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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
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25 進路を決める前に勉強も頑張りましょう! でも恋人に教わるのは危険です!?

 国体やUー18の日本代表の大会が終われば、春也も嫌でも進路を考えなければいけなくなる。これまでも事あるごとに悩んでいたとはいえ、深刻度が桁違いに上昇しているのだ。


「頭を使いすぎても健康に悪そうだから、少し体を動かしてきた方がいいんじゃねえかな」


 昼休みになるなり提案するも、仲の良い友人の2人ともから賛同の声は上がらなかった。ついでに近くの席に座っている元マネージャーもジト目で見てくる。


「そう言ってこの間も部活に乱入して、後輩よりも練習したみたいじゃない」


「ついでに打撃投手もしてきてやったな。練習になったって喜んでたぞ」


 新チームは春也に懐いてくれていた後輩が主将となり、試行錯誤しながらも引っ張っている。


「周りのことを考えるのも立派だけど、春也君にはそれより先にやるべきことがあるでしょ」


「その通りだ。そもそも貴様、無事に卒業できるかも怪しいではないか」


 腕を組んだ智希が、鼻から深くて長い息を吐く。完全に呆れているのがわかる。


 春也にも自覚はある。何せ3年間、担任を務めてくれた美由紀が連日頭を抱えては彼氏こと野球部の監督に相談しているくらいなのだ。


「いや、勉強しようとは思うんだけどな? 教科書を開いた瞬間、こう謎の眠気に襲われてだな」


 いつも通りの言い訳を繰り広げる春也に、味方などいるはずもない。机を合わせて一緒に昼食中の晋悟も含めて、そこかしこから溜息が聞こえる。


 甲子園を経てさらなる人気者になっただけに、春也に勉強を教えようかと近づいてくる生徒は多い。あわよくば近しい関係になりたい女子と、それを狙う男子が今も隙を窺っているほどだ。


 もっともそうした連中は元マネージャーが睨んで追い払う。なんでも陽向から直々に悪い虫がつかないように頼まれているらしい。入学当初なら何で自分がと文句を言ってそうだが、素直に従っているあたり、要は要で県大学で頑張っている彼氏との交際は順調みたいである。


「ならば恋人に教えてもらえばよかろう。晋悟が教師役では甘えも出るが、良い姿を見せたいと思う相手ならやる気が出るだろう」


   *


 大学の卒業をほぼ無事に決めている陽向は、春也が頼むとすんなり承諾してくれた。夜になってわざわざ外泊許可を取り、実家に戻るという名目で夜の高木家にお邪魔中だ。


 春也同様に勉強は得意でないはずが、朱華にしごかれた影響か、普通に指導役が務まっている。先ほど夕食も終え、これから再び勉強となるのだが、


「まーねえちゃんって意外と頭が良かったんだな」


「失礼な言い方はやめろ。ま、種明かしをすると、さっちゃんに頼んで課題のプリントを作ってもらったんだけどな」


「教え方も書いてあるんだな。道理で……」


「きちんと役目はこなしてるんだからいいだろ」


 ニッと豪快に笑うも、その中に可憐さもあって、春也は思わず見惚れてしまう。


「何だ何だ、俺をジッと見つめて。惚れ直したのか?」


「直す必要もないくらい惚れてるぞ」


「おまっ――! だ、だよな。わかってたけどな」


「どもってるぞ」


「うるせえ! いいから勉強すんぞ。ほっちゃんママにも、春也のことをお願いされたからな」


 野球と反比例して、下降の一途を辿る学業成績に、さすがの両親も最近は苦笑気味だった。かろうじて赤点は回避しているので叱られたりはしていない。


「うーん……わかってるんだけど、あんまり集中できないな」


「またかよ……どうすりゃ身が入るんだ?」


「場所移動だな!」


 春也の部屋で向かい合って勉強していたが、これじゃいかんと参考書を持って恋人の隣に移動する。肩と肩が軽く触れ合い、高い体温が衣服越しに伝わる。


「お前……変なこと考えてねえだろうな」


「青少年として真っ当なことなら考えてるぞ」


「俺がわざわざ訪ねてきた目的を覚えてるよな?」


「大人になるためには、色々な勉強が必要だと思うんだ」


「そういうのは卒業してからで十分だろうが!」


「卒業か……」


 春也が真剣な顔つきになると、陽向もどことなく心配そうにする。


「まだ悩んでんのか……ってことは志望届も出してねえんだな?」


 頷く春也に、陽向はテーブルに肘をついて視線を向ける。


「ガキの頃からプロでやりたがってたじゃねえか」


「なんだけどな。宏和さんのことを考えるとな……」


 春也が子供の頃にプロの舞台で野球をやった親族がいる。当時は地元も盛り上がったみたいだが、結局一度も1軍に上がれなまま短いプロ生活を終えた。


「んなことかよ」


 心配して損したとばかりに陽向が笑う。さすがに春也も少しだけムッとする。


「大事なことだろ。高卒でプロに進んで活躍できればいいけど、出来なかったら後の人生どうすんだよ。だったら誘われてる大学に行って、就職先のコネとか作ってからでもいいじゃねえか」


「コネってお前、進学したからってそう簡単に作れるもんじゃねえぞ。春也の場合は名前が売れてるから、野球好きのOBがいる会社からは誘われそうだけどな」


「だろ? 俺はパン屋って柄じゃねえし、家族全員が同じ場所で働いてたら、万が一があったら困るし」


「ほー、春也もそれなりに考えてんだな」


「当たり前だろ。それに……もしまーねえちゃんとほら、あれだ……一緒になってた時とかもさ」


「あん?」


 不思議そうに首を傾げ、やがて意味を理解したのか、ボッと音が聞こえそうな勢いで陽向が顔を赤くした。


「まだ早えっつってんだろ! あと……んなことは考えなくていい」


「何でだよ?」


 少しだけ唇を尖らせた春也の髪が、目を合わせようとしない陽向の手でくしゃくしゃにされる。


「春也が一文無しになったとしても、俺が養ってやるからだ!」


「まーねえちゃん……」


「変な目で見んな! 終わりだ、この話は終わり! 勉強すんぞ! あ、こら、ちょっと待てって!」


   *


「阿呆か、貴様は」


 翌日の昼休み、陽向を招いての勉強会はどうだったかと尋ねられ、血色の良い顔で春也が最高だったとサムズアップした直後、智希に本気で睨まれた。


「どうせ進学するにしても推薦を受けるから、勉強は不要だと高をくくってるのだろうが、我らが女担任はそこまで甘くないぞ」


「いや、彼氏ができてからは激甘だぞ」


「……この俺が春也に反論できん時がくるとは」


「フフン、ついに勝ったぜ」


「どうして春也君が得意げなのかはわからないけど、テスト勉強くらいは本気でした方がいいよ?」


 真面目なトーンで晋悟に忠告されれば、春也とて素直に従わなければならない。


「とはいえコイツが1人で勉強できるはずもないし、俺たちやマネージャーが相手では机に向かわせるのも一苦労だ。妥協案として恋人同伴を認めてやれば甘えて余計に身が入らなくなる有様だ」


「うーん……でもそれって最初から予想できてたような……」


 困ったように笑う元マネージャーを黙殺するでなく、智希も重々しげに同意した。


「おいおい、俺を悪者扱いするなよ。大体、お前らはどうなんだよ」


「進路なら私は進学だよ」


 彼氏がいる県大学で教育学部を受験するという。


「マネージャーは先生になりたかったのか?」


 春也の質問に対し、要は照れ臭そうにしながらも、


「野球部のマネージャーをしてるうちに、誰かを応援することにやり甲斐を見つけちゃってね。特に結果を出してもらえた時なんて、自分も頑張ってきて良かったってすべてが報われた気分になるの」


「そっか……マネージャーには合ってるかもな」


「うん、ありがとう」


「で、晋悟は?」


「僕も県大学だね」


 晋悟もプロから進路先を尋ねられたりしていたが、最終的に進学を決めたみたいだった。


「ご主人様に命令されたからか?」


「そういう言い方はやめてくれるかな!? 確かに彼女と一緒にいたいし、大学でも野球はやるつもりだけど……最終的にはプロには進まないと思う。やっぱり色々な資格を取ってムーンリーフに貢献したいかな」


「お前、就職するならウチなの?」


「皆も知っての通り、僕は世話好きでもあるから教師とか介護とかも考えたんだけど……お客さんに笑顔で接客して、パンを作ったりするのもいいかなってね」


 晋悟の理由に、智希もなるほどと納得する。


「晋悟に接客業は天職かもしれんな」


「逆に智希は人前に出たら駄目そうだよな」


「阿呆か、貴様は。俺とて外面の作り方くらいは心得ている」


 春也にはかなり辛辣だが、初対面の相手――特に年上――にはきちんと礼儀を持って接するのは確かだった。


「とはいえ俺は接客よりもパン作りの方を希望してるからな。美味いパンで穂月さんや姉さんと笑顔の絶えない家庭を築くつもりだ」


「爽やかに言ってるが、肉親とはいえ家庭に女が2人登場してる時点でアウトだろ」


 智希は智希で志望届を出せば、上位指名があるのではないかと言われている。本指名の可能性がある3人のうち、2人が進学と就職を決めたと知れば、ドラフト関係者は肩を落とすに違いない。


「俺は……どうするかな。まーねえちゃんもムーンリーフに就職だって言ってたし」


 接客が柄じゃないのは春也と一緒なので、大学を卒業すれば智希の母親について配送など裏方の仕事をこなすらしかった。


「阿呆か、貴様は」


 心底から呆れたとばかりに、智希は大きな溜息をついた。


「やりたいことをやりたいようにやればいいだろう。恋人も後押ししてくれたというなら尚更だ」


「……だよな。やるだけやってみてもいいかもな」


 跳ねるように椅子から立ち上がり、天井を見上げながら軽く頬を叩く。


「よし、美由紀先生と監督のとこに行ってくっか!」


 決心した春也はプロ志望届を提出し、その日のうちにネットなどでニュースになった。

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