみたかったんだよ。気にするな」

「そういう意味じゃなくて…もう」

 あんまり音立てるなよ? はめただけのフェンスを押しのけ、緑をどけて侵入に成功した僕は、学校にいる先生たちに気付かれてないか気にしながら佳名を招く。

「スケッチ、こっちによこせ」 

 佳名はスケッチブックとクレパスを滑らせてこちら側へ押し込んだ。佳名もまた侵入に成功した。


 この辺りで1番高い建物と言えば、やはり学校だった。もちろん高校の方が高かったかもしれない。でも当時の僕たちには他の学校に潜り込むなんて、ワクワクが過ぎてできなかったんだろう。それに僕たちの町は上がったり下がったり高低さがあるから、高い方にある学校からは申し分ない。

 校舎へは…。そう大抵どこでも窓の1つくらい開いてるもので、僕は窓の下からそっと目だけ出して中を確かめる。さっと頭を下げて、佳名に振り向いた。

「後ろから押してやるから。お前先に入れ」

「えっ、でも…。やめようよ」

「ここまで来てやめられるか。ほら」

 佳名が先に入るのを見届け、周りを警戒しながら僕も続く。ちょっとしたスパイ気分だ。

「A地点、異常なし」

「何言ってるの? ヒロちゃん」

 佳名のおどおどは収まらなかった。


「スパイみたいじゃん? ミクロレンジャーみたいでさ」

 佳名は当時流行していたミクロレンジャーさえも知らなかった。これだよこれ、と胸のイラストを見せる。スパイを演じるなら、もっとかっこいい服着てくるんだった。そもそもミクロレンジャーがスパイをしただろうか。

「あとは、階段からのぼれば、プールまで行けるはずだ」

 僕たちの学校は屋上にプールがあった。施錠はされていたけど、とても緩く、細い棒でつつけばすぐに開けられた。

「ジャーン」と自分で言って取り出した、道端で拾った棒切れを佳名に見せた。

「それで開くの?」

「心配すんなって…ほいっ」

「開いた!」

 ドアを開ける姿勢で佳名に振り返ると、佳奈は驚いて目を大きくした。


 市内では1番最初に屋上プールを作ったらしい。周りは少し高く作ってあり、下からは目隠しになった。でも町は塀のはめ殺し窓から覗けた。

「どっちの方描くんだ? コウワホテルがある方?」

「そっちじゃないよ。南」

「南? 南ってどっちだよ」

「コウワホテルは北。南はこっち」

 そこにあったのは僕たちが暮らしてる町だった。


 高いものはこれと言ってない。コウワホテルは何十階とあるからここからでも高く見える建物だけど、僕たちの足で行ける距離じゃない。地元には商店街があるけれど、人通りが多いとはお世辞にも言えなかった。その時、ちょうど駅に電車が滑り込んだ。遠くだけど「プシュー」という電車の扉が開く音が聞こえた気がした。きっと乗る人も降りる人も僕の片手で足りるだろう。


 佳名はちょっと困った顔で僕たちの街を見ていた。髪の毛が踊って、佳名の顔が見えなくなった。

「うん、やっぱり商店街にする」

「商店街が何? えっ? 商店街描くの?」

「そうだよ。だって楽しいもん」

「商店街がぁ? おもちゃ売ってないし」

僕には分からなかった。でも電車の走ってる町が嫌いじゃなかった。


 佳名が屋上の地べたにペタンと座り、スケッチに形を作っていく。僕はあっちに行ったりこっちに行ったり、佳名の邪魔をしたり、最後にはあぐらの形にしたまま眠っていたほどだ。


~~


「前方よぉし、後方よぉし。出発進行」


 ここは夢の中。車掌の服を着た僕が電車に乗り込む。ここからは見えないけれど、運転士は佳名がしている。多分、僕は運転士より、車掌に憧れていたんだと思う。景色はゆっくり動き出して僕たちの町名の看板を後ろへ運んでいく。次第に、物の輪郭を失って、伸ばしたような変な形になる。

“ガタンゴトン、ガタンゴトン”

 しばらくして、「蔦町~、次は蔦町でございま~す。降り口は左側でございます」

 本物の車掌さんの声色をまねてマイクを取ってみる。電車が減速する。扉が開く。乗る人はやっぱりいなくて、また扉を閉める。電車が動き出す。

 何度かストップ&ゴーを繰り返した。着くと僕の知らない町の名前が付けられていた。駅のホームに停めたままなのに、佳名が僕の所までやって来て言う。

「行こう」

 ぶかぶかの鉄道会社の帽子を被った佳名に手を引かれて駅舎を出た。


「どこ行くんだよ。電車、あのまんまで良いのかよ」

「いいの、いいの」

 いつになく積極的な佳名に違和感を覚えたのはこの時だった。

「行きたい所があるの」

 僕が何を尋ねても佳名はそれしか言わなかった。佳名が足を止めたのは僕たちがいた学校の正門だった。佳名は屋上に入ると言う。

「何だよ、おまえ、嫌がってたじゃん」

「あの時から変わったんだよ」

「あの時?」

「ヒロちゃんが、私が写生大会の練習したいって言った時に学校の屋上に連れてってくれたでしょ?」

「あの時、って今じゃ」

そこまで言いかけた時、目が覚めた。


~~


「ほら、ヒロちゃん、できたよ」

 そこには、右から中央の下部へと線路があって、銀のボディに窓の淵に緑色が塗られた僕たちの町を走る電車が夕日を受けながら走っていた。商店街のおじさんたちも笑って誰かと喋っていた。

「すげぇ~、俺たちの町ってこんなきれいだったのか!」

 お世辞で言ったつもりはない。綺麗だなんて思ったことなかったけれど、人の行き来の少ない寂しい商店街がすごく綺麗に見えたんだ。僕の好きなオレンジ色があったせいかもしれない。

 僕の反応を見た佳名は「でしょ?」 と満足げだった。


 翌週、写生大会があった。優劣のつけない大会だったから練習なんかしなくても良かったのにと大きくなってから思ったけれど、佳名はみんなの絵を見ながらとても楽しそうだった。誰よりも、じっくり。愛おしいものを見るように。


**


「寒みぃ、さぁて、寝よ寝よ」

 25歳の僕は体を寒さに震わせながら部屋に戻った。


 さすがは師走だ。12月は忙しい。それからしばらくはあの栞を見る事が出来なかった。あの商店街はどうなっただろう。今は分からない。5年前僕は仕事を理由に家を出たからだ。今そこには誰もいない。父親たち夫婦、つまり僕の両親は今、父の実家がある九州にいる。祖父の介護をするためだ。この頃では帰省もできていない。時折、中高時代の友達からはメールが来るけれど、「元気か、今度酒飲もうぜ」なんて他愛もないメールをよこしてくる。けれど、あっちに行く予定が今のところない。郵便も投げ込み広告か、どこかからの請求書だけだった。


 近所の人が年末大掃除だと騒いでいた頃、僕はいつも通り色とりどりの広告をわしづかみにして引っ張り出した。請求書だろう、2,3の封筒も取り出す。

「ケータイか?」

 最近、僕の契約しているケータイ会社は郵便を簡素化して、どこにでもあるような封筒に替わった。後の2つは保険会社だった。

「こんな季節じゃないよな」

 自分の宛名が書かれた表を確認し、裏を確認する。佳名がそこにいた。


 家に戻り、はやる気持ちを押さえてまずは着替える。コーヒーを入れる。テーブルの前にあぐらをかき、もう1度、封筒を眺める。

「佳名かぁ」 つぶやきながら封を開ける。


 淡いピンクの便箋に小さな文字が並んでいた。


“ヒロちゃん、いえ、広哉くん。お元気ですか? 実家に送ったのだけれど、所在が確認できず戻ってきてしまいました。まだ地元にいる友達に聞いて、いろんな人に聞いてもらってやっと新しい住所を知る事が出来ました。家を離れたのですね。結婚したのかな。だったら奥さんに見つかると怒られちゃったり、したらごめんなさい。


 私は、高校を卒業したのと同時に絵の勉強のために、フランスへ飛び込みました。やっと落ち着いて絵を描けるようになって、アマチュア部門だけど、何回もあちこちに絵の賞に応募して、でもだめで。また新しい絵を描いて。


 だけど今回、広哉くんにお知らせができる事を嬉しく思うし、これだけはヒロちゃんに知らせておくべきだと思いました。アマチュア部門だよ。アマチュア部門だけど、今年入賞する事が出来ました。印刷だけどその時の絵を送ります。”

 と、あった。


「何だ。絵の勉強続けてたのか」

 僕は佳名が絵を描くのを楽しそうにしてただけでそこまで好きだった事を知らなかった。

 小学校を卒業すると、今までの関係ではなくなり疎遠になった。知ってて知らないふりをした。それから別の高校に行った。20歳になったころ僕は家を出た。その時から5年が経過していた。


 ゆっくりと2枚目に移る。どこかは分からない。フランスの何処かなのだろう。いつか僕が見た、僕たちが住んでた町に何となく似ているように見えた。違うのは、線路ではなく川になっていたくらいだ。

「変わってないんだな」

 僕の知っている佳名は今も佳名の中にいることが分かって、僕は嬉しくなった。

「そうか、だからあの時」


 あの時、学校の屋上で見た夢はフランス行きの電車だったのかもしれない。僕の事を忘れて絵に没頭する佳名がどこかに行っちゃうんじゃないかと不安だった。いや、佳名の絵に対する気持ちにその時気付いたのかもしれない。

「何だよ」

 少し、声に詰まった。気付くのが今頃になって悔しいのか、佳名に対して好きという気持ちが少しはあったのか、今は分からない。

“良かったな” 僕の頬に涙が流れた。


 今日はいい日だ。ワインでも開けよう。そういえば、本の続きがまだだった。久しぶりに本を開こう。すっかり時を忘れた頃には、夜が訪れていた。またしても読みかけに終わった本に栞を挟む。


「今日も星がおしゃべりを始めたようです。それではオヤスミナサイ」


                   ー 完


読んでくださり、ありがとうございました。これより後、いくつか書いてみましたが、これに勝るものは今のところ書けていない状況です。これだけでも多くの皆様に読んで頂けたらとこちらに公開してみました。コメント等よろしければお願いします。  匡成おみなり 深夜しんや

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