17 穂月も大人になりました、成人式後は彼氏のお披露目も済ませました!?
「思っていた通り、よく似合うわよ」
「おー」
祖母に着付けをしてもらった穂月は、姿鏡の前でくるりと回っては何度も自分の姿を確認する。
「ママも成人式の日に着たんだよ。ママのお祖母ちゃんから貰ったものなの」
「こうやって引き継がれていくのを見ると感慨深いわね」
「ママってばお祖母ちゃんみたい」
「とっくにお祖母ちゃんよ。葉月だってもうすぐ――」
「……その先は言わないでくれると、とてもありがたいかな」
年齢のことが吹っ切れ気味の祖母と違い、母親の方はまだまだデリケートな話題になるみたいで、穂月は内心で自分も気を付けようと決める。祖母も母親も優しいが、怒ると怖いからだ。
「好美ちゃんから習って、着付けを覚えたかいがあったかな」
忌まわしい話題から逃れるためにも、母親は注目を穂月に戻して満足げな頷きを繰り返す。
「実希子ちゃんまで覚えてたものね」
「そりゃ、母親だもの」
楽しそうに祖母と母親が笑えば、穂月も楽しくなる。人の笑顔が好きなのは、子供の頃から変わらない。
「でも、相手が希ちゃんだと手こずってそうだよね」
「大丈夫だと思うよ」
苦笑した母親に、親友と長い付き合いになっている穂月が断言する。
「だってのぞちゃん動かないし」
「寝てる間に着付けというのも大変だと思うけど……」
今度は祖母が苦笑い。けれど楽しい雰囲気は変わらないので、朝から続くワクワク感はいまも継続中だった。
「早く皆来ないかなー」
成人式の会場は高木家からさほど離れていないので、一旦集まってから全員で向かうことになっていた。
「噂をするとってやつだね」
呼び鈴が鳴り、笑顔で駆けだそうとする穂月を制して、母親がリビングで応対する。
「一番乗りは悠里ちゃんね」
「おー」
急ぐために穂月は着物の裾を持ち上げて走ろうとしたが、すかさず祖母にはしたないと叱られてしまった。
*
悠里とお互いの着物を褒め合っているうちに沙耶と凛が到着し、最後は希が肩で息をする母親に背負われてやってきた。穂月の予想通り動いて着付けの邪魔はしなかったみたいだが、祖母と母親の予想通り積極的に手伝いもしなかったらしい。
「一生に一度の晴れ舞台だってのにコイツは……母ちゃんはお前の将来が……って穂月に養って貰えるんだったな」
顔を顰めていたかと思ったら、希の母親はニヤけながらバトンタッチだと穂月の背中に愛娘を押しつけた。
「おー?」
小首を傾げつつも、ひょいと踵を上げて、友人が落ちないようにバランス調整する。希も慣れたもので、半寝ぼけ気味に目を開くと、しっかり肩に手を乗せてくる。
「お前らは相変わらず息ピッタリだな」
希の母親の口調は、褒めているようでいて呆れているようでもあった。
「子供の頃に親友になってほしいとは願ったが、アタシの想像とはずいぶん違う形になった」
「アハハ、私もだけど……友情も愛情も色々な形があっていいんじゃないかな」
「そうした面じゃ、葉月はずいぶん寛容だよな」
「寛容な両親に育てて貰ったからね」
「そっか……そうだな」
自分事みたいに実希子が嬉しそうに笑う。
「よっしゃ、それじゃ会場近くまで車で送ってってやるよ」
*
テレビのニュースで流れるような想像が起こることもなく、懐かしい顔ぶれとも会えた成人式は滞りなく終了する。
「予想通りといいますか、会場の視線を独り占めしていたのはのぞちゃんでしたね」
式前からの様子を思い出したのか、沙耶が軽く吹き出した。
「のぞちゃん綺麗だから」
「違うの、ほっちゃん。綺麗なのは確かだけど、その美人が友人に背負われたままくたりとしてるから注目されただけなの」
小柄な悠里が人差し指を立てる。大学生になっても結局身長は伸びず、可愛らしい容姿のまま大人と言われる年齢になった。
「ですから、ついでにほっちゃんさんも大勢の人に見られておりましたわね」
胸が窮屈なのか、時折気にしながら凛が柔らかく微笑む。相変わらずの貴族を――自分なりの――真似た口調で、密かに大学でも噂になっている。いまだに彼氏はできておらず、沙耶と一緒に独り身同盟を結成しようと画策中らしい。
「おー」
穂月には彼氏がいるが、相手は希の弟だ。昔から知っているのもあるし、むしろ希も含めた3人で過ごしたがっているので交際の申し出を了承した。ドラマや映画もよく見ているので恋愛事に関する知識はあり、かなり独特な道を歩んでるのは自覚できていた。
独特といえば友人の悠里の恋愛事情も同様だ。穂月や希の近くにいるために、その辺にいた男を捕まえたと公言して憚らず、その相手は朱華の弟だったりする。
朱華の弟当人は驚きながらも、そこまで嫌がっている様子は見受けられない。朱華曰く昔から悠里を気にしていたらしい。誰よりお姫様っぽくて、密かに穂月の憧れでもあるので異性の人気が高いのも当然だった。
「でも、これで皆大人になったんだねー」
そう考えると感慨深くて、意味もなく会場の外で晴れた空を見上げてしまう。
「……あまり実感ない」
「のぞちゃんさん、起きていらしたんですのね……」
穂月の背中から突然聞こえた声に、凛が驚きのあまり頬を引き攣らせた。
「のぞちゃんなら、ウチに来た時からずっと起きてたよー」
「ぶい」
穂月の肩に顎を乗せ、口角を歪めた希が指を2本立てた。
「それなら普通に歩けばいいではありませんか!」
「……着物は疲れる」
そう言うと希はひょいと凛の背中に乗り移る。大きいのでもたれがいがあるというのは彼女の言葉だ。
「あまり引っ張らないでいただきたいですわ。ただでさえ胸が苦しい……あっ」
「そうですね、押さえつけてる分だけ窮屈で……あっ」
「りんりんもさっちゃんもあからさますぎるの! 女は胸じゃないの! 愛嬌なの!」
両腕をぶんぶん振って抗議する悠里はあまりにも可愛らしくて、とても新成人の1人には見えなかった。
*
雪で埋もれた道を春也は先頭で歩く。足跡を残して、すぐ後ろの恋人に安全に進んでもらうためだ。
「それにしても、彼氏だからって迎えに行く必要があるのか?」
話しかけたのは、隣にいる智希だ。今日は姉とその友人の成人式があり、今は丁度、会場に向かっている最中だった。
「今回の発案者は俺じゃなくて晋悟だ。無論、言われずとも馳せ参じるつもりではあったが」
矛先を向けられたもう1人の友人が、智希の背後で露骨に動揺する。
「ほー……やっぱ、あーちゃんの言ってたとおり、晋悟はゆーちゃんの彼氏になれて満更でもねえわけだ」
「陽向お姉さん、お願いですから、からかわないでください」
予想外の暴露に談笑を続けているうちに、春也たちは自然と目的地に到着する。すでに式は終わったみたいで、着飾った男女が記念写真を撮りまくっている。
「お、あっちに姉ちゃんたちがいるな」
美人揃いなのでかなり目立っており、男性陣が声をかけようかとそわそわしているのがわかる。騒ぎになるのを阻止すべく、割って入るように春也は姉たちに近づき、そして逆に女性陣に歓声を上げられる結果になった。
「あれって高木君じゃない!」「小山田君もいる!」「カッコイイよね!」
わらわらと群がられそうになるも、女性が相手では力任せに押し返すわけにもいかない。困り果てて茫然としていると、1人の女性が颯爽と前に出た。
「お前ら……誰の男に手を出そうとしてるか、わかってんだろうな」
「ひいっ、極悪ヤンキーが出たの、甲子園のスターにとんだスキャンダル発生なの!」
「何でゆーちゃんが一緒になってビビってんだよ!」
だが悠里が悲鳴を上げたおかげで、波が引くように春也の包囲網が解消されていく。代わりに目を付けられたのは智希だったが、友人は友人ですでに濡れるのも構わずに片膝をついては、凛の背中でお休み中の姉称賛に余念がない。
残るは晋悟だが、視線が向く前に陽向が悠里を持ち上げ、見せつけるように預けた。
「チッ、仕方ないから特別に運ばせてやるの。優しいゆーちゃんに感謝するの」
「それだと僕が望んでるみたいに聞こえるんですけど……」
「違うの?」
「……返答が難しい質問はやめてください」
なんやかんやでベストカップルみたいな雰囲気が出ており、なんとなしに眺めていた春也は思わず笑ってしまった。
*
成人式が終われば高木家でのお祝いとなる。大勢でのパーティーは騒がしいが楽しく、さらに料理が普段より豪華になるので文句は何もない。何より、こういうイベント時は恋人が泊っていくことが多いので、夜までゆっくり話せる機会があるのがありがたかった。
「姉ちゃんが顔真っ赤にして踊ってたけど、酒ってそんなに幸せになれるもんなのか?」
冬はバルコニーに出ると寒いので、春也の部屋からベッドに並んで腰かけて、恋人と星を見上げていた。
「俺も成人式の日に飲んだけど、あまり好きじゃなかったな。どうにも弱かったみたいだし」
「まーねえちゃんって、中身はつくづく乙女みたいだよな」
「俺は乙女なんだが……」
スリーパーホールドを極められると、昔を思い出して懐かしくなる。力は入っていないのですぐに抜け出せるが、春也はしばらくそのままになってから甘えるように陽向の太腿に頭を乗せた。
「あー……今が人生で一番幸せかもしれない」
「ったく、春也は相変わらず甘えん坊だな」
「そう言って、まーねえちゃんだって甘えられると嬉しいんだろ?」
「……かもな」
照れ臭そうに笑った陽向の唇が、春也のおでこに触れた。あまりにも柔らかくて、暖かくて、幸せが倍増して、そのまま眠りに落ちてしまいそうだった。




