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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族
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19

 家の中を女性陣二名が、パタパタと動き回る。

 その様子をリビングのソファで眺めながら、春道は「師走だなぁ」とひとり呑気に呟いた。

 今年も――というより、今年ほど時が早く過ぎるのを、感じた年はなかった。

 偽装結婚に始まり、仲良し家族を演じるつもりが、気づけば本物の絆を手にしていた。

 あれだけ子供が嫌いだったわりに、今は「パパー」と寄ってくる娘が可愛くてたまらない。血が繋がっていなくても、葉月は立派な春道の娘だった。

 そんな春道より、なお深くて濃い愛情を女児に注いでいるのが、母親の和葉である。

 旧姓は松島だったが、数々の事件の末に今は娘の葉月ともども、春道の高木姓を名乗っている。

 実際にそうなった時、春道の実家では実母が狂喜乱舞していたらしいと、後に父親が教えてくれた。

 結婚を諦めていた息子に、綺麗な奥さんと可愛い娘がいた。近所に言いふらしては、自慢してまわってるみたいだった。

「あーっ! パパだけ、ごろごろして、ずるいーっ」

 ソファで横になっている春道を見つけた葉月が、決定的現場を目撃したとばかりに人差し指を突き出してくる。

「それがパパの仕事だからな」

 からかい半分にそう言ってやると、まだまだ可愛い盛りの娘は、いつものごとく頬をぷーっと膨らませた。

「じゃあ、葉月もごろごろするー」

 手に持っているしろくまタイプのパンダ人形を抱っこしたまま、ちょこんと春道がいるソファに乗ってくる。

 そのまま春道のお腹を背もたれにして、幸せそうな顔でソファでまったりする。

 春道にとっても愛娘と触れ合える至福のひと時だったが、それを許してくれる余裕を持っていない女帝が登場する。

「葉月、準備はもうできたの。春道さんも、座ってるのなら少しは手伝ってください!」

 どうして愛妻がここまで怒ってるのかと言えば、これから和葉の実家――つまりは戸高家へ出発するからだった。

 ひと騒動あったのちの温泉旅行から帰宅してすぐ、和葉の兄こと戸高泰宏から電話があった。

 今年に実父が亡くなっているのだから、線香をあげがてらに、実家で年を越したらどうだと提案された。

 春道はすでに今年の仕事を終えていて、一月の上旬は正月休みにすると決めている。

 つまり予定は空いている。そして、葉月も冬休みの真っ最中だ。家族でお泊りへ出かけるのに、支障はなかったのである。

 和葉自身は自宅で3人の年越しをしたかったみたいだが、せっかくだからと春道と葉月で実家へ行くのを勧めた。

 これにより和葉も最終的に了承し、こうして大晦日の今日、戸高家へ向けて出発することになった。

「手伝えって言われても、何をすればいいんだよ。俺が動いても、足手まといになるだけだろ」

 出かけた先で仕事をするつもりはないので、ノートパソコンなどのアイテムはすべて自宅へ置いていく。クライアントからの連絡は、携帯電話に来るので、それだけ所持してればよかった。

 あとは小さなバッグに、数日分の着替えを詰め込んで終わり。他にすべき事がないので、目的地までの車の運転を想定して、身体を休めていた。

「私の方は大丈夫です。葉月の準備がきちんとできているのか、確認してあげてほしいのです」

「なるほど。そういうことなら、了解した」

 難しい準備は不可能だが、その程度なら春道でも充分に役目をこなせる。

 もっとも葉月だけは、何故か不満そうに唇を尖らせていた。

「葉月、そんなに子供じゃないもん」

「わかっているわ。きちんと準備をする葉月だからこそ、パパにちゃんと冬休みの宿題も荷物の中に入ってるか、確認してもらうのよ」

 和葉の台詞の直後に、愛娘がギクリと小さな肩を震わせたのを、春道は見逃さなかった。

「……どうやら、入ってないみたいだな。帰ってきてから、きちんとやるというのはなしだぞ。パパがママにどやされる」

「私だけ、悪者扱いするのはやめてください。子供の教育は、両親双方にとって重要なテーマです」

 準備に忙しいかと思いきや、きっちり春道たちの言葉も耳に入ってるみたいだった。

 思いのほか厳しい母親の目に、葉月も観念したのか、おとなしく自分の部屋から冬休みの宿題一式を持ってきた。

 学校の成績もそれほど悪くなく、宿題をやってこないと通信簿等に書かれていたこともない。基本的に真面目な葉月が宿題を持って行きたがらなかったのは、温泉旅行の時同様に家族でゆっくり遊びたいからに違いなかった。

 できれば春道も愛娘の思うとおりにしてやりたかったが、家の中を忙しく歩き回りながらも、しっかり目を光らせている鬼軍曹がいる。

 下手な真似をすると、春道まで怒りの対象になりかねない。娘の誕生日を忘れるという失態をやらかしたばかりなだけに、妻の機嫌をとっておいて損はなかった。

「こっちは準備完了だ」

 葉月が自分のリュックの中に、冬休みの宿題を入れるのを見届けてから、キッチンでお弁当の用意をしている和葉へ声をかけた。

 途中でドライブインへ寄るだろうに、できる限り葉月に手料理を食べさせてあげたいとの思いから、今回の遠出でもお弁当を持っていくことになった。

 愛娘の料理の腕は破壊力抜群だが、和葉の作るメニューは大抵が美味しい。そのせいか、一緒に暮らすようになってから、春道の体重は若干増えていた。

「こちらもできました。いつでも出発できますよ」

 3人で食べれるサイズの弁当箱におかずをつめこみ、あとは握ったおにぎりを弁当袋の中へ入れる。

 全員の準備が終わったところで、いよいよ戸高家へ向かうために玄関から外へ出る。


 空は出発を祝うような快晴――ではなく、どんよりと曇っており、いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。

 車で移動するから雨に濡れる心配はあまりないが、それでも念のため傘を一本だけ手に取る。

「それじゃ、行くか」

 春道の愛車に全員乗ったのを確認してから、エンジンをかけてアクセルをふかす。昔はマフラーを音のうるさいものを使っていたが、最近はノーマルのに戻していた。

 以前のも普通に車検を通る正規品だったのだが、妻の和葉たっての願いで普通のに変えたのである。

 恐らくはご近所さんに気を遣ったのだろう。あの爆音が気に入っていた葉月は、少し残念がっていたが、こればかりは仕方なかった。

 周囲の評価を気にしない春道と違って、妻は一部上場企業で働いている。世間体はとても大事であり、近所で肩身の狭い思いをさせたくなかった。

 マフラー音にこだわりを持っていた春道も、家族ができたのだから変化も仕方ないと割りきり、スポーツカーを通常使用へ戻すのを決意した。

 傍から見れば、それなら派手な車を所持してる意味がないと思うだろう。実際にそのとおりである。

 だから次の車検の際には廃車にして、家族でゆっくり乗れるボックスカーにでも変えようかと真剣に考えていた。

 考え事をしながら運転してる春道を尻目に、和葉と葉月は2人で仲良く何事か会話している。

 最近は葉月の学校生活も順調なようで、和葉の実家帰りから戻ってきたら、友人たちと一緒に初詣へ行く約束をしてるらしかった。

 ひとりで行動するのが多かった時代が偽りだったかのように、集団で遊んだりするのを一生懸命楽しんでいる。

 自室でひとりで遊ぶのも、友達とわいわいやるのも当人の自由である。

 インドアな遊びばかりしてるからと、かわいそうに思うのは、親が勝手に自分の価値観を押しつけてるだけにすぎない。本人の意思でひとりを選択してるのであれば、何も問題ないと春道は考えていた。

 幸せは本人が発見するものであり、誰かに押し付けられるものではない。個人にとっての幸せが、万人にとって絶対の幸福とはなりえないのである。

 それを理解できずに強要すれば、生まれるのは軋轢だけだった。春道自身が、そうした境遇で生きてきたからこそ、自信を持って断言できた。

 もっとも、だからといって誰かに春道の意見を強要するつもりはない。求められればアドバイス程度はするし、必要があれば葉月のいじめ問題を解決した時同様に行動もする。

 だが決してやりすぎてはいけない。春道もそう心がけているが、口にするほど簡単なものではなかった。

 だから世間一般において親子のすれ違いが生じて、時には悲惨な事件も発生するのだろう。そういうニュースを目にするたび、気をつけなければと春道も自分へ言い聞かせる。

「どうしたの、パパー。何か、難しい顔をしてるよー」

「ああ……どうしたら、ママのおこりんぼな性格が直るか、ずっと考えていたんだ」

 考え事をしてたがゆえに、はしゃぐ娘の相手をできていなかった。

 急に話しかけられて我に返った春道は、条件反射的にそんなことを口走っていた。

 直後に愛妻の「なっ――!?」と驚愕に満ちた声が耳へ届き、すぐ側から膨大な殺気も遅れてやってくる。

 助手席にいる和葉を見るのが怖くなり、頑ななまでに前だけを見ながら春道は運転を続ける。

「駄目だよ、ママー。そうやって、おこりんぼさんだと、パパが困っちゃうよー」

「困ってるのは私の方です。春道さんが余計なことさえ言わなければ、いつでも貞淑な妻をしていられます」

 怒りを春道へ直撃させるつもりが、愛娘による口撃で機会を奪われる。

 助かったと心の中で感謝してる春道へ、その救世主本人が「貞淑って何ー?」と尋ねてきた。

 それはね――と和葉が説明するより先に、春道が口を開いて、歪みまくった貞淑の意味を教える。

「いつでも怒ってるという意味だ。主にパパを大事にしないママのことを言うのさ。勉強になっただろ」

「うんー」

 にこにこ笑顔で頷く葉月の頭を撫でながら、何故かこちらも満面の笑みを作っている和葉が「良かったわねー」などと言っている。

 予想していたのとまったく違うリアクションに、春道の背筋が寒くなる。

「おこりんぼさんじゃなくなるためにも、実家についたら、ママはパパと2人きりでお話するから。葉月はおじちゃんと遊んでもらっていてね」

「――っ!!?」

 おじちゃんと言うのは、和葉の実兄である戸高泰宏のことだ。しかしそれよりも気がかりなのは、2人きりでのお話とやらだった。

「うん、わかったー。パパもママに優しくしないと駄目だよー」

 幼いがゆえにと言うべきなのか、夫婦仲を案じる娘がそんな言葉をかけてきた。

 けれど春道は、素直に了承の返事ができなかった。

「待て、葉月。夫婦仲を案じるんなら、ママの実家に着いたらパパと一緒に――」

「ほら、春道さん。前を向いて運転しないと、危ないですよ。うふふ」

「ひ、ひい……お、落ち着け……た、頼む……」

 ガクガク両足を震わせる春道とは対照的に、元気にシートの上でパタパタ足をはしゃがせている葉月がいた。

「ママ、とってもご機嫌だねー」

「ええ、もちろんよ。パパと2人きりになったら、何をしてあげようかしら」

 一体何をされるのだろう。不安が恐怖を呼び、口は災いの元という言葉の意味を、春道はこれ以上ないぐらいに痛感する。

「じゃあ、パパも楽しみだねー」

「……ああ」

 答えに困る質問を処理し終えた頃、春道が運転する車は、目的地である戸高の実家へ到着したのだった。

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