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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族
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29

「どうだ。これが俺の作った年越しそばだ。皆が部屋へ戻ってから、ひとりで準備してたんだぞ」

 戸高泰宏の案内でまずは台所へ行くと、本格的な蕎麦打ちセットが用意されていた。

 使われたあとがあり、全員分の年越し蕎麦をきちんと作ったのがわかる。

 恐らくは素材及び手作りの自慢をするつもりだったのだろうが、実の妹である和葉の反応は実にそっけない。興味津々に瞳を輝かせている娘とは、見事なくらいに対照的だった。

「葉月も、やってみたいー」

「じゃあ、あとで教えてあげるよ。でも、今はお兄さんの作った年越し蕎麦を食べるのが先決だ」

 胸をドンと叩く戸高泰宏へ、冷めた口調で「それなら、最初から食卓へ向かえば……」とツッコみが入る。

 声の主はもちろん女性で、パジャマ姿で腕を組んでは、汚れきった台所を厳しい目つきで見つめている。

「相変わらず冷たいな、和葉は。春道君も尻にしかれて大変だろう。ただでさえ大きな――」

「――それ以上言ったら、実の兄でもセクハラで訴えますよ」

 何を言おうとしたのかは大体理解できたが、春道はひとり無言を貫く。ここで仲裁に入ったりしたら、いつの間にかこちらが悪者になっている。

 これまでの経験から、愛妻への対処法をある程度は学習していた。

「……それより、準備と同様に、後片付けも兄さんひとりでお願いします。蕎麦を食べさせたお代として、手伝ってほしいという条件はごめんこうむりますからね」

 和葉の発言に、戸高泰宏は一瞬だけビクっと両肩を震わせた。

 どうやら和葉の予測は的を射ていたようで、準備したあとを見せたのも、これだけ大変だったと教える目的があったのだろう。そうして食後に皆で後片付けをする。

 なかなかよく練られた計画ではあったが、聡明な女性である実の妹にあっさり看破された。

 挙句に先手を打たれたのだから、かわいそうながらも戸高泰宏に有効な策は残されていなかった。

「葉月ちゃんはそんなことないよな。お兄ちゃんと一緒に――」

 それでも悪足掻きよろしく、最後の手段として葉月に話の矛先を向けようとした。

 しかしすでに台所に葉月の姿はなく、湯気を上げる蕎麦を入れた器が並ぶ食卓へひとり勝手に移動していた。

「ママー、パパー、ついでにおじちゃんも早くー」

 元気な愛娘の声が台所まで届いてくる。憐れなほどに肩を落とした戸高泰宏が「ついでって……作ったの俺なのに……」と、葉月の言葉を真に受けて愕然とする。

「葉月が待ちきれないみたいですので、私たちも移動しましょう。ああ、兄さんなら放っておいても構いませんよ。自動的に立ち直ると思います」

「いや、しかし……」

 春道があまりにも冷たい態度の愛妻に発言しようとしたその時、ガシッと誰かが肩を掴んできた。

「さすが春道君だ。男同士でなければ、わからないこともあるよな。うんうん、日頃の愚痴などを語り合おうじゃないか。……後片付けをしながらね」

「え……!? あ、それは……その……」

 だから忠告したのに。そう言いたげな様子で、春道と戸高泰宏の様子を眺めていた和葉が肩をすくめる。

「では、先に移動してますので、お蕎麦が伸びないうちに来てくださいね」

 春道に巻き添えにされるのを恐れたのか、素っ気無い態度を一切崩さないで、愛妻は台所をあとにする。

 面倒なことになった。戸高泰宏とともに、この場へ取り残された春道はそんなふうに思っていた。

「……ありがとう」

 すると、隣で春道の肩へ手を置いたままの戸高泰宏が、突然にお礼を言ってきた。

「ああ、気にしないでください。乗りかかった船という言葉もありますから、後片付けはきちんと手伝いますよ」

「ハハ、そっちじゃないよ。和葉のことさ。あいつは一見クールで強そうに見えても、その実は情に厚くて脆いタイプだからね」

 しばらく一緒に住んでなかったといっても、さすがは実の兄というべきか、的確に妹の性格を把握していた。

「春道君も気苦労が多いかもしれないけれど、どうか……これからも和葉を頼むよ。たったひとりの妹だからね」

「それなら、頼まれるまでもないですよ」

 間髪入れずにそう言った春道に、一瞬だけ目を丸くしたあと、戸高泰宏は「そのとおりだね」と笑った。

「頼まれた結婚話でさえ受け入れて、そこから妹の信用と愛情を勝ち取った人間だからね。和葉は幸せ者だよ」

「本人は多分、そう思ってないでしょうけどね」

「いや、思ってるよ。そして心から、春道君に感謝してると思う。兄貴の俺が言うんだから、間違いないよ」

 そう言ったあとで、戸高泰宏は春道の背中をポンと叩いてきた。

「さ、俺たちも食卓へ行こう。あんまりのんびりしすぎてると、和葉からどやされる」

「そうですね」

 戸高泰宏の言葉に同意して春道が歩きだすと、タイミングを計っていたかのように、食卓のある部屋から「いつまで台所にいるつもりですか」という和葉の声が飛んできたのだった。


 全員で蕎麦を食べていると、除夜の鐘がゴーンゴーンと聞こえてきた。

 この近くのお寺で実施してるわけでなく、音を発してるのは大型液晶テレビだった。

 家屋は昔の日本風であるものの、電化製品などは新型も目立つ。この辺は、やはり戸高泰宏も現代人である。

 テレビでは相変わらずの年越し番組をやっているが、和葉はもちろん葉月もろくに興味を示してなかった。

 葉月ぐらいの年頃であれば、テレビ番組の内容が話題になったりする。

 そのため興味津々かと思いきや、テレビにおもいきり背を向けて、美味しそうに蕎麦をすすっている。

「……今年も……終わりか……」

 春道がそう呟くと、蕎麦を食べ終えた和葉が急に側へやってきた。

 何事かと思い、焦る春道の前で、三つ指をついて丁寧な礼をした。

「昨年は大変お世話になりました。本年も、どうぞよろしくお願いします」

「え? あ、ああ……こちらこそ……よろしくな」

 いきなりの行動に驚く春道の背後では、テレビの中でどこぞのお笑い芸人が「新年、明けましておめでとうございまーす」と叫んでいる。

 どうやらいつの間にか、新しい年になっていたみたいだった。

 真似をするのが好きな年頃なのか、それとも本人の意思か。葉月も母親と同じようにしながら、春道へ新年の挨拶をしてくれた。

 実家を出てからこれまでの新年は、常にひとりだけだった。しかも、大体が仕事をしていた。

 年末年始をゆっくり過ごせるように、事前に仕事を頑張ってスケジュールを調整したのは、今年が初めてだったのである。

 その分、色々な苦労もあったが、この瞬間にすべてが報われたような気がした。

 続いて和葉は、戸高泰宏にも新年の挨拶をする。蕎麦も食べ終わったし、これでひととおり大晦日から新年の流れは終えられた。

「それでは、初詣へ参りましょう」

 パンと両手を叩いて、和葉が提案してきた。昨日――大晦日は大変だったので、春道としてはできれば休みたかった。

 春道と同様の考えなのか、あれだけ人にも手伝わせようとしていた後片付けをするべく、戸高泰宏はひとりでいそいそと全員分のどんぶりを台所へ下げだしている。

「うんー、賛成ーっ!」

 こうなれば頼りの――と思っていた矢先に、愛娘が母親側についた。

 春道の意向はまだ示してなかったものの、高木家における多数決の原理で格段に不利となった。

 だが状況をひっくり返す策が、決してないわけではなかった。

「皆、疲れているだろう。初詣なら、明日の朝でも大丈夫じゃないのか」


 とりあえず休みたかった春道はそう提案したが、やはり受け入れられるはずもない。しかもどういうわけか、今回は愛妻が一番張りきっている。

 普段一緒に暮らしているが、夜になると元気を増すタイプという認識はなかった。

「駄目だよー。年の初めに詣でるから、初詣なんだよー」

「そうなのか?」

「わかんないけど、名前からして、そうじゃないのかなーって思ったのー」

 どうして初詣と呼ばれるようになったのか詳細は不明なままだが、葉月も母親に感化されてすぐにでも出発したがっている。

 ますます厄介だと思いつつも、春道はここで逆転の一手を繰り出す。和葉には通用しそうにないので、仕掛ける対象はまだ幼い愛娘だった。

「そこまで言うなら構わないが……出るぞ?」

「出るって何がー?」

「お化け」

 春道の発言に、案の定、もう立派な大人の和葉は座ったままズッコケそうになっている。

 台所からもガシャガシャと物音が聞こえたあたり、恐らくは戸高泰宏も密かに聞き耳を立てていたのだろう。普通の成人なら、至極真っ当な反応である。

「もーっ、パパってば……そんなこと言って、葉月を驚かそうとしてるんでしょー」

「だと、いいんだがな」

「え……?」

 真面目な態度を崩さない春道を見て、少しだけ愛娘が不安そうな顔をする。

 ここがチャンスだと考え、一気にたたみかける。

「パパは職業柄、色々なところを取材している。だからこそ、そういう話にも詳しいのさ。得た情報をまとめた結果、新年になったばかりの初詣が一番危険なのさ」

 もちろん大嘘である。春道の言葉どおり危険なのだとしたら、新年早々から外出する人間などひとりもいない。けれど、愛しい娘にはそれなりの効果を発揮してくれていた。

「明日の朝でも、年の初めには違いない。それなら、ゆっくりと出かけたらどうだ? 明日にすれば、朝から貰ったお年玉でついでに買物をできるかもしれないぞ」

「い、いい加減にしてくださいっ! 先ほどから聞いていれば、子供だましのとち狂った発言ばかりではないですか。そんなたわ言で、葉月が――」

 怒りとともに春道へ詰め寄ってきた愛妻が、話に聞き入っていた娘を見た瞬間だった。

「ん~……むにゃむにゃ。葉月、もう食べられないよー」

 テーブルに突っ伏して、見事なまでの寝たふりをしていた。

 まさかの展開に愕然とする和葉が、その場に立ち尽くしたまま言葉を失っている。

 そこへ追い討ちをかけるように、葉月の寝言……とおぼしき台詞が飛んでくる。

「むにゃむにゃ……これは寝言だよ~……葉月はね……眠ってからでもいいかな~って思うのー」

 本人も正直なところ、眠かったのもあるのだろう。そうでなければ、ここまで簡単にお化けの話に屈するとは思えなかった。

 完璧なまでにひっくり返った立場に、悔しそうというよりは泣きそうな表情を和葉が浮かべた。

 そこまで新年早々の初詣を楽しみにしていたのかと、さすがの春道も驚きを隠せなかった。

「な、何をそんなに焦ってるんだよ」

「……焦っているわけではありません。ただ……楽しみにしていただけです。家族三人で迎える……初めての元旦ですから……」

 誰が見てもわかる狸寝入りだっただけに、当然のごとく葉月にも母親の言葉は聞こえている。

 急にガバっと起き上がると、当初と同様に「葉月もママと一緒に行くー」と声高に宣言をした。

 和葉にああまで言われては、春道だけが疲れただの眠いとも言っていられない。賛成の立場に鞍替えするしかなかった。

「……お化けはもういいの?」

「大丈夫だ。俺が守るからな」

 葉月が答えるより先に、春道が和葉へ言葉を渡して立ち上がる。

 客間へ戻って眠るためではなく、初詣へ出発する準備を整える必要があった。

「じゃあ、全員で初詣だねー」

「ああ。世話のかかる妻を持つと、夫は大変です」

「……どこかで聞いたことのある台詞ですが……今回ばかりは許してさしあげます」

 からかい気味の春道に、笑顔で応じる和葉。そしてその様子を、愛娘の葉月がとても楽しそうに眺めていた。

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