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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族
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 目を疑うというのは、今の状態を示すのだろう。春道はどこか他人事みたいに、そんな感想を抱いていた。

 隣にいる愛妻の高木和葉は、春道よりも壮絶なショックを受けている。

 愛娘の葉月でさえも、何が起こってるのかわからないとばかりに、目をパチクリさせていた。

「どうかしましたか。皆さん、そんなに驚いて」

 驚きの中心人物となっている女性が、うふふと笑いながら声をかけてくる。

 横並びになっている春道たち家族の前方には、仲睦まじげに寄り添っている二人の男女がいた。

 場所は戸高家の玄関。今日はよく晴れている日曜日。葉月が通っている小学校もお休みだ。

 戸高家の先代当主の一周忌。勘当された身ではあるものの、妻の和葉は実の娘になる。

 ――勘当されている身なので、参加するつもりはありません。頑固な妻はそう言い張って、なかなか春道の参加するべきだという言葉に耳を傾けてくれなかった。

 そんな頑なな妻の心を動かしたのが、愛してやまない大事な娘だった。

 娘の葉月に「それじゃ、駄目だよー」と説得されて、仕方なしに参加を承諾したのだ。

「葉月は優しいわね」

 昨夜、自宅で母親に褒められた少女は、ほんの少し微妙な笑顔を浮かべた。

 それを見て、単に休日にお出かけをしたかっただけなのだと理解する。

 ひとりだけ少々不純な動機の人間がいるものの、春道たちはこうして家族揃って戸高家へやってきていた。

 一周忌が滞りなく終わったあと、他の親族が帰宅したあとで、何故か春道たちだけが戸高家へ残された。

 そして目にしたのが、現在の光景である。

「に、兄さん……こ、これは……」

 さすがの和葉も声を震えさせる。目の前で展開されている光景を、今にでも「悪夢だ」と言い切りそうである。

 言葉と同じく震える手を使って、実兄の隣にいる女性を和葉が指差した。

「何って、見たらわかるじゃありませんか」

 敬語で話す若い女性を、キッと睨みつけながら「貴女には聞いていません」と喧嘩口調の言葉をぶつける。

「きゃあ、怖い。泰宏さん、助けてください」

 女性にしなだれかかられた戸高泰宏はまんざらでもないようで、ニヤけ顔で実妹を注意する。

 だがその程度でシュンとする和葉ではなく、余計に口調が強くなる。

「なら、理由を説明してください。納得できる理由を、出来うる限り簡潔に、わかりやすく、今すぐに!」

 昔から慣れているのか、詰め寄る和葉の迫力を物ともせず、さらりと受け流している。

「ひと言で説明するとな、俺の嫁さんだ」

「……は?」

 時間が停止する。戸高泰宏の結婚話だけなら、ここまで驚いたりしなかった。

 和葉のお兄さんなのだから、年齢もそれなりに重ねている。仕事も財産もあり、容姿も決して悪くない。本人がその気になれば、いくらでも相手が見つかりそうだった。

 いつか妻が「兄さんは、どうも結婚するつもりがないみたいですね」と話していたのを覚えている。

 和葉自身も、もともとは結婚願望の強いタイプではなかったらしい。もしかしたら血筋なのでしょうかと笑っていた。

 では一体何が問題なのか。原因はただひとつ。戸高泰宏の隣にいる、お嫁さんと紹介された女性である。


「……もう一度、ご説明していただけますか?」

 一応の冷静さを取り戻した和葉が、深呼吸をしたあとで、戸高泰宏に再度尋ねた。

 本人はまだ信じられないのだろう。とはいえ、春道も同じ気持ちだった。

 戸高泰宏のすぐ横に立っているのは、なんとあの小石川祐子なのである。

 葉月の担任の女教師であり、春道に様々なモーションをかけてきた女性でもあった。

 家庭訪問などで家に押しかけては、わざわざ手料理を作って置いていき、見事に和葉の怒りの導火線に火をつけてくれた。

 結果としてその出来事も、夫婦の絆を深める試練のひとつになったが、当時の和葉の鬼のごとき形相は今でも脳裏に焼きついている。

 浮気をしたらどうなるかなんて脅されなくとも、あの姿を見るだけでそんな欲望は瞬時に萎む。おかげで、春道にそうした意欲は一切芽生えていなかった。

 何度も小石川祐子に誘われたが、そのたびにきっちり断っている。

 出会った当初の印象はクールビューティだったが、実際の和葉は情に厚くて焼きもち焼きなのである。

 もっとも当人の前でそんなことを言おうものなら、照れ隠しの暴言の十や二十は当たり前に浴びせられる。

「先ほど説明したとおりです。お耳が悪いのでしたら、良い病院を是非、ご紹介させていただきますよ」

「その言葉、そっくりそのままお返しします。つい先ほど、私は貴女に聞いてませんと言ったはずです」

 お正月の楽しかった思い出が、すべて吹き飛びそうなぐらいの緊張感が現場に発生する。

「パ、パパ……は、葉月、なんか、怖い」

 ひしっと春道の足にしがみつく愛娘へ「そうか、パパもだ」と言葉を返した。

 落ち着かせるために頭を撫でてやると、まるで子犬みたいに気持ち良さそうに鼻を鳴らした。

 平和なひとコマを展開している春道と葉月を尻目に、和葉の実兄への質問を継続する。

「それで……どういうことですか?」

 鋭い視線を妹から向けられた戸高泰宏は、ハハハと笑いながら人差し指で頬をポリポリ掻いている。

 誤魔化すつもりはないみたいだが、小石川祐子との険悪ともいえる雰囲気に気圧されてるみたいだった。

「そのままの意味さ。親父の一周忌が終わるのを待って、小石川祐子さんと結婚することにしたんだ」

 やや恥ずかしげに戸高泰宏が、和葉に左手を見せる。薬指にはリングがはめられており、すでに婚約済みなのがこの場で明らかになる。

 一方の小石川祐子の左手薬指にも、同様の指輪があった。どうやら冗談などではなく、本気で結婚するみたいである。

「和葉には言ってなかったけど、俺も家族が欲しくなってね。結婚相談所へ登録したんだ」

 その際のいきさつを、戸高泰宏が春道や葉月にも説明してくれる。

 資産などを目当てとされないよう、離れた地域の結婚相談所へわざわざ登録した。

 その結婚相談所主催のお見合いパーティーで、戸高泰宏と小石川祐子は出会ったみたいだった。

 まさにとんでもない偶然なのだが、決してありえないとは言えなかった。実際にありえているからこそ、目の前の光景に繋がっている。

「資産目当ての女性は嫌だったから、書類に虚偽記載してまで参加してね」

 その日のうちに意気投合した戸高泰宏と小石川祐子は、後日にランチデートをすることになった。

 わざわざ築年数が古い空き家を借り、そこを自宅に見せかける工作まで行った。

 春道たちもご馳走になった手打ちそばを振る舞い、さらに親交を深めたと教えられた。

「じゃあ、先生と伯父さんは結婚するのー?」

 ここまで黙って話を聞いていた葉月が、担任の女教師へ質問する。

「ええ、そうよ。だから葉月ちゃんも遠慮しないで、私をお母さんって呼んでね」


「私の空耳でしょうか。とても頭の悪い妄言が、聞こえたような気がしましたけれど……」

 結婚を決めた女は度胸でもつくのか、小石川祐子は強烈な和葉の視線にも動じない。むしろ堂々と、正面から受け止めている。

「伯父さんのお嫁さんだから、お母さんも同然でしょう」

「全然、違います。貴女の思考回路は、とても幸せにできていますね」

「うふふ。おかげさまで」

 嫌味すら簡単に受け流し、決して和葉に主導権を握らせない。この時点で、本当は主役の戸高泰宏が、何故か脇役みたいにひとりポツンと立っている。

 顔には笑みが浮かんでいるので、ぞんざいな扱いをされてるように見えて、意外と本人的には満足してるのかもしれない。

 もっとも相手から見れば、春道も同様の存在である。現場でメインを張っているのは、二人の女性だった。

 そう思っていた春道に、思わぬ形で飛び火してくる。心の準備も整ってないうちに、小石川祐子がいきなり話しかけてきた。

「これからは、私たちも家族になるのですから、春道さんも遠慮せずに、ひとりで遊びに来てくださいね」

「え? な、何で、俺が……」

「泰宏さんの奥さんになるということは、私は春道さんにとってお義姉さんになります。ですから、一緒の家で生活するのも、一緒のベッドで寝るのも当たり前じゃないですか」

「全然、当たり前じゃありません。貴女は一体、何を考えているんですか! 兄さんも、こんな女性を妻にしていいんですか!?」

 春道を救うべく、会話に割り込んできた和葉は、今日一番の大きな声を上げた。

「もちろんさ。春道君も、よかったらこの家に住んでもいいんだよ」

 戸高泰宏のどこかズレた発言に、思わず和葉が頭を抱えた。

 訴えたいことがたくさんあるのに、どのような言葉にすれば伝わるかわからない。愛妻の心の声は、春道にだけはしっかり聞こえていた。

「義姉として、張りきって春道さんのお世話もしますよ」

「い、いや……え、遠慮しておく……」

「別に遠慮しなくてもいいですよ。どうぞ、春道さんのご自由になさってください」

 振り返った先にいた愛妻の目は、微塵も笑っていなかった。

 春道が何をしたわけでもないのに、明らかに怒っている。

 この状況を打破するためには、例の人物の協力を得るしかない。春道が視線を向けると、愛娘の葉月は必死でしがみついていた足からあっさり離れた。

 小走りに母親のもとへいき、今度は和葉の背中に隠れる。危険を察知し、ひとりだけで逃走されてしまった。

「ちょ……な、何か言ってくださいよ。結婚するんでしょう」

 代わりに春道が助けを求めたのは、和葉の兄こと戸高泰宏だった。

「大丈夫だよ。仮に春道君がうちに下宿することになってもね」

 やけに自信ありげな戸高泰宏に、和葉がすかさず「そうでしょうか」とツッコみを入れる。

「心配ないよ。そうだよね、祐子」

「え? あ……そ、そうですね。え、ええ……」

 直前まで小悪魔みたいに春道を誘惑していた女性が、ギクリとした様子で顔を頷かせた。

 記憶の中にある小石川祐子には見られなかった反応で、和葉が「おやっ?」という顔をする。

「もしかしたら……意外に亭主関白になりそうですね」

「ああ……うちと違ってな」

「春道さん……あとで、じっくりとお話があります」

「……勘弁してください」

 間近で春道と和葉のやりとりを聞いていた葉月が、あははと満面の笑みを浮かべる。

「先生も伯父さんも、よかったね」

 葉月が祝福すると、戸高泰宏と小石川祐子は声を揃えて「ありがとう」と口にした。

 両者ともに幸せそうで、何かしらの目的があっての結婚とは考えにくかった。

 愛娘が先陣を切ってお祝いをしたのに、母親の和葉がいつまでも文句を言ってるわけにもいかない。仕方なしに、実兄の結婚に納得したような表情を見せる。

「まあ、立ち話もなんだから、とりあえず上がってくれよ」

 戸高泰宏に招かれて、春道たち家族は戸高家へお邪魔する。

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