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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
521/527

24 勝負は最後までわかりません!? 意地と意地のぶつかり合いがついに決着!

 熱を含んだ吐息が頬を撫で、汗が滴り落ちる。燦々と降り注ぐ夏の太陽の暑ささえ、ほぼ気にならなくなる。手の中で転がすボールの感触はいつも通り。気負いはなく、あとは最後のアウトカウントを3つ積み重ねるだけ。


 9回裏で2-1。7回に逆転を果たしたまま、南高校リードで最終盤に突入している。だが相手打線が1番からの好打順。しかも最少失点差なのだから、打者を塁に出せば即座に同点のランナーとなる。


 映像ではやたらとうるさかった1番。どう見ても目立ちたがり屋なタイプだが、極端にグリップを余らせ、とりあえず当たるようにバットを寝かせている。なんとか転がして1塁をもぎ取るつもりなのだろう。


「なんとしてで塁に出る姿勢は嫌いじゃないぜ、でもよ……」


 体力はまだ残っている。接戦のおかげか気合も漲っている。高めに放ったストレートは普段よりも力が乗っていて、打者はまともに前へ飛ばせない。


 それでも諦めずに食らいつき、鈍い音と共にボールがグラウンドへ転がるが、猛ダッシュで捕球した3塁手が素早く1塁へ送る。およそ1歩程度の距離が届かずに、打者は恨めしげに塁審の上げた右手を睨む。


「これで1つ」


 2番はなんとなく科学者みたいなイメージのある小柄な打者だ。腕力は見るからになさそうだが、序盤から徹底して春也に球数を放らせようと工夫していた。足もさほど速くないのにわざとファールゾーンにセーフティバントをして、内野手を前に引っ張り出してからのバッティングも前の回に試みた。


「怖さはないけど嫌な打者だよな。主力に甘えず、自分たちのやるべきことをやる姿にも好感が持てるし」


 きっと群雲学園に入学していても、春也は楽しく野球ができただろう。そう思わせてくれる対戦相手だった。


「だが、こっちも負けてやるわけにはいかねえんだ」


 今も応援スタンドから聞こえる大切で大好きな女性の声。祈るように見守っているベンチの仲間たち。レギュラーはそうした関係者全員の想いを背負ってグラウンドに立っている。敵も味方も。


 禁物なのは四球。打者との力関係に分があると見て、春也はガンガンストライクコースに投げ込む。精密機械みたいな制球力はなくとも、その程度は十分に可能だった。


 キャッチャーミットを叩く音を呪うように、体の前で止めたバットを下ろして2番打者が俯く。もしかしたら瞳には涙が滲んでいるかもしれない。


「達也、下を向くな! 試合はまだ終わっちゃいない!」


 ヘルメットの位置を直し、1を背負う男が打席に入る。まだまだ諦めていない瞳には、7回に逆転されて消沈していた頃の面影はすでにない。


「ベンチからマネージャーにどやされてたっけな。おっかなさでは向こうの方が上か……」


 チラリと自チームのベンチを見る。要は胸の前で組んだ両手に額を押しつけていた。その周囲では3年間共に頑張ってきた部員が声を枯らしている。


 それは相手ベンチも同じだ。とりわけ女マネージャーが歓声……というか怒声を響かせ続けている。


「相沢っ! 打たなかったらどうなるかわかってんでしょうね!」


「頼むぞ! なんとか淳吾に回してくれ!」


 左投の正捕手もベンチに両手をついて叫ぶ。安田という男性が新しい監督になってから躍進した若いチームらしいが、強い絆で結ばれているのがよくわかる光景だった。


 春也が初球に選んだのはカーブ。群雲学園は速球を気にするあまり、この遅いボールに上手く反応しきれていなかった。それを理解している相手打者も無理に手は出してこない。


 ワンストライクとなり、智希から出たサインはカーブ。反対する理由もないので頷くなり投じた2球目。今度は打者がバットを水平に振るった。白球がふわふわと舞い上がる。


「ショート! いや、センター?」


 完全に打ち取った打球だった。けれど狙い澄ましたかのように、野手の間にポトリと落ちる。最終回に出たランナーに群雲学園の応援スタンドが盛り上がる。


   *


「ここでアイツかよ……ホームランが出たらサヨナラじゃねえか」


 ベンチから飛び出した伝令が来る前に、春也は近づいてくる相棒に声をかけた。


「甲子園には魔物ではなくて、脚本家が住んでるらしいな」


「姉ちゃんが聞いたら小躍りして喜びそうだ」


「そして穂月さんなら好むのはハッピーエンドだ。わかってるな?」


「当たり前だ」


 監督の任せるという言葉を受け、智希が尋ねる。


「4番を歩かせるか?」


「確かに1発の危険はあるが、ツーアウト1塁2塁であの5番との勝負もリスクは高いぞ」


「なら決まりだな」


 相棒に背中を叩かれ、春也は唇を不敵に吊り上げた。


 ポジションに戻った智希がミットを構える。サインはスライダー。2回こそストレートを本塁打されたものの、以降の打席ではすべてそのスライダーで打ち取ってきた。続けるほど目を慣れさせる危険性もあるが、まだタイミングは取れていなかった。


「ここで終わらせる!」


 想定通りの変化が打者の手前で始まり、そして――


「淳吾、打って!」


 観客席から一際大きな声援が飛んで、体勢を崩しながらも淳吾と呼ばれた選手がスライダーの曲がりについていく。


 金属バットがボールと衝突し、強い音を大空へ置き去りにして3塁線を抜けていく。


「ここで合わせてくるのかよ!?」


 すでにスタートを切っていた走者が2塁を回る。クッションボールを処理した左翼手がそれを見て慌て、お手玉をする。急いで握り直し、3塁も回った背番号1より先に届けとホームへ投げる。


「智希!」


 バックアップに入った春也の前方で、捕球した智希が滑り込んでくる足にタッチを試みる。


 間一髪のタイミングで球審が下した判断はセーフだった。


 爆発したように盛り上がるスタンド。ガックリと項垂れる左翼手。お通夜みたいな南高校の応援席。


「おいおい……まだ負けてねえんだけど」


「それがわかってるなら上々だ。しかし……上手く打たれたな」


「まったくだ。素直に相手を褒めとくか」


 ランナーはまだ2塁に残っている。サヨナラのチャンスに、これまでとは立場を変えた応援が激しさを増す。


「悪いな。こっちも負けられねえんだ」


 聞こえるブーイングに苦笑を浮かべつつ、5番打者を敬遠した春也は続く6番打者をきっちり打ち取った。


   *


 カランとバットがグラウンドに転がった。


 膝に両手をついたのは、マウンドにいる群雲学園の投手だった。


 延長10回表。南高校最初の打者は4番、小山田智希。ライトスタンドに白球が消えたのを確認して、速度は落とさずに、しかし悠々とダイヤモンドを一周する。


「ナイスホームラン。狙ってたのか?」


「ああ」


 ベンチで出迎え、拳を合わせた春也に、相棒は事もなげに頷いた。


「例のシンカーを使い始めてから、直球の制球が甘くなってたからな。丁度いい時に打ち頃のボールが来てくれた」


「そういや前の打席の時、俺が球種を教えたら変な反応をしてたよな。まさか予想してたのか?」


「決め球なら最初から使ってるはずだ。あれを見せておけば以降の組み立ても楽になるからな。ウチ相手に温存なんてしてる余裕が向こうにはないだろう」


「となると本当に最後の頼みだったわけだ」


「打力の差から考えても、あの1点を守り切る以外に勝ち目はないと思ったんだろうな。それに貴様と違って相手投手は甲子園でのペース配分も知らん。こういった場面で経験の差が活きてくる。強いチームには強いチームなりの理由があるものだ」


「いつになく語るじゃねえか。実は興奮してんな」


「悪いか? 姉さんの声援を受けて、こんなに熱い試合をしてるんだ。少しくらいはしゃいでも構わんだろう」


「もちろんだ。最後まで一緒に大騒ぎしてやろうぜ!」


   *


 最少失点差であっても、7番から始まる群雲学園にとっては絶望的な差だった。


 春也は危なげなく7番、8番を打ち取り、そして最後の9番打者を三振に仕留めて、二転三転した試合を締めくくった。


 崩れ落ちる敗者を見ても、春也は決して同情しない。そんな真似をしたら、全力で戦った相手に失礼だ。だから勝者らしく胸を張って整列する。


「ナイスバッティング」


 目元に涙を滲ませた相手の4番に声をかけて握手を求める。


「試合には勝ったが2安打1本塁打2打点されてるんだ。勝負は俺の負けだよ」


「……プロ注目の投手にそう言ってもらえて光栄だよ」


「何言ってんだ、今日の試合でお前も十分プロ注目になっただろ」


「俺が……?」


 想像もしてなかったとばかりに、淳吾と呼ばれていた選手が目を丸くする。


「それより、最後の打席で名前を呼ばれてたよな。あれ女だろ? 恋人か?」


「聞こえてたのか……ああ、俺にとって最高の彼女だよ」


 そう言って振り返った選手の視線の先では、涙を流しながら立ち上がって拍手する女性の姿があった。


「じゃあな。いつかまた勝負しようぜ」


「ああ……いつかまた」


 最後に強く握手をして別れ、春也は仲間が待つ歓喜の列へ戻る。


「しかしアイツの彼女、とんでもない美人だったな……のぞねーちゃんに匹敵するんじゃねえのか……」


 などと1人だけ場違いな感想を抱きながら、校歌を甲子園に響かせた。


   *


 激戦を制した南高校は今年も勢いに乗り、2回戦は晋悟が中心となって勝利を収めた。3回戦からは春也が先発に戻り、チームメイトの協力を受けながら投げ続け、そして周囲の期待通りに深紅の優勝旗を手にしたのだった。

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