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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
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29 お騒がせな卒業式!? 号泣にお姫様抱っこと例年よりも話題が満載です!?

「いやー……ついに卒業か。終わってみればあっという間だったな」


 卒業前に、春季キャンプから一時離脱した春也は、自室で智希や晋悟といった友人相手にテーブルを囲んでいた。とはいえ法律に反してアルコールを嗜むわけでも、麻雀などに興じたりするわけでもない。自室にはゲームもないので、ただ談笑しているだけだが、これまでの学生時代を振り返れば話題は尽きない。


「春也君がプロの練習についていけてるかって、御子柴さんが心配してたよ」


「あいつはマネージャーから俺の母親にでもなるつもりか」


 などと言いながらも、友人の心遣いは有難く感じる。


「キツイ面は確かにあるけど、野球部の合宿と似たり寄ったりな感じか? もちろん設備とかコーチとかいるから、そういった環境面の差は大きいけどな」


 説明する春也に興味なさげな態度をしつつも、動向は調べてくれているのか、智希がそういえばと言った感じで、


「貴様は1軍のキャンプに呼ばれてたのだったな。開幕からベンチに入れそうか?」


「どうだろうな。本音的には監督もコーチも、1年は2軍でみっちり体力をつけてほしそうだったけど」


「編成的には甲子園連覇投手で客を呼びたいか」


 フンと鼻を鳴らす智希を、春也は苦笑しながらも肯定する。


「なんやかんやでオープン戦でも結果を残せたしな」


 最初から1軍のキャンプに帯同し、ブルペンで球筋をチェックされてから紅白戦で投げ、無失点を続けたことでオープン戦の先発にも抜擢された。ファンへの顔見せも兼ねて、東の人気球団との試合だったのでスポーツニュースでも大々的に放映された。


「地元のニュースでも特集されてたよ。5回2失点だったんだよね」


「さすがにテレビで見る選手だよな。まだ調整が終わってないだろうに、いともあっさり自慢の直球をスタンドにぶち込まれたよ」


 とはいえ被安打は5。そこまで滅多打ちされたというわけではなく、次の試合では5回1失点と内容も良化させた。


「オープン戦でもかなり人が入ってたが……それでも聞こえたな」


「うん……聞こえてたね」


 呆れる智希に頷く晋悟。2人が何を言っているのかは、春也にもすぐ理解できた。


「まーねえちゃんか。毎日キャンプを見に来るし、オープン戦でも全力応援だし、どうなってんだって姉ちゃんに電話したら、ママから俺の試合を全部撮影して送るように業務命令を受けたって言いやがるし。パン屋の仕事じゃねえだろ」


 アハハと晋悟が笑う。隣では智希がテーブルに乗っているグラスに口をつける。中身は春也の好きなスポーツドリンクだ。


「春也君と結婚すれば、パン屋よりもプロ野球選手の奥さんとして生活することになるからね。共働きするより不在が多い家を守ることにもなるだろうし、時間があれば色々と家事をお母さんや春也君ママに教えてもらってるみたいだよ」


「初耳だな。意外と努力してんだな」


 感心すると同時に、自分との将来を見据えてくれているのだとわかり、春也は嬉しくなる。照れ臭くもあって、誤魔化すためにグラスの中身を一気飲みしてしまったが。


「大学卒業前から好き勝手に動いてるから、いまだに就職が決まってない連中からは恨みがましい目で見られてるみたいだぞ。もっとも当人は微塵も気にしてないらしいがな」


「……智希って意外と情報通だよな」


「穂月さんが教えてくれるんだ」


「そういや交際は順調だって言ってたな」


 穂月も穂月で、智希を昔から知っているだけに気兼ねなく付き合えるらしい。恋人というよりも友人に近い関係みたいだが、どうしていくかは両者が決めることなので、春也が余計な口を挟むつもりはなかった。


「晋悟の方はどうなんだ?」


「順調かな。電話で我儘を言う回数も増えてきたし」


「……なるほど。恋人じゃなくて召使いになりたかったのか」


「違うからね!? 悠里お姉さんは性格上、気を許した相手にしか毒のある台詞を言ったり、頼ったりしないからね」


「確かに初対面の相手にはほとんど口を開かないし、外見に騙された男が下心丸出しで作業を手伝おうとしても無言で断ってたな」


 どれも小学校時代の話だが、どうやら今も大きな変化はないみたいだった。


「晋悟は相手を普通に受け入れるからな。どちらかといえば恋人よりも父親タイプだ。そこに安心できるのだろう。実際、俺たちの中でもっとも器が大きいしな」


 春也も「ああ」と頷くと、褒められ慣れてない晋悟は何故か焦りだす。


「2人にそんなふうに言われると、なんだか落ち着かないんだけど!?」


「優しくされるより粗雑に扱われたいか……晋悟はつくづくドMだな」


「性癖は人それぞれだ。こればかりは友人として生温かい目で見守るしかあるまい」


「2人ともまったくフォローになってないからね!?」


   *


 卒業式当日――。


 体育館は在校生の手によって紅白の横断幕で飾られ、着々と準備が整えられていく。卒業生は教室で始まるのを待つばかりで、しんみりというよりも久しぶりに会う顔を見ては騒がしくしていた。


 特に人だかりができるのは、プロ野球選手として何度かテレビでも投げる姿を放映されている春也の周りだった。


「サインならドラ1指名された時にしたじゃねえか」


 寄せ書きや記念写真も含めて、ねだりにねだられまくる。


「それにこういうのは普通、式が終わってからするものじゃねえのかよ」


 実際に小学校でも中学校でもそうだったのだ。春也の疑問に答えをくれたのは、朝に智希たちと一緒に教室へ入るなり、こちらが目を丸くする勢いで駆け寄ってきた元マネージャーだった。それから護衛任務を帯びているがごとく、なかなか傍から離れようとしない。


「式が終わってからだと、クラス外からも殺到するだろうから、同じクラスの強みを活かして、朝のうちに成果を得ようとしてるみたい」


「戦略ってやつか……って、待て。それじゃ、式後もこんな騒ぎが続くってことか」


 有名税ねと元マネージャーは笑い、春也へさらに残酷な予想を突きつける。


「もう地元の超有名人なんだから、卒業式が終わればもっと大勢に囲まれるだろうし、校門で出待ちしてる子もいるんじゃないかな」


「勘弁してくれよ……」


 肩を落とす春也を、智希が不思議そうに見る。


「人気球団に入ったんだ。こういうのは慣れてるんじゃないのか? ネット記事ではチョコレートも多く貰ったとあったぞ」


 甲子園で初めて優勝をしてから、先ほどの元マネージャーの予言ではないが、バレンタインデーには学校にチョコレートを届けられたりした。もっとも人気アイドルみたいな有様にはならず、両手で十分に持てる量だったが。


「その時と大して変わらなかったな。記事はどうしてもインパクトを与えようと、やや大げさに書かれたりするし」


「フフ、春也君が本当に有名人になったんだって、実感できるような感想だね」


「からかうなよ。それより出待ちとかされたら面倒そうだな」


「問題なかろう」


 智希はそう断言してから、


「例のヤンキー婚約者が蹴散らしてくれるはずだ」


「それもそうだな」


「納得してないで止めないと駄目だからね!? 陽向お姉さんの問題は、最終的に春也君へ降りかかってくるんだからね!?」


 誰より世話焼きで心配性な友人が、春也の肩に両手を置いて何度も何度も念押しした。


   *


「……まるで獣の咆哮だったな」


 卒業式の帰り道で隣を歩く智希が呟けば、すぐ後ろに続く陽向が恥ずかしがって、春也の背中に顔を隠した。


「小学校の時よりレベルアップしてたな。さすがはまーねえちゃんだぜ」


 朱華の卒業式では決まって号泣事件を引き起こしてきた女傑が、なんと春也の卒業式でも盛大に涙を流した。彼女の隣に座っていた春也の母親は盛大に焦り、晋悟の母親は慣れているのか背中を撫でてあげ、智希の母親は担任の美由紀から睨まれる勢いで大爆笑した。


 婚約者ということで葉月と一緒に教室まで来た陽向は、美由紀の挨拶が終わるなり、春也に抱き着いてまたおんおん泣き始めた。


「あまりの凄まじさに、周りの生徒がドン引きしすぎて怯えてたの。さすがのゆーちゃんも毒舌を忘れて他人のふりに徹したの」


 晋悟の隣を歩く悠里が溜息をつく。繰り広げた惨劇の酷さを陽向自身もよくわかっているのか、からかわれても反論は一切しなかった。


 陽向だけでなく、穂月や希、悠里に沙耶、さらには凛まで春也たちの卒業式に駆けつけてくれた。朱華も仕事が――というより店自体が――休みだったので両親と一緒に見守っていた。


 可愛い甥っ子のためだからと、叔母も母親と一緒に恐らくは最後の卒業式に参列してくれた。おかげで高木家の関係者だけでかなりのスペースを使った。席を用意した美由紀は予想していたらしく、仕方がないわねと半分呆れながらも笑っていた。


「そのまま陽向お姉さんをお姫様抱っこして、学校を出る春也君も春也君だけどね」


 晋悟に指摘されるも、なんら恥じるところのない春也は豪快にVサインを作る。


「おまけに卒業式を取材に来ていた地元テレビ局や、スポーツ新聞の記者の前で婚約宣言もしてましたわよね。あれでますます大騒ぎですわ」


 収拾に尽力した凛が、頭痛を堪えるように額へ手を当てた。


「まあ、らしい卒業式になって良かったじゃねえか。これでアタシらも一応は肩の荷が下りたってもんだ」


 いつものように智希の母親がニカッとする。相変わらず年齢を感じさせず、元気さに満ち満ちている。


 いつもそんな友人を羨ましがっている春也の母親も、すぐに同意する。


「まだ大学に通ったりはしてるけど、もう親の手を離れてもいい年齢だもんね。嬉しいけど……やっぱり少し寂しいかな」


「何言ってんだよ。ほとんどがママの店で働いてるじゃんか。ムーンリーフはもう家族経営してるようなもんだろ」


「アハハ、そうだね。うん、ありがとう。私はちゃんと皆の帰ってくる場所を用意して待ってるから、春也も疲れたら遠慮しないでいいからね」


「その時はまーねえちゃんともども甘えるよ。野球で鍛えた体力はあるから、パパの仕事は立派に引き継げるだろうしな」


「……俺はパン作りは少し自信がないんだが」


 苦笑いしつつも、ずっとついて来てくれる気満々の陽向に、春也は胸が温かくなって、思わずまた最愛の女性をお姫様抱っこしてしまった。

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