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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族
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 その日、高木和葉は強烈な衝撃とともに目を覚ました。

 無意識のうちに上げた悲鳴が部屋に木霊すのを聞きながら、何があったのかと慌てて周囲を確認する。

 眠気など一瞬で吹き飛んでおり、すぐに上半身を起こそうとする。

 しかし何か錘でも乗ってるみたいに、身体が重い。一体、自分の身に何が起きたのか。恐る恐る和葉は己の腹部を見る。

「ママ、おはよー」

 にこやかな笑顔で、和葉のお腹で大の字になっていたのは、誰より可愛い我が娘だった。

 いつか見た光景が蘇り、どのような事態が発生したのかを理解する。

 母親の和葉を起こすという名目で、愛娘がフライングボディプレスを食らわせたのである。

 横目で布団の側にある時計を見れば、まだ午前五時を少し過ぎたくらいだった。

 明らかにいつもより早い朝に加え、葉月が自分の判断だけでこんな真似をするとは考えにくかった。

 裏には黒幕がいる。もちろん誰かなんて、今さら悩む必要もない。和葉の夫で、葉月の父親の高木春道である。

「おはよう、葉月。ママ、起きるから、そこを退けてくれる?」

「うんー」

 母親が起きたのを確認した娘は、任務完了とばかりに和葉の部屋から退出する。

 何の用事があるかは不明だが、起こし方が乱暴すぎる。とりあえず文句を言ってやろうと、和葉はパジャマ姿のままでリビングへ向かった。

 案の定、リビングにいた夫へ声をかけようとする――より先に、高木春道が口を開いていた。

「出かけるぞ」

 葉月の早朝特攻のおかげで、まだ足がふらついている和葉は、いきなりの宣言にぽかんとする。

 今日は午前中に兄が神前結婚を行い、午後からは戸高家との合同披露宴がある。

 そうしたセレモニーを一切やってこなかったので、兄の主催とはいえ、正直なところ和葉は嬉しく思っていた。

 しかし、出かけるにしてはあまりにも早すぎる。その旨を指摘しても、夫はまったく意に介さない。半ば強引に着替えるよう指示される。

 何の理由もなしに我侭を言う男性ではないだけに、とりあえずは春道の言うとおりにする。

 一旦部屋に戻り、着替えてから再びリビングへ入ると、娘の葉月も和葉同様に着替えて待っていた。

 昨夜に多少の準備をしてはいたが、大半は今朝するつもりだった。けれど春道は何も持っていく必要はないと言い切り、とにかく和葉と葉月を急いで車へ乗せようとする。

 もしかしたら本格的に外出するのではなく、少しだけ出かけて、すぐに帰ってくるつもりなのかもしれない。そう考えると、ここまで春道が強引なのも納得できた。

 考えられるのは、春道の両親が予定より早く到着するので、迎えに行くというものだった。

 けれど質問した和葉へ、夫はあっさり違うと首を左右に振った。ならば結婚式の手伝いでもするのかと思いきや、それも否定される。

 まったくわけがわからないまま、車はひたすら走り続ける。

 葉月は普通のお出かけだと後部座席ではしゃいでいるが、和葉はそこまでの気分になれなかった。

 とはいえ、不安などはない。出会った当初ならともかく、現在の和葉は夫を心から信頼していた。

 しばらく移動したあと、ようやく停車したのは、まったく知らない場所だった。

 春道が車から降りると、娘の葉月も待ってましたとばかりに外へ飛び出る。

 珍しそうに周囲の景色を見渡す愛娘とは対照的に、地面に立った和葉は戸惑いを隠せずにいる。

「ここはどこなのですか?」

 至極当然な和葉の質問に春道が答えるより前に、誰かが側へ近づいてきた。

「お待ちしておりました」

「え? は、はあ……」

 和葉に声をかけてきたのは、おしとやかそうな若い女性だった。

 ますます和葉が頭を混乱させていると、夫の春道が女性へ「お願いします」と告げた。

 何がお願いしますなのか、こちらはさっぱりわかっていないのに、女性は我が意を得たりとばかりに「かしこまりました」と丁寧なお辞儀をする。

 秘密主義も結構だが、少しくらいは説明してもらわないと、パニックを起こして頭がどうにかなりそうだった。

「こちらです」

 だが状況説明を求める暇もなく、若い女性が和葉の手を取って、どこかへ連れて行こうとする。

「は、春道さん?」

「いいから、そのままついて行ってくれ」

 ここで相手の手を振り解いて、叫び声を上げるのも失礼に当たる。

 何より春道の計画みたいなので、しばらくは付き合ってみることにする。

 半ば仕方なく相手女性に導かれるまま、建物の中へ入る。

 内部は結構な広さがあり、そのうちの一室へ案内された。


「こ、これは……」

 部屋へ入るなり、和葉は目を丸くした。

 簡素な内装ながらも、清潔感漂う部屋の中央に、まったく予期してなかったものが存在していた。

「きっとお似合いだと思いますよ。着替えるのをお手伝いさせていただきます」

 にこやかに話しかけてくる若い女性へ、和葉は唇を震わせながら「これは、一体……」と問いかける。

 すると女性は変わらぬ笑顔のままで「高木和葉様のためだけのウエディングドレスです」と答えた。

 驚き通り越して、和葉は呆然とした。視界に映る純白のドレスは、まるでダイアモンドみたいに光り輝いている。

 あまりの眩さに、鳥肌が立った。サプライズにしても、度を超えている。

 側にいる若い女性は、自己紹介してもいないのに和葉の名前を知っていた。

 それこそが、事前に春道が根回しを済ませていた証拠だった。

 夫へ心の中でありがとうと呟く。式を挙げられない代わりに、せめて家族で写真を撮ろうというのだ。相手の心遣いに感謝する。

 だが春道の用意したプレゼントは、こちらの予想を大きく上回っていた。

 ウエディングドレスを身に纏い、用意されていた鏡で自分の姿を確認する。

 メイクもしっかりされており、鏡の中の女性が本当に自分なのかと驚愕する。

 手を動かしてみたり、少しだけスカートを持ち上げてみたり、まるで余所行きの洋服を初めて買ってもらった少女のような気分だった。

 ウエディングドレスなんて着なくてもいい。何度も夫へそう言っていたが、こんなに嬉しくなるあたり、やはり心のどこかで求めていたのだ。

 女性であれば多数がウエディングドレスを着たいと思う。和葉も例外ではなかったのである。

 改めて心優しい夫へ感謝する和葉に、ウエディングドレスを着るのを手伝ってくれた若い女性が近寄ってくる。

「とてもお綺麗ですよ。これから始まる式が楽しみですね」

 当人は知ってる情報をもとに、良かれと思って話したのだろうが、事情を完全に把握してない和葉は再び混乱の海へ突き落とされた。

 葉月を含めた家族三人で写真撮影をするだけだと思っていた。それが名前も知らない女性に否定された。

「あの……式というのは?」

「もちろん結婚式ですよ。奥様を喜ばせたいと、旦那様が秘密で計画なさっていたのです」

 女性の話しによれば、なんとここは教会内みたいだった。

 あまり大きなところではないため、裏側に回れば少し大きめの普通に家にしか見えないのだという。加えて派手な内装でもないため、礼拝堂に行かなければわからないと教えてくれた。

 それを知っていたからこそ、サプライズの舞台として春道はこの教会を選んだのだ。ようやく夫の嬉しい企みを理解した時、部屋のドアがゆっくり開かれた。


「わー。ママ、すっごく綺麗ー」

 やってきたのは、ウエディングドレスでこそないものの、真っ白いワンピースに身を包んだ愛娘だった。

 フリルもついており、ただでさえ可愛らしいのに魅力が倍増している。恥ずかしげもなくそう思える自分を、和葉は親ばかだと自覚していた。

「葉月こそ、可愛いわよ。お人形さんみたい」

 親ばかと呼ばれようが、自分の気持ちに嘘はつけない。駆け寄ってきた愛娘を褒めながら、髪の毛を優しく撫でてあげる。

「それでは時間ですので」

 若い女性がそう言うと、室内に教会関係者と思われるスタッフが何人かやってきた。

 スカートの裾が床に擦れないように持ってくれる。本来なら愛娘の役目かと思うのだが、春道の希望で和葉と葉月に手を繋いで会場まで来てほしいとのことだった。

 ここまで演出をしてくれたのだから、最後まで相手に任せるのも悪くない。朝のフライングボディアタックを決行させた件が、どうでもよくなるぐらい和葉は上機嫌になっていた。

 緊張と興奮で胸をドキドキさせながら、若い女性に先導されるまま歩き続ける。

 正直な話、葉月を引き取った時に、和葉は結婚を諦めていた。

 それがまさか、結婚式まで行えるなんて夢見たいだった。そしてこの幸せを作ってくれたのは、他ならぬ葉月なのである。

 葉月がいなければ、和葉は決して春道と知り合っていなかった。

 葉月を引き取ったのも運命なら、高木春道と出会ったのもまた運命なのだ。誰になんと言われようとも、和葉はそう信じている。

 一歩一歩進むたびに、これまでの情景が頭の中に蘇ってくる。

 悲しみも苦しみもあったけれど、今の和葉は間違いなく幸せだった。

「楽しみだねー」

 いつもどおりの葉月の明るい声が、まとわりついてくる緊張を撃退してくれる。

「そうね。ママも楽しみよ」

 何も恐れる必要はない。向かう先には、最愛の夫が待っている。

 目の前まで迫ってきた大きなドアが、ギイと音を立てて開く。視界に光が降り注いできて、眩しさで一瞬だけ目を閉じる。

「ママ……パパがいるよ」

 開けた目で、和葉はしっかりと夫の姿を捉えていた。

「ええ。見えているわ。おめかししてるわね」

 タキシード姿の春道が、和葉と葉月の到着を今か今かと待っていた。その顔には、かすかに笑顔が見える。

 親族は誰もおらず、会場には数人のスタッフを除けば、和葉たち家族だけだった。

 説明されていなくとも、なんとなく和葉は春道の考えがわかっていた。

 披露宴の前に、三人だけで結婚式を挙げたかったのだ。全員に血の繋がりはないけれど、紛れもなく家族だった。

 神父様が待っているところまで行き、高木春道を夫として生涯愛する事を誓う。改めて言葉にすると、とても照れ臭くなる。

 それでも嬉し涙がこぼれそうになる。もしかしたら、和葉が誰よりも結婚式に感動しているかもしれなかった。

 ひととおりのやりとりを終えたあと、急に春道が葉月を呼び寄せた。そして和葉との間に立たせる。

 愛娘が丁度真ん中にくる位置で三人仲良く並ぶと、神父様が葉月にも言葉をかけてくれた。

 いついかなる時も、和葉と春道の娘であることを誓う。その瞬間に、思わず両目から涙が溢れた。

 春道がきちんと葉月の事も考えてくれていたのが、何より嬉しかった。


 感涙のうちに式が終わり、和葉たちは教会から披露宴会場となるホテルへ移動を開始する。

 目的地へ向かう車内で、春道からウエディングドレスが購入したものであることなどを聞いた。

 驚きはもちろんあったが、それでも夫の心配りが嬉しかった。そうしてるうちにも、車はどんどん走り続ける。

 いざホテルの駐車場に着いたはいいが、ウエディングドレスの和葉は普通に歩けない。そう訴えると、春道はニヤリと笑ってこう言ってきた。

「せっかくウエディングドレスを着てるんだ。和葉もお姫様みたいになってみるか」

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