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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
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23 白熱の大接戦! 初めての声援に応えた初めての咆哮

「相手ベンチも女マネージャーだな」


 何気なく観察していた春也は、ベンチの後方で背番号1と会話している制服姿の女性を見つけた。帽子を被り、スコアブックを持っているので間違いないだろう。


 他の部員も次々と春也の視線を追い、そして次に自チームの女マネージャーを見る。


「……セクハラ発言したら、SNSで晒すわよ?」


 何かを言いかけていた部員たちの口がピタリと止まった。恐らく思春期の男子らしく、どちらが美人か討論しようとしたのだろう。


「くだらんな。マネージャーの性別などどうでもいいし、どちらが美人であっても関係ないだろう。大切なのはこちらには姉さんがいるということだ!」


「途中まではいい話ぽかったけど、智希だもんな。やっぱ残念な感じになるよな」


「そうね、智希君だもんね」


 この頃になれば高校からのチームメイトも、智希という人間に大分慣れていた。もっと前からの付き合いとなるマネージャーなら尚更である。


「それより、そろそろ整列だよ。もう準備はできてるんだよね」


 主将の晋悟が部員たちの気を引き締める。


 威勢の良い返事のあと、監督の「行ってこい!」という言葉で全員が走り出す。


 互いに礼をしたあとで、先攻の南高校がベンチに戻る。


「晋悟、頼むぞ!」


「なんとかしてみるよ」


 試合が始まり、打席に入った晋悟への初球。勢いのありそうな真っ直ぐが良い音を立ててキャッチャーミットに収まった。


「映像で見るより速そうだな」


「今度はフォークか? 結構な落差だったな」


 春也の隣で、智希が友人が三振に倒れた決め球の評価をする。


 続く2番打者も三振。3番の春也はバットに当てたがショートゴロだった。


   *


 1回裏を順当に抑え、0-0のまま迎えた2回裏。春也がマウンドから見下ろす先には、要注意と定めた群雲学園の4番打者がバットを構えている。


「確か仮谷って名前だったな。ストレートに滅法強いらしいが……」


 映像ですべての打席を確認したが、昨年度のも含めて本塁打を放ったのはすべてストレート。代わりに変化球には苦労している印象があった。


 そのため相棒から真っ先に出たサインはスライダー。真っ直ぐは見せ球にして、変化球主体で勝負するつもりなのだ。春也にも意図はわかるが、まだ序盤ということもあって、ゆっくりと首を左右に振った。


 智希がキャッチャーマスクの中で嘆息するのがわかった。長い付き合いだけに、春也がストレート勝負したがるのを予想していたのかもしれない。


 サインが変更され、上唇を舐めながら振りかぶる。腕の動きに合わせて体重を移動させ、グッと踏みしめながら腕をしならせる。


 唸るような叫び声が自然に漏れた。ボールは今日もきっちり指にかかっている。初回に156kmを計測した速球を、打ってみろとばかりに低めへ投じた。


「――は?」


 叩かれたボールが悲鳴でも上げたような甲高い音がグラウンドに響く。ずり落ちそうな帽子のツバの横から白球を見上げ、春也は間の抜けた声を出した。


 懸命に中堅の晋悟が追いかけてくれているが、打球の角度と勢いを見れば嫌でもわかる。


「……マジかよ」


 ドスンと聞こえてきそうな強さでバックスクリーンに硬球が飛び込むと、割れんばかりの歓声と断末魔のような悲鳴が両校のスタンドから上がった。


 群雲学園に先制点が刻まれると、すかさず親友がタイムを取ってマウンドに来た。


「無様だな」


「言い返せないのが辛いな。実況やSNSでは大騒ぎになってるかもしれないな」


「フン、そんなことを考えてる余裕があるなら大丈夫そうだな」


「あのくらいでショックなんぞ受けるかよ。

 ただ……打たれたボールはどうだった?」


 真摯な質問に対し、相棒も普段の口調をしまいこんで真面目に返してくれる。


「最高の真っ直ぐだった。コースも申し分ない。打ったバッターに拍手しろ」


「だよな。何だよ、あの4番……ストレートに強いってレベルじゃねえぞ」


「それがわかっただけ収穫としておこう。次からはわかってるな」


「もちろんだ。勝負にこだわり過ぎて、1回戦で負けたくねえからな」


   *


 2回以降は群雲学園の4番に対しては変化球を主体に攻め、本塁打どころか安打も許さずに攻撃を封じる。3番と5番もかなりの打者だが、春也も2大会連続の甲子園優勝投手だ。そう易々と連打を浴びてはやらなかった。


 しかし誤算もあった。それが相沢という名前の相手投手の出来である。


「想像以上に完成されてるな」


 腕を組んで観戦中の監督が口元を引き攣らせた。


「そんなこと言ってる場合じゃないですって!」


 大焦りなのがマネージャーだ。それもそのはず、現在は7回表で、南高校の攻撃は打席に入ったばかりの晋悟から始まる。得点はいまだなし。安打も四球も死球もエラーもなし。要するにこれまでただの1人も走者を出せていなかった。ちなみに春也は相手4番に打たれた以外にも、3番と5番に1安打ずつ許している。


「優勝候補相手に初戦で完全試合か。明日のニュースはかなり騒がしいことになりそうだな」


「しかも向こうの主力は2年だろ? 新しい甲子園のスター誕生だな」


「智希君だけでなく春也君まで……」


「落ち着けよ、マネージャー。焦ったってどうにもならねえだろ。結果を求めすぎれば相手の術中に嵌まるだけだ。俺たちが初めて勝ち進んだ時の、相手チームの反応を思い出せよ」


 優勝した大会でも、最後まで苦戦したのは戦い方を決して変えないチームだった。


「俺たちの戦い方が通用しないってんなら、向こうが上だったってだけの話だ。その時は潔く負けてやろうぜ。もっともそれまでは自分たちを信じて全力を尽くすけどな」


「うん……そうだね」


 マネージャーが微笑んだところで、南高校のベンチが大騒ぎになる。晋悟が粘った末に四球をもぎ取り、相手の完全試合を防いだからである。


「ノーヒットノーランは継続中とはいえ、この展開が流れをどう変えるかな」


 不思議そうな顔をするマネージャーに、春也はピッチャーほど繊細な生物はいないんだよと苦笑交じりに告げながら、バットを持ってベンチから出た。


 2番打者がきっちりと送りバントを決め、ワンナウト2塁で春也が打席に入る。真っ直ぐは速く、落差のあるフォークも厄介だ。そうなるとどちらかの球種に絞るしかない。稀にカーブも投げていたが、ここでは除外する。恐らくカットでなんとか逃げられるからだ。


 そろそろ握力が低下し、落ちやコントロールが甘くなるだろうと判断し、春也はフォークに狙いを定める。そしてストレートよりも明らかに速度の劣るボールが投じられた。


「フォーク!

 ――いや、違う!?」


 ブレーキが効き、不規則な変化が始まる。奥歯を強く噛み、なんとかバットの軌道を合わせる。ゴツンと何かが潰れるような音に続いて、痺れるような手応えが走る。空振りだけは逃れたが、ボテボテとセカンドに打球が転がっていく。


「クソッ!」


 懸命に走るも、あえなく1塁でアウトにされる。けれど走者は3塁まで進み、ツーアウトながらこれまでで最大のチャンスを迎える。


「……最後のボールは何だ?」


 ネクストバッターズサークルから出ようとしていた智希に問われ、春也は足を止めた。


「多分だけどシンカー。あの野郎、決め球を隠してやがった」


「どうだろうな」


「智希?」


「いや、球種がわかっただけ上々だ。後は任せておけ」


 南高校が危惧したのは敬遠。しかし群雲学園の選択は勝負。4番の智希が左打席に入り、強く相手投手を見据える。


 真っ直ぐに賭けたのか、初球のフォークを空振り。続く2球目のカーブを見送って追い込まれ、ここで狙っていたはずの真っ直ぐが来るも、ボールゾーンの誘い玉なので見送って1ボール2ストライクのカウントになる。


 フーと息を吐いた智希が、決めに来た落ちる球をかろうじてバットに当てる。三振かと思った相手ベンチとスタンドが盛り上がるも、球審のジェスチャーで一気に溜息に変わる。


 ベンチから身を乗り出す春也でさえ、ジリジリと肌を焼くような緊張感に襲われる。打席で油断なく構える友人はいつになく真剣で、流れる汗を落ち着かせようとするかのごとく浅い呼吸を繰り返している。


 何か言葉をかけてやりたいのに、形通りの声援しか送れない。もどかしさで気が変になりそうな中、何球目かのファールを打った智希に大声が飛んだ。


「さっさと打て、愚弟!」


「――ッ! もちろんです、姉さん!」


 初めてと思われる声援に背筋が伸び、春也が仕留められたのと同じ変化球が左打者のウィークポイントと言われる膝元を狙って落ちる。投手からすればしてやったりのコースだ。けれど智希は右膝を内に曲げ、強引に肘を畳むと、太腿から臀部を引き締めるようにしてバットを振り抜いた。


「よっしゃあ!」


 真っ先に春也が右手を突き上げる。鋭い打球が12塁間を抜け、右翼手が捕球する間に、晋悟が1秒でも早くとホームベースを駆け抜けた。


 南高校の生徒たちが抱き合って感激する。中には涙すら流す者までいた。


「うらあ!」


 グラウンドで感情を滅多に表さない智希が吠えた。スコアボードに1の数字が刻まれる。これで1-1。試合はこの瞬間、振り出しに戻った。


 ノーヒットノーランも完封も逃し、見えていた勝利が遠ざかる。どんなに平静を装っていても、心のどこかにショックは残る。


 ベンチからの伝令が戻り、深呼吸して精神を落ち着かせる相手エース。対するは中学時代に春也と対戦し、また敵になるより一緒のチームで戦いたいと南高校を選んでくれたチームメイト。


「わかってんな! 狙うなら初球だぞ!」


 普段なら動揺を抑えきれるかもしれないが、ここは甲子園。大舞台でしかも初出場、さらに初戦。普段通りに投げられる鋼鉄の心臓の持ち主などそうそういない。張り詰めた糸が切れた時、どんな一流選手でも隙が生まれ易くなる。


 春也の声援が届いたのか、頼りになる仲間がやや上擦った相手の真っ直ぐを左中間に弾き返し、南高校は7回表の攻撃で逆転に成功した。

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