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愛すべき不思議な家族&その後の愛すべき不思議な家族  作者: 桐条京介
その後の愛すべき不思議な家族13 春也の高校編
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21 高校最後の夏の予選は春也もさすがに緊張します! だから1人でないのは有難い限りです

 普通通りにやれば勝てると言われても、何が起こるかわからないのが一発勝負の世界。しかも高校最後の大会ともなれば、さすがに春也も緊張する。どこぞの叔母みたいに、顔を青くしながら狂ったように掌の人を飲み込むほどではないが。


「ふう……」


 投球練習を終え、帽子を取って手の甲で汗を拭う。まだまだ夏本番という暑さではないが、かなり蒸しているように感じられた。


 親友がマスク越しに、今からその有様では先が思いやられると目で言っているみたいだった。春也は軽く肩を竦め、足場を慣らす。


 球審が試合開始を告げ、拍手と歓声の中で春也は振りかぶる。力み過ぎないように気をつけながら足を上げ、踏み出した瞬間に力を入れて短く息を吐く。


 グッと唇を結び、相手を見据えて腕を振る。唸りを上げているかどうかは不明だが、ボールはしっかり指にかかり、スピンをかけながら親友のキャッチャーミットに飛び込んだ。


 球審の右手が上がる。ストライクコールにスタンドが盛り上がる。カメラのシャッターも切られたようだ。


「1球投げるとスッキリするな」


 緊張は高揚に。けれど気を引き締めるのを忘れない。ワクワクした気分を消す必要はないものの、調子に乗り過ぎると手痛いしっぺ返しを食らうのは、これまでの野球人生で何度も経験済みだった。後輩から調子乗り先輩とからかわれるのはごめんである。


「油断は禁物、油断は禁物」


 呪文のように口ずさみ、2球目を投じる。


 直後にグラウンドへ響き渡る朗らかな金属音。真っ直ぐに頭上を走る打球を、春也は「あれ?」と首を傾げながら追いかける。


 マスクを上げた智希は無言だが、阿呆か、貴様はと叱られている気分になる。


 グングン伸びる硬球。こちらに背中を向けた中堅手の晋悟が、真っ直ぐに追いかけている。途中で打球の軌道をチラリと見てから、フェンスの位置を確認する。肩越しに飛んでくる白球を捉え、晋悟は左足から跳躍するとギリギリまで腕を伸ばす。


 ワッと大歓声が市民球場を包む。春也もグラブを頭上に掲げ、拍手するようにポンポン叩いた。親友のおかげで、プレイボール直後から得点圏に走者を背負わずに済んだ。窮地に陥るどころか、アウトカウントが増えたのだから感謝しまくりである。


 照れ臭そうにはにかんだ晋悟が内野手のボールを返す。春也の元まで戻ってくると、改めて感触を確かめながら首を左右に倒す。入念にストレッチをしてから臨んでいるので別に凝っているわけではない。ただまだ緊張が残っているのだろうかと、少しだけ不安になった。


「本当の緊張は気付けないから怖い、か。確か菜月ちゃんに聞いたんだっけ?」


 薄く笑い、投球動作に入る。まだ胃の奥がなんとなく変な気がするものの、自分には頼りになる味方がいると思えば、徐々に気にならなくなっていった。


   *


 シード校であっても初戦は変な力が入る。ゆえに大番狂わせも起こりやすい。


 南高校も序盤はそんな空気に呑まれかけたが、春也が本来の調子を取り戻せば滅多打ちを食らうような展開にはなり難い。加えて中学で全国制覇したメンバーも勢揃いしたのに加え、甲子園までの道のりが近そうだからと有望な部員も多く入部済み。現時点では県内屈指の強豪校となっている。


 だからこそ初戦さえ突破できれば、順当に勝ち進むのは当然だった。2回戦目からは晋悟や、遊撃を守る後輩が登板する機会も増え、春也の肩は温存された。


 いかに優勝候補といえと、トーナメントが終盤に差し掛かれば負けてもおかしくない強豪校が登場する。特にベスト4となれば尚更だ。見慣れた校名がなかったとしても、上位に辿り着くまでにそうした高校を倒して、勢いに乗っているチームが相手になる。万に一つも油断などできなかった。


 肉体と肩の頑丈さには定評のある春也が、準決勝まではかなり楽をさせてもらってきた。体調は絶好調で、真っ直ぐだけでも県内有数の強豪校を押し込める。


「ハッハッハ、体も軽いし、野球が楽しいぜ」


 準決勝からは県中央のプロも試合をする球場で予選が行われている。県大学に進学中の恋人も応援に来易いようで、ソフトボール部のチームメイトと一緒に声援を送ってくれていた。


「優勝したら、今度は何をご褒美にしてもらおうか――いてえ!」


 考え事に没頭中の春也は、今の今までマウンドに来た親友にグラブで頭を叩かれた事実に気付けなかった。


「阿呆か、貴様は」


「いきなり何をしやがるんだよ」


「試合の途中で勝利を確信したように笑ってるからだ。調子乗りの称号を欲しいままにしている貴様がくだらぬ欲望に身を染めて、考えなしに投球を続けた挙句に窮地を招くのは明らかではないか」


「くっ……何も言い返せねえ……」


「わかったらとっとと、背中で女の顔を見る技術を習得しろ」


 予想の斜め上の助言に、春也は一瞬だけ真顔になってから目を瞬かせる。


「お前はできるのか?」


「当たり前だろう。いついかなる時でも俺の目には姉さんと穂月さんしか映っていない」


「それはそれで駄目じゃねえか!」


   *


 決勝は幾度も甲子園に出場して全国的に名前を知られ、過去には本選でかなり勝ち進んだ高校と対戦することになった。


 グラウンドに整列して挨拶をすれば、見慣れた顔がずらりと並んでいる。友人というわけではないが、小学校時代から数えきれないほど対戦してきた選手たちだ。


 今日は勝たせてもらうからな、なんてベタな台詞を吐きつつ、自信満々に相手選手たちはベンチに戻っていく。


「俺だって負けるかよ。今年の夏も、まーねえちゃんに応援してもらいながら甲子園で遊ぶんだからよ」


「俺は地元でも構わないのだが」


「僕の場合も穂月お姉さんがいるところに連れて行かれるだろうから、智希君と同じ……と言いたいところなんだけど、活躍しないとしないで怒られちゃうからね」


 いつの間にやら守備位置に就く前の智希と晋悟が、マウンド近くで春也の呟きを拾っていた。


「智希はいつも通りだが、晋悟もだいぶゆーねえちゃんに染まってきたな」


「なんやかんやで一緒にいる機会が増えたからね」


「そう考えると、ゆーねえちゃんも意外と晋悟を気に入ってたんだな」


「でなければ、わざわざ自分で指名はしないだろう。あれは悠里さんなりの告白だったと考えるべきだな」


「だといいけどね」


 試合前とは思えないアホな話のおかげで、春也は知らずに硬くなっていたらしい筋肉の解れを感じた。もしかしたら傍目には明らかで、2人の友人は気遣ってくれたのかもしれない。


「2人にとっても、高校最後の試合になる可能性もあるんだもんな」


「おい、この阿呆は何かくだらん勘違いをし始めたぞ」


「アハハ、でも変に気負うよりは、感慨に浸ってもらってた方がいいんじゃないかな」


 小走りで守備位置に急ぐ晋悟の背中を見送り、智希が溜息混じりに言う。


「晋悟は相変わらず甘いな」


「それがアイツの長所だろ」


「フン、貴様に言われずともわかってる」


 智希がミットで春也の左肩を叩く。言葉はなかったが、長い付き合いなので激励されているのがはっきりとわかった。


   *


 緊張していたのは春也だけなのかと拗ねたくなるほど、初回から南高校の攻撃は繋がりを見せた。あれよあれよという間にスコアボードに4という数字が刻まれ、1回表は僅かに球が浮いていた春也も2回からは落ち着いた。


 とはいえ相手校もさすがに強豪だけあって、無理に攻めようとはせずに送りバントなどを駆使して、1点ずつ返すのを徹底してきた。


「焦ってくれればありがたかったんだがな」


「そうすればこちらの思う壺だからな。だが勝者の気分に浸るのは早いぞ。得てしてこういう展開では初回以外に点を取れなくなったりするからな」


 自チームの攻撃中に春也はベンチで汗を拭きつつ、スポーツドリンクを飲みながら隣に座っている相棒と会話を交わす。


「そういう時の智希だろ。のぞねーちゃんにいいところを見せるためにも、ここらで1発期待させてもらうぜ」


「任せておけ。俺が活躍すれば穂月さんが喜び、その穂月さんを見た姉さんも喜ぶ。実に幸せな三角関係だ」


「それは何よりだ。世間一般には特殊って言われるだろうが……まあ、頑張れよ」


「言われるまでもない。一度しかない人生、悔やんだところで次に持ち越せるわけでなし。ならばやりたいようにやるまでだからな」


 両手で握ったバットを立て、智希が打席への集中力を高めるように目を閉じた。


 親友の頼もしさに目を細めようとして、春也は鼓膜に響いた金属音に慌ててグラウンドの様子を確認する。


「晋悟がホームラン打ったから、智希の出番なくなったわ」


「なん……だと……」


 ベンチに戻ってきた晋悟が、満面の笑みを浮かべてチームメイトとハイタッチをする。もちろん春也も応じたが、智希はしばらく愕然とし続けていた。


   *


「……そういうわけで、俺の活躍の機会は晋悟の阿呆によって奪われてしまったのです」


「活躍したのに責められるなんてあんまりじゃないかな!?」


 3年連続で南高校は夏の甲子園出場を決め、今夜は高木家での祝勝会となっていた。知らない仲ではないので美由紀も参加中で、隣には晴れて彼氏となった監督の姿もあった。


「言い訳なんて男らしくないの。わかったらほっちゃんの隣をゆーちゃんに譲るの」


「悠里さんの隣には晋悟がいるではないですか」


 悠里は一度だけ晋悟を見ると、


「欲しいならほっちゃんと交換してやるの」


「ええっ……僕の扱いが酷すぎるんじゃないかな!?」


「やれやれなの。仕方ないから、そのままゆーちゃんの隣にいるのを許可してやるの」


「相変わらず女王様と下僕みたいなカップルだな」


 2人のやり取りを見て、春也はそんな感想を漏らした。


「春也もああいう関係がいいのか?」


「俺は甘えて、甘えられての方が好きだな。だからまーねえちゃんも遠慮しないで抱き着いてきていいぞ」


「人前でできるか!」


「じゃあ俺の部屋に行く?」


「この状況で応じるわけねえだろうが!」


 背後に回り込まれ、スリーパーホールドを極められる。そんな春也と陽向を見て、智希と晋悟が相変わらずな2人だと言いたげに笑っていた。

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